また一つ、役に立つ
翌朝。
ルークはリゼットに連れられ、魔王軍の飼育施設を訪れていた。
「……大きいですね」
目の前に広がるのは、巨大な屋外飼育場だった。
高い岩壁に囲まれた敷地。
その上には、何本もの太い止まり木が設けられている。
そして。
岩壁の一角に、一羽の巨大な鳥が止まっていた。
鋭い鉤爪。
金色に輝く羽。
翼を畳んでいても、馬を軽く上回るほどの体格。
「ガルーダ……!」
ルークの目が輝く。
「知ってるの?」
「もちろんです! 大型の飛行モンスターで、飛行速度も持久力も優れているんです。人間側でも軍用化が研究されてますけど、飼育してるところは初めて見ました!」
「そう。それなら話が早いわね」
リゼットは飼育場へ歩いていく。
そこでは、一人の魔族の男が待っていた。
「リゼット様。お待ちしておりました」
「調子はどう?」
「相変わらずです。健康状態に異常はありませんが、繁殖の兆候が見られません」
「そう。連れてきたわよ」
リゼットがルークを示す。
「こちらが例の研究者よ」
「あなたが……」
男はルークを見た。
「飼育主任のセドと申します。よろしくお願いします」
「ルークです。こちらこそ」
「スカイリザードの件は聞いております。今回も何か分かればよいのですが……」
セドは困ったように飼育場を振り返った。
「何年も育ててきた個体なのですが、今年はどうにも上手くいかなくて」
「詳しく聞かせてもらえますか?」
「ええ。こちらへ」
◇
案内された先には、さらに広い飼育場があった。
そこには、二羽のガルーダがいる。
一羽は金色の羽。
もう一羽は、少し赤みを帯びた褐色の羽をしていた。
「つがいですか?」
「はい。これまでにも何度か産卵しています」
「じゃあ、繁殖実績はあるんですね」
「ええ。しかし、今年は巣を作ろうともしないのです」
ルークは二羽を見る。
どちらも羽艶がよく、動きもしっかりしている。
「食事は?」
「問題ありません。いつもと同じ量を食べています」
「病気や怪我は?」
「ありません。軍の獣医にも確認してもらいました」
「なるほど……」
ルークは巣の方を見る。
岩壁の中ほどに設けられた、大きな木製の台。
その上には枝や枯れ草が置かれている。
「巣はあそこですか?」
「はい。繁殖用に新しく設置しました」
「新しく?」
「ええ。以前の繁殖場が手狭になりまして、今年からこちらへ移したのです」
「前の巣はどんな場所に?」
「もう少し高い位置にありました。岩壁の裏側で、風の当たりにくい場所です」
「……なるほど」
ルークはしばらく巣を眺めた。
広さは十分。
枝も用意されている。
だが。
「……少し、見ていてもいいですか?」
「もちろんです」
三人は柵の前で足を止めた。
◇
しばらくすると。
金色のガルーダが止まり木から飛び立った。
大きな翼が風を起こす。
「おお……!」
ルークが思わず声を上げる。
ガルーダは飼育場を一周すると、巣の近くへ降りた。
嘴で枝を一本くわえる。
「……あ」
ルークが身を乗り出した。
ガルーダは枝を運ぼうとする。
その時だった。
「――整列!」
遠くから号令が響いた。
飼育場の向こう側。
軍用モンスターの訓練場で、兵士たちが動き始めていた。
金属製の装具が鳴る。
大勢の足音が響く。
すると。
ガルーダは枝を落とし、すぐに止まり木へ戻ってしまった。
「……あれ?」
ルークが呟く。
「どうかしましたか?」
「今、巣に枝を運ぼうとしてましたよね」
「ええ。しかし、すぐにやめてしまいました」
「いつもあんな感じなんですか?」
「そうですね。巣に近づくことはあるのですが、なかなか作業が進まなくて」
ルークは訓練場を見る。
それから、もう一度巣を見た。
「……なるほど」
「何か分かりましたか?」
「まだ確実ではないですけど」
ルークは巣の位置を指差す。
「この巣、訓練場からよく見えますよね」
「ええ。それが何か?」
「ガルーダからも、訓練場がよく見えるんです」
セドが首を傾げる。
「それは……そうでしょうが」
「ガルーダは、巣を作る時期になると周囲の変化に敏感になるんです」
ルークは説明を続ける。
「特に産卵する場所は、外敵が近づきにくくて、落ち着ける場所を選ぶことが多いんですよ」
「……つまり?」
「ここ、少し騒がしすぎるのかもしれません」
セドが訓練場を振り返る。
「ですが、ガルーダは元々軍用のモンスターです。訓練場の騒音には慣れていますよ」
「はい。飛行訓練なら問題ないと思います」
「では……?」
「でも、飛ぶ時と卵を産む時では、必要な環境が違うんです」
ルークは巣を見る。
「普段は気にならなくても、繁殖の時期には落ち着かないのかもしれません」
「……なるほど」
セドは腕を組んだ。
「確かに、以前の繁殖場はもっと静かな場所でした」
「できれば、前の巣と同じような場所に移してみたいです」
「しかし、今から作り直すとなると……」
「全部じゃなくても大丈夫だと思います。巣の位置を高くして、訓練場から見えないようにするだけでも」
ルークは岩壁を見上げる。
「あの辺りなら、どうでしょう?」
岩壁の上部。
少し奥まった場所に、広い岩棚があった。
「……なるほど。あそこなら人の出入りも少ない」
「それに、今の巣よりも高いですし」
セドが頷く。
「試してみる価値はありそうですね」
リゼットが二人を見る。
「決まり?」
「はい。ただ、必ず改善するとは限らないので、移動後も様子を見たいです」
「分かったわ。必要な人員は用意させる」
「ありがとうございます!」
ルークは嬉しそうに頭を下げた。
◇
数日後。
ルークは再びガルーダの繁殖施設を訪れていた。
「ルーク殿!」
セドが駆け寄ってくる。
「来てくださったんですね!」
「はい。どうなりました?」
「それが……見てください!」
セドが岩壁の上を指差す。
以前よりも高い位置。
訓練場から死角になる場所に、新しい巣が作られていた。
そして。
そこには、二羽のガルーダがいた。
一羽が枝を運び。
もう一羽が嘴で巣の形を整えている。
「……おお」
ルークの目が輝いた。
「巣を作ってる!」
「ええ! 移してから少しずつ枝を運ぶようになりまして!」
セドの声が弾む。
「昨日からは、二羽で巣を整えるようになったんです!」
「よかった……!」
ルークはしばらく二羽の様子を眺めていた。
以前とは違う。
周囲を気にして何度も飛び立つこともない。
落ち着いて巣作りを続けている。
「これなら、産卵も期待できそうですね」
「本当にありがとうございます!」
セドが深く頭を下げた。
「いえ、まだ卵が産まれたわけじゃないですから」
「それでも、大きな前進です」
セドは巣を見上げる。
「餌も健康状態も問題なかったので、何が悪いのか分からなかったんです」
「僕も、実際に見なければ気づかなかったと思います」
「……なるほど。やはり、現場での観察が大事なのですね」
「はい」
ルークが頷く。
「記録だけでは分からないことも多いですから」
その時。
岩壁の上から、ガルーダの高い鳴き声が響いた。
ルークは思わず笑った。
◇
さらに数日後。
研究室へ戻ってきたルークのもとへ、セドが飛び込んできた。
「ルーク殿!」
「どうしました?」
「産まれました!」
「……え?」
「卵です! ガルーダが産卵しました!」
「本当ですか!?」
ルークが勢いよく立ち上がる。
「はい! 今朝、巣を確認したところ、卵が二つ!」
「二つも!」
「ええ!」
二人は思わず笑い合った。
「いやあ、よかった……!」
ルークは胸を撫で下ろす。
環境を変えたことで巣作りは始まった。
けれど、本当に産卵するかどうかは分からなかった。
それが、こうして結果につながったのだ。
「ありがとうございます、ルーク殿」
「いえ。皆さんが環境を整えてくれたおかげですよ」
「それでも、あなたがいなければ原因には気づけなかったでしょう」
セドは少し考えた後、口を開いた。
「実は、一つお願いがありまして」
「何ですか?」
「今後も、ガルーダの繁殖について相談に乗っていただけませんか?」
「もちろんです!」
「それと……もしよろしければ、私もあなたの研究を手伝わせていただきたいのですが」
「……え?」
ルークが目を丸くする。
「セドさんが?」
「はい。私は長年、モンスターの飼育に携わってきました。ですが、今回のことで、まだまだ知らないことがあると痛感しました」
「それは僕も同じですよ」
「だからこそ、一緒に調べてみたいのです」
セドはまっすぐルークを見る。
「現場の飼育記録なら、いくらでも提供できます。あなたの研究にも、きっと役立てると思います」
「……!」
ルークの表情が明るくなる。
「ぜひ、お願いします!」
セドが笑った。
「こちらこそ!」
こうして。
ルークの研究室に、新たな協力者が加わることになった。
◇
その日の夕方。
「ガルーダが産卵したそうね」
研究室を訪れたリゼットが言った。
「はい! 卵が二つも産まれたそうです!」
「随分嬉しそうね」
「もちろんです!」
ルークは笑顔で答える。
「環境を変えただけで、あんなに行動が変わるんですよ。やっぱり、モンスターの生態って面白いですね」
「そう」
リゼットは机の上を見る。
積み重ねられた観察記録。
新しく書き加えられた飼育環境の改善案。
そして、セドが持ち込んだ大量の資料。
「……また増えてるわね」
「はい。セドさんが資料を貸してくれることになったので」
「この部屋に全部入るの?」
「……多分」
「多分?」
リゼットが呆れたように笑う。
「そのうち、もっと大きい部屋が必要になりそうね」
「えっ、いいんですか?」
「まだ何も言ってないでしょう」
「……そうでした」
少し残念そうなルークを見て、リゼットは小さく笑った。
「でも、考えておくわ」
「本当ですか!?」
「ええ。これだけ成果を出してくれるならね」
ルークは嬉しそうに頷いた。
人間の研究院では、役に立たないと言われた研究。
けれど今は、その知識を必要としてくれる人たちがいる。
しかも。
研究を手伝いたいと言ってくれる人まで現れた。
「……ありがとうございます」
「何が?」
「研究を続けさせてもらえて」
リゼットは少し意外そうな顔をした。
それから。
「お礼を言うのは、まだ早いわよ」
「え?」
「あなたには、これからもっと働いてもらうんだから」
「……ほどほどでお願いします」
「それは無理ね」
「そんな……」
リゼットは楽しそうに笑った。
ルークは小さくため息をつく。
けれど、その顔もどこか楽しそうだった。
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