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辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【誕生編】
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第八章 神宮寺それは矛盾に満ちた存在(七)

 入口から爆発音がした。FFV指向性散弾が炸裂し、魔法先生を襲ったのだろう。嘉納のノートPCには、魔法先生が無数の散弾を受けたのに立っていた映像が映っていた。


 散弾は先生の体に張り付いていた。散弾がすぐにレインコートに弾かれた雨のように、体から下に流れ落ちていった。


 魔法先生は金属の持つ物性を変えて、散弾を雨粒のような液状にして散弾を防いだ。


 ダレイネザルは黄金を使う金属の神様ともいえる。であるなら、ダレイネザルの大きな加護を受けている魔法先生には、おおよそ金属を用いた攻撃は効かないのかも知れない。


 嘉納が動いた。寝転がった姿勢で、近くのシートをどける。シートの下から全長一・二mの筒状の物体が置いてあった。


 筒から小さな翼が付いた物体が飛び出したと思ったら、神宮寺の頭上を越えて、三㎞先にいる先生に向かって猛スピードで飛んでゆき、爆発した。爆炎が見えた。


 嘉納が使ったのは、小型の対戦車ミサイルといったところだろうか。金属球による攻撃が全く効かないので、爆薬でどれだけ効果があるか試す気だ。


 ファフブール越しに見た嘉納のノートPC画面は真っ暗になっていた。入口付近に嘉納が設置したカメラを、ミサイルが破壊したのだろう。


 再び嘉納がPCに目を戻すが、魔法先生は見えなかった。嘉納はノートPCの画面をタッチして、魔法先生を探すが、見つけられないでいる。


 神宮寺は『異界の気配』の範囲を広げて、索敵しようと思った。だが、必要なかった。

 ファフブールを通して、嘉納に話しかける魔法先生の声が聞こえた。魔法先生の姿は嘉納の付近に見えないので、遠隔魔法で声だけを飛ばしているのだろう。


「特別演習は不可とします。君は機械に頼りすぎた。君は魔道師ではなく、訓練されすぎた、単なる歩兵です」


 嘉納の体が、巨大な質量にでも踏み潰されたかのように地面に一瞬でめり込み、動かなくなった。生死はわからないが、もう嘉納は特別演習には戻れないだろう。


 魔法先生の世代で活躍した魔道師は、戦争に何度も出ている。FFV指向性散弾や対戦車ロケットを受けたのも、初めてではないのかもしれない。


 嘉納は訓練された軍人として持ち込める中で最も火力の強い武器を選んだが、魔法を一度も使わなかった。魔道師がいなかった時代の兵器で魔道師に挑んだのが失敗だろう。


 神宮寺が呼び出したファフブールも地面に一緒にめり込んでいたが、ファフブールは小さく頑丈なので、すぐに浮かび上がった。神宮寺はファフブールを手元に呼び戻した。


『異界の気配』より正確に相手を把握できる『精密感知』を唱えた。

 予想通り、魔法先生は真っ直ぐ、歩くようなスピードで神宮寺に向かってきていた。


 神宮寺は「本陣」と書かれた幟を地面に突き刺し、椅子に座って魔法先生がやって来るのを待った。魔法先生が見えた。


 魔法先生がM505の加害範囲に入る前に、神宮寺は『鋼龍の鎧』で全身を覆った。

『鋼龍の鎧』は、ドラゴン・クラスの防御力を術者に与える魔法。唱えておけば、高温の熱風、破片、音による鼓膜の損傷も防げる。M505から三百mも離れれば必要ないかもしれないが、念のためだ。


 魔法先生の足が止まった。拡声器を使ったような、魔法先生の大きな声が聞こえた。

「どうやら、ここより先に何かあるようですね、神宮寺君も兵器に頼るのですか?」


 神宮寺は聞こえるかどうかわからないが、大きな声を出して挑発した。

「真っ直ぐ進むと、嘉納が本命として残した、魔法先生用に開発した地雷があります。お嫌なら、迂回されたらどうでしょうか」


 拡声器を使ったような大きな声が返ってきた。

「学生に本陣と書かれた幟を立てられた手前、迂回するのも、ちょっと癪ですね。嘉納の最後の足掻きがあるのなら、受けてあげましょう。それが教師です」


 遠くて魔法先生の顔は見えないが、いつものように笑っている気がした。


 魔法先生は確実にM505の場所がわかるのか進む位置を微調整して、M505の真上に来るよう進路を変えた。スイッチを押す必要はなかった、先生がM505を真上から思いっきり踏みつけた。半径五十m、垂直に三百mといった、巨大なビルのような火柱が上がった。


 戦車でも熔けた飴のようになる威力だったが、無駄に終った気がした。

『鋼龍の鎧』を掛け、効果を実感してから、M505の威力を目の当たりにした。確かにM505は『鋼龍の鎧』では防げない威力だ。


 けれども、ウトナピシュテヌ用には、もう一段の強力な耐熱耐爆に優れた防御魔法『赤色巨星の殻』が存在する。おそらく、『赤色巨星の殻』なら、充分に耐えられるだろう。


 M505は対魔道師用にはなるかもしれないが、魔道師を超える存在に通用する兵器ではなかった。魔法先生は火柱の中を、吹き飛ばされもせずに、変わらぬ速度で進んで来た。


 神宮寺は『精密感知』を唱えていたので理解できたが、魔法先生は防御魔法を詠唱してからM505を踏んだのではない。魔法先生は、詠唱をせず、印を組む、杖を振る、などのモーションなしで、魔法を自在に発動させている。


 ウトナピシュテヌ以上のダレイネザル系の魔法の源は、黄金の心臓。理論的には詠唱やモーションの代わりに心臓の鼓動で、魔法を発動する行為が可能だ。


 神宮寺には、まだ不可能で高度な芸当。次元が違う。

 神宮寺は淡い期待を持って、最初に『同族殺し』を試してから『栄光への崩壊』を試すつもりだった。だが、甘さを捨てて『栄光への崩壊』の詠唱を開始した。


「ダレイネザルよ聴き入れ給え。王冠を返上し、宝物庫の宝物は、全て貴方に返そう」


 黄金の心臓が止まりそうになり、胸が急に苦しくなった。黄金の心臓に崩壊の前兆ともいえる変化が出てきのかもしれない。でも、詠唱を辞めるわけにはいかない。


「王宮は瓦解し、砂塵の中へ、国の民は異国の地へ、歴史は忘却の彼方へ帰る」


 神宮寺の詠唱を聞いて、今まで歩いていた魔法先生が物凄い速さで加速して移動した。 

 神宮寺の魔法を、危険と察知したのだろう。距離は三百mある。詠唱は間に合うはず。


 神宮寺の詠唱は続いた。

「ただ、我は望む、全ての源たる黄金の我が心臓よ、燃えつきよ」


 魔法先生の移動速度は、思ったより速かった。神宮寺は瞬間的に詠唱が終えられないと判断した。詠唱の時間を稼がなければ。


 ファフブールを元の大きさにして、盾とするために前に置いた。


 詠唱は終盤に差し掛っていた。

「燃え尽きて、現れよ、黄金の炎よ」


 魔法先生はいつの間にか、湾曲した刀を手に持っていた。魔法先生が湾曲した刀を交差させて突き出した。マジチェフェルであれだけ神宮寺たちを苦しめたファフブールが、あっさりと魔法先生の持つ刀に切断されて、消えた。


 詠唱は最後の音節に来ていた。

「この地に――」


 あと「満ちよ」と唱えれば魔法は完成する寸前だった。『鋼龍の鎧』で覆われたドラゴン・クラスの防御力を持つはずの神宮寺の首を、魔法先生が持つ湾曲した刀が交差して鋏のようになり、瞬時に切断した。


 切断部分は見事に声帯部分だったので、発声できなかった。

 地面に落ち行くに神宮寺の首は、初めて焦りの表情を浮かべている魔法先生の顔を見た。


 地面に神宮寺の首は落ちた。落ちた神宮寺の首と、魔法先生の眼が合った。


 魔法先生は、爆弾解除を残り〇・五秒で停めたヒーローのように、言葉を発した。

「危なかった。後学のために見せようと持ってきた、英雄の鋏と呼ばれる灼熱宝刀ロスタルディアの曲刀を持ってこなければ、辺境魔法学校ごと吹き飛ばされるところでしたよ」


 魔法先生が宣言した。

「特別演習は、現時刻をもって終了します」


 魔法先生が疲れたとばかりに地面に座って、神宮寺の首に説教した。

「神宮寺君を甘く見ていました。禁書クラスの魔法を躊躇いなく使うとは、思いませんでしたよ。もし、神宮寺君が事前に使っていたのが『鋼龍の鎧』ではなく『赤色巨星の殻』だったら、完全にアウトでした」


 神宮寺の秘策は失敗した。いや、あと一歩だった。結局は使わなかった、ウトナピシュテヌ用の魔法『同族殺し』を選ばず、『赤色巨星の殻』を選んでいれば、秘策は成功していたらしい。


(ひょっとして、赤虎さんは、こうなるように理屈をつけて『同族殺し』薦めたのではないだろうか。結局、俺は玩具にされたのかもしれない)


 首の傷口は焼かれているためか、血は出なかった。神宮寺の切離された胴からも、傷が焼かれていたためか、血が流れていなかった。


 神宮寺の胴が、首を捜して地面を這いずり回っていた。神宮寺は声が出ないが、念じると、胴が頼りなさげに神宮寺の首のところまで来た。


 神宮寺は切離された首を掴むと、胴の上に載せた。


 魔法先生が優しく命令した。

「本来、ウトナピシュテヌの体は切られたり、熱で焼かれたぐらいでは、簡単に再生します。ですが、灼熱宝刀ロスタルディアの曲刀で切られた傷は、簡単には塞がりません。今、特別な魔法で治しますから、首を固定して待っていなさい」


 魔法先生が魔法と唱えると、焼かれた傷跡が消えて、首と胴から魔力を帯びた血が滲み出て、糊のようになった。血が、首と胴と間の切断された組織を再生していった。


 少し脊髄の位置がずれていたのか、魔法先生が神宮寺の首を捻って調節してくれた。

 魔法先生が立ち上がり、緊張から解放された表情で伝えた。


「私に勝てなかったので、成績の優はあげられません。ですが、実戦ではなく、授業でここまで生徒に焦らされたのは初めてなので、可をあげましょう。でも、特別演習を可の成績といえども通ったのは、神宮寺君が初めてですよ」


 先生の両手から、灼熱宝刀ロスタルディアの曲刀が最初からなかったかのように消えた。

 特別演習の後、剣持に確認すると、小清水さんはバーザック死兵から解放され、蒼井さんは火葬して、辺境魔法学校から出しても良いとの許可が魔法先生から出ていると教えてくれた。


 神宮寺は無茶を承知で剣持に頼み込んだ。

「すいません、剣持先生もう一つだけ、借りを作らせてください。小清水さんをバーザック死兵から解放する前に、エカテリーナに乗せて、空を飛んでくれませんか」


 剣持は厄介ごとばかりを頼む生徒にうんざりだという顔をした。

「お前、俺をなんだと思っているんだ。俺はお前の運転手じゃないんだぞ。それに、お前の言い方だと、エカテリーナの燃料代を俺に払わせる気だろう」


 剣持がいったん言葉を切ったので、断るかと思ったが、諦めた顔で了承してくれた。

「まあ、いいだろう。神宮寺に臍を曲げられて魔法学校をクレーターに変えられては、たまらんからな。それと、貸しはちゃんと返せよ」


 剣持の操縦するエカテリーナが空を飛んだ。後部座席には神宮寺と小清水さんが乗っていた。

 バーザック死兵となって小清水さんは、いつも笑っていた。でも、空を飛び、エカテリーナが高度を上げ始めると、小清水さんの微笑みは消えていった。


 小清水さんは呆けたように空を眺めていた。バーザック死兵となっても、父親との想い出が、僅かに人間性を思い出させているのだろうか。


 神宮寺は意味が理解できないだろうとは思ったが、一声だけ掛けた。

「以前、小清水さんが言ったように、確かに空がとっても近いね」


 神宮寺の声を聞くと、小清水さんがまるで何かを探すかのように、空に手を伸ばした。

小清水さんは空を飛んでいる間中、赤子のように何かを探して掴みとろうという仕草をずっとしていた。


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