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それぞれの道

「……ルーク?」


 青年がこちらを見た。

 そして、その表情が驚きに変わった。


「……アイリス?」

「やっぱり、ルークだ!」


 アイリスが駆け寄ろうとする。

 だが、その前にフェリシアが腕を伸ばした。


「待って」

「フェリシア?」

「そっちの女、魔族だよね」


 フェリシアは剣を構えたまま、リゼットを睨んでいる。


 リゼットはそんな彼女を一瞥した。


「そうだけど?」

「その人をどうするつもり?」

「どうするって?」

「人間を連れ歩いて、何を企んでるのかって聞いてるの」

「別に。私が雇ってるだけよ」


「雇ってる?」


 フェリシアが眉をひそめる。


「本当なの、ルーク?」

「あ、はい。本当です」

「脅されてるんじゃないでしょうね?」

「えっと……」


 ルークはちらりとリゼットを見る。


「何?」

「いえ」


 確かに最初は、半ば脅されたような気もする。

 けれど。


「今は、自分の意思で一緒にいます」


 そう答えると、フェリシアはようやく剣を下ろした。


「……そう」

「それより、アイリス。どうしてこんなところに?」

「それはこっちの台詞だよ!」


 アイリスが一歩近づく。


「ずっと探してたんだから!」

「僕を?」

「そう!」


 ルークは目を丸くした。


「どうして?」

「どうしてって……」


 アイリスは言葉に詰まる。


 研究院を追放された後。

 ルークの足取りを追い、森まで向かった。


 そこで見つけた、途切れた足跡と魔術の痕跡。


 何かあったのではないかと、ずっと気になっていた。


「……心配だったから」

「心配?」

「急にいなくなったし、森には変な痕跡も残ってたし」


「ああ……」


 ルークはようやく思い当たった。


「あれ、僕が転移した場所ですね」

「やっぱり!」


 後ろからエマが顔を出した。


「あの魔術、転移だったんですね!」

「え?」

「あ、初めまして。エマです。アイリス先輩の学院の後輩で、魔術工房をやってます」

「ルークです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」


 エマはルークの隣にいるリゼットを見る。


「ちなみに、あの転移魔術って……」

「私よ」


 リゼットが答えた。


 エマの目が輝く。


「やっぱり! あんな痕跡、初めて見ました! どういう術式なんですか?」

「教えると思う?」

「ですよねえ……」


 残念そうに肩を落とす。


 その様子に、フェリシアがため息をついた。


「エマ。今は魔術の話じゃないでしょ」

「あ、そうでした」


 アイリスが改めてルークを見る。


「それで、今はどこにいるの?」

「魔族領です」

「……魔族領?」

「はい。リゼットさんに雇ってもらって、そこでモンスターの研究をしてます」


「研究?」


「研究室も用意してもらったんです。飼育されてるモンスターも色々見せてもらえて」


 ルークの表情が明るくなる。


「人間の研究院にはなかった記録も多くて、すごく面白いんですよ」


「……そっか」


 アイリスは少しだけ目を細めた。


 研究院を追放された時のルークは、どこか寂しそうだった。

 けれど、今は違う。


 楽しそうに研究の話をしている。


「よかった」

「え?」

「元気そうで」


 ルークは少し照れくさそうに笑った。


「まあ、はい。おかげさまで」


「それで」


 フェリシアが倒れたリントドレイクを見る。


「あなたたちは、どうしてここに?」

「大型モンスターの痕跡を調べてたのよ」


 リゼットが答える。


「こいつが目的だったの?」

「違ったわ」

「違った?」

「ええ。残念ながらね」


 リゼットは興味を失ったように、リントドレイクから目を離した。


 一方、ルークは死体の方へ歩いていく。


「あの、少し見てもいいですか?」

「別にいいけど」


 フェリシアが答える。


 ルークはしゃがみ込み、リントドレイクの身体を調べ始めた。


 鱗。

 脚。

 爪の状態。

 そして、尾の付け根。


「……あれ?」

「どうしたの?」


 アイリスが隣にしゃがむ。


「少し気になることがあって」


 ルークは後脚を確認する。


 その一部には、古い傷が残っていた。


「この傷、皆さんがつけたものですか?」

「ううん。私たちは肩を攻撃したから」

「ですよね」


 ルークは傷口を眺める。


「かなり前についた傷みたいです。それに、爪も随分すり減ってる」

「それが何か?」


 フェリシアが尋ねる。


「長い距離を移動してきたのかもしれません」

「移動?」

「リントドレイクは、普段あまり生息域を離れないモンスターなんです」


 ルークは周囲を見渡す。


「それがこんな草原まで来ている。何か理由があるはずです」


 アイリスが顔を上げた。


「……もしかして」

「何です?」

「昨日から、モンスターたちが同じ方向に走ってたの」

「同じ方向?」

「うん。西から東へ。種類もバラバラなのに、みんな急いでるみたいで」


「……なるほど」


 ルークは少し考えた。


「何かから逃げていた可能性はありますね」

「やっぱり、こいつから?」


 フェリシアがリントドレイクを見る。


「それも考えられますけど……」


 ルークは首を傾げる。


「この個体も、何かから逃げてきたのかもしれません」

「リントドレイクが?」

「はい。断定はできませんけど」


 ルークは再び、すり減った爪を見る。


「普段の生息域を離れて、ここまで移動するなんて、あまり普通じゃないですから」


「……そう」


 フェリシアはリントドレイクを見下ろした。


 あれほど苦戦したモンスターが。

 何かから逃げてきた。


 そう考えると、少し気味が悪かった。


「それなら、何から逃げてきたんでしょうね」


 エマが呟く。


「それは、もう少し調べないと」


 ルークが答える。


「……本当に詳しいんですね」


 エマが感心したように言った。


「いえ、まだ分からないことばかりですよ」

「でも、私たちはそんなこと考えもしませんでした」

「そうですか?」

「はい。大きいモンスターが小さいモンスターを追い払ってるんだとばかり」


「それも十分あり得ますよ」


 ルークは笑う。


「だから、痕跡を調べるんです。実際に何が起きたのか、少しでも分かるように」


 エマは少し考え込んだ。


「……なるほど」


 その隣で。

 リゼットは黙ってルークを見ていた。


     ◇


「ねえ、ルーク」


 調査が一段落したところで。

 アイリスが声をかけた。


「何です?」

「これから、どうするの?」

「これから?」

「その……王都には戻らないの?」


 ルークは少し考える。


「今のところ、戻る予定はないですね」

「そう……」

「研究院を追い出された身ですし」


「でも!」


 アイリスが顔を上げる。


「グリフォンの件、覚えてる?」

「グリフォン?」

「研究院で暴れた三頭のグリフォン。ルークが前に話してた赤樫のことを思い出して、解決できたの」

「えっ、そうだったんですか?」

「うん。ルークの知識が役に立ったんだよ」


「それはよかった」


 ルークは素直に喜んだ。


 その反応に、アイリスは少し戸惑う。


「……それだけ?」

「え?」

「もっと、何か……」


 自分の知識が役に立ったのだ。

 追放した研究院に対して、思うところはないのだろうか。


 けれど、ルークは不思議そうにしている。


「グリフォンたちが落ち着いたなら、よかったです」


「……そっか」


 アイリスは小さく息を吐く。


「それでね。私、ルークの知識は勇者軍でも役に立つと思うの」

「勇者軍で?」

「うん。研究院じゃなくても、できることはあるんじゃないかなって」


 ルークは黙って聞いていた。


「だから、もしよかったら……」


 アイリスは少し迷ってから続ける。


「一緒に王都へ戻らない?」


「……」


 ルークはリゼットを見る。


 リゼットは何も言わなかった。

 ただ、ルークの返事を待っている。


 しばらくして。


「ありがとうございます」


 ルークが口を開いた。


「でも、僕はここに残ろうと思います」

「……どうして?」

「今の場所なら、僕の研究を続けられるので」


 ルークは少し笑う。


「研究室もありますし、調べたいモンスターもたくさんいます。それに、僕の研究を必要としてくれる人もいるんです」


「……そうなんだ」

「はい」


 アイリスは、もう一度リゼットを見る。


 人間の研究者を雇った魔族。

 何を考えているのかは分からない。


 けれど。

 ルークが楽しそうにしているのは、確かだった。


「……分かった」


 アイリスが頷く。


「ルークがそう決めたなら、無理には言わない」

「ありがとうございます」

「でも、何か困ったことがあったら言ってね」

「はい」

「本当にだよ?」

「分かってます」


 そのやり取りを聞いていたフェリシアが、腕を組んだ。


「まあ、本人が決めたなら仕方ないね」

「……うん」

「それに、私たちもそろそろ戻らないと」

「あ」


 アイリスが空を見る。


 日は、もう傾き始めていた。


「今日までだったもんね」

「そう。約束は守ってもらうよ」

「分かってるって」


 フェリシアはようやく肩の力を抜いた。


     ◇


「それじゃ、私たちは戻るね」


 アイリスが言った。


「はい。気をつけて」

「ルークもね」


 エマが一歩前に出る。


「あの、ルークさん」

「はい?」

「またモンスターの話、聞かせてください」

「もちろんです」

「あと、そっちの転移魔術も気になるんですけど……」


 エマがちらりとリゼットを見る。


「しつこいわね」

「だって気になるじゃないですか!」

「教えないわよ」

「残念です……」


 フェリシアが苦笑する。


「ほら、行くよ」


 三人は馬を繋いでいる街道の方へ歩き出した。


 その途中。

 アイリスが振り返る。


「ルーク!」

「はい?」

「また会えるよね?」


 ルークは少し驚いた後、頷いた。


「ええ。きっと」


「……うん!」


 アイリスは笑った。

 そして、今度こそ歩き出す。


 隣を歩くフェリシアが、ちらりと彼女を見る。


「よかったの?」

「何が?」

「連れて帰らなくて」


 アイリスは少し考えた。


「……うん」

「そっか」

「元気そうだったし。それに、今の場所が好きみたいだから」

「そうだね」


 しばらく歩いてから。

 アイリスはぽつりと言った。


「私たちも、もうすぐ前線に戻るんだよね」

「その予定だけど?」

「だったら……また会えるかもしれないね」

「まあ、国境も近くなるしね」

「うん」


 アイリスは小さく笑う。


 ルークが無事だと分かった。

 それだけでも、今回探しに来た意味はあった。


 また会えるかどうかは、分からない。

 けれど。


 今は、それで十分だった。


     ◇


 一方。

 ルークは遠ざかっていく三人を見送っていた。


「……知り合いだったのね」


 隣でリゼットが言う。


「はい。アイリスは学院の同級生です」

「わざわざ探しに来てくれるなんて、随分親しいのね」

「そうですかね。学院では、そんなに話したことなかったんですけど」

「ふうん」


 リゼットは、もう一度アイリスたちの背中を見る。


「……まあ、いいわ」

「何がです?」

「別に」


 そう言うと、ルークへ向き直った。


「それで、あなたは本当にこっちに残るのね?」

「はい」

「人間の方へ戻る機会だったかもしれないのに?」

「そうですね。でも」


 ルークは少し考える。


「まだ、調べたいことが山ほどあるので」


 リゼットは一瞬きょとんとして。

 それから、笑った。


「本当に研究が好きなのね」

「はい」

「即答なのね」

「そこは迷いませんよ」

「そう」


 リゼットは手を差し出した。


「じゃあ、帰りましょうか」

「はい」


 ルークがその手を取る。


 次の瞬間。

 二人の姿が消えた。


 こうして。

 再会したルークとアイリスたちは、再び別々の道へ進むことになった。


 それぞれが、この先で何を見つけることになるのか。


 この時は、まだ誰も知らなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、★★★★★で評価していただけると、今後の執筆の大きな励みになります。

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