↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/21

森で出会った魔族

 王都を出て、半日ほど歩いた頃だった。


 ルークは街道を外れ、王都近郊の森を歩いていた。

 別に目的地があるわけではない。研究院を追い出されたばかりで、これから何をするかも決めていなかった。


 宿に戻ってじっとしていても仕方がない。それなら少しくらい歩こう。何か珍しい生き物でも見つかれば、気分転換にもなる。

 その程度のつもりだった。


 王都の近郊なら、危険なモンスターもほとんどいない。

 見かけるとしても、小型のスライムや角ウサギ。せいぜい、森ネズミや小型の魔鳥くらいだ。


「まあ、この辺なら危ないこともないか」


 そう呟いた直後だった。

 森の奥から、低い咆哮が響いた。


「……?」


 ルークの足が止まる。

 もう一度。地面を震わせるような、重い鳴き声。


「まさか」


 音を立てないよう、木々の間を進む。

 大きな岩陰から、そっと向こうを覗く。


 そして。


「……ブラックホーン?」


 思わず声が漏れた。


 馬より一回り大きな身体。黒い体毛。額から前方へ伸びる二本の太い角。

 間違いない。ブラックホーンだ。


「なんで、こんなところに……」


 ルークの目が輝く。


 ブラックホーンは本来、王都から遠く離れた山地や深い森林に生息するモンスターだ。王都近郊で見られるような種類ではない。

 しかも危険度も高い。興奮した個体の突進を受ければ、人間など簡単に吹き飛ばされる。


 だから。


「観察だけにしよう」


 ルークは岩陰へ身を隠した。

 鞄から研究ノートを取り出す。


『王都近郊の森林にてブラックホーン一頭を確認――』


 そこまで書いたところで。


「……あれ?」


 筆が止まった。


 ブラックホーンの様子がおかしい。

 地面を何度も前脚で掻いている。ときおり大きく首を振り、木の幹へ角を打ちつける。そして数歩進んでは、また同じ場所へ戻ってくる。


「威嚇……?」


 最初はそう思った。

 しかし。


「違うな」


 ブラックホーンは、誰かを威嚇しているわけではない。こちらにも気づいていない。

 それなのに落ち着かない。


 地面を嗅ぐ。

 掘る。

 少し離れる。

 また戻る。


「……何か探してる?」


 ルークは目を細めた。


 ブラックホーンは地面へ鼻先を近づける。

 また低い声で鳴く。今度は、さっきより短い。


「この鳴き方……」


 ルークの表情が変わった。

 ノートをめくり、昔書いた記録を探す。


「ブラックホーンは群れで子育てをする。幼体が見えなくなった時、親個体は――」


 もう一度、鳴き声。

 短く。二度。


「……やっぱり」


 ルークは岩陰から周囲を見回した。


 親個体。

 それなら。


「近くに子供がいる」


 ブラックホーンが地面を掘っている場所を見る。

 その先。少し下った場所に、小さな沢がある。


 数日前の雨で、地面が崩れた跡。


「まさか」


 ルークは慎重に移動した。

 ブラックホーンから十分に距離を取ったまま、沢の方へ回り込む。


 斜面の下。

 倒木の陰から。


「……いた」


 小さな黒い角が見えた。

 ブラックホーンの幼体だった。


 崩れた土と倒木の間に挟まり、動けなくなっている。

 怪我はなさそうだ。ただ、自力では出られない。


「なるほど」


 親個体は暴れていたのではない。

 子供を探していた。


 地面を掘っていたのも、何度も同じ場所へ戻っていたのも、すべてこの幼体の匂いを追っていたからだ。


 ルークは少し考える。

 このまま幼体へ近づけば、親に襲われる可能性が高い。


 なら。


「直接触らない方がいいな」


 周囲を見る。

 倒木。蔓。傾斜。


 ルークは丈夫な蔓を拾い、倒木へ引っかけた。

 少し離れた位置から、てこのように動かす。


 一度では動かない。

 二度。

 三度。


「あと少し……」


 倒木がずれた。

 幼体が身体をよじる。

 隙間ができる。


 次の瞬間。

 小さなブラックホーンが飛び出した。


「よし」


 幼体が鳴く。


 すると、遠くにいた親個体が顔を上げた。

 そして一直線に駆けてくる。


「うわ」


 ルークはすぐ木陰へ下がった。


 親個体はルークには目もくれず、幼体のもとへ走る。

 鼻先を何度も押しつけ、幼体も親へ身体を擦りつける。


 さっきまで地面を蹴り、角を木へ叩きつけていたブラックホーンは、嘘のように落ち着いていた。


 しばらくして。

 二頭は並んで森の奥へ歩いていく。


 ルークはその背中を見送った。


「……やっぱり子供だったんだ」


 ノートを取り出す。


『親個体は幼体を見失った際、通常の威嚇行動とは異なる短い二連鳴きを発する』


 書く。


『探索中は鼻先を地面へ近づけ、同一地点を繰り返し掘る傾向あり』


「これは初めて見たな……」


 夢中で筆を走らせる。


 だから。

 背後に誰かが立っていることに、まったく気づかなかった。


「……あんた」


「――っ!?」


 ルークは飛び上がった。

 振り返る。


 そこに、一人の女が立っていた。


 艶のある長い黒髪。

 身にまとっているのは、黒を基調に深い紫の差し色が入った、動きやすさと気品を両立した装い。


 腰には細身の剣。

 そして頭部から伸びる、黒い角。


「……」


 ルークの思考が止まる。

 女がこちらを見ている。


「今、何をしたの?」

「…………」

「聞いてるんだけど」


 ルークは一歩下がる。

 背中に冷たい汗が流れた。


 ブラックホーンより怖い。


 王都近郊には、危険なモンスターすらほとんどいない。

 まして魔族など。


 いるはずがない。


「ま、魔族……?」

「そうだけど」


 女の目が細くなる。


「ここで何してるの?」

「散歩を」

「散歩?」

「……そのついでにブラックホーンを見てました」

「見てた?」

「はい」

「今、あれを助けたでしょ」

「僕は木を動かしただけです」

「その前よ」

「?」

「あれが暴れてるって、いつ気づいたの?」


 ルークは少し考える。


「鳴き声です」

「鳴き声?」

「ブラックホーンの威嚇音はもっと長いです。さっきのは短く二回ずつ鳴いてたので」

「……」

「それと同じ場所を何度も掘ってました。攻撃性が高まってるなら、もっと周囲全体に反応するはずです」

「それで、子供を探してると?」

「多分」

「多分で近づいたの?」

「幼体が見えたので、その時点ではほぼ確信してました」


「……」


 女はルークをじっと見た。


「名前は?」

「ルークです」

「私はリゼット」


「あなた、何者?」

「研究者です」

「王国の?」

「今日までは」

「今日まで?」

「さっき研究院をクビになりました」


「……」


 リゼットは少し考えたあと、森の奥を見る。


「ルーク」

「はい」

「あんた、今から暇?」

「……まあ」


 無職なので。


「なら、少し付き合って」


 この時のルークはまだ知らなかった。


 この半ば連行とも言える誘いが、これまでとはまったく別の人生へ、自分を連れていくことになるなんて。


 そして同じ頃。

 王立研究院の飼育棟では、別の騒ぎが起きていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、★★★★★で評価していただけると、今後の執筆の大きな励みになります。

ブックマーク、感想、誤字報告などもお気軽にいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。