助ける巫女と拒む巫女(7)
叶の持つスカーフが光を帯びるのと同時に、滑らかな弧を描く黄金色の瓢箪へとその姿を変えた。
「あれって、ひょうたん……だよね」
霞が目をパチパチさせながら、美しいくびれを持つ瓢箪を見つめていた。
叶は瓢箪を傾けると、そこから滴る琥珀色の液体を口に流し込んだ。大胆な行動でありながら、その所作はあまりにも繊細で美しく、まるで女神が果樹酒で喉を潤しているかのようであった。
芳醇な甘い香が、夜の路地裏一面に立ち込める。叶が口にしたのは、神のみが口にすることが許される神酒であった。
溢れ出す眩い光線が叶の全身を包み込み、その姿を瞬く間に変貌させていく。
光が収まった時、そこに立っていたのは、いつもの丸メガネをかけた穏やかなお姉さんではなかった。
纏う衣は、胸元に深く大胆な切り込みが入った異形の巫女装束。白と朱のコントラストが際立つ上着からは豊満な胸元と白い肌が覗き、下半身は従来の重厚な袴ではなく、太腿まで大きく開いた動きやすい朱色のフレアスカートへと変化していた。
巫女でありながら、まるでステージで脚光を浴びるアイドルのような輝きを纏い、それでいてどこか毒のような妖艶さを漂わせている。
「叶さん……その姿って……」
実菜穂は絶句したまま、叶の姿を見つめていた。
霞と陽向もまた、警戒するのも忘れて吸い寄せられるように視線を奪われている。
叶は両手に現れた絢爛な大扇を広げると、天にかざしながら優雅に身を翻した。
「琥珀成笹ノ神の巫女、参上!」
神に捧げる奉納の舞のごとく、華麗に舞う叶。その首筋には、瓢箪を咥え疾走する躍動的な馬の痣が浮かび上がっていた。
「こはくな……ささのかみ⁉」
霞が首を傾げながら、助けを求めるように隣の陽向に尋ねた。
「笹ノ神……お酒の神様です」
「あっ! それで瓢箪なんだ! あれ、でも馬は何か関係あるのかな?」
緊迫した状況でありながら、霞は頭に浮かんだ素朴な疑問を口にしていた。緊張感を緩ませる天然ぽいところは実菜穂に似ているなと、陽向はチラリと横目で霞をみやった。
「定かではないけれど……おそらく『瓢箪から駒』の故事から来ているはず」
「こま?……コマって、回して遊ぶおもちゃの……じゃないですよね……」
陽向の笑顔のまま引きつった表情から、霞は自分の答のチグハグナさに余計に戸惑いを深めた。
「霞ちゃん、駒は馬のこと。『瓢箪から駒』は、あり得ないはずの場所からあり得ない事象が飛び出すこと……冗談半分で言ったことが『現実』になってしまう神徳を意味している……これは、まずいかも!」
陽向の顔が、これからのことを予期したかのように警戒色を強め、険しく歪んだ。
「えっ、もしかして叶さん、むちゃくちゃヤバイ感じ⁉……陽向さん!」
霞が陽向の異常な殺気に声を上げた時には、陽向はすでに渾身の神気を全身に滾らせ、愛刀の『紅雷』を抜刀していた。
「紅一閃!」
陽向が叶に向けて深紅の光の刃を放った、その刹那。叶はその紅の光の軌道すら見切っていたかのように、大扇を頭上から腰に向けて一気に振り下ろした。
「仙境夢幻」
迫りくる紅の閃光を飲み込むように、艶やかな桃色の光が爆発的に広がり、陽向と霞の身体を包み込んだ。
「えーっ!」
霞の短い悲鳴を残し、二人の気配は空間ごと実菜穂の前から跡形もなく消え去った。
「悪いけど、邪魔はしないでほしいの」
叶は大扇を折りたたんだ。陽向と霞が別の世界に飛ばされたことを確認すると、再び琥珀色の瞳を実菜穂、そしてその腕の中にいる『黒の少女』へと向け、ゆっくりと歩み寄ってきた。




