巫女の務め(5)
信じられない出来事だった。霞が琴美の肩に触れた瞬間、彼女の脳裏に見知らぬ一人の女の姿が鮮烈に浮かび上がったのだ。
店の隅の席に座る女。紺色のOLスーツに丸メガネをかけ、年齢は二十歳と言ったところか。どこか冴えない気の良さそうな一般の会社員に見える。だが妙なのは、その姿が霞の背後ではなく、まるで正面から凝視しているようなアングルで脳内に流れ込んできたことだった。
(これって、琴美ちゃんの目に見えている景色だ……!)
霞は心の中で戦慄した。肩をポンと叩いた手の平を通じて、琴美の視界がダイレクトに自分と同期しているのだ。
その光景にいる女の丸メガネの奥にある瞳は、おっとりとした外見とは裏腹に獲物を狙う猛禽類のような鋭い眼光を放っていた。その視線は、まっすぐ霞の背中に突き刺さっている。琴美に巫女文字で指摘されるまで、その不穏な存在に全く気が付けなかった自分が恐ろしかった。
琴美は今、霞の冗談に付き合って楽しそうに笑っている。しかし、霞に共有されている視界は、寸分違わず奥の女を捉え続けていた。
互いに完全に気配を消し、このカフェの喧騒に紛れながら探り合っている。後ろの女の隠匿技術も一流だが、琴美もまた気づいていることを相手に悟らせぬまま、完璧にマークをしていた。
ただ楽しくフローズンドリンクを飲んでいたこの小さな席で、静かに、けれど苛烈に火花を散らす目に見えない攻防を琴美は繰り広げていた。
新米巫女である霞は、目の前の可愛い少女が展開する高度な情報戦の凄まじさに、ただ度肝を抜かれていた。
(そうだ、色で見たらどうだろう? あの女の人の正体が分かるかも!)
霞は緑色に自身の瞳を密かに光らせ、脳裏に同期している光景を『色』で捉えた。それは風の神のシーナが持つ固有の加護の一つだ。物、人、物の怪、神、そして景色――万物がその根源に宿す個別の色を霞は見ることができた。この世界が持つ色は、無限に存在する。人の目には決して感じることができないその色彩は、暗闇の中でも対象を識別できるばかりか、感情でさえも色として霞に教えてくれるのだ。
霞は、琴美から共有されている視界に自らの力を上乗せして、隅の席の女を色で覗き込んだ。
(えっ! うそ……嘘でしょ⁉)
琴美の瞳を呆然と見つめたまま、霞は完全に固まってしまった。




