奏多叶という巫女(2)
日が傾き、ようやく昼間の暑さが緩み始めた夕刻。陽向と実菜穂は、神社の敷地にある木製のベンチに腰掛けていた。
学校を終えてこの神社にたどり着くまでの道中、何体かの物の怪を始末してきた。もしかしたら昨日の女の子に遭遇するかもしれないと、僅かながらも期待したが、空振りに終わってしまった。
「それにしても、霞ちゃんのお客さんて誰だろう? 名前を教えてくれないってことは、私達が知らない人だよね」
実菜穂が腕組みをしながら、不思議そうに首をひねる。
「うん。多分そうだね。メッセージで困った顔していたくらいだから、何か事情があるのかもしれない」
陽向は背筋を伸ばし、考え込む実菜穂の横顔を眺めていた。
「まさか、昨日の女の子だったりして!」
実菜穂が『閃いた』とばかりに、瞳を輝かせてパッと顔を上げた。その無邪気な表情を見て、陽向は思わず口元を緩めながら首を傾げた。
二人があれこれ想像しているところへ、鳥居を潜る人影が見えた。霞だ。そしてその後ろには、霞より背が高いもう一つの人影があった。
「う~ん、どうやらあの女の子じゃないみいね」
陽向が後ろの人影をじっと凝視すると、実菜穂はベンチから立ち上がり、二人を迎えるため歩み寄った。
「いらっしゃーい! 霞ちゃん、今日はどうしたの?」
実菜穂が明るく声をかけると、霞は申し訳なさそうに慌てて二人のもとに駆け寄ってきた。
「実菜穂さん、陽向さん。お待たせしてしまって、ごめんなさい……っ」
恐縮する霞を、陽向が「気にしてないよ」と優しく宥める。
そうしている間に、霞の背後にいた人影が、夕暮れの境内にじわじわと露になっていった。
白いブラウスとタイトスカートを綺麗に着こなした大人の女性———叶である。彼女の瞳を飾る丸いフレームのメガネがお堅いスーツの印象を和らげ、どこか親近感を覚えさせるような優しい空気を醸し出していた。
「実菜穂、気をつけて。あの人、巫女だよ」
紅の瞳で瞬時に叶の正体を見抜いた陽向が、実菜穂の耳元で素早く囁いた。
実菜穂は小さく顎を引いて頷くと、過度な警戒を表に出すことなく、自然体で霞たちへと近づいていく。
陽向もまた、眉一つ動かさぬまま、実菜穂を背後から守るように一歩引いて付き従った。
(驚いた……霞ちゃんと琴美ちゃんの息の合ったコンビネーションも面白かったけれど、この二人は格が違うわね。お互いの行動が完璧に、そして自然に嚙み合っている。これぞ本当の阿吽の呼吸ってやつね……怖い、怖い)
叶は内心で息を呑み、二人の動きに注目しながらも、動揺を一切表に出さず、大人の余裕を醸し出していた。
「霞ちゃん、後ろの人がお客さん? わぁ、すごく大人な雰囲気! かっこいいなあ。ねえねえ、紹介してよ」
あまりにもフレンドリーで、刺々しさを感じさせない実菜穂の態度に対して、叶も右手を小さく振って、明るい笑顔を浮かべた。
「初めましてー! 奏多叶です。見ての通りしがない社会人なもので、定時終業が難しくてねー。遅れちゃってごめんなさい」
霞が紹介するよりも早く、叶自らが気さくに声をかけた。実菜穂も同じように叶に手を振り返した。
叶が放った柔らかな声と、丸メガネの奥に輝く瞳は、一瞬にしてこの場の張り詰めた空気を融解させてしまった。
叶のペースに見事に引き込まれていく実菜穂の様子を見て、霞は「えっ?」と目を丸くして驚いていたが、対照的に陽向は、驚愕のあまり息を呑んでいた。
陽向の紅の瞳だけが、二人の間に繰り広げられている異様な光景を捉えていた。実菜穂から立ち上がる清らかな水色の神気。そして、叶の身体から溢れ出す深く妖しい琥珀色の神気。その二つの光が、まるで互いを受け入れるかのように激しく混ざり合い、周囲に煌めく光を散りばめていた。
(実菜穂が惹きつけられている……? 違う。実菜穂の神気と同化して、内側に入り込もうとしているんだ。……奏多叶……この人、いったい何者なの?)
陽向は、全身の神経を研ぎ澄まし、紅の瞳の奥で、笑顔を浮かべる叶の真意を暴こうと激しく睨み据えていた。




