神に認められぬ巫女(1)
実菜穂、陽向、霞、琴美の四人は、ファミレスのボックス席でお互いの情報を整理していた。それぞれが負った痛々しい傷は、実菜穂の治癒の力によって綺麗に癒やされ、今では痛みも痕すらもない状態だ。
「いやあ、琴美ちゃん助かったよ~。陽向も霞ちゃんもいなくなっちゃって、一体どうなるかと……」
実菜穂はそう言いながら、グラスのアイスティーを一気に飲み干した。
「すみません。もっと早く駆け付けるつもりだったのですが、務めがありまして」
琴美は申し訳なさそうな表情で、三人を順番に見つめた。
「全然ですよ。琴美ちゃんが来てくれなかったら、私と霞ちゃんはこの場にいないんだから……それに、実菜穂だってどうなっていたか」
陽向がホットココアの入ったカップを両手で優しく包みながら、琴美を労った。霞もそれに同意するように、何度もコクコクと頷いた。
「そうだ! 二人はどこに消えていたの? 知らない子たちもいたみたいだけど……」
一息ついた実菜穂が、ポンと手を叩いて陽向と霞に問いかけた。
「とうげんきょう……です」
「桃源郷?」
霞がたどたどしく答えると、実菜穂は不思議そうに首をひねった。
「霞ちゃんの言っている通りなの。桃源郷の世界に閉じ込められてしまって、自力では抜け出すことはできなかった。あの場所は、桃の花が咲き乱れる本当の桃源郷だった。だけど、外側からしか破ることができない一種の結界空間だったの」
陽向が実菜穂に深く頷いてみせた。
「桃源郷かあ……紗雪の『白新地』みたいな感じ?」
実菜穂が天井を見上げて、ぽかんと考え込んでいた。
実菜穂が言う『白新地』とは、雪神である紗雪が自らの力で創り出した天上界でも地上界でもない第三の世界のことだ。そこには、紗雪を慕い集まった地上神や多くの生き物が存在している。ただ、人だけはその世界には存在しない。
「正確に言うと、少し違います。雪神様が降臨される『白新地』は、もともと存在しなかった領域を雪神様が新たに生み出した世界……言ってみれば、ゼロの状態から創り出された実在する世界です。ですが、陽向さんが閉じ込められたのは、太古の昔に神によって創り出された異空間。もともと存在していた世界なのです」
琴美が丁寧に説明するが、実菜穂と霞は「う~む」と頭を悩ませていた。すると突如、実菜穂が閃いたとばかりパッと顔を明るくした。
「分かった! つまり桃源郷は、このファミレスみたいなものだ! 既に存在する建物の中に陽向と霞ちゃんが連れてこられて、外から鍵を掛けられた状態。一方、白新地は、小高い山に新しく建てられたお城! 頑丈な城門で守られていて、外部からの侵入を一切許さない! そんな感じだ」
自信満々で答える実菜穂を、陽向と琴美は口を開けて呆然と眺めていた。しかし、なぜか霞だけは深く納得したように頷いている。
「実菜穂さんの例えは、独創的で凄いです。ですが、イメージ的にはそれであっていると思います」
琴美は実菜穂の例えをやんわりと肯定し、にこやかに微笑んだ。
「うん、外から鍵を掛けられたっていうのは、まさにその通りだと思う」
陽向もその独創的な例えに対し、琴美に同意して苦笑いを浮かべていた。
「それで、実菜穂の方は、叶さんと何があったの?」
「うん。陽向、前に会った黒い巫女見習いの女の子を覚えてる?」
実菜穂が真顔で尋ねると、陽向も口元を引き締め、静かに頷いた。
「物の怪には一切の恐れも抱かず討ち取っていったあの子が、叶さんを見た途端、何もできないほど怯えていた。ううん、怯えなんていうものじゃない。あれは、絶望っていう感じだった」
「それで、叶さんはその時どんな様子だったの?」
陽向に促され、実菜穂はゆっくりと言葉を続けた。
「叶さんは、凄まじいまでの怒りと憎悪の感情を剥き出しにして、あの子を討とうとした……」
思い出しても、あの時に叶が秘めていた憎悪の凄まじさに、実菜穂はブルっと肩を震わせた。
その時、霞のポケットからスマホが軽快なメロディーを奏でた。
「あっ、隼斗からだ。出てもいいですか?」
霞が恐る恐る尋ねると、三人ともコクリと頷いた。
「もしもし、隼斗。どうしたの? えっ、今どこにいるかって? 駅横のファミレスだけど……えっ、何? 叶さんの……本当⁉ えっ、こっちに来るの? 分かった、待ってる」
霞が通話を切ってスマホを置くと、正面に座る実菜穂と陽向に視線を合わせた。
「隼斗が今からここに来るって。叶さんの正体が分かったみたい……今、画像を送ったって言ってた」
霞がスマホをテーブルの中央に置くと、そこに映し出された画像を見つめ、四人は息を吞んだ。




