奏多叶という巫女(1)
学校の机の前で、実菜穂は呆然と教室の天井を眺めていた。昨夜出会ったあの少女が、脳裏から離れないのだ。あの途轍もない寂しさと怒りを滲ませた光、どうにも言い表しようがない瞳が、今も実菜穂の胸をきつく締め付けていた。
「ねえ陽向、昨日のあの子のこと、どう感じた?」
天上を見上げていた目を正面いる陽向に向けると、実菜穂がポツリと胸の内を零した。
「うん。一瞬、私達と視線が合ったとき、凄く大きな『憎しみ』が見えた。怒りと同じくらいの深い憎しみ……。あの年齢の子が、どうしてあそこまで凄まじい殺気をまとっているのか、私には分からなかった。そして、最後は私達への警告めいた色を見せて消えた……」
陽向は冷静に、それでいて確かな真意を込めた響きのある声色で答えた。実菜穂も全面的に同意するとばかりに、深く頷いた。
「本当に分からないよ。ナナガシラでは、サナやキナのように小さな子供でも巫女を務めることがあることは、分かった。でも、あの二人は、定められた宿命のもとで村を救うために、孤独のなかで必死に戦うしかなかった悲しい姿だった。でも、昨日の子は全然違う。何か……こう……」
実菜穂は昨夜の少女の瞳を思い出し、自分の両肩をきゅっと抱きしめて身震いをした。意志や感情を感じ取る力が人一倍強い実菜穂にとって、あの少女が放っていた敵意はあまりにも鋭く、そして大きすぎて、受け止めきれなかったのだ。
「実菜穂、あの子は巫女じゃないよ」
「えっ?……どういうこと?」
「あの子は、まだ正式な巫女じゃない。どの神様にも、その身を認められていない存在……言ってみれば『巫女見習い』だよ」
「巫女見習い?……あっ、ナナガシラで静南さんがそうだったっけ」
陽向の言葉に、実菜穂の顔に少しだけ血色が戻り、声に弾みが生まれた。
「うん、そうだね。静南さんは、真那子さんが鉄鎖の神の正式な巫女として存在しているから、見習い巫女の立場だった。あの子が『なぜ見習い巫女のままなのか』、その理由は分からないけど、まだ正式な巫女として力を得ていないことは確かだよ」
陽向が元気づけるように、あえて明るい調子で言葉を返した。
「巫女じゃないのに、あれほどの力を持っているなんて……いったい、どこの神社の子なんだろう……」
実菜穂がチラリと陽向を見上げた。さっきまで項垂れ気味だった実菜穂の瞳に、明らかに『興味』の色が浮かんでいる。恐れを通り越し、さらに謎多き奥の扉を開けようとする—――それは彼女の長所でもあった。だが同時に、それは『危険』というリスクを背負うことでもある。これまでの経験から、陽向はそのリスクを痛いほど理解していた。
「ねえ、実菜穂。街がこんな状態なら、今日もあの子に出くわすかもしれないよ」
「物の怪退治の現場に、また現れるってこと?」
「うん。そこで今度こそ、彼女と言葉を交わせるかも。何を訴えたいのか、あの子が何を背負っているのか、少しは分かるはずだよ」
陽向の力強い言葉に、実菜穂の目は完全に光を取り戻した。
――ピロリン。
実菜穂と陽向のスマホが同時にチャイムを鳴らした。
画面を見ると、霞からメッセージが届いていた。
『いまから、陽向さんの神社で会えますか? お客さん一人います(少し困った顔)』
二人は霞からの短いメッセージを読み終えると、顔を見合わせて目をパチクリさせた。
「陽向、お客さんだって?」
「なんだか、困った様子だね」
お互いに首をひねりながらも、二人の口元には、霞の困り顔を想像して、苦笑いが浮かんでいた。




