奏多叶という巫女(4)
陽が落ち、辺りは夜の帳が降りたように暗闇が広がっていた。
叶が一通り現状を説明し終えたところだった。実菜穂に接触をし、自分の企みが勘づかれたかもしれない今、叶はひとまず「同じ巫女の仲間」として取り繕うことで、この場を収めることにしたのだ。
神議りが開かれている間、黄泉の世界と地上の世界を隔てる結界は酷く薄くなる。そのため、黄泉の世界の物の怪たちが、世界の隙間を縫ってこちら側へと侵入してくるのである。いわば、黄泉の世界からの侵攻と言ってもよかった。地上の神々が天津が原に参上して不在となっている間、手薄となった地上を守ることこそが、巫女に課せられた務めの一つということである。
「と……まあ、こんな感じかな。今ので分からないところはある?」
叶がインストラクターのような流暢な説明で、巫女講座を進めていく。実菜穂、霞はもちろん、陽向までもが真剣な表情で生徒のように耳を傾けていた。
「はい、質問です」
実菜穂が元気よく挙手をした。叶が「はい、実菜穂ちゃん」と指さして質問を促した。
「つまり、この時期はいたるところで巫女が地上を守っているってことですよね。私も陽向も街中に出てたけど、他の巫女には会っていません」
「いい質問ね」
叶が親指をビシッと突き立てて、『良いね』と満足そうに笑った。
「答えはね、あなた達が先に手をつけたから。他の巫女は、あなた達が街に現れたことを当然知っているわ。だって、その場で私が見ただけでも二人はいたもの」
「叶さん、ちょっと言ってることがよく分かりません……。先に物の怪退治を始めちゃったから、他の人は引き揚げたってことですか? だとしたら、どうして叶さんは、あの時、私を助けてくれたのですか?」
霞が堪らず質問を投げかけた。叶はまたしても『良いね』のポーズを作って笑った。ちょっとした巫女講座の場は、やる気満々の実菜穂と霞、そして陽向まで引き込んでいた。
「まあ、私のことは置いておいて。さっきの答えは正確じゃないの。一言でいえば『基本、巫女はつるまない』ってところね」
「えっ……⁉ でも、私は……」
「『琴美ちゃんと物の怪を退治した』、でしょ?」
霞の言葉を途中で遮り、叶がズバリ言い放った。自分が言おうとしたことを先回りして当てられた霞は、小さく頷くしかなかった。
「まあ、これには歴史的な説明が必要なんだけど、早い話、神様が決めた暗黙のルールなのよ。師弟関係や主従関係はともかく、横に並ぶ『お友達関係』は、ある意味で御法度。なぜだか分かる?」
「「「…………?」」」
「おや。君たちがそれを一番知っているはずだよ。この夏に見てきたばかりじゃない?」
答えが出ずに首を傾げる実菜穂、陽向、霞の前で、叶は悠然と腰に手を当て、三人を覗き込んだ。それは、S字の綺麗なボディラインを強調したグラビアモデル王道の魅惑のポーズだった。
三人は、叶の洗礼された美しい姿に見惚れて、しばし言葉を失ってしまった。思わずスマホのカメラを向けたくなるような立ち姿だったが、問われた答えを必死に脳内で探し求めた。
やがて陽向が、静かに答えた。
「天上神と地上神の争い……ナナガシラの戦い」
陽向が確信に満ちた声を上げるが、実菜穂と霞はその答えをまだ完全には呑み込めていない様子だった。
「さすが、陽向ちゃん。分かってるじゃない。じゃあ、実菜穂ちゃんと霞ちゃんにヒント。ナナガシラが呪われたきっかけは何だった?」
叶の出したヒントを頼りに、二人は顔を見合わせて考え込んだ。やがて、『分かった!』と言うように手をパチンと打ち鳴らした。
「「六つの地の神様と巫女が協力して、天上神を迎え撃った!」」
「はい、大正解!」
叶がパチパチと拍手をしながら、嬉しそうに笑っている。褒められたことに実菜穂と霞は照れていたが、叶が浮かべる笑みには、誰もが惹きつけられてしまう抗いがたい魅力が確かにあった。
「でも、それがどうして『巫女は、つるまない』に繋がるのですか?」
霞がさらに熱を帯びて質問を重ねる。実菜穂に影響されてのことなのか、目を輝かせる表情まで同じだった。
「それはね。天上神と地上神の『組織構造の違い』にあるのよ。天上神はアマテの神を筆頭に、太古神、その他神々と命令系統が統一されている。言わば縦系統の組織。だけど、地上神は違う。まとめ役はいるけど、基本は他の神々を仲間として対等に扱い、話し合いで行動を起こす。こちらは、横系統の組織なの。天上神と地上神の戦いでは、この『横の繋がり』による強固な抵抗に散々手を焼いたわ。だから天上神は掟として、神同士、巫女同士が横でつるむことを禁じたの。もし、そんな兆候があれば、『謀反の疑いあり』と見なされるわけ」
「じゃあ、神様同士が仲良くして協力することは、悪いことなの?」
実菜穂が口をとがらせ、あからさまに不満そうな顔をしている。
「まあ、大雑把に言えばそういうこと。だから、あのときの街中でも、君たちが先に行動したから、他の巫女は大人しくしていたのよ。自分たちの神様に余計な謀反の疑いがかけられないようにね」
叶はまだ何か言いたそうにしていたが、あえて言葉を切り、ニヤリと笑って三人を見つめた。すかさず実菜穂が、その期待に応えるように身を乗り出した。
「じゃあ、私が陽向や霞ちゃんと協力して動いているのも、悪いことなの?」
どうしても納得がいかない実菜穂が詰め寄ると、叶は「また胸を揉まれてはたまらない!」とばかりに、グイッと上半身をのけ反らせて距離を取った。
「悪くはないんだけどね~。末座や下座の神の巫女同士が、仲良くキャッキャと戯れているだけならお咎めなしよ。……でもね、君たちは目立ち過ぎたのよ」
「「「目立ち過ぎた?」」」
三人の声が見事に重なり、視線を叶に集中させた。叶はその熱い視線を一身に集めながら、内に秘めた光を漏らすように、瞳を琥珀色に輝かせていた。




