第八章 神宮寺それは矛盾に満ちた存在(五)
夕食の時間になった。好き嫌いがないので、食時のメニューなんて全く気にした記憶はなかった。ただ、六日間の静脈への栄養点滴後なので、普通の食事を胃が受け付けてくれるか、ちょっと心配だった。
晩御飯のメニューはシチューだったので、ありがたかった。スプーンで具材を潰して、ゆっくり食べた。
夕食後、久しぶりに規則で決められた時間に風呂に入っていると、嘉納が入ってきた。
嘉納の顔には泥がついていたが、神宮寺を見て、びっくりした。
「どうしたんや、神宮寺。しばらく見んと思ったら、ヘロヘロやんか。試練で返り討ちに遭ったんか」
辺境魔法学校で暮らすと、魔法だけでなく、嘘と笑顔も上達するのかもしれない。
神宮寺は微笑みを心がけ、嘘を吐く。
「ちょと、断食をしていたら、やりすぎちゃった」
嘉納は神宮寺の言葉を信じたのか、馬鹿を叱るように注意した。
「断食って、お前。十七の男やろう。太っていたわけでもないし、なんで断食なんか、するんや。アホか」
「俺、特別演習を受けるんだ。ほら、僧侶とか断食して、法力を高めたりするっていうじゃないか。だから真似して、食を断ったら、魔力が上がって演習有利になる、かなーって思ってさ」
「お前は、アホじゃ。逆に見た感じ、むちゃくちゃ弱なってるで」
神宮寺は嘘を吐きながら、本題に入った。
「うん、ダレイネザル系の魔道師には、断食は効果ないみたいだね。ところで、嘉納は特別演習を受けるんだよね?」
嘉納の顔が厳しくなった。
「ああ、受ける。わいの実力を知っておきたい、言うのもあるしな」
嘉納は正直だ。「のも」という言葉には、別の目的があるのを認めている響きがある。
神宮寺は湯船に浸かりながら、頭を洗っている嘉納に、正直に尋ねた。
「嘉納が辺境魔法学校に来た目的って、魔道師を目指すだけではないでしょう。目的はいくつかあって、辺境魔法学校の情報を探ったりするのも、そうだよね。できることなら、魔法先生を暗殺せよとかも、目的に入っていたりすると思って、いいのかな」
嘉納は何も答えなかった。顔を神宮寺に向けず、いつもより、長めにシャワーで頭を洗い続けていた。
「言いたくないなら、言わなくていいけど。死ぬ覚悟はある? 俺、成功するかどうかわからないけど、魔法先生を葬れるかもしれない秘策があるんだ。ただ、この秘策成功すると、嘉納も巻き添えになって、確実に死ぬ。死にたくなかったら、特別演習を辞退して、特別演習の時間帯には、辺境魔法学校から離れた場所にいてほしいんだ」
嘉納が真剣な顔で、神宮寺を見た。
「秘策って、なんや? あの魔法先生を倒せるほどのものなのか」
神宮寺は笑って聞き返した。
「ずるいな、嘉納は。俺の問いには答えないのに、俺には秘密を聞きたがる。フェアじゃないよ。まあ、秘策は魔法的なものとしかいいようがないけど、死ぬ覚悟で、乗ってみる」
嘉納は神宮寺から顔を逸らし、体を洗いながら述べた。
「これは、独り言や。軍人はな、成功しても生きて帰れん任務に行かないかんときもある。わいはそんな任務でも、誰かがやらないけんと思ったら志願する。そういう男や」
嘉納は魔法先生を倒せるなら、戦いで死んでもいいと思っているらしかった。
だったら問題ない。嘉納に覚悟があるなら『栄光への崩壊』を使用できる。
嘉納が体を洗い流し、隣の湯船に入ってきた。
「剣持教官に、特別演習がある場所にメールが入っている。見とけ。演習場所の下見をして、今日のうちに演習予定場所に、ごっつい地雷を埋めておいた。特別演習が始まる前に地雷の場所を教えるから、地雷は踏むなよ。踏んだら、戦車でもお陀仏もんや」
神宮寺は嘉納の言葉を聞いて、思った。
以前、剣持からウトナピシュテヌは黄金の心臓を破壊されなければ滅びないと聞かされた。黄金の心臓は再生もする。では、肉体が木っ端微塵になったら、どうなるんだろう。
肉体はゆっくり再生するんだろうか。それとも、新しい体に黄金の心臓を入れるまで、無防備状態になるんだろうか。
もし、後者なら、魔法先生の肉体を地雷で破壊し、超至近距離から『同族殺し』を唱えられれば、魔法先生に対抗措置を取られる可能性も、反撃される状況も、回避できる。
上手くやれば『栄光への崩壊』を使わずに倒せるかもしれない。




