モンスター研究者、追放される
「ルーク。君には今日限りで研究院を辞めてもらう」
朝一番。王立研究院の院長室に呼び出されたルークは、机の向こうから差し出された一枚の紙を見つめていた。
解雇通知。
そこには、間違いなく自分の名前が書かれている。
「……理由を聞いてもいいですか?」
「研究成果がない」
院長は即答した。ルークは少しだけ首を傾げる。
「先月も報告書を提出しましたけど」
「ホーンラビットの単独行動と個体間距離について、だったか?」
「これまでホーンラビットは単独行動が基本だと考えられていましたけど、繁殖期以外でも一定距離を保ちながら同じ個体同士で行動することがあって――」
「そういうところだ」
院長が言葉を遮った。
「君はいつまで、そんな研究を続けるつもりなんだ?」
「そんな研究?」
「モンスターが何を食う。いつ眠る。どう子を育てる。どんな鳴き声を出す。そんなものを調べて、一体何になる?」
ルークは黙った。
何になる。そう聞かれると、返答に困る。
知りたいから調べている。少なくともルークにとっては、それだけでも十分な理由だった。
「今、王国は魔王軍との戦争状態にある」
院長は続けた。
「研究院に必要なのは、モンスターを効率よく討伐する方法だ。弱点。毒への耐性。素材の軍事利用。そうした実用的な研究だ」
「生態を知ることも、討伐には役立ちます」
「ならば実績を出せ」
「……」
「君は研究院に入って二年になる。その間、何体のモンスターを効率的に殺す方法を確立した?」
「そういう研究はしていません」
「だから役に立たないと言っている」
院長は深く息を吐いた。
「研究院にも予算がある。戦争中なんだ。君一人の道楽に使える金などない」
道楽。
ルークは、その言葉を頭の中で繰り返した。
その時だった。
「まったく、その通りだ」
背後から声がした。
振り返ると、扉のそばに一人の青年が立っている。
赤髪に整った顔立ち。
勇者軍の制服。
胸には、若くして部隊を任された者だけが身につける銀の徽章。
「レオンハルト」
「久しぶりだな、ルーク」
学院時代の同級生だった。
同じ二十歳。しかし卒業して二年。今では、その立場には大きな差がついている。
「聞いて驚いた」
レオンハルトが笑った。
「まだモンスターの餌だの糞だのを調べていたのか?」
「糞も重要な情報になるよ」
「本気で言ってるのか?」
レオンハルトは鼻で笑った。
「学院にいた頃から何も変わってない。皆が剣や魔法を磨いている横で、お前だけ虫を追いかけていた」
心底呆れたような口調だった。
「学院を出れば多少は現実を見るかと思っていたが、二年経ってもそのままか」
「僕としては、ちゃんと研究してたつもりだけど」
「研究?」
レオンハルトが笑う。
「結果を出して初めて研究と呼べるんじゃないのか?」
「……」
「王国の役に立たない。戦場でも役に立たない。金だけ使う。それで研究者を名乗るのは随分楽な仕事だな」
院長は止めなかった。
むしろ、同意するように頷いている。
部屋の隅には、もう一人いた。
白い治癒術師の外套に、白色の髪。
学院時代の同級生、アイリスだ。
勇者軍の要請で、レオンハルトとともに研究院を訪れていたらしい。
アイリスは何も言わなかった。ただ、こちらを見ている。
「まあ、よかったじゃないか」
レオンハルトが続ける。
「これで、自分に才能がないって分かっただろ」
「……才能?」
「ああ」
迷いのない返答だった。
「お前は学院でも目立たなかった。剣も並。魔法も並。卒業後は研究院の末端」
指を折るように並べていく。
「その上、研究者としても成果なし。もう十分だろ?」
「……」
「身の丈に合った仕事しろ」
レオンハルトは少し考えた。
「勇者軍の補給部隊なら、人手が足りない。俺から話を通してやってもいいぞ。荷物運びなら、お前でもできるだろ」
ルークは少しだけ目を細めた。
「それはどうも」
「礼はいい」
本気で親切のつもりなのだろう。
その態度が、一番腹立たしかった。
ルークは机の上の解雇通知を取った。
「分かりました。今日中に荷物をまとめます」
「そうしてくれ」
「研究資料は?」
「必要なものはこちらで判断する」
「……分かりました」
ルークは頭を下げ、部屋を出る。
横を通り過ぎる瞬間、アイリスと目が合った。
「放っておけ、アイリス」
レオンハルトが言った。
「……」
「どうせ、すぐ現実を見る」
アイリスは返事をしなかった。
◇
ルークの研究室の片付けには、それほど時間はかからなかった。
元々、自分の私物は少ない。
本。
筆記用具。
そして、何十冊にもなる研究ノート。
「これは持っていこう」
未練がないわけではない。
でも、追い出された場所にしがみついても仕方がない。
研究院を出る。
門の前で一度だけ振り返り、それからそのまま王都を後にした。
「……さて」
行く当てはない。
仕事もない。
王都に残る理由も、もうほとんどなかった。
「一度、実家に帰るか」
ルークの実家は、王都から少し離れたベルナー領にある。
裕福というほどではないが、帰れば寝る場所くらいはある。
両親にも、しばらく顔を見せていなかった。
「ちょうどいいか」
この先のことは、帰ってから考えればいい。
そう思って、ルークは実家のある領地へ向かう街道を歩き始めた。
この時のルークは、まだ知らなかった。
研究院を追い出されたこの日、自分の人生を大きく変えることになる――運命の相手と出会うことを。
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