表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【誕生編】
43/92

第七章 重要な扉が開かれ、翻弄される者(五)

 選択性の特別演習の中身を説明し終わると、剣持に連れられて地下五階にある図書室に案内された。魔道師用の図書室が、図書室としては一番大きかった。


 広さは小学校の体育館ほどあり、スペースの三分二の書架に魔道書が納められていた。残り三分の一が、閲覧スペース。閲覧スペースには四席だけ赤い席があった。


 剣持が授業中と同じく、威厳を持って説明した。

「魔道書は、ここにある好きなのを読んでよい。だが、無目的に読むと、結局、効率が悪くなるから、注意しろ。効率を考えるのも、勉強の一部だからな。なお、魔道師用の図書室は学生以外の魔道師も使うが、学生は優先して使えるよう配慮されている、赤い閲覧席がそうだ。三人は、赤い閲覧席を使え。今日から、教室ではなく、直接ここで独学自習となる。学生の利用限度は十五時三十分だが、早く帰る分には構わない。以上だ」


 神宮寺は書架を見て回ると、全ての魔道書が「私を読んで、私を読んで」と語り掛けてくる気がした。

『凡庸なる顔』と呼ばれる、魔力を外に漏らさずに一般人に偽装する魔道書を手に取った。意識しなくても、心臓の鼓動に合わせて血液のように自然と魔法が体に染み込んできた。


 次に『路傍の景色』と表題がついた、他人に気にされなくなる魔道書を手に取ってみたが、同じように面白いように体に染み込んでくる。

 

 お昼になって異常な事態に気が付いた。二時間足らずで二冊の魔道書を吸収して魔法を覚えた神宮寺だが、嘉納や月形さんは、まだ一冊も習得できていなかった。どうやら魔道師用は学生用よりも頑固で、普通の魔道師では簡単には語り掛けてくれないらしい。


 嘉納や月形さんは遠距離攻撃用の魔道書から魔法を吸収しようとしているが、ひどく難儀していた。同じペースで勉強していれば、どんどん差が開いていく。


『凡庸なる顔』を身に付けていても、同じ場所で学習していれば、学習ペースを月形さんや、嘉納に見られるので、神宮寺が普通の魔道師ではない事実を見破られる。


 神宮寺はウトナピシュテヌだとばれるのを怖れた。卒業すれば、いずれは露見するのだが、卒業するまでは、嘉納や月形さんには同じ学生として扱ってほしかった。


 神宮寺にとって辺境魔法学校は普通の学校でなくても、学校だった。高校生活を未練がましく引きずっていると指摘されれば、その通りだ。


 普通の高校生活を捨て、魔道師の世界に飛び込んだのに、残り一ヶ月と知ると、学生生活が愛おしくなった。矛盾であり、贅沢な悩みだ。でも、たとえ残った人間が三人でも、学生生活は学生生活として終えたかった。


 神宮寺は、魔道師用の魔法を学ぶのは一日一つまでと心に決めた。一つ学んだ後は魔道師用の図書室を抜け、ウトナピシュテヌ用の図書室に行き、難解な魔道書に挑戦しよう。


 ウトナピシュテヌ用の図書室には閉館時間がないので、いつまでも魔道書と対話できる。

 午前中に魔道師用の図書館を抜けたり、一人だけ遅くまで寮に帰らないと、嘉納や月形さんには不審に思われるので、対策として、剣持に協力してもらった。


 神宮寺はダレイネザルとの謁見で小さなヘマをしてしまい、どうにか魔道師に成れた。だが、できそこないのために、卒業まで他の魔道師に空き時間に補講してもらっている、と理由を作ってもらった。


 ウトナピシュテヌ用の図書室で『バーザック死兵の創造と解放』と呼ばれる魔道書を発見した。バーザック死兵とは、人間の死体から作り出された存在で、知能を持ち、身体能力も生前時より高い。高濃度放射線地域でも戦える兵隊として、使用が可能だった。


 開発者は水天宮先生だった。バーザック死兵を理解すると、見分ける魔法もわかった。

 魔道師用図書室で試すと、小清水さんはバーザック死兵になっていたのがわかった。


 元の人間に戻す方法がないか、魔道書から学ぼうとした。だが、ただの死体に戻す方法しか載っていなかった。それでも、小清水さんを心のない兵隊にしておきたくなかった。


 いずれは蒼井さんもバーザック死兵にされると思ったので、死体に戻すために『バーザック死兵の創造と解放』を真っ先に習得しようとした。けれども、うまくいかなかった。魔道書が肝心な部分を、意志を持ったように明かさないのだ。


 神宮寺が『バーザック死兵の創造と解放』の魔道書と格闘していると、年配の女性の声がした。顔を上げると、閲覧用机の反対側仕切りの上から覗き込むように、尼僧が被るような褐色の頭巾を被った女性が、いつの間にか神宮寺を見ていた。


 女性は神宮寺が気付くと、神宮寺の横に来た。女性は赤い古びたレザー・ジャケットに赤いレザーのパンツを穿き、サッシュのような布を巻いた三十代後半くらいの女性だった。


 図書室の扉が開いた音はしなかった。先輩のウトナピシュテヌだ。女性は神宮寺が挨拶しようと立ち上がった矢先に、右手で神宮寺の首に素早くスッと線を引くように撫ぜた。


 女性は微笑むと、友好的に話し掛けてきた。

「若いウトナピシュテヌさん。今のが実戦なら、首を刎ねられたわよ。私は、図書館長の弥勒赤虎。〝あかとらさん〟の愛称で呼ばれているわ。せっかくウトナピシュテヌになったんだから、魔法は涌き出るように使えるのよ。常に相手の接近を知る魔法と、相手から存在を隠す魔法は、使っておいたほうがいいわよ」


 赤虎さんが笑うと、どことなく魔法先生と似ていた。あまり良い気分はしなかった。

「ご忠告、ありがとうございます。先日、ウトナピシュテヌの末席に加えていただいた、神宮寺誠といいます。よろしく、お願いします。赤虎さん」


 赤虎さんは、神宮寺の読んでいる魔道書を見て、面白くなさそうに発言した。

「ああ、水天宮が研究した奴ね。水天宮って、性格が悪いから、魔道書も読みづらいでしょう。魔道書の創作って、性格が出るからね」


 一瞬「はい」と答えそうになったが、自重した。ひっかけかもしれない。

 赤虎さんは水天宮先生と実は仲が良い、または同じく性格が悪く、水天宮先生に告げ口をして対立を煽ろうとしているかもしれない。なんたって、赤虎さんは辺境魔法学校の人間で、神宮寺は成り上がりの新参者。相手に最初から善良さを求めてはいけない。


 神宮寺は模範解答的な答で応じた。

「魔道書に性格があるのは理解していますが、理解できないのは、きっと俺に度量が足りないからです。水天宮先生とは特段うまくもいっていませんが、嫌われてもいませんよ」


 赤虎さんが微笑んだまま、即答した。

「今度のウトナピシュテヌさん、嘘が好きな子なのね。それとも、鈍感なのかしら? 水天宮は上昇志向が強い職人気質な性格で、ポッと出の神宮寺さんを嫉妬の炎で焼き尽くしたいと思っているわよ。でも、安心していいわよ。ウトナピシュテヌ以上による殺し合いは魔法先生が禁止しているから。表立ってはね」


「俺はまだ学生なので、呼び名は神宮寺で結構です。ところで赤虎さんは、図書館長でしたよね。一つ質問があるのですが、いいですか?」


 赤虎さんが頷いて、了解の意を返した。

「禁書って、閲覧できますか。魔法先生を倒せる魔法を探しているんですが」


 魔法先生とは、いずれ存亡を懸けて衝突する日が来るかもしれない。今はまだ無理でも、手掛かりは早い内に掴んでおかないと、いざという時に間に合わない気がする。


 禁書クラスを管理する図書館長という最高幹部なら、何か知っているかもしれない。


 赤虎さんは実に面白そうに笑った。

「あなたは、上昇志向ではなく、権力志向が強いほうなの? 水天宮よりよっぽど性質が悪い子ね。私も巻き込んで魔法先生を葬って、赤虎、剣持、神宮寺のトロイカ体制で辺境魔法学校を仕切るつもり? でも、言ったでしょう。ウトナピシュテヌ以上による殺し合いは禁止されているって」


 魔法先生を倒そうと公言するのは、組織内の人間関係が不明な状況では危険な発言だが、今なら別だ。発言が許される理由がある。


 神宮寺は本心を隠して、もっともらしい理由を並べた。

「先ほども言いましたが、俺は、まだ学生なんです。卒業式前に特別演習で、魔法先生と戦う機会があるんです。絶対に負ける戦いなんて、やりたくないじゃないですか。それでもって、戦いには万が一があるので、聞いたんですよ」


 赤虎さんは体を曲げて、実に楽しげに笑った。

「嘘が好きな上に、大切に育ててくれた恩師をあわよくば殺して、辺境魔法学校を乗っ取ろうなんて、最高だわ。面白い子がウトナピシュテヌになってくれて、私は幸せよ」


(やはり、赤虎さんは辺境魔法学校の人間だ。ほどよく狂っている)


 赤虎さんは、悪戯っ子が悪巧みをするような顔で、喜んで発言した。

「確かに、同じダレイネザル系に属しているウトナピシュテヌと魔法先生の戦いなんて、滅多に見られる見世物じゃないわね。いいわ、『バーザック死兵の創造と解放』を習得できたら、私が創作したウトナピシュテヌの『同族殺し』の魔道書を探したらいいわ」


『バーザック死兵の創造と解放』が終わったら、気になった『赤色巨星の殻』と呼ばれる魔法を学ぼうと思っていた。

 けれども、魔法先生に効果があるというなら、次は『同族殺し』に挑戦してみよう。魔法先生といえども、全くの無敵というわけではないのかもしれない。ウトナピシュテヌなら、全く刃が立たない存在ではないのかもしれない。


「赤虎さんの創作した『同族殺し』なら、魔法先生を倒せるんですか」と神宮寺が少しだけ期待を持って尋ねると、赤虎さんは小首を傾げ、考えを巡らせながら発言した。


「さあ、どうかしら? 水天宮なら殺せるかもしれないけど、魔法先生はウトナピシュテヌより、もう一段階上のグラキュロス級だから。四、五人のウトナピシュテヌが揃って唱えれば、わからないけど。一人で掛けた『同族殺し』では、難しいかもね」


 結局、からかわれただけかと思った。


 だが、赤虎さんは、魔女の含み笑いをするような顔で言葉を続けた。

「でも、もしよ。もし、『同族殺し』を習得できたら。禁書『玉座の崩壊』の閲覧を許可してあげるわ。これなら、万が一が起きるかもしれないわ。さて、果して一ヶ月もないのに、貴方にウトナピシュテヌ用二つの魔法に、禁書魔法一つを習得できるかしら」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ