再会
翌朝。
三人は宿を出ると。
昨日と同じように、西へ続く街道を進んだ。
フェリシアとの約束では。
今日が最後の調査日だ。
日が暮れるまでに何も見つからなければ、王都へ戻る。
「分かってるよね?」
馬を走らせながら。
フェリシアが念を押す。
「今日までって話」
「分かってる」
昨日と違い。
異変は、朝から目についた。
「……また」
草原の向こう。
数匹のグレイウルフが走っている。
やはり。
西から東へ。
こちらには目もくれず、そのまま走り去っていった。
それだけではない。
キラービー。
ロックリザード。
何度も。
何度も。
同じ方向へ移動している。
「昨日より増えてない?」
アイリスが言う。
「増えてるね」
フェリシアも、さすがに否定しなかった。
エマが遠ざかっていくモンスターたちを見る。
「やっぱり、何かあるんでしょうか」
「この先に?」
「分かりません。でも」
エマは西を見る。
「ルークさんが転移した可能性が高い方向も、こっちです」
「……うん」
「もう少し進んでみましょう」
アイリスが言うと。
フェリシアがすぐにこちらを見る。
「日暮れまでだからね」
「分かってるって」
「ならいいけど」
三人は、そのまま進んだ。
昼前。
草原の先に、低い岩山が見えてきた。
その周辺だけ。
景色が明らかに違っている。
「……何あれ」
アイリスが馬を止めた。
草が大きく踏み潰されている。
ところどころ。
地面が深く抉れていた。
街道脇の低木も。
何本か、根元から折れている。
「大きい何かが通ったみたいだね」
フェリシアが馬から降りる。
「モンスター?」
「多分」
エマも地面へ降りる。
三人で痕跡を確認する。
太い爪。
深く沈んだ足跡。
一歩ごとの間隔も大きい。
「かなり大きそう」
アイリスが呟く。
「馬はここに置いていこう」
フェリシアが言った。
「何かいるなら、乗ったまま近づく方が危ない」
「分かった」
三人は馬を街道脇へ繋ぎ。
岩山の方へ歩き始めた。
しばらく進む。
その時。
低い唸り声が響いた。
「……っ」
フェリシアが剣を抜く。
岩陰から。
ゆっくりと。
巨大な影が姿を現した。
四本の太い脚。
地面を擦る長い尾。
全身を覆う、暗褐色の硬い鱗。
頭部から後方へ伸びる二本の角。
翼はない。
だが。
馬より遥かに大きな身体だった。
その姿を見た瞬間。
アイリスの表情が変わる。
「リントドレイク!」
アイリスが腰のレイピアへ手をかける。
「竜種の中では下位だけど、十分危険よ!」
「それがなんでこんなところにいるの?」
「分からない!」
リントドレイクが地面を蹴る。
「来る!」
三人が左右へ飛ぶ。
直後。
リントドレイクが、さっきまで三人のいた場所を駆け抜ける。
地面が大きく抉れた。
「速っ……!」
アイリスが息を呑む。
「身体強化!」
淡い光がフェリシアを包む。
「助かる!」
フェリシアが駆け出す。
側面へ回り込み。
剣を振り下ろす。
硬い音。
「っ!」
刃が鱗に弾かれた。
「硬い!」
リントドレイクが身体を捻る。
巨大な尾が薙ぎ払われる。
「フェリシア!」
「分かってる!」
辛うじて飛び退く。
その隙に。
「――《フレアランス》!」
エマの前に炎の槍が生まれる。
一直線に飛び。
リントドレイクの肩へ直撃した。
爆発。
煙が上がる。
「やった?」
「まだ!」
煙の中から。
リントドレイクが飛び出してくる。
「効いてない!?」
「いや!」
エマが叫ぶ。
「鱗の隙間が焼けてる!」
「そこね!」
フェリシアが再び踏み込む。
剣を振り下ろす。
今度は。
焼けた鱗の隙間へ。
硬い音。
鱗が大きく割れた。
「いける!」
だが。
リントドレイクは倒れない。
咆哮。
頭を振り上げる。
「っ!」
角がフェリシアの鎧を掠める。
身体が吹き飛ばされた。
「フェリシア!」
アイリスが駆け寄る。
「大丈夫?」
「……まだ動ける」
「無理しないで」
アイリスが胸元へ手をかざす。
柔らかな光が広がる。
その間にも。
リントドレイクはこちらを睨んでいた。
前脚が地面を掻く。
もう一度。
突進するつもりだ。
「エマ!」
「分かってます!」
魔法陣が展開する。
「足止めします!」
地面から。
何本もの土の杭が突き出した。
リントドレイクの脚へ絡みつく。
巨体が大きく揺れる。
「グルァァッ!」
「止まった!」
「長くは持ちません!」
治療を終えたフェリシアが立ち上がる。
「アイリス!」
「分かってる!」
アイリスがレイピアを抜く。
狙うのは。
フェリシアが割った、肩口の鱗。
リントドレイクが暴れる。
土の杭が軋む。
一本。
また一本。
ひびが入っていく。
「急いで!」
「十分!」
フェリシアが正面へ回る。
「こっち!」
剣を叩きつけ。
リントドレイクの注意を引く。
巨体がフェリシアへ向いた。
その瞬間。
アイリスが走る。
一歩。
二歩。
間合いへ入る。
割れた鱗の隙間。
そこへ。
「――っ!」
レイピアを。
深く突き込んだ。
リントドレイクの身体が大きく跳ねる。
「アイリス、離れて!」
エマの声。
アイリスがレイピアを引き抜き。
後ろへ飛ぶ。
土の杭が砕け散る。
解放されたリントドレイクが。
一歩。
二歩。
よろめく。
それでも。
三人へ向かって進もうとする。
「まだ……!」
フェリシアが剣を構える。
だが。
次の瞬間。
リントドレイクの脚から力が抜けた。
巨体が傾く。
そして。
地響きを立てて、草原へ崩れ落ちた。
「……」
三人は。
しばらく動かなかった。
「……終わった?」
アイリスが息を切らしながら呟く。
「多分ね」
フェリシアは剣を構えたまま。
倒れたリントドレイクを見つめている。
エマも杖を下ろし。
大きく息を吐いた。
「さすがに、疲れました……」
「私も」
アイリスはレイピアについた血を振り落とす。
フェリシアが、ようやく剣を下ろした。
「それにしても」
「何?」
「リントドレイクなんて、なんでこんな場所にいるの」
「珍しいの?」
エマが尋ねる。
「少なくとも、こんな草原で出るモンスターじゃない」
アイリスも倒れた巨体を見る。
昨日から。
小型のモンスターたちが、何度も同じ方向へ走っていた。
そして。
その先にいたリントドレイク。
「もしかして」
アイリスが呟く。
「昨日のモンスターたちが逃げてたのって……」
「こいつから?」
エマが続ける。
「可能性はあるね」
フェリシアも死体を見る。
「これだけ大きいなら、小さいモンスターが逃げてもおかしくない」
三人の間に。
短い沈黙が落ちた。
その時だった。
「……あら」
背後から。
女の声がした。
「っ!」
三人が一斉に振り返る。
そこに立っていたのは。
長い黒髪。
頭に生えた、小さな黒い角。
黒を基調とした服。
腰には細身の剣。
一目で。
人間ではないと分かった。
「魔族……!」
フェリシアが即座に剣を構える。
女は。
そんな三人よりも。
地面に倒れたリントドレイクへ目を向けた。
「何だ」
少し残念そうに。
「もう死んでるじゃない」
「何者?」
フェリシアが低い声で問う。
だが。
アイリスは答えを待っていなかった。
女の隣。
もう一人。
誰かが立っている。
人間だった。
黒に近い焦げ茶色の髪。
見慣れた顔。
一瞬。
見間違いかと思った。
けれど。
間違えるはずがない。
「……え?」
アイリスの目が大きく開く。
ずっと探していた。
王都を出て。
森へ行って。
残された痕跡を追って。
ここまで来た。
その相手が。
なぜか今。
魔族の女の隣に立っている。
「……ルーク?」
青年が。
こちらを見た。
そして。
その表情が、驚きに変わった。
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