↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/21

遺跡

 進路を変更した翌日。


 アイリスたちの部隊は、亜人領へと辿り着いた。


「……ここが亜人領」


 アイリスは馬上から周囲を見渡した。


 緩やかな丘陵。

 その向こうには深い森が広がり、遠くには高い山々が連なっている。


 街道沿いには小さな集落も見えた。


 人間の領土と大きく違うわけではない。


 ただ。


 道の脇には、見慣れない模様が刻まれた石柱が、一定の間隔で立っていた。


「あれは?」


 アイリスが尋ねる。


「亜人たちの境界標らしいよ」


 フェリシアが答える。


「この先は、彼らの土地ってことだね」

「……そうなんだ」


 アイリスは石柱を見つめた。


 人間にも魔族にも属さない土地。


 ここには、ここで暮らしてきた人々の生活がある。


 そんな場所へ、今から軍が入ろうとしている。


「止まれ!」


 前方から声が響いた。


 隊列が止まる。


 街道の先には、数人の亜人が立っていた。


 獣の耳を持つ者。

 毛皮に覆われた腕を持つ者。


 姿はそれぞれ違うが、いずれも武器を携えている。


 その一人が前へ出た。


「ここから先は、我々の領地だ」


 低い声だった。


「何の用で来た」


 レオンハルトが馬を進める。


「王国勇者軍だ。古代遺跡の調査に来た」


「……遺跡?」


 亜人たちの表情が変わる。


「遺跡への立ち入りは認められない」

「我々は調査のために派遣された。そちらの代表者と話がしたい」

「話しても無駄だ」

「それを決めるのは、お前ではないだろう」


 レオンハルトは相手を見下ろした。


 亜人の男はしばらく黙っていたが、やがて後ろの仲間へ何かを告げた。


「……ここで待っていろ」


 そう言い残して、森の方へ歩いていった。


     ◇


 それからしばらくして。


 アイリスたちは亜人たちの集落へ案内された。


 木と石で造られた家々。


 道端には荷物を運ぶ住民の姿があり、子供たちが遠巻きにこちらを見ている。


 けれど。


 歓迎されている様子はなかった。


「……随分警戒されてるね」


 フェリシアが小さく呟く。


「うん」


 アイリスも頷いた。


 住民たちは、兵士たちが通るたびに道を空ける。


 中には、子供を家の中へ連れ戻す者もいた。


 やがて、一行は集落の中央にある大きな建物へ通された。


 中には、数人の亜人が待っていた。


 その中央に立つのは、灰色の髪をした壮年の男だった。


 頭には狼に似た耳。

 鋭い目つきと、がっしりとした体格。


 周囲の亜人たちは、彼の言葉を待っているようだった。


「私がこの地の代表を務める者だ」


 男は静かに口を開いた。


「王国の兵士が何の用だ」


 レオンハルトが一歩前へ出る。


「すでに伝わっていると思うが、我々は古代遺跡の調査を目的としている」

「聞いている」

「ならば話は早い。遺跡への立ち入りを許可してもらいたい」

「断る」


 即答だった。


「……理由を聞いても?」

「理由なら、以前にも伝えたはずだ」


 男はレオンハルトを見据える。


「あの遺跡は、我々の祖先が代々守ってきた場所だ。外部の者を入れるつもりはない」

「調査するだけだ。遺跡を破壊するつもりはない」

「そういう問題ではない」


 男の声が少し低くなる。


「我々にとって、あそこは神聖な場所なのだ」


 レオンハルトは腕を組んだ。


「だが、遺跡には古代の魔導技術が残されている可能性がある」

「それがどうした」

「戦争を終わらせる手掛かりになるかもしれない」


「……戦争?」


 男の表情が険しくなった。


「お前たち人間と魔族の争いだろう」


「……」


「我々には関係のない戦争だ。そのために、祖先から守ってきた場所を差し出せと言うのか」


 室内に沈黙が落ちた。


 レオンハルトは少し間を置いてから答える。


「協力してもらえれば、相応の補償は用意する」

「必要ない」

「調査が終われば、軍は撤収する」

「その約束を、どう信じろと言うのだ」


 男は首を振った。


「我々は、どちらの戦争にも関わるつもりはない。お前たちにも、魔族にも、遺跡を渡すつもりはない」


     ◇


 交渉は、しばらく続いた。


 だが。


 双方の意見が変わることはなかった。


 やがてレオンハルトが席を立つ。


「……分かった。今日のところは引き下がろう」

「そうしてもらいたい」

「ただし、我々も任務を放棄するわけにはいかない。改めて交渉の場を設けたい」

「答えは変わらんと思うがな」


 亜人の代表は短く答えた。


 そのまま部屋を出ようとしたところで。


「……あの」


 アイリスが口を開いた。


 男が振り返る。


「何だ」

「一つ、聞いてもいいですか?」

「……何をだ」

「その遺跡は、どうしてそんなに大切なんですか?」


 男はしばらくアイリスを見つめた。


「先ほど話したはずだが」

「はい。祖先から守ってきた場所だというのは聞きました」


 アイリスは続ける。


「でも、どうして守っているのか、もう少し詳しく知りたいんです」


 男は少し考えた。


 やがて。


「……ついてこい」


 そう言って、建物の外へ歩き出した。


     ◇


 案内されたのは、集落の外れにある小さな丘だった。


 そこには、古びた石碑が立っていた。


 表面には見慣れない文字と、大きな翼を持つ生き物の姿が刻まれている。


「……これは?」


 アイリスが尋ねる。


「我々の祖先が残したものだ」


 男は石碑へ目を向けた。


「遥か昔、この地には守護神がいたと伝えられている」


「守護神?」


「ああ。争いから我々の祖先を守り、この土地に安住の地を与えた存在だ」


 フェリシアも石碑を見る。


「それが、遺跡と関係しているの?」

「遺跡は、その守護神を祀るために造られたとされている」


「……そうなんだ」


 アイリスは石碑を見つめた。


 翼を広げた巨大な生き物。


 かなり古いものらしく、細かな部分は摩耗していた。


「守護神って、どんな姿だったんですか?」

「詳しいことは分からない。伝承も、長い年月の中で失われている」


 男は首を振る。


「だが、我々は今もあの場所を守っている。それが祖先との約束だからだ」


「……」


「お前たちにとっては、ただの古い建物かもしれない」


 男はアイリスを見る。


「だが、我々にとっては違う」


 アイリスは静かに頷いた。


「……分かりました」


「本当に分かったかは知らん。だが、少なくとも、軽々しく足を踏み入れていい場所ではないと知ってほしい」


「はい」


 その言葉に、偽りはなかった。


     ◇


 集落へ戻る途中。


 フェリシアが口を開いた。

「……どう思う?」

「遺跡のこと?」

「うん」


 アイリスは少し考える。


「少なくとも、あの人たちが守りたい理由は分かった気がする」

「そうだね」


「でも、軍は諦めないんだろうな……」


 フェリシアは答えなかった。


 古代の魔導技術。


 もし本当にそんなものが眠っているなら、王国が簡単に引き下がるとは思えない。


 長年続く戦争を終わらせるため。


 その大義名分があれば、多少の強引な手段も認められてしまうかもしれない。


「……できれば、争いにはしたくないね」


 アイリスが呟く。


「うん」


 フェリシアも小さく頷いた。


     ◇


 その日の夕方。


 王国軍の野営地では、指揮官たちが集まっていた。


「交渉は決裂か」


 調査隊の責任者が尋ねる。


「はい」


 レオンハルトが答える。


「亜人たちは遺跡への立ち入りを認めるつもりがないようです」

「困ったものだな」


 責任者は地図を見る。


「こちらも、ただの噂で部隊を動かしたわけではない。遺跡に古代技術が眠っているという情報には、それなりの根拠がある」


「ならば、強行するべきでは?」


 レオンハルトが言った。


「この程度の抵抗なら、我々の戦力で排除できます」


「……そう簡単な話でもない」


 責任者は首を振る。


「亜人領は中立地帯だ。こちらから攻撃すれば、余計な敵を増やすことになる」

「ですが、魔族に先を越される可能性もあります」

「分かっている」


 責任者は考え込んだ。


 その時だった。


「伝令!」


 天幕の外から声が響く。


「緊急の報告です!」


「入れ」


 一人の兵士が駆け込んできた。


「亜人領の北側で、魔族軍の部隊が確認されました!」


 室内の空気が変わる。


「……魔族軍?」

「はい! 複数の部隊が、こちらへ向かって進軍しています!」


 責任者が立ち上がる。


「規模は?」

「正確な数は不明です。ただ、相当数の兵が確認されています!」


 レオンハルトが地図へ目を落とした。


「……やはり、向こうも遺跡を狙っているか」

「その可能性が高い」


 責任者は眉をひそめる。


 魔族軍まで現れたとなれば、状況は大きく変わる。


 ここで撤退すれば、遺跡は魔族側に奪われるかもしれない。


 だが、進軍すれば、亜人たちとの衝突も避けられない。


「……全軍に警戒を命じろ」


 責任者が言った。


「魔族軍の動きを探れ。こちらからはまだ攻撃するな」

「はっ!」


 兵士が天幕を飛び出していく。


 レオンハルトが口を開いた。


「このままでは、亜人領が戦場になります」

「……分かっている」


 責任者は地図を見つめたまま答えた。


     ◇


 一方。


 集落へ戻った亜人の代表にも、同じ知らせが届いていた。


「……魔族まで来たか」


 男は低く呟いた。


「どうしますか?」


 部下の一人が尋ねる。


「人間側だけでも厄介だというのに……」


 男は窓の外を見る。


 遠くには、祖先から守り続けてきた古代遺跡がある。


 あの場所だけは、誰にも渡すわけにはいかない。


「……戦える者を集めろ」


「戦うのですか?」

「こちらから仕掛けるつもりはない」


 男は静かに答えた。


「だが、遺跡へ踏み込むというのなら、相手が誰であろうと止める」


「……承知しました」


 部下が部屋を出ていく。


 男は、もう一度遺跡の方を見た。


「……どうか、お守りください」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。


 長い年月を経て、静かに守られてきた土地。


 そこへ今、人間と魔族の軍勢が迫っていた。


 亜人領を巡る新たな争いが、始まろうとしていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、★★★★★で評価していただけると、今後の執筆の大きな励みになります。

ブックマーク、感想、誤字報告などもお気軽にいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。