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消えた足跡

「待て」


 出発の準備を終え、アイリスとフェリシアが詰所を出ようとした、その時。


 背後から、鋭い声が飛んだ。


 二人が振り返る。


 廊下の奥から歩いてきたのは、レオンハルトだった。

 どうやら、アイリスたちがルークを探しに王都を出ることを聞きつけたらしい。


「どこへ行く」


 その表情には、すでに不機嫌さが滲んでいた。


「どこへ行く」

「王都の外」

「何しに?」

「ルークを探しに」


 レオンハルトの顔が歪む。


「くだらん」


 吐き捨てるように言う。


「あんな男を探してどうする」

「必要だと思ったから探す」

「必要?」


 レオンハルトが笑う。


「雑学を少し知ってるだけの男がか?」

「昨日、その雑学で助かったじゃない」

「偶然だと言ってるだろ」


 アイリスは答えなかった。


 フェリシアが、レオンハルトを見る。


「ずいぶん突っかかるね」

「何?」

「そのルークって人のこと」

「馬鹿を言うな」

「どうでもいい相手なら、放っておけばいいのに」


 レオンハルトの目が険しくなる。


「お前、何が言いたい」

「別に」


 フェリシアは肩をすくめた。


「行きましょう、アイリス」

「ええ」

「待てと言っている!」


 二人は止まらなかった。

 背後からレオンハルトの苛立った声が聞こえたが、アイリスは振り返らなかった。


     ◇


 王都を出たのは、それから一時間後だった。


 ルークがどちらへ向かったのか。

 最初は何も分からなかった。


 だが。

 門番に聞けば。


「昨日の昼頃、一人で出ていった若い男?」

「はい」

「黒髪で、大きな鞄を持っていて」

「それなら覚えてる」


 門番は頷いた。


「北西の街道へ向かったよ」

「一人で?」

「ああ」


 フェリシアが小さく息を吐く。


「本当に何も考えてないね、その人」


 二人は北西へ向かった。


     ◇


 森に入ってから。

 ルークの痕跡は、意外と簡単に見つかった。


「これ」


 アイリスがしゃがみ込む。


 地面に。

 巨大な蹄跡。


 フェリシアの表情が変わった。


「……ブラックホーン」

「分かるの?」

「まあね」


 周囲を見る。


「でも、おかしい」

「何が?」

「こんな王都近郊に出る魔物じゃない」


 さらに。

 荒れた地面。

 折れた枝。

 大きな身体の何かが動き回った跡。


 フェリシアが剣へ手をかける。


「まだ近くにいるかもしれない」

「待って」


 アイリスが何かに気づいた。


 木の根元。

 小さな紙片が落ちている。


 拾う。

 見慣れた細かな字。


『親個体は幼体を探す際、短い二連鳴きを――』


 そこまでで切れている。


「……ルーク」

「分かるの?」

「研究ノートを見たの。特徴的な字だった」


 フェリシアが紙片を覗き込む。


「ブラックホーンを観察してたの?」

「多分」

「……変なの」


「ここまでは来てた」


 アイリスが紙片を握る。


「でも」


 フェリシアが周囲を調べる。


「その先がない」

「足跡?」

「そう」


 人間一人分の足跡。

 そこまではある。


 だが。

 途中で。

 突然消えている。


「……どういうこと?」


 アイリスが辺りを見回す。


 争った跡はない。

 血もない。

 引きずられた跡も。


 ただ。

 そこで消えている。


「変ね」


 フェリシアがしゃがみ込み、地面に手を触れる。


「どうしたの?」

「ここだけ、魔力の流れがおかしい」


 アイリスも覗き込む。

 けれど、何も分からない。


「何かの魔術の影響?」

「魔術師じゃないからそこまでは」


 フェリシアは眉を寄せた。


「じゃあ、ルークが自分で使ったとか?」

「どうだか」


 フェリシアが立ち上がる。


「ただ、足跡がここで消えてる。それで魔力まで残ってるなら、何かあったのは確かだと思う」

「……」

「これ以上調べたいなら、分かる人に見てもらった方がいい」


 アイリスはしばらく地面を見つめた。


 やがて。


「一人いる」

「誰?」

「こういうのが好きな子」

「好き?」

「魔術を見ると、すぐ術式を分解して考え始めるの」


「あんたの知り合い、そんな人ばっかり?」


 アイリスは少しだけ笑った。


「学院の後輩」


 少し間を置いて。


「エマっていうの」


 もう一度。

 ルークの足跡が消えた場所を見る。


 ここまでは確実に来ていた。

 そして。

 ここで何かがあった。


「……ルーク」


 アイリスは小さく呟いた。


 その声に答える者はいなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、★★★★★で評価していただけると、今後の執筆の大きな励みになります。

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