巫女の務め(6)
(そんなことはあり得ない。神様でも、物の怪でも、ましてや普通の人なら絶対に色を持っている。なのにどうして……あの女の人には、色がないの?)
霞の脳裏に映る光景。テーブル、椅子、他のお客さんたちにはそれぞれの色が揺らめいているのに、その女だけは虚無とも言えるほど無色であった。何一つ揺らぎのない完全な透明。
(……違う! 色が無いんじゃない……消したんだ! 見られていることがバレている!)
霞は声を出さずに口元だけをパクパクと動かし、申し訳なさそうな視線を琴美に送った。自分の不用意な力の発動のせいで、隠密戦のバランスを崩してしまったと思ったのだ。
だが、それよりも早く琴美の指が静かにテーブルを滑った。
『ごめん。気づかれちゃった。あの人、巫女だよ』
余裕をなくして狼狽える霞に対し、琴美はなおも平静で可愛らしい笑顔を崩さない。
霞は首を横に振った。
(違うの、琴美ちゃんのせいじゃない! 色を消したのは、あの人が私の『色を見る力』を知っているからだ。私が見ていることに気づいて、仕掛けてきたんだ)
必死に表情と目配せで説明しようとする霞を見て、琴美は小さくクスクスと笑った。彼女の指が悪戯っぽく再びテーブルに『巫女文字』を浮き上がらせた。
『霞ちゃん、慌てないで。あの人が私たちの動きに気が付いているのに動かないのは、何か理由があると思うよ。このまま、普通にして様子を見よう』
琴美がにっこりと、ヒマワリのような笑みを向けた。無邪気で揺るぎない少女の笑顔に、霞の胸の動揺が不思議なほど静まっていった。
(……そうだ。ここで私がおろおろしていたら、琴美ちゃんの足を引っ張るだけだ。いつもどおりにしなきゃ!)
霞は小さく深呼吸すると、女の耳まで聞こえるほど、わざと元気な声を上げて会話を再開した。
「琴美ちゃんの笑顔落ち着くなあ。そう言えば、さっきから気になっていたけど、その腕輪、凄く可愛いね。四葉のクローバーは幸運の印だから、これから良いことありそうだね」
霞は精一杯の笑みを返しながら、メロンのドリンクをストローで思いっ切り吸い込んだ。喉元にキーンとした冷たさが駆け抜けていくと、冷静さが戻ってきた。
琴美も霞が完全に調子を取り戻したのを見届け、安心したようにストローに口をつけた。
(……⁉)
緊迫したカフェの席に、軽快なメロディーが鳴り響いた。霞のスマホが光っている。
「あれっ、隼斗からだ。何だろう。今日は、お呼びでないんだけどな」
スマホに現れた恋人とも友達とも言い切れない微妙な関係の隼斗の名前に、霞は『応答』のアイコンをタップした。




