第八章 神宮寺それは矛盾に満ちた存在(六)
神宮寺は一度、自室に帰って、学内ネット・ショップのお急ぎ便で、携帯用折畳み用の椅子と、洒落で、赤地に白文字で「本陣」と書かれた幟を買った。
久々にメールをチェックすると、三日前に特別演習に関するメールが二通、入っていた。
一通目は、剣持からの説明メール。特別演習は演習場と呼ばれる、辺境魔法学校外れの三㎞四方の場所で行われる。演習場の入口は一箇所のみ。
下見のために事前に入る状況が可能で、事前に入りたい場合は、鍵を剣持から借りにくるように指示があった。十四時までに学生が配置に付き、十四時三十分に、魔法先生がゲートから入ってきて、スタートする。
学生側からのギブアップは、なし。終了は魔法先生のみが決定する。
学生側に有利な状況に思えた。入口が一箇所しかなく、事前に入れるなら、入口付近に罠を仕掛ければ、高確率で魔法先生は罠に掛る。
スタート時間が決まっているなら出現も予測可能。十四時三十分であれば、暗闇で視界が利かない事態もない。
もっとも、魔法先生が罠を見越して、空を飛んだり、瞬間移動されれば、奇襲を受けるが、魔法先生はそんな行動をとらないと思った。
魔法先生の性格からして、正面からやってきて、罠を全て突破していくだろう。
二通目のメールは嘉納からのもので、演習場に下見に入る場合、剣持に鍵を借りて入る前に、必ず声を掛けてくれとの内容だった。おそらく会えなかったので、知らずにトラップに引っかかるのを防止するためのメールだ。
翌朝、昼食を済ませる。嘉納と玄関ロビーで待ち合わせた。
嘉納の格好は防弾のゴーグル付きのヘルメットをし、ボディスーツの腰に拳銃とナイフを下げている軍用装備。対して神宮寺は、普段着に、折り畳み椅子に、幟を持った格好。
嘉納が神宮寺の格好を見て、ゴーグル越しに驚いたように突っ込んだ。
「なんや、神宮寺。その格好、どっかに遊びにでも行くみたいな格好して。お前、ほんま、状況わかっとんのか?」
「いや、わかっているよ。だから、ちゃんと、本陣って書いた幟と、待っていても疲れないように、携帯用の折畳み椅子を用意してきたんじゃないか」
「お前、魔道師じゃなかったら、完全なアホな子やで。もう、今からじゃ防具も調達できへん、しゃあない。ほな、行こうか」
嘉納は砕けた調子で発言していたが、体からは緊張の気が昇っていた。
嘉納と一緒に、演習場に入った。演習場は低い草が生い茂り、身を隠すのも罠も設置するのも、便利そうだった。
演習場に入ると、嘉納が事前に準備した仕掛けについて説明した。
「入口付近にはFFV指向性散弾が仕掛けてある。そんで中央には、対魔道師用地雷M505を設置しておいた。M505、こっちが本命や。爆発すれば、加害半径が水平方向に五十m、垂直方向に三百mの爆発が起きる。戦車でも、お陀仏や。ただ、爆発の破片とかも飛ぶから、三百mは離れておけ」
「M505って、踏まなければ意味がないの?」
「重さ四十㎏以上の物体が踏めば爆発する。魔法先生は細身いうても、五十㎏はあるやろう。でも、踏む事態は期待していない。加害半径に入ったら、わいがコンピューターから遠隔操作して爆破する。一応、M505はコンピューターを使わなくても、予備の起爆ボタンを押して爆破できるがな」
「じゃあ、俺は地雷から三百mくらい離れたところに座って魔法先生を待ってるよ。魔法先生が加害範囲に入ったら、起爆ボタンを押すから、予備の起爆ボタンちょうだい」
嘉納が怒ったように声を荒げた。
「アホ。犬の子をくれみたいに簡単に言うな。地雷いうても、威力が半端やないんやぞ」
「でも、嘉納が呪い屋の使う遠隔攻撃魔法でやられたら、終わりでしょ。一人より、二人とも地雷を作動させられるほうがいいって」
嘉納は唸るように考えてから、胸ポケットから、プラスチック・ケースに入った印鑑のようなボタンを渡してくれた。
「ボタンは、ケースを破るように強く押せば、作動する。でも、お前は押すなよ。爆破するタイミングは、プロのわいがやるからな。押していいのは、わいが何かの事情で動けなくなった時だけやからな」
嘉納は演習中央に行き、地雷の場所を教えた。地雷は演習場の中央に設置されていた。
地雷の設置場所には草に偽装した目印があった。言われれば、すぐに目印とわかるが、知らない人間には、わからないだろう。
神宮寺は地雷から三百m離れた後方に折畳み椅子を置いた。
「地雷の場所は、わかった。俺は目視して、先生が地雷設置場所に入ったのを確認したらスイッチを押すから、ここにいるよ」
嘉納が不満げに指示した。
「なんや、もっと後ろに来いや。わいは遠距離から仕留めるつもりやぞ」
嘉納の考えを否定する気はない。相手を仕留めるのは、できるだけ遠くからが基本。されど、『同族殺し』は距離が離れると、威力は弱くなる。
地雷爆破後、ダメージを負って動けなくなった魔法先生に、『同族殺し』を詠唱しながら近付き、魔法を掛けたい。
もし、『同族殺し』が効かなかった時は最後の手段として『栄光への崩壊』を使おう。
「二人は同じ位置にいないほうがいいよ。二人が一緒だと、二人同時に倒されて、あっさり終了になりかねないから。それに、俺の秘策を使わずに魔法先生が倒せれば、倒せたに越したことがないから、嘉納は後方から、自分がやりたいようにやってよ」
嘉納は「なんや、わいは露払いか」とぼやきながら下がっていった。
神宮寺は小声で『ファフブールの召喚』を唱え、嘉納の背後に付けさせた。
小さくしたファフブールを嘉納の肩に付け、感覚を共有させた。
これで、神宮寺は嘉納の肩の上で見ているように、映像や音声を知ることができる。神宮寺は嘉納が見えなくなると、幟はまだ立てずに、椅子に座って嘉納の様子を窺った。
嘉納は演習場最後方でノートPCの画面を見ながら、魔法先生を待っていた。魔法先生は時刻より十分ほど遅れて現れた。