巫女の務め(7)
霞はスマホに耳を当て、少し声を張って返事をした。
「やっほー! 隼斗にしては随分と早い時間に連絡してきたね。どうしたの?」
完全に相手を年上と思っていない霞のくだけた口ぶりを、琴美は瞳を丸くしてキョトンと見つめていた。もちろん、これは霞の芝居も半分あった。背中に突き刺さるような視線を向ける女に対して、彼女なりの精一杯の抵抗だった。
隼斗の少年のような声が、霞の耳に届く。傭兵経験もあり、先のナナガシラでの事件でも霞を心配して駆けつけてきた。多少のことでは全く動じない彼であるが、電話の先では少し慌てた声をしていた。
「えっ……私、今はデート中だよ。相手は誰って? へへへ、それはねー。すっごく可愛い子だよ。隼斗も知ってる子だよ。……今どこかって? 街のカフェにいるよ。そう、フルーツジュースが有名なとこ。あっ、隼斗がいるところと近いね……」
冗談を交えて答えていた霞だったが、スマホから流れる隼斗の深刻な報告を聞くうちに、その表情が徐々に険しくなった。
「実菜穂さんと陽向さんが⁉ ……分かった。すぐそこに行くよ」
通話を切ってスマホをテーブルに置くと、霞は鋭い視線で琴美を見上げた。
「街中で、何かあったの?」
ただ事でない状況を察し、琴美が声を潜めて尋ねた。霞は席を詰めて、琴美の耳元に顔をグッと近づけた。甘い香が霞の鼻腔をくすぐった。
「電話は隼斗から。ナナガシラで漣ちゃんと一緒にいた男の人」
「うん。一緒にラーメン食べたよね。勇気あって、強い人」
死神の巫女である琴美の口から『強い』と言われるのは、いささか違和感があったが、それでも人の中では群を抜いた強者であることは間違いなかった。
「うん、その隼斗が言うには、この街に突然、何体かの物の怪が現れたんだって。それ自体はさして珍しくはないけど、今回はとにかく数が多くて、いつもより手強い奴らだったみたい。隼斗は、真っ先に私に声をかけるつもりだったらしいけど、そこに実菜穂さんと陽向さんが現れて助けてくれたって」
「そうなの? 全然、気配を感じなかった」
琴美が驚いて目を丸くしている。自分よりもはるかに冷静な琴美がこれほど驚く表情を見せるのは、霞にとって新鮮であると同時に、事態の異常さを物語っていた。
「それでね、隼斗が言うには、最後に残った奴がそうとうやばい奴らしくて、周りの人に危害が及びそうになったから、実菜穂さんが囮になって、人気のない方へ遠ざけているんだって。街中にまだ別の物の怪が潜伏している可能性があるからすぐに来て欲しいって……」
耳元での状況報告を終え、霞が顔を離して見つめ合うと、琴美は迷うことなく頷いた。
「行こう」
「うん。でも、後ろの人が……」
霞は琴美と顔を合わせたまま、目配せで『奥の女』の存在を示した。しかし、琴美は全て織り込み済みと言った落ち着きのある表情で、小さく首を振った。
「後ろの人も状況は分かっていると思う。私たちが動けば、向こうも何か行動を起こすはずだから、むしろ好都合だよ。とにかく、すぐに隼斗さんのところに行きましょう」
琴美が迷いのない動作で霞の手を引き、二人は席を後にした。
不意に柔らかい掌で握られ、霞の胸はドクンと跳ね上がる。だが、その直後にそれを上回る戦慄が霞を襲った。
席を立つ間際、まだ繋がっていた琴美の視界のなかで、店の奥にいるはずの女の姿が気配すら残さず、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
(琴美ちゃんが言ったとおりだ。あの人、動いたんだ……)
相手は自分たちの動きを完全に予期していた。
正体が分からない女の瞳の鋭い光を思い出し、霞は背筋に強烈な悪寒を感じた。それを振り払うように、琴美の手を強く握り返した。
二人は、不穏な気配漂う街へと駆け出していった。




