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辺境魔法学校 作者:金暮 銀
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第六章 ダレイネザル魔術の根源(六)

 月曜日は、すぐにやってきた、九人中で残るのは三人かと思って寮を出る時、管理人室を見ると、すでに電光掲示板の名前が七名になっていた。

 土、日で逃亡者が二名も出たのを知った。逃亡者の一人は蒼井さんを見送ろうと最初に申し出てくれた相沢と、次に見張りを買って出てくれた細川だった。

 逃亡を企てた相沢と細川がどうなったのは、わからない。ただ、二人とも蒼井さんが最後どうなったのかを知っている。よほどの覚悟で逃げたのか、何か魔法先生と取引をしたのかもしれないが、真相は不明だ。

 神宮寺は蒼井さんの時のような思いをしなかった状況を、心のどこかで安堵した。
 教室に入ると魔法先生と剣持が入ってきた。魔法先生は心なしか、とてもご機嫌だった。
「これから一人ずつ、謁見の間に番号順に連れて行く」と剣持が厳かに述べた。

 神宮寺は、また日直者として仕事があると思い、立ち上がると、剣持が指示した。
「日直者の手伝いは不要だ。ダレイネザルとの謁見に生徒を同行させて、不手際があってはならいからな。なお、予め言っておくが、謁見内容を他人に聞くのは、ダレイネザル魔道師の間では失礼な行為に当ると心得ておけ」

 今度は誰にもアドバイスできない。剣持に釘を刺されてしまったので、月形さんや嘉納が戻ってきたとしても、何があったかも聞けない。

 剣持が真剣な顔で、厳格な儀式に臨む口調で宣言した。
「では、一番の月形から従いて来い」

 月形さんは、今日は黒を基調とした私服姿だった。制服ではない理由は、他の魔術的なものがダレイネザルの機嫌を損ねるからとの配慮だろう。残っている七人は一番 月形、二番 藤堂、五番 嘉納、九番 駒場、十二番 京極、十三番 篠崎、十五の神宮寺だ。

 神宮寺が謁見の最後だ。月形さんが魔法先生と剣持に連れて行かれてから、誰も教室で私語をしなかった。する雰囲気でもなかった。

 月形さんは二十分ほどで帰ってきた。帰ってきた月形さんは、いつもの丸眼鏡をしていなかった。足取りも、眼がよく見えないのか、ふらついていた。月形さんの眼鏡は、伊達ではない。

 神宮寺は月形さんは両目を差し出したと感じた。眼鏡の代わりに目に装着しているのは黒のカラー・コンタクトではないだろうか。

 次に二番の藤堂が連れて行かれた。だが、二十分後、遠くから大きな叫び声を上げ続ける男の声が聞こえた。方向からして、医務室だ。

 医務室から教室までは距離があるのに、叫び声が微かにとはいえ聞こえてくるところをみると、尋常な叫び方ではないのが窺える。藤堂は失敗した。

 五番の嘉納が呼ばれた。神宮寺は心の中で「帰って来いよ」とエールを送った。部屋を出る前に嘉納が、ちらりと神宮寺を振り返った。「心配するな」の意思表示だと思った。

 二十分後に嘉納が戻ってきて、席に着いた。特段これといって変わった様子は見受けられなかった。
 九番の駒場が呼ばれた。駒場は帰って来ることなく、十二番の京極が呼ばれた。

 十二番の京極も戻らず、十三番の篠崎が呼ばれた。篠崎も教室に姿を現さず、十五番の神宮寺が呼ばれた。

 謁見の間に向う途中で、先頭を歩く魔法先生が「おかしいですね。三人は行けると思ったんですが」と剣持に話す声が聞こえた。
(魔法先生の中では、俺は消える側の人間としてカウントされているんだな)

 マジチェフェルの時に使用した、普段は生徒の利用が禁止されているエレベーターのさらに奥に、扉があった。
 魔法先生が扉の前に立つと、自動で鍵が開く音がして、扉が開いた。扉の先にはエレベーターがあり、さらに奥に、頑丈そうな金属扉がある構造になっていた。

 近くのエレベーターを無視して進んで行き、二枚目の頑丈そうな金属製扉に魔法先生が手を翳すと、扉が開いた。扉の奥には、エレベーターが一基あった。

 魔法先生がエレベーターに乗って、内部のスロットに金色の文字が刻まれた黒いカードを通すと、エレベーターが専用になり、地下二十五階まで下がっていった。

 専用エレベーターは横にも移動しているのか、回数表示の減り方が一定ではなかった。
 エレベーターを出た先には、SFによくある、二足歩行兵器が通れるくらいの、幅が広くて背の高い通路が伸びていた。

 通路の先には、大きな黒い扉があった。黒い扉には、不思議な紋様が描かれていた。
 紋様は黄金の異形の天秤。天秤の上端には四つの眼が描かれた卵が載っている。天秤の中央には黄金の蜘蛛が彫り込まれ、下部には支柱を支える四本の足の上に、鳥の嘴のような器官が三方向に付いていた。

 魔法先生と剣持が扉に一礼したので、神宮寺も同じように一礼した。
 一礼すると、厚い扉が三方向に収納されるように開いた。全長が百m、横幅が六十m、高さが三十mくらいありそうな、広い空間があった。

 空間の前半分には上端部が切り落とされた、一片が五十五m、高さが二十五mほどで上端を切り落とされた、ピラミッド型の金色の祭壇のような建造物があった。

「祭壇の頂点に上がりなさい。ダレイネザルがお待ちかねです」と魔法先生が命令した。
 祭壇の頂点には誰もおらず、広大な後ろ半分の空間にも何も存在しない。ただ、『異界の気配』を使わなくても、今いる空間に膨大な魔力が満ちている感覚がした。

 祭壇に設けられた急傾斜の階段を上がり、頂点を目指した。階段の上には六m四方の黒い床があり、床には、読めない金色の文字が記されていた。

 中央に立つと、文字が発光して、辺りが急に真っ暗になった。まるで、別の空間に強制的に移動させられたような感覚を覚えた。

 光る足元の文字列しか見えない闇の中、突如、目の前に全長百mはある、黄金の天秤が出現した。部屋に入ってくる時に見た黒い扉に描かれていた物と同じ、黄金の天秤だ。

 天秤の上端にある卵の四つの瞳がゆっくり開き、神宮寺を見下ろしていた。
 床が迫り上がった。天秤の中央にある黄金の蜘蛛の足が微かに動くのが見えた。
 天秤の皿の高さの位置まで神宮寺の体が上昇したところで、足元の床が止まった。

 天秤の下部にある、三つの鳥の嘴のような器官から、男性と女性両方の声が同時にした。
「我は、ダレイネザル。栄光の王冠を欲す者よ、力が欲しいか」

 黄金の天秤から直径八mほどもある皿が回転し、神宮寺の眼前にやってきた。
 魔道師になる時が来たと感じた。

 受験前は平凡に街中で事務所でも開き、個人的に人の相談に乗って、ダンジョン・イベントの代わりに、都会での事件を解決するような魔道師のような存在に成れれば良いと思っていた。

 でも、今は違う。小清水さんと蒼井さんの最期を見た。斃れてゆく大勢の生徒を見た。辺境魔法学校ならではの光景だと思うが、おそらく違う。

 思い込みかもしれないが、ダレイネザルに会って感じた。神宮寺自身が魔道師となって歩んで行こうとすれば、力がなければ、悔しく、悲しい思いを何度もさせられる。

(だったら、野望を抱こう。理想を胸に秘めよう。価値ある希望を、世界に僅かでも残せる力を求めよう)

 神宮寺はダレイネザルの瞳に向って、大きな声で請願した。
「欲しいです、大きな力が。与えてください。王にもなれる、大きな力を」

 ダレイネザルの男女の合わさったような声が宣言した。
「王冠に相応しき物を供えよ。汝が差し出すと宣言したものに相応しい、栄光を授けよう」

 大きな力が欲しいと思っていた。でも、いざ、ダレイネザルに「供えろ」と迫られると、神宮寺は体の一部を提供するのを躊躇い、怖れに似た感情を持った。

 剣持は、体の一部ではなく、己を構成する一部という言い方をしていた。
 神宮寺は重要ではあるが、「愛情」「幸福感」「快楽」「魅力」「平穏」等の精神的に重要な物を差し出そうかと考えた。だが、すぐに思いついた考えを捨てた。

 精神的なものは、神宮寺にとっては重要でも、ダレイネザルが価値観を異にしていればゴミにしかならない。ゴミを供えれば、神は怒る。

 尋常ではない叫び声を挙げていた二番の藤堂を思い出した。藤堂は精神的なもの差し出した結果、精神や脳に掛かる負担が大きく、心が壊れたのかもしれない。

 やはり、体を差し出すしかない。神宮寺が決意すると、言い知れない緊張とカフェインを過剰摂取した時のような興奮がやってきた。

 嘉納が談話室で「腎臓の一つでも」とぼやいたように、生存に影響しない臓器の提供でも、問題はないのかもしれない。現に、月形さんは両目を差し出したようだった。

 月形さんの視力は落ちたかもしれないが、目は機能していた。月形さんは、両目を差し出し、新たな力と両目を貰って帰ってきた。なら、ダレイネザルに体の一部分を差し出しても、生体内で同じく機能する代替的な物を与えてくれるのではないだろうか。

 臓器を差し出しても、身体的に生きていられなくなるような状況には、ならないはず。
 ならば、思い切って「全て」と答えようとして、帰ってこなかった三人を思い出し、思い留まった。三人は全てを差し出したからこそ、帰って来られなかったのではないか。

 魔道師になっても、ダレイネザルのいる世界に移住する気はない。生きていく場所は、地球だ。帰って来られなくては、意味がない。

 神宮寺は、覚悟して宣言した。
「偉大なるダレイネザルよ。私は貴方に、命の源である心臓を差し出します。心臓が死ぬまで血を送り出すように。覚めている時も眠っている時も、停まることなく私に魔力を与えてください。私は与えられた魔力により、魔力が停まるまで、ダレイネザルにとって、地球で黄金のように稀少で価値ある魔道師になります」

 途端に、胸に鋏を突っ込んで穴を空けられたような激しい痛みが襲った。
 あまりの苦しさに、床に倒れた。神宮寺は、肺が動くのに呼吸困難になるのを感じた。

 宣言は、無謀だったのかもしれない。視界が暗くなってきた。死を予感した。
 暗くなる視界の先に、黄金の天秤の皿が見えた。皿には、小さな脈打つ肉の塊が載っているのが見えた。差し出した神宮寺の心臓だと思った

 神宮寺は、心臓を提供したのはいいが、交換時に心臓が体からなくなり、血流が停まるリスクを無視した事態に気が付いた。だが、もう遅い。全ては始まってしまった。

 胸を刺され続ける痛みと呼吸ができない苦しさの中、黄金の天秤が回転して、もう一方の皿が、神宮寺のほうにやって来るのが見えた。

 黄金の皿の上には、脈打つ黄金の塊が見えた。
 脈打つ黄金の心臓を見たのが、ダレイネザルとの謁見で覚えている最後の光景だった。
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