巫女の務め(11)
琴美は、その愛らしい瞳で女から視線を逸らすことなく立っている。相手が自分たちと同じ『巫女』であることは、その身が纏う特有の雰囲気から分かった。ただ、どの神様の巫女なのかまでは掴めない。得体が知れないことは、間違いのない事実だった。
「そんなに、警戒しなくてもいいんだけどな」
親し気に話しかけてくる女の気配に、敵意がないことは確かであった。だが、琴美の巫女としての本能が『油断ができない』と警鐘を鳴らし続けている。琴美は硬い表情を崩さないまま女を見つめ、いつでも構えられるよう、後ろ手に大鎌を静かに忍ばせた
(この人が巫女だということは分かる。でも、何の神様の巫女なのか分からない。首にあるはずの痣……綺麗にスカーフで隠されている。隠す必要があるということなのかな?)
幼い子供に語りかけるような柔らかな笑顔を向けてくる新手の巫女。琴美は、差し伸べられた手を拒む子猫のように、僅かに体を引いて警戒を強める。距離は変わっていないはずなのに、なぜか近づいているような奇妙な錯覚さえ覚えた。
「いやあーっ! あの子に事情説明するのに上手くお話が作れずに参っちゃったあ。あっ、琴美ちゃん、ただいまぁ!」
パッと空間を割って屋上に姿を現した霞は、一目散に琴美のもとへ駆け寄っていった。
得体の知れない巫女と琴美の間にあった張りつめた薄氷のような空気が、突然戻ってきた霞の明るい声によって、崩されていった。
「霞ちゃん、お帰りなさい。とりあえずは、無事送り届けができたんだね」
琴美は、後ろ手に忍ばせた鎌を消すと、優しく霞の肩を撫でて労をねぎらった。しかし、彼女の意識の半分は、まだ目の前の丸メガネの女に集中したままだ。
「あっ、さっきは助けてくれてありがとうございました。琴美ちゃん、この人凄いんだよ。私がやられちゃいそうなところを、バァンッて横蹴りして守ってくれたんだよ!」
霞が女の方を振り返り、丁寧に頭を下げてお礼を言った。礼儀正しく振舞う霞だったが、その立ち位置は、女の視線から琴美を遮り、庇うような完璧な盾となっていた。
「ふふーん、こりゃ参っちゃったわね。ずいぶんと警戒されたもんだわ」
女は両手を軽く上げて二人におどけてみせ、親しみやすい笑顔を向けた。真面目そうなスーツ姿から想像もつかないフランクな態度に、霞と琴美は警戒を完全には解かないまま、苦笑いをした。
(……すごいわね、この子たち。私が少しでも怪しい動きをしようものなら、二人がかりで確実に私を仕留めに来る体勢を取っている。息が合っているコンビと言うわけね。まあ、私は何もするつもりはないんだけど)
「自己紹介が遅れちゃったね。私は奏多 叶、あなた達と同じ巫女よ。まあ、ちょーっとだけ、お姉さんだけど」
叶が丸メガネの奥の瞳を細めて満面の笑顔を向けると、理由は分からないが、二人の強張っていた表情が自然と緩んでいった。
彼女の纏う空気には、人の警戒心を融解させる不思議な魔力があった。
「あーっ、死神の巫女……奥にいるリボンの女の子。貴女は、気がついているとは思うけど、相手にした物の怪の出所、どこか分かってるよね」
叶が琴美をじっと見つめ、軽く首を傾げて問いかけた。
「琴美ちゃん、あの人の訊いていること、何か心当たりがあるの?」
いきなりの謎かけに、霞は思わず琴美の方に顔を向けて横顔を覗き込んだ。
「……ここに現れた物の怪は、すべて黄泉の世界から現れた……」
琴美は、霞と叶の両方に向け、静かに言葉を返した。
「流石、黄泉の世界を熟知する巫女ちゃん。大正解よ。ここに現れた物の怪は、この時期特有のもの。黄泉の世界と繋がる『抜け道の隙間』から溢れ出てきているの。そこを元から塞がないと、何度でも現れるわ。……まあ、一応そこは、さっき私が塞いだから大丈夫だけどね」
叶の説明に、霞は「へぇー!」と目を輝かせてウンウンと納得していた。
「すごい、そうなんだ! 叶さんて、かなりの経験者なんですね」
霞にとっては純粋な感嘆の言葉だった。しかし、その無邪気な一突きは叶の何かの核心に触れていたようで、目が一瞬だけ引きつった。
「べっ、別に、二人とさほど経験は変わりないわよ。それより、君たちをなんて呼べばいいかな」
叶は瞬時に気を取り直すと、丸メガネの位置を指先で直し、優しく微笑みかけた。
「私は、影山琴美です」
「早瀬霞です」
二人は、最低限の自己紹介を交わした。
「琴美ちゃんに、霞ちゃんね。同じ巫女同士、これからよろしくお願いします」
叶は丁寧に頭を下げて挨拶をした。あれほど強く警戒していた琴美も、今や柔らかな表情で彼女を見つめている。そうさせてしまう抗いがたい魅力が、奏多叶という巫女の放つ空気には、確かに存在していた。




