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辺境魔法学校 作者:金暮 銀
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第七章 重要な扉が開かれ、翻弄される者(一)

 神宮寺は自分の胸が激しく鼓動する感覚により、目を覚まさせられた。眠気はあったが、心臓がいつまでも激しく脈打っているので、寝ていられなかった。

 神宮寺が目を覚ますと、魔法先生、剣持、水天宮先生の三人が、神宮寺のベッドの横に椅子を並べて、神宮寺の様子を窺っていた。

 視界を動かすと、どうやら病室のようだが、医務室ではなかった。医務室なら十床のベッドが並ぶが、神宮寺がいるのは一泊五十万円はするような、豪華な病院の個室だった。

 神宮寺が目を覚ますと、魔法先生が立ち上がり、まるで家族が生死の淵から生還したかのように、喜びの声を上げた。
「おお、神宮寺君が目を覚ました!」

 魔法先生に初めて番号ではなく、名前で呼ばれた。魔法先生は我が子を抱きしめるように神宮寺を抱擁し「よかった」「よかった」と何度も確認した。

 何が起きたのか、全くわからなかった。魔法先生の態度は、すでに許すという次元を超えていた。今までの不興は全てなきものとなっていた。それどころか、魔法先生の態度は、待ちに待った我が子の誕生を祝う父のようですらあった。

 魔法先生のあまりの喜びように、夢かと思ったが、魔法先生の抱擁の強さと激しく脈打つ心臓が、現実だと物語っていた。

 神宮寺はどうしていいか全然わからず、剣持に視線を合わせた。すると、剣持が椅子から立ち上がって、魔法先生の肩に触れた。

「魔法先生、もう、その辺でよろしいでしょう。神宮寺君が困惑しています。それに、他の生徒を、ずっと待たせたままです」

 神宮寺君? 剣持は今までは神宮寺と呼び捨てだったのに、君づけに変わっていた。

 魔法先生は神宮寺に頬ずりしながら、興奮気味に発言した。
「月形と嘉納か。そんなもの、一日でも二日でも、教室で待たせておけばいいじゃないか。それより、新たなウトナピシュテヌ、神宮寺君の誕生に祝福だ」

 ウトナピシュテヌが何を意味するか不明だったが、明らかにダレイネザルとの謁見後、魔法先生の態度と評価が変わっていた。

 月形さんが月形になり、今まで番号でしか呼ばれなかった嘉納が名前で呼ばれている。
(でも、俺には神宮寺君と「君」がついているのは、なぜだ)

 剣持が困ったような顔で、申し訳なさそうに魔法先生に声を掛けた。
「そういうわけにもいかないでしょう。魔法先生は先生のわけですし、月形も嘉納も、ダレイネザルとの謁見を無事に終えたのです。それに、神宮寺君はまだ、身分上は生徒なわけでして、卒業するまでは、あまり特別扱いするのも、いかがなものかと」

 魔法先生は子供のように怒った。
「君は、形式にこだわりすぎだよ。別に、いいじゃないか。神宮寺君は辺境魔法学校を背負って立つ人物になる。前線に投入しても、すぐにでも戦果を挙げてくれるはずですよ」

(あれ、俺。辺境魔法学校を出た後は、辺境魔法学校に残る気なんて全然なかったのに、いつの間にか、魔法学校の幹部候補生みたいな言い方をされているよ。それに「前線に投入」って、なんかもう、徴兵されて戦地に送られる扱いになっているぞ)

 水天宮先生が敬意を持って、魔法先生を説得した。
「とりあえず、魔法先生と剣持先生は、月形、嘉納のところに戻られて、職務を全うされてはいかがですか。神宮寺君も混乱しているようですし、後は私が説明しておきます」

 今まで番号でしか呼ばなかった水天宮先生が生徒を名前で呼んだ。それも、神宮寺にだけは君まで付いている。

 魔法先生はもっと喜んでいたいようだったが、剣持と水天宮先生に諭され、いたしかたなしといった態度で、部屋から出て行った。

 神宮寺は何が起きたか知らないが、心臓だけが早く脈打つ状態に慣れず、魔法先生の変わりようにも驚き、全く状況が飲み込めなかった。

「あの、水天宮先生。いったい何が起きたのでしょうか?」
「神宮寺君、やってしまったね。今から君は私を、水天宮先生と呼んでもいい。水天宮さんと呼んでもいい。呼ばれて気分は良くないが、水天宮と呼び捨てにしても許される状況になったのよ」

 水天宮先生は困ったような表情で話した。まだ、状況が理解できない。
 水天宮先生は、あまり面白くないといった表情で問い掛けてきた。
「それで、私は君を今後、何と呼んだらいいのかしら。神宮寺さんがいい? それとも、しばらくは、神宮寺君のままでいいのかしら」

 神宮寺は困惑した。だが、さすがに、許可が出たからといって、水天宮先生をいきなり「水天宮」と呼び捨てにはできないし、神宮寺さんと呼ばれるのも、違和感があった。
「よくわかりませんが、当面は神宮寺君でいいので、わかるようにご説明をお願いします」

 座ったまま水天宮先生が、どこか面白くなさそうに説明してくれた。
「生徒は卒業前に、ダレイネザルとの謁見で、体の一部を供物として差し出す。ダレイネザルが気に入れば、供物を受け取り、代替の体の部品を渡し、これによりさらに強い魔法が使えるようになるのよ。そこで初めて、辺境魔法学校では魔道師扱いされるわけ」

 嘉納が五番ではなく、嘉納と名前で呼ばれる状態になった理由は魔道師となって認められたからで、月形さんが月形となったのも、有望な生徒扱いではなく、いち魔道師になったからだ。でも、神宮寺だけ君づけの理由がわからない。

 神宮寺の疑問をよそに、水天宮先生は説明を続けた。
「授業でのダレイネザルとの謁見では、心臓の提出は、学生レベルでは普通は拒絶され、供物に差し出した心臓だけが失われて、魔道師になれずに死ぬのよ」

 水天宮先生の説明は、おかしい。水天宮先生の説明だと、神宮寺は心臓を供物にした時点で心臓を失い、死んでいなければならない。

 水天宮先生が嫌々ながら講釈を続けてくれた。
「納得がいかないようね。でも、聞いてちょうだい。ダレイネザルの魔道師には、次の段階があるの。ダレイネザルと謁見して心臓を差し出す。これにより、魔道師は一度は死に、さらに一段高い、寿命のない永遠の魔道師ウトナピシュテヌと呼ばれる存在になるわ」

(俺は知らない間に学生から魔道師を通り越し、その上の存在になったようだ。だから、医務室ではなく、もっと良い病室が用意されたのか。なぜ、神宮寺君と呼ばれるのかも納得がいった。わからないのは、魔法先生は喜んでくれているが、剣持は喜ばず、水天宮先生が不満そうなのは、なんでだ)

 水天宮先生は、やはり、面白くなさそうに会話を続けた。
「ダレイネザルの魔道師で、ウトナピシュテヌの段階に達する人間は、ごく一部なのよ。辺境魔法学校には、私と剣持を含めて、九人しかいなかったのよ。ウトナピシュテヌを目指して、いくら修行をしても、どんなに組織に貢献しても、特殊な供物を用意しても、ダレイネザルが気に入らなければ心臓を失い、ただ、死ぬのよ」

「つまり、それは、俺は一足飛びに、十人目のウトナピシュテヌと呼ばれる高位の魔道師になって、十人目のウトナピシュテヌが生まれたから、魔法先生が喜んだんですか」

 水天宮先生は当り散らすように説明した。
「ええ、そうよ。つまり、君はダレイネザルに特別に愛されて、いきなり、ウトナピシュテヌになったのよ。ウトナピシュテヌ同士の間に序列はない。つまり、君は学生時代を終える前に、剣持や私と同格になったのよ。神宮寺さん」

 水天宮先生は、わざと最後の「さん」にアクセントを付けて発声した。神宮寺への当て付けだ。気持ちはわかる。

 きっと水天宮先生は苦労して論文を書き、研究実績を積み上げ、組織に貢献し、苦労してウトナピシュテヌになった。なのに、どこからともなくやってきた学生が、突然なんの貢献もなく、いきなり同格になったのだから、面白いわけがない。

 神宮寺はそこで、最悪の事態を想像した。剣持は別にしても、他のウトナピシュテヌも水天宮先生と同じ気分なのではないだろうか。

(俺には実力も実績もない。たとえるなら、「君主が気に入ったから」と言った理由で、いきなり重臣に登用された武将のような存在ではないだろうか。剣持を除くウトナピシュテヌに、確実に虐められる気がする)

 心臓の早い鼓動には「慣れるしかない」と邪険に教えられた。

 幹部待遇となるウトナピシュテヌになったので、現在こうして滞在している、地下十階にある豪華な病室をすぐに出ていかなくてもいいらしかった。

 けれども、他のウトナピシュテヌが「お見舞い」と称して部屋にやってきて、水天宮先生のように嫌味をあと七回も聞かされるのかと思うと、ベッドはフカフカだが、気分が針の(むしろ)状態だ。

 学生寮なら他のウトナピシュテヌに遭う場面もないので、神宮寺はすぐに苛立つ水天宮先生に案内を頼み、校舎一階まで連れて来てもらった。

 なんか、えらい事態になったが、なったものは、しかたない。
 職員室の前で水天宮先生と別れると、水天宮先生は去り際に「大岡忠光みたいね」と小声で評した。神宮寺は大岡越前を思い出し、この時は意外と期待されているのかと思った。
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