助ける巫女と拒む巫女(1)
十月の夜は不思議だ。昼間は汗をかくほど暑いのに、夜になると肌寒くなる。かといって、凍えるほどではなく、空を見上げれば大きな月が幻想的な光景を作りだしていた。
耳をすませば虫の音が心地よく聞こえてくる。そんな夜の公園を、霞はフラリフラリと歩いていた。時刻はすでに夜の十時を過ぎている。
明るく月に照らされていた公園に、ふっと影が差した。流れる雲が月を隠したのだ。次第に辺りが深い暗闇に包まれていく。
「いやっ、……誰か助けて!」
突然、悲鳴が上がった。尋常でないその響きは、公園の虫の音を一瞬で止めさせたが、すぐに何事もなかったように静けさを取り戻していった。
霞は確かに聞こえた悲鳴に即座に反応するわけではなく、ゆっくりと、まるで夜の散歩でも楽しむかのような足取りで歩いている。
(本当に駆けつけなくていいのかなぁ……? 『目立つことがないように神気を漂わせちゃ、駄目よ』なんて言ってたけど)
今すぐ走り出したい気持ちをグッと抑え、何も知らない振りをしながら、悲鳴がした方向に歩みを進めていく。
叶から指示があるまで、あくまでも「普通の女の子」でいるように言われていた霞は、巫女としての力を使わないよう、『色』で周囲を探ることすら控えていた。
(う~ん……このあたりかな。これは、私の直感だけど)
霞が辿り着いたのは、外灯の光がちょうど途切れた木々が立ち並ぶ場所である。公衆トイレから十メートルほど離れており、周囲から死角になっている。犯罪にとっても、怪異現象にとっても、格好の条件が揃った場所だ。
ベンチの身を隠すと、霞はそこでの出来事を凝視した。巫女の力を一切解放せず、あくまでもただの女の子の目に見えるものだけを捉えようとする。
ブルルッ ———!
「あひゃ⁉」
ポケットの中でスマホが震えた。音を出さないマナーモードに切り替えていたのだ。集中していただけに敏感に反応して、驚いてしまった。スマホを取り出すとともに、遅れながらも慌てて口を押えた。
画面には、叶からのメッセージが届いていた。
『そう、ちょうどそこに被害者と物の怪がいるわ。それと、巫女見習いが一人いるはずよ』
霞が改めて暗闇をじっと凝視する。
目が暗闇に慣れてくると、複数の人影が浮かび上がってきた。叶のメッセージの通り、白い巫女装束をまとった少女が、中年の女を背中に庇い立っている。手には一振りの刀が握られていた。
(人の目って、暗闇ではこんなにも見えないものだったんだ……)
ようやく状況が把握できた霞は、改めて人の身体の弱さを実感していた。
少女と対峙しているのは、一見すると大人の男性に見えた。だが、それがただの人ではないことはすぐに分かった。少女と男が、二言、三言と言葉を交わす。霞の位置からはよく聞こえなかったが、どうやら男の正体は見破られているようだった。
男の顔に亀裂が入ると、皮を脱ぐようにして中から巨大なカマキリの頭部が現れた。人型のカマキリの怪異が、本性を現したのだ。背後の女は、悲鳴を上げる間もなく恐怖でその場に倒れ込んでしまった。
少女は刀を構え、カマキリの化け物に戦いを挑んだ。襲い掛かる巨大な鎌を最小限の動作でかわし、物の怪の腹部へ鋭い一撃を叩きこんだ。
傷を負ったカマキリは狂暴化し、さらに激しく少女に襲い掛かかった。両腕の鎌が一気に振り下ろされた瞬間、少女はそれを刀で受け止めた。すぐさま刀を払おうとしたが、刀身を掴まれ、動きを封じられてしまった。
少女が無理やり刀を引き抜こうと腕に力を入れたその時、倒れていた女の体を突き破り、もう一体のカマキリが姿を現した。大きさは、少女と対峙している男のカマキリの三倍はある。カマキリの怪異のつがいであった。大きな方は雌で、人を襲うために公園に潜んでいたところ、運悪く巫女見習いに出くわしてしまったらしい。
少女は不意を突かれ、雌のカマキリが振り下ろした鎌に弾き飛ばされた。苦しげな呻き声と共に、小さな身体が地面を転がった。




