巫女の務め(3)
土曜日の午後、日が落ちるのは日に日に早くなっているが、生憎とお日様は元気よく街中を照り付けていた。霞が淡いグリーンのニットセーターと黒のミニスカート姿で歩いている。昼間は暑くても、日が暮れたら肌寒くなるこの季節にピッタリの服装だった。
お目当てのカフェが見えたところで、霞の視線は忙しく動いていた。
(あっ、いた!)
霞の心臓がドキンと胸を打った。待ち人を見つけたのだ。
彼女の視界には一人の少女が映っている。ベージュを基本に、長袖の白いシャツにキャミソールを重ね、膝上あたりまでのショートパンツを履いていた。琴美である。
(わっ、やっぱり可愛い……私の服、変じゃないよね)
霞が戸惑うのも無理はなかった。彼女にとって、琴美はアイドルのような存在だ。可愛くて、優しくて、それでいて強い。自分とは反対側の存在。同じ女子でも琴美を嫌う子はいないであろう。張り合う気力すら起こらない。逆に自分は、悪口を言われるタイプだ。実際、シーナと出会うまではそうだったのだ。
(琴美ちゃんに笑われないよね。大丈夫、私も頑張ってる)
自分を鼓舞しながら歩き始めた時、琴美に二人組の男子が声をかけてきた。恐らくナンパであろう。霞は歩みを速め近づいて行った。
琴美はと言うと笑顔で二、三言の会話をして、手を振って男子を送り出した。どうやらお断りの仕方は心得ているようだ。断られた男子が笑顔のまま去っていくのは、やはり琴美の人柄がそうさせているのだろう。
軽そうな男子に声をかけられた琴美に、霞は軽くヤキモチを焼いた。もちろん彼女は相手にしないことは分かっているが、二人だけの空間に入ったオジャマ虫が少しだけ癪に障ったのだ。でも、すぐにそれも治まった。
目の前にいる可愛くて、優しくて、強い少女は、死神の巫女であること。そして自分も風の神の巫女なのだ。その秘密を知っていることが、霞にとってなにより心強い絆であった。
「琴美ちゃん、お待たせ! やっぱ待たせちゃった? ごめんね」
「私もいま来たところだよ。霞ちゃん、そのセーター凄く似合ってる。季節にピッタリだね」
霞が駆け寄ると、琴美は手を振り笑顔で迎えた。左手に巻かれているシロツメクサの白い華が目を引いた。
霞が不安に思っていたコーディネートを琴美は、真っ先に褒めてくれた。彼女が素敵なのは、こういうところなのだと改めて感心していた。
霞と琴美がテーブルに向かい合っている。琴美の前にはイチゴのフローズンドリンクが運ばれてきた。グラスの中では、鮮やかな赤色の果肉が氷の粒と混ざり合い、その上にはバニラのソフトクリームが鎮座している。見ているだけで、喉元に涼を誘い込んだ。
霞の前には同じメニューで、メロンの果肉がセーターと同じ淡いグリーンの色をグラスに満たしていた。
「「う~ん、あまーい」」
ソフトクリームを口にした二人は、示し合わせたように声を上げた。
アイスの甘さとドリンクの冷たさが、暑さで火照った体に幸せを呼び込んだ。
「今日は呼び出しちゃって、ごめんね。実は話を聞いてもらいたくて……」
一息ついたところで、霞が申し訳なさそうに話を切り出した。琴美はストローを口に咥えたまま目を丸くして、恐縮する彼女を見ていた。
「霞ちゃんが謝ることないよ。私、今日すごく楽しみにしていたよ。だって、霞ちゃんといると本当に楽しいから」
琴美の言葉に霞の胸には、驚きと嬉しさがこみ上げてきた。巫女という未知なる世界に足を踏み入れた霞にとって、同じ歳の琴美は、何よりの心の拠り所であった。
「あのね……シーナが『神議り』に参上することになっちゃったの。でもシーナは、これは何かの陰謀だって怒っていて……」
霞は、シーナから聞いた事情を夢中で話した。シーナは兄の志那都乃神から、神格が『中座』へと上がったため『神議り』で披露目があるから参上するようにと命令された。中座に上がる理由などないことから、当然シーナは断った。だがそれは最高神アマテの神への謀反を疑われるため、シーナは渋々参上を余儀なくされたが、「誰かが自分を地上から引き離すために仕組んだ罠だ」と憤慨しているのだ。
「シーナは、自分が『神議り』に参上している間に必ず不穏な動きがあるから警戒しろって。その上、実菜穂さんを護るように託されて……」
そこまで言って、霞は口を噤んだ。事情が全く呑み込めていないうえに、自分より遥か実力が上の実菜穂を護れと言われたのだ。どう動いていいのか分からず、不安の色が顔に出ていた。




