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15/21

また一つ、役に立つ

 翌朝。


 ルークはリゼットに連れられ、魔王軍の飼育施設を訪れていた。


「……大きいですね」


 目の前に広がるのは、巨大な屋外飼育場だった。


 高い岩壁に囲まれた敷地。

 その上には、何本もの太い止まり木が設けられている。


 そして。


 岩壁の一角に、一羽の巨大な鳥が止まっていた。


 鋭い鉤爪。

 金色に輝く羽。

 翼を畳んでいても、馬を軽く上回るほどの体格。


「ガルーダ……!」


 ルークの目が輝く。


「知ってるの?」

「もちろんです! 大型の飛行モンスターで、飛行速度も持久力も優れているんです。人間側でも軍用化が研究されてますけど、飼育してるところは初めて見ました!」

「そう。それなら話が早いわね」


 リゼットは飼育場へ歩いていく。


 そこでは、一人の魔族の男が待っていた。


「リゼット様。お待ちしておりました」

「調子はどう?」

「相変わらずです。健康状態に異常はありませんが、繁殖の兆候が見られません」

「そう。連れてきたわよ」


 リゼットがルークを示す。


「こちらが例の研究者よ」

「あなたが……」


 男はルークを見た。


「飼育主任のセドと申します。よろしくお願いします」

「ルークです。こちらこそ」

「スカイリザードの件は聞いております。今回も何か分かればよいのですが……」


 セドは困ったように飼育場を振り返った。


「何年も育ててきた個体なのですが、今年はどうにも上手くいかなくて」

「詳しく聞かせてもらえますか?」

「ええ。こちらへ」


     ◇


 案内された先には、さらに広い飼育場があった。


 そこには、二羽のガルーダがいる。


 一羽は金色の羽。

 もう一羽は、少し赤みを帯びた褐色の羽をしていた。


「つがいですか?」

「はい。これまでにも何度か産卵しています」

「じゃあ、繁殖実績はあるんですね」

「ええ。しかし、今年は巣を作ろうともしないのです」


 ルークは二羽を見る。


 どちらも羽艶がよく、動きもしっかりしている。


「食事は?」

「問題ありません。いつもと同じ量を食べています」

「病気や怪我は?」

「ありません。軍の獣医にも確認してもらいました」


「なるほど……」


 ルークは巣の方を見る。


 岩壁の中ほどに設けられた、大きな木製の台。


 その上には枝や枯れ草が置かれている。


「巣はあそこですか?」

「はい。繁殖用に新しく設置しました」

「新しく?」

「ええ。以前の繁殖場が手狭になりまして、今年からこちらへ移したのです」

「前の巣はどんな場所に?」

「もう少し高い位置にありました。岩壁の裏側で、風の当たりにくい場所です」


「……なるほど」


 ルークはしばらく巣を眺めた。


 広さは十分。

 枝も用意されている。


 だが。


「……少し、見ていてもいいですか?」

「もちろんです」


 三人は柵の前で足を止めた。


     ◇


 しばらくすると。


 金色のガルーダが止まり木から飛び立った。


 大きな翼が風を起こす。


「おお……!」


 ルークが思わず声を上げる。


 ガルーダは飼育場を一周すると、巣の近くへ降りた。


 嘴で枝を一本くわえる。


「……あ」


 ルークが身を乗り出した。


 ガルーダは枝を運ぼうとする。


 その時だった。


「――整列!」


 遠くから号令が響いた。


 飼育場の向こう側。

 軍用モンスターの訓練場で、兵士たちが動き始めていた。


 金属製の装具が鳴る。

 大勢の足音が響く。


 すると。


 ガルーダは枝を落とし、すぐに止まり木へ戻ってしまった。


「……あれ?」


 ルークが呟く。


「どうかしましたか?」

「今、巣に枝を運ぼうとしてましたよね」

「ええ。しかし、すぐにやめてしまいました」

「いつもあんな感じなんですか?」

「そうですね。巣に近づくことはあるのですが、なかなか作業が進まなくて」


 ルークは訓練場を見る。


 それから、もう一度巣を見た。


「……なるほど」

「何か分かりましたか?」

「まだ確実ではないですけど」


 ルークは巣の位置を指差す。


「この巣、訓練場からよく見えますよね」

「ええ。それが何か?」

「ガルーダからも、訓練場がよく見えるんです」


 セドが首を傾げる。


「それは……そうでしょうが」

「ガルーダは、巣を作る時期になると周囲の変化に敏感になるんです」


 ルークは説明を続ける。


「特に産卵する場所は、外敵が近づきにくくて、落ち着ける場所を選ぶことが多いんですよ」

「……つまり?」

「ここ、少し騒がしすぎるのかもしれません」


 セドが訓練場を振り返る。


「ですが、ガルーダは元々軍用のモンスターです。訓練場の騒音には慣れていますよ」

「はい。飛行訓練なら問題ないと思います」

「では……?」

「でも、飛ぶ時と卵を産む時では、必要な環境が違うんです」


 ルークは巣を見る。


「普段は気にならなくても、繁殖の時期には落ち着かないのかもしれません」


「……なるほど」


 セドは腕を組んだ。


「確かに、以前の繁殖場はもっと静かな場所でした」

「できれば、前の巣と同じような場所に移してみたいです」

「しかし、今から作り直すとなると……」

「全部じゃなくても大丈夫だと思います。巣の位置を高くして、訓練場から見えないようにするだけでも」


 ルークは岩壁を見上げる。


「あの辺りなら、どうでしょう?」


 岩壁の上部。

 少し奥まった場所に、広い岩棚があった。


「……なるほど。あそこなら人の出入りも少ない」

「それに、今の巣よりも高いですし」


 セドが頷く。


「試してみる価値はありそうですね」


 リゼットが二人を見る。


「決まり?」

「はい。ただ、必ず改善するとは限らないので、移動後も様子を見たいです」

「分かったわ。必要な人員は用意させる」

「ありがとうございます!」


 ルークは嬉しそうに頭を下げた。


     ◇


 数日後。


 ルークは再びガルーダの繁殖施設を訪れていた。


「ルーク殿!」


 セドが駆け寄ってくる。


「来てくださったんですね!」

「はい。どうなりました?」

「それが……見てください!」


 セドが岩壁の上を指差す。


 以前よりも高い位置。

 訓練場から死角になる場所に、新しい巣が作られていた。


 そして。


 そこには、二羽のガルーダがいた。


 一羽が枝を運び。

 もう一羽が嘴で巣の形を整えている。


「……おお」


 ルークの目が輝いた。


「巣を作ってる!」

「ええ! 移してから少しずつ枝を運ぶようになりまして!」


 セドの声が弾む。


「昨日からは、二羽で巣を整えるようになったんです!」

「よかった……!」


 ルークはしばらく二羽の様子を眺めていた。


 以前とは違う。


 周囲を気にして何度も飛び立つこともない。

 落ち着いて巣作りを続けている。


「これなら、産卵も期待できそうですね」

「本当にありがとうございます!」


 セドが深く頭を下げた。


「いえ、まだ卵が産まれたわけじゃないですから」

「それでも、大きな前進です」


 セドは巣を見上げる。


「餌も健康状態も問題なかったので、何が悪いのか分からなかったんです」

「僕も、実際に見なければ気づかなかったと思います」

「……なるほど。やはり、現場での観察が大事なのですね」

「はい」


 ルークが頷く。


「記録だけでは分からないことも多いですから」


 その時。


 岩壁の上から、ガルーダの高い鳴き声が響いた。


 ルークは思わず笑った。


     ◇


 さらに数日後。


 研究室へ戻ってきたルークのもとへ、セドが飛び込んできた。


「ルーク殿!」

「どうしました?」

「産まれました!」

「……え?」

「卵です! ガルーダが産卵しました!」

「本当ですか!?」


 ルークが勢いよく立ち上がる。


「はい! 今朝、巣を確認したところ、卵が二つ!」

「二つも!」

「ええ!」


 二人は思わず笑い合った。


「いやあ、よかった……!」


 ルークは胸を撫で下ろす。


 環境を変えたことで巣作りは始まった。

 けれど、本当に産卵するかどうかは分からなかった。


 それが、こうして結果につながったのだ。


「ありがとうございます、ルーク殿」

「いえ。皆さんが環境を整えてくれたおかげですよ」

「それでも、あなたがいなければ原因には気づけなかったでしょう」


 セドは少し考えた後、口を開いた。


「実は、一つお願いがありまして」

「何ですか?」

「今後も、ガルーダの繁殖について相談に乗っていただけませんか?」

「もちろんです!」

「それと……もしよろしければ、私もあなたの研究を手伝わせていただきたいのですが」


「……え?」


 ルークが目を丸くする。


「セドさんが?」

「はい。私は長年、モンスターの飼育に携わってきました。ですが、今回のことで、まだまだ知らないことがあると痛感しました」

「それは僕も同じですよ」

「だからこそ、一緒に調べてみたいのです」


 セドはまっすぐルークを見る。


「現場の飼育記録なら、いくらでも提供できます。あなたの研究にも、きっと役立てると思います」


「……!」


 ルークの表情が明るくなる。


「ぜひ、お願いします!」


 セドが笑った。


「こちらこそ!」


 こうして。

 ルークの研究室に、新たな協力者が加わることになった。


     ◇


 その日の夕方。


「ガルーダが産卵したそうね」


 研究室を訪れたリゼットが言った。


「はい! 卵が二つも産まれたそうです!」

「随分嬉しそうね」

「もちろんです!」


 ルークは笑顔で答える。


「環境を変えただけで、あんなに行動が変わるんですよ。やっぱり、モンスターの生態って面白いですね」

「そう」


 リゼットは机の上を見る。


 積み重ねられた観察記録。

 新しく書き加えられた飼育環境の改善案。

 そして、セドが持ち込んだ大量の資料。


「……また増えてるわね」

「はい。セドさんが資料を貸してくれることになったので」

「この部屋に全部入るの?」

「……多分」

「多分?」


 リゼットが呆れたように笑う。


「そのうち、もっと大きい部屋が必要になりそうね」

「えっ、いいんですか?」

「まだ何も言ってないでしょう」

「……そうでした」


 少し残念そうなルークを見て、リゼットは小さく笑った。


「でも、考えておくわ」

「本当ですか!?」

「ええ。これだけ成果を出してくれるならね」


 ルークは嬉しそうに頷いた。


 人間の研究院では、役に立たないと言われた研究。


 けれど今は、その知識を必要としてくれる人たちがいる。


 しかも。

 研究を手伝いたいと言ってくれる人まで現れた。


「……ありがとうございます」

「何が?」

「研究を続けさせてもらえて」


 リゼットは少し意外そうな顔をした。


 それから。


「お礼を言うのは、まだ早いわよ」

「え?」

「あなたには、これからもっと働いてもらうんだから」

「……ほどほどでお願いします」

「それは無理ね」

「そんな……」


 リゼットは楽しそうに笑った。


 ルークは小さくため息をつく。

 けれど、その顔もどこか楽しそうだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、★★★★★で評価していただけると、今後の執筆の大きな励みになります。

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