巫女の務め(9)
霞と琴美は二手に分かれて、路地を駆け抜けていった。
琴美は、己の能力である『御霊の輝き』で獲物を探り出していく。
本来、死神とはアサナミの神、ユウナミの神以外で、御霊を狩ることを唯一許された特別な柱である。それはたとえ神の御霊であっても例外ではない。死神の巫女である琴美にも、その絶対的な権威が与えられていた。
人混みの中に溶け込む一体の物の怪。
琴美は音もなく背後に近づくと、掌に収まるほどの小さな鎌を、常人には目にも留まらぬ速さで振り下ろした。物の怪は一瞬にして琴美に御霊を抜き取られ、声を上げる間もなく消え去った。
誰にも気づかれることなく任務を遂行するその姿は、まさに闇に生きるアサシンそのものであった。まだあどけなさが残る少女が、物の怪を見つけては次々に葬っていく。五分も経たないうちに、琴美の懐には十を超える御霊が納められていた。
(……⁉ これは……)
刈り取った御霊を見つめていた琴美の手が止まる。彼女の怜悧な五感が、僅かな、しかし決定的な違和感の正体を見極めようとしていた。
一方、そのころ霞は、『色』の視覚で物の怪の姿を捉えていた。
「見つけた!」
翼をつけた小人のような姿の醜悪な物の怪が、買い物をしている女性の背後に付きまとっている。このまま放置すれば、遠からず女性は憑りつかれて命を落とすだろう。
霞は瞬時に物の怪の背後に回り込むと、鋭い手刀を一閃にして真っ二つに叩き斬った。すぐさま色を頼りに残りの小物たちを索敵し、瞬間移動を繰り返しながら鮮やかに葬り去っていった。
(う~ん、これであらかた片付いたかな。琴美ちゃんの方も終わったみたいだし……)
街に異常がないか最終確認をしようと、辺り一帯に視線を走らせた瞬間、視界の端に異様な痕跡を見つけた。
(まだ何か潜んでいる……)
くすんだ赤黒い糸のような不気味な気配が、地面を這うようにして尾を引いているのだ。
嫌な予感を抱えながら、その痕跡を辿っていった霞は、路地の隅に蹲る少年を見つけた。
(やっぱり! こりゃ大変だ)
霞の色の世界が捉えたのは、少年の御霊にべっとりと蜘蛛のようにへばりついた物の怪の姿だった。
「こんなに短い時間で、もう人に憑りつくなんて」
一刻の猶予もない。素早く少年を抱きかかえた霞は、瞬間移動で人目のないビルの屋上へと連れ出した。
「ぐずぐずはしていられない。初めてやるけど……私、多分できるよね」
自分に言い聞かせるように呟くと、霞は少年の胸に風の神気を纏わせた右手をそっと置いた。神気を受けた少年の身体がピクンと反応して強張った。胸元から赤黒い色の染みが苦しげに浮き出てくる。
風の神の力で、御霊に憑りついた物の怪を追い出そうとしているのだ。これは、一種の『祓い』の行為であるが、非常に繊細な力加減を要する。一気に力を込めて引き剥がせば簡単なのだが、物の怪も激しく抵抗して御霊にしがみつくため、下手をすれば少年の御霊そのものを傷つけてしまうのだ。
それは、大物を狙う釣りの糸引きに似ていた。一気に引けば獲物も竿も逃してしまう。緩めては、引き寄せる。ただひたすらに、その息詰まる駆け引きを繰り返すしかなかった。
(下手に抵抗しないでよね。こっちに出てきてね……)
霞は呼吸を整えながら神気の出力を調整し、慎重に祓いを続けていく。
(うん、あともう少しだ!)
祓いの確かな手ごたえを感じたその瞬間、上空から一体の大きな翼を持った物の怪が、凄まじい速さで霞めがけて急降下してきた。
祓いのコントロールに全神経を集中していた霞は、その接近に気付くのが致命的に遅れた。敵を認知したときには、既に鋭利な爪が頭上間近に迫っていた。
(やられる! でも、いま動けばこの子が……)
最悪な結末の前に、霞の頭の中は真っ白になり、思考も身体もフリーズしてしまっていた。




