神に認められぬ巫女(3)
せっつく霞に対し、隼斗は「まあ、落ち着け」となだめるように、肩を軽く叩いて席へと押し戻した。
「間違いない。叶って女は、かつて『プレセラ』で不動のセンターを務め、グラビアアイドルとしても絶大な人気を博した『叶夢優衣』だ」
「どうしてそこまで断言できるの? 確かに言われたら面影はあるなって思うけど……他人の空似ってことも……」
実菜穂と陽向が同席していることもあり、霞も慎重になって隼斗の言葉に飛びつくことなく、冷静さを取り戻そうとしていた。
「もちろん、ちゃんと裏は取ってあるさ。俺だって最初は『まさか』と思ったよ。だが、あの女の持つ独特の魅力は隠し通せるもんじゃない。だから徹底的に調べ上げた。そしたら、ある事件に辿り着いたんだ。もしかしたら、お前たちが悩んでる答えのヒントになるかもな」
隼斗は目の前に置いてあったグラスを取ると、そこに刺さっていたストローをそのまま咥え、紫色の液体をぐっと吸い込んだ。
(((あーっ……やっちゃった……)))
実菜穂、陽向、琴美の三人が、ぽかんと口を開けて隼斗を眺めている。霞は隼斗から慌てて視線を逸らし、顔を赤くしてもじもじとし始めた。
「ん? どうした? ここからが話の核心だぞ」
隼斗がグラスを置くと、不審そうに霞へ呼びかけた。
「……隼斗さん、そのグラス……さっきまで霞ちゃんが飲んでいたものです」
琴美が、霞の挙動不審な原因を冷静にフォローした。
「あーっ、悪い! これって……えーっと、『恋の予行演習』の歌詞に似たシーンがあったな……」
「あーっ! もうそんなのはいいからっ! それより『核心』ってやつを早く教えてよ!」
霞は両頬を真っ赤に染めながら、照れ隠しで隼斗に先を促した。隼斗は四人の巫女の視線を一手に浴びながら、真剣な表情へと切り替えて語り始めた。
「ああ……いいか。今から三年前に、叶夢優衣は突然芸能界から姿を消した。表向きは『健康上の理由』と世間に公表された。あれだけの過密スケジュールで活躍していたから無理もないと、惜しむ声が広がったんだ」
隼斗の語りに、実菜穂以外の三人は深く頷いた。
「だが……本当の理由は『失踪』だ」
「「「「……!?」」」」
四人の巫女の表情が一瞬で凍りついた。
「ちょっと、隼斗……それってどういうこと!? どうして失踪なんてしなきゃいけないの!? 当時、人気絶頂でグラビアもCMも引っ張りだこだったんだよ!?」
一瞬の静寂の後、霞が信じられないといった様子で隼斗に詰め寄った。
「これが紛れもない事実なんだよ。ちゃんと調べ上げた。世間には一切公表されていない……というより、警察にすら届け出が出されていない事件が裏で起こっていた」
「事件……?」
「そうだ。三年前、叶夢優衣の敏腕マネージャーが何者かに殺された。そして彼女は、その事件の翌日から姿を消した。これが彼女の引退の真相だ」
隼斗から明かされた衝撃的な事実に、四人は頭の整理が追いつかない。
「ちょっと待って! 私の頭が全然ついていかないんだけど……! 叶夢優衣ちゃんのマネージャーさんが殺されて……でも警察にも届けられていなくて、世間にも伏せられていて……そこから優衣ちゃんが失踪……? まったく話がつながらないんだけど!」
指を折りながら状況を確認する霞を見ながら、隼斗は「まあ当然の反応だな」という顔で、再び霞のグラスのジュースを自然な動作で口にした。
「今のは時系列順に事実だけを言ったまでだ。ここからが裏を取った本題だよ。うちのチームを使って相当苦労したんだぜ」
隼斗は四人を見渡してから、ゆっくりと説明を再開した。
「まず、マネージャーが殺害されたのは紛れもない事実だ。殺害が起きた部屋には優衣本人もいた。彼女の悲鳴を聞いて、事務所の人間もすぐに駆けつけたそうだ。確かにその瞬間、マネージャーの体は血の海の中に倒れていた。錯乱する優衣を慌てて別室へ保護し、再び部屋に戻ってみると……そこにマネージャーの姿はなく、一匹の猫の死体だけが転がっていた」
「……隼斗、それマジな話なの?」
半信半疑といった呆れ顔を見せる霞だったが、実菜穂、陽向、琴美の三人は真剣そのものの表情で耳を傾けていた。
「本当だよ。霞、信じてないのはお前だけだぞ。このマネージャーの名前は『久遠 尋』。だが、こいつの戸籍も住民票もどこにも存在しない。敏腕マネージャーとして事務所では超やり手だったが、あるはずの身分証明が一切存在しないんだ。……なら、考えられる理由は一つしかない。こいつは人間じゃなかったってことだ」
霞もようやく事件の異質な影に気づき始めたようで、隼斗の話に真剣に聞き入っていた。そのため、集中するあまり無意識に自分のグラスを手に取り、ストローに口をつけてジュースを飲んでしまっていた。
(((あーあ……またやっちゃった……)))
実菜穂、陽向、琴美の三人が、呆れながらも温かな目で見つめている。
「そう……このマネージャーの正体は『物の怪』だったと考えられる。そして優衣も、その事実を知っていたはずだ。どういう繋がりかは分からないが、二人の絆は極めて強かった。事務所内でも『あいつら、実は付き合ってるんじゃないか』って噂されるほどにな。……そして、身分証の偽造や人の心も掌握できる力を持つマネージャーの本性は、おそらく『猫又』の類だったんじゃないか」
「じゃあ……その猫又のマネージャーさんを殺したのは……一体誰なの?」
「そこなんだよ。相手は強大な妖力を持った猫又だ。ただの人間や並の物の怪が太刀打ちできる相手じゃない……なら、そいつを仕留められる存在と言ったら……な?」
隼斗は腕を組み、含みのある強い視線で霞を見つめた。
「もしかして……『巫女』……!?」
霞の口から洩れた言葉に、実菜穂はハッと弾かれたように瞳を大きく見開いた。
「……黒の巫女見習い……」
叶と黒の少女の繋がりが見えた瞬間、実菜穂の瞳が神気を宿して青く幻想的に輝き、微かに震えていた。




