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辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【誕生編】
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第八章 神宮寺それは矛盾に満ちた存在(三)

 神宮寺は辺境魔法学校に帰ると「国井志穂の殺害に失敗しました」と、正直に剣持に報告した。

 剣持は失敗を予想したいのだろうか「やっぱりな」といった表情で聞いてきた。


「で、どうするんだ。神宮寺が殺しても心が痛まないターゲットを、俺はこれから特別演習までに探さなければいけないのか?」


「いえ、後は特別演習の前日まで魔法先生と戦うために魔法を勉強したいと思います。試練は剣持先生の裁量で合格にしてください。優をくれ、と贅沢はいいません。可を下さい」


 剣持が顔を歪めて非難した。

「お前、それは教師に不正を働けと言っているようなものだぞ」


「大丈夫です。魔法先生は、まだお戻りになっておりません。魔法先生は、私がいない間は、授業については全て剣持先生にお任せします、と発言しておられました。俺には既に蒼井さんを殺した実績があります。蒼井さん殺害の事実は魔法先生が《報奨金》を渡して認めた事実です。つまり、卒業までに一人を殺す試練は、既にクリアーしているとして問題ないと思います。あとは、ちょっと剣持先生が手心を加えるだけです。今回の件は借りとして覚えておきます」


 剣持はよくもまあ抜け抜けと御託を並べる奴だ、と言いたげな顔をした。

「わかった。試練は俺が通しておく。神宮寺、これは、一つ貸しだからな。それにしても、お前も段々、辺境魔法学校の人間らしくなってきな」


 嬉しい言葉ではないが、「お褒めに与り光栄です」と、お礼を述べた。

「これも、全て、魔法先生、水天宮先生、赤虎図書館長の人柄のおかげです」


 神宮寺がウトナピシュテヌ用の図書室に行くと、赤虎さんが待っていた。

「どうやら野暮用で一日、潰したようね。いいわ、禁書庫を見せたげる。従いてきなさい」


 ダレイネザルとの謁見に使われたエレベーターに乗ると、魔法先生も持っていたのと同じ、金色の文字が刻まれた黒いカードを、赤虎さんがスロットに通した。


 二十五階までエレベーターは下りていくが、やはりエレベーターは途中で横移動を何回かするので、回数表示は順当に下がらなかった。


 エレベーターを下りた先を少し進むと、行き止まりになっていた。赤虎さんが壁に手を触れると、行き止まりの通路が消えて、扉が現れた。


 扉は三重になっており、それぞれが、上下、左右、斜めに開いた。扉の先にあったのは今までのどの図書室とも懸け離れた場所だった。


 禁書庫の広さは、縦二十m、横十五mくらい、高さが十mあった。スペースとしては広いほうだが、書架や魔道書は一切なかった。


 天井付近には直径三mくらいの金属球が、並んでいる。不思議なことに金属球を支える支柱やコードはなく、天体のように浮いて天井に並んでいた。


 床にも、閲覧用の机のような物は一切なく、パイプオルガンとブレード・サーバーが合わさった異形の装置が、扇状に広がるように置かれていた。


 異形の装置の前には、身長が三mくらいの大男でもゆっくり眠れるくらいの、手摺のついたリクライニング・シートが二席あった。


 赤虎さんが組んだ両腕をシートの上に置いて、自慢げに述べた。

「禁書は書とは呼ぶけど、書物の形態はとっていないの。人間の頭で理解するには時間が掛かりすぎるしね。この禁書学習装置は博学の蔵アムリスクと呼んでいるわ。アムリスクを使えば、直接ダレイネザルに頂いた黄金の心臓に魔法を流し込んで習得できるのよ」


 赤虎さんは医療器械を持ってきて、医療用ゴム手袋して確認する。

「禁書の学習はアムリスクを使っても時間が掛かるわ。飲食をするなら、その度に一々、アムリスクを停止して再起動させる必要があるのよ。時間が惜しいのなら、飲食をしなくてもいいように、静脈から栄養を入れられるわ」


 神宮寺の決断は決まっていた。

「初めての禁書への挑戦ですし、時間がないので。飲食のために魔道装置を停めたり再起動させたりする無駄な時間は省きましょう。少しでも『玉座の崩壊』に近付きたいので」


 赤虎さんが神宮寺の答に満足したように、一号のシートに裸で寝るように指示した。

 女性の前で裸になるのはちょっと恥ずかしいが、そんな我が儘は言っていられない。背中を貫かれて死んだ小清水さんや、全身に大怪我を負った蒼井さんの状況を考えれば、ふざけてカラオケ・ボックスでやる一発芸のようなものだ。


 神宮寺は指示に従って、シートに横たわった。

 天井にある球体が回転しながら場所を入れ替え、神宮寺の真上にやってきた。真っ黒な球体から、輪や吸盤がついたコードが下りてきた。


 赤虎さんが心電図検査のように、輪を両手首と両足に装着して、心臓の周りに吸盤を付けていった。呼吸マスクを神宮寺に装着させた。


 手術に入る前の看護師のような優しい顔で、赤虎さんが声を掛けた。

「では、禁書の世界に行ってらっしゃい。習得できても、できなくても、特別演習前日の昼には眼が覚めるようにするから。では、ダレイネザルが貴方に栄光を与えますように」


 栄養を入れるための静脈注射用のラインから、薄い銀色の液体が注入され、神宮寺の体内に流れ込んだ。神宮寺の視界は、ほどなくして暗くなった。


 聴覚も視覚も味覚もない世界で、心臓と頭だけが動いているのがわかった。黄金の心臓が急に速く脈打った。マラソンをしているように動悸が激しくなるが、体は動かなかった。


 ダレイネザルとの謁見を思い出すが、胸に痛みはなく、呼吸困難になる事態にもならなくなった。心臓が素早く脈打ち、全身に魔力が流れていくのが実感できた。


 禁書魔法の習得は、ウトナピシュテヌ用の魔法と覚えるのとは感覚が違った。何も訴えかけてくる物がない。ただ、魔力が心臓に流れてくるだけ。


 頭を全く使わない習得は、苦痛だった。習得が進んでいるのか停まっているのか、全然わからなかった。真っ暗な空間の中で身動きできず、心臓だけが限界近くまで脈動している。


 手足が動かないのに、真っ暗闇の中から上下左右をわからず、心臓だけがマラソンを強いられている感覚だ。


 神宮寺は、どれくらい時間が経ったかわからなかったが、ただひたすら耐えた。

 そのうち、思考に全く無意味な事柄が浮かび。魔法とは無関係な事柄を考え始めた。心臓が脳を混乱させ始めていると推測した。


 神宮寺は初め雑念として浮かぶ考えを排除しようとした。だが、すぐにやめた。心臓で覚えるのがダレイネザル流なら、正常な思考を捨てても、雑念に身を任せよう。


 しばらくすると、雑念が心の内面に入り、神宮寺自身が神宮自身と問答し始めた。

「なぜ、魔道師を目指したか?」


 魔道師の力に憧れたから。

「なら、もういいじゃないか。力は得たよ。あとは、与えられた長い時間を生きながら、組織の中で適当に立ち回り、少しずつ魔法を学んでいけばいい。禁書魔法を覚える必要なんか、ないよ。なぜ、危険な道を進む?」


 神宮寺自身は自らの問いに困惑した。そうなのだ、小清水さんや蒼井さんは、学生時代の脱落者の記憶として、しまっておけばいい。


 それすら嫌なら、記憶を消去する魔法でも覚えて、二人が存在した事実さえ記憶の中から消してしまえばいい。二人の記憶は邪魔なだけ。


 頭に浮かんだ思考が迫ってきた。

「そうだ、忘れよう。魔道師に思い入れは、不要だよね? 認めるかい、神宮寺?」


 神宮寺は迷ったが、最初の問いに戻って答え直した。

 なぜ、魔道師を目指したか? 今は力が欲しいからではない。その前には、欲がある。全てを自分が望むようにしたい。


 できないことを、できるようになりたい。誰からも強制されたくない。小清水さんと蒼井さんを解放してあげたい。全てを自分がしたいようにするために、魔道師になりたい。


「俺は欲深いんだ。だから、魔法先生を倒す力すら欲しい。魔法先生の顔色を窺っての生活から脱する。たとえ、この身が滅んでも、世界を望むがままにしたい」


 神宮寺が神宮自身の願望に気が付いた時、『玉座の崩壊』の理解が始まった。

『玉座の崩壊』とは敵と認識した存在を、神宮寺が住む宇宙から完全に消滅させる魔法。


 消滅させる対象によって、必要となる魔力は異なる。理論的には必要な魔力があれば、たとえ太陽系という人類の王国でも、消し去れる魔法。


 神宮寺は理解と同時に、『玉座の崩壊』は与えられた時間では習得不可能、との結論に到った。また、使えたとしても、魔法先生を倒すには神宮寺の持つ魔力では足りない。


 神宮寺は習得不可能とわかった時点で黄金の心臓に語りかけ、魔法の修正を始めた。

 修正内容は、神宮寺の黄金の心臓を崩壊させ魔法の力に変換する魔法にした。黄金の心臓の崩壊時に出る魔力を魔法の熱エネルギーに変えて、対象にぶつける。


 完全な自爆魔法であり、魔法版の核兵器だ。

 神宮寺は己の中で禁書の改竄を続け、『栄光への崩壊』と名づけた魔法に改良した。この身が崩壊しても、望みを叶える魔法を作り出した。


 使えば跡形もなく神宮寺は消えるが、威力は不明。使えれば、百エーカーほどの敷地しかない辺境魔法学校は吹き飛び、地下施設も最下層だけ残して消え去るかもしれない。


 核燃料の最終廃棄保管場所は地下千mに保管されていると、何か本で読んだ。

 神宮寺が辺境魔法学校で自爆しても、地下千mにまで被害が達するとは思えない。神宮寺と一緒に辺境魔法学校の地下にある核物質が飛散する可能性は全然ないだろう。


 唯一の心配は、自爆魔法をダレイネザルが受け入れてくれるかどうか。もし、ダレイネザルが受け入れてくれなければ、魔法は発動しない。賭け的な魔法だった。


『栄光への崩壊』が完成を見た時、神宮寺は目を覚ました。起きた時には全身が濡れていた。リクライニング・シートは神宮寺が眠ったあと、カプセル状になって、なんらかの液体で満たされていたらしい。


 神宮寺が目覚めると、赤虎さんが、どこかうっとりしたような表情で神宮寺を褒めた。

「どうやら『玉座の崩壊』の習得には失敗したわね。でも、『玉座の崩壊』を基にして、違う魔法を創作したようね。私の予想では実験もできない危険な魔法、ぞくぞくするわ」


 神宮寺は赤虎さんから渡されたバスタオルで全身を拭きながら、答えた。

「『栄光への崩壊』と名づけました。使い勝手と威力は、魔法先生の身で、とくと体験してもらいましょう。ただ、赤虎さんが、特別演習をご覧になるのでしたら、空高い場所か、辺境魔法学校で一番安全な場所での見学をお勧めします」


 神宮寺が一歩を踏み出すと、ふらついた。どうやら八日間近く、寝たきりで静脈からの栄養点滴を受けるだけでは、筋肉がだいぶ弱ったらしい。赤虎さんがすぐに体を支えてくれて、乾いたタオルで拭いたリクライニング・シートに神宮寺を座らせた。

「ちょっと待ってなさい。迎えを呼ぶわ」


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