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灰銀の戦乙女は、制服を知らない  作者: 最後に残った形


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第5章 第7話:警備班との合同確認


 警備班との合同確認は、放課後に行われることになった。


 朝の掲示板には、その連絡が新しく貼られていた。


 学園祭準備委員会

 警備補助班・出店班合同導線確認

 本日放課後 第一校舎前集合

 対象:警備補助班、物資管理班、出店班代表、来場者案内班希望者


 リゼ・グレイスは、その紙をじっと見ていた。


 出店班代表。


 警備補助班。


 自分はどちらにも関わる。


 ただし、主は出店班。


 警備補助は限定範囲。


 中庭周辺の事前確認。


 混雑時の報告補助。


 武力対応なし。


 単独対応なし。


 出店時間中の不定期呼び出しは原則不可。


 昨日、申請書にそう書いた。


 そして、リーナ準備委員長は「助かる」と言った。


 できることとできないことを明確にした方が、調整しやすいと。


 リゼはその言葉を何度か記録帳に書き写していた。


 できないことを書くのは、弱さではない。


 調整のための情報。


 まだ完全には慣れない。


 だが、今日の合同確認では、それを実践する必要がある。


 掲示板の前で、カイ・ロックハートが腕を組もうとして、途中でやめた。


「警備班との合同確認か」


「はい」


 リゼが答える。


「出店班代表って俺たちも行くんだよな」


「小さな灯の焼き菓子店は中庭周辺を第一希望としています。導線確認は必要です」


「搬入口も見る?」


「可能性があります」


 カイの顔が少し真剣になる。


「焼き菓子の材料も通るかもしれないからな」


「はい」


 アルト・レインフォードは、掲示板の文字を見ながら左手首に触れていた。


 痛みなし。


 熱、少し。


 声なし。


 現在地は、学園中庭。


 朝。


 掲示板前。


 リゼさん、ミリアさん、カイといる。


 今日は警備班との合同導線確認。


 中庭、搬入口、鐘楼、旧倉庫という言葉が資料にある。


 少し怖い。


 でも、地図で確認できる。


 隣にいたミリア・ファルネーゼが、そっと尋ねた。


「熱は?」


「少し。痛みなし。声なし」


「現在地は?」


「学園中庭。朝。掲示板前。リゼさん、ミリアさん、カイといる。合同導線確認の連絡を見ています」


「感情は?」


「緊張。搬入口や鐘楼の話があるかもしれないから。でも、出店の準備にも必要だと思っています」


「良好ね」


 リゼも頷いた。


「本日の確認では、危険地点を危険地点として固定しすぎないよう注意します」


 カイが首を傾げる。


「どういうことだ?」


「アルトさんにとって反応が出る可能性のある地点を、避けるだけの場所にしないという意味です。確認地点として記録します」


 アルトはリゼを見た。


 第5章に入ってから、何度も出てきた考え方だった。


 怖い言葉を全部消すのではなく、手順を作る。


 白鐘を危険語として管理し、本人確認を取りながら扱う。


 学園祭も同じだ。


 鐘楼。


 旧倉庫。


 搬入口。


 怖いかもしれない場所。


 でも、知らないまま当日を迎えるより、事前に確認しておいた方が戻れるかもしれない。


「確認地点」


 アルトは小さく言った。


「はい」


 リゼが答える。


「ただし、負荷が強い場合は中止します」


「はい」


「痛み強、声あり、現在地不明瞭、本人中止希望。これらが出た場合は撤退」


「はい」


 カイが頷く。


「俺も覚えた。突撃しない。触らない。勝手に見に行かない」


「非常に良好です」


 リゼが真面目に言った。


 カイは少し得意そうだった。


 朝の授業では、ロウ教師が「地図と責任」という題で話をした。


 黒板に描かれたのは、簡単な四角い枠と線だった。


 門。


 広場。


 倉庫。


 鐘楼。


 出口。


 それだけの簡単な図。


 けれど、アルトは少し背筋を伸ばした。


 今日の合同確認と明らかに重なっている。


「地図を見る時、人は自分の役割に応じて違うものを見る」


 ロウ教師は言った。


「商人は客の流れを見る。料理人は物資の流れを見る。警備は危険の入り口を見る。案内役は迷いやすい場所を見る。疲れた者は休める場所を見る」


 アルトはノートに書いた。


 同じ地図でも、見るものが違う。


 リゼは危険を見る。


 カイは材料を見る。


 ミリアは人の流れを見る。


 自分は、戻れる場所を見る。


 ロウ教師は続けた。


「大事なのは、自分の見方だけを地図の全てだと思わないことだ。警備の目だけで見れば、祭りは危険だらけになる。楽しむ者の目だけで見れば、危険を見落とす。必要なのは、複数の目を重ねることだ」


 リゼのペンが止まった。


 ロウ教師は彼女を見ることなく、黒板へ線を書き足した。


「もう一つ。地図を見て危険を見つけた者は、すべてを自分で処理しようとしてはならない。発見、共有、報告、対応。役割を分けなさい。発見した者が、必ず対応者になる必要はない」


 カイが小さくリゼの方を見る。


 リゼはまっすぐ前を見ている。


 アルトも、その言葉を書いた。


 発見した者が、必ず対応者になる必要はない。


 それは、リゼに必要な言葉だった。


 同時に、アルトにも必要だった。


 自分が銀環反応を感じた時、自分一人で全部を理解しなくてもいい。


 発見して、共有して、報告して、対応を分ける。


 ロウ教師の声は静かだった。


「学園祭は、門を開く行事だ。門を開くなら、地図を見なさい。ただし、一人で地図を背負うな」


 放課後、第一校舎前には多くの生徒が集まっていた。


 警備補助班。


 出店班代表。


 物資管理班。


 来場者案内班希望者。


 白い制服の生徒会補佐が何人か立ち、資料を配っている。


 リーナ・カルヴェル準備委員長もそこにいた。


 彼女は普段の明るさを保ちながらも、今日は少し引き締まった表情をしている。


「今日は実際に学園内を歩きながら、当日の導線を確認します」


 リーナの声が広場に響く。


「確認するのは、正門受付、中庭、飲食出店予定区域、物資搬入口、舞台裏、鐘楼周辺、旧倉庫前、緊急退避経路です」


 鐘楼周辺。


 旧倉庫前。


 その言葉で、アルトの左手首が少し熱くなった。


 予測していた反応だ。


「痛みなし。熱、少し。声なし」


 自分で言う。


 ミリアがすぐ隣で頷く。


「現在地は?」


「第一校舎前。放課後。合同導線確認の集合場所。リゼさん、ミリアさん、カイといる。これから正門や中庭、搬入口、鐘楼周辺、旧倉庫前を確認します」


「感情は?」


「緊張。鐘楼と旧倉庫が少し怖い。でも、確認地点として見ます」


「良好です」


 リゼが静かに言った。


「中止条件を再確認します。痛み強、声あり、現在地不明瞭、本人中止希望」


「はい」


 カイが横から言う。


「俺も言うぞ。突撃しない。触らない。勝手に見に行かない」


 ミリアが微笑む。


「良好ね」


 その時、ユリウス・エインズワースが近づいてきた。


 白い制服姿で、手には警備補助用の資料を持っている。


「アルト君、状態は?」


「痛みなし。熱、少し。声なし。緊張していますが、確認できます」


「無理はしないように。今日の確認は、すべてを見切るためではなく、当日の負荷を下げるためのものだ」


「はい」


 ユリウスはリゼへ視線を向ける。


「グレイスさん、君の補助範囲はこちらでも確認している。中庭周辺と出店導線を主に見てもらう。鐘楼や旧倉庫については、単独確認はしない。必要があれば教師と生徒会で対応する」


「了解しました」


 リゼは即答した。


 その声は、少しだけ安心しているようにアルトには聞こえた。


 エレオノーラ・ヴィンスフェルトも記録板を持っていた。


「本日の記録は、準備委員会および生徒会管理です。個別の体調反応については、本人確認の上で必要範囲のみ記録します」


「ありがとうございます」


 アルトが答えると、エレオノーラは静かに頷いた。


 リーナが手を叩く。


「では、班ごとに移動します。まず正門から」


 正門は、普段より大きく見えた。


 閉じている時はただの門だ。


 けれど学園祭当日は、ここが開く。


 保護者、卒業生、認可商会、王都関係者、一部王宮関係者。


 知らない人たちが、この門を通って学園へ入ってくる。


 正門前には、仮の受付台の位置が白線で示されていた。


 来場者はここで仮証を受け取る。


 来場者案内班が地図を渡す。


 警備補助班が混雑を確認する。


 リーナが説明する。


「当日は、受付台が二列になります。保護者と卒業生、商会・来賓で列を分ける予定です。案内班は、地図を渡して中庭方面へ誘導してください」


 リゼは白線の位置を見る。


「受付台と門の距離がやや短いです。混雑時、門外へ列が伸びる可能性があります」


 リーナが振り向いた。


「確かに。少し内側へずらした方がいい?」


 ユリウスが地図を見ながら頷く。


「門内に余裕がある。受付台を半歩分奥へ下げる案を記録しよう」


 エレオノーラが書き留める。


 リゼは少しだけ目を伏せた。


 発見。


 共有。


 報告。


 対応。


 今、自分は発見と共有をした。


 対応はリーナとユリウスが判断する。


 それでよい。


 カイが小声で言う。


「今の、全部自分で動かさなかったな」


「はい」


 リゼが答える。


「報告しました」


「良好じゃねえか」


「はい。良好だと思います」


 カイは少し嬉しそうに頷いた。


 アルトは正門を見上げた。


 左手首は少し熱い。


 けれど、門を見ること自体には強く反応しない。


 外から人が来ることは怖い。


 でも、受付がある。


 仮証がある。


 案内がある。


 誰が入るかを確認する場所がある。


 少しだけ、門が怖いだけのものではなくなった。


 次に、中庭へ移動した。


 いつもの中庭。


 噴水。


 花壇。


 ベンチ。


 アルトたちが何度も戻ってきた場所。


 学園祭当日は、この中庭が飲食出店の中心になる予定だった。


 リーナが配置図を広げる。


「中庭周辺には、飲食出店が五つから六つ。休憩用のテーブル。ゴミ回収場所。水場。混雑時は、一方通行にする可能性があります」


 カイの目が輝く。


「ここに出せるのか」


「希望が通ればね」


 ミリアが微笑む。


 リゼは中庭を見渡す。


 普段のベンチ。


 出店予定区域。


 来場者の通り道。


 医務待機所までの距離。


 退避経路。


 アルトは自分たちのいつものベンチを見た。


 学園祭の日も、あの場所に戻れるだろうか。


 人が多すぎて、使えないかもしれない。


 でも、近くに休憩場所が作られるなら、そこも戻れる場所になるかもしれない。


 リゼがリーナへ尋ねた。


「体調不良者の一時退避場所はどこですか」


「中庭横の小講義室を休憩所にする予定です」


「出店予定区域から近いですね」


「ええ。だから中庭は便利だけど、混雑もするの」


 ミリアがアルトを見る。


「小講義室、確認しておきましょうか」


「はい」


 アルトは頷いた。


 休憩所。


 戻れる場所。


 それが地図にあるだけで、少し安心する。


 カイは出店予定区域の地面を見ながら言った。


「ここに看板置くなら、足元邪魔にならない方がいいよな」


「はい」


 リゼが頷く。


「看板の脚部は人の動線外へ。倒れた場合の危険も考慮する必要があります」


「角は削る」


「固定方法も必要です」


「固定か」


「風で倒れる可能性があります」


「看板も大変だな」


 カイは真剣にメモする。


 リーナがその様子を見て笑った。


「いい出店になりそうね」


「焼き菓子だからな」


 カイは当然のように答えた。


 次は物資搬入口だった。


 中庭の明るさから校舎裏へ回ると、空気が少し変わった。


 建物の影が濃くなり、人通りも減る。


 石畳は少し古く、荷車が通るために幅が広く取られている。


 ここから、認可業者や物資が入る。


 普段は施錠されている裏門があり、その奥に小さな搬入口があった。


 鉄の金具がついた扉。


 木箱を置くための台。


 物資確認用の机を置く予定の白線。


 アルトの左手首が少し重くなる。


 搬入口。


 外から物が入る場所。


 人ではなく、物。


 でも、物の中に何かが紛れることもある。


 黒い札。


 封信蔦。


 白鐘紙工房の紙。


 アルトはそこまで考え、すぐに現在地を言った。


「痛みなし。熱、中に近い。声なし。現在地は学園裏手の搬入口。リゼさん、ミリアさん、カイ、準備委員会の人たちといます」


 ミリアが続ける。


「感情は」


「少し怖いです。外から物が入る場所だから。でも、確認机と記録があるのは安心します」


 リゼが頷く。


「良好です」


 カイは搬入口をじっと見ていた。


「材料もここから入るかもしれないんだよな」


「はい」


 リゼが答える。


「包装紙、材料、装飾品、舞台道具。複数の物資が通過します」


「混ざったらわかるのか?」


 カイの問いに、物資管理班の上級生が答えた。


「納品票と照合する。箱ごとに番号を付ける予定だよ」


「番号」


 カイは真剣に頷く。


「焼き菓子の材料にも番号付けられるか?」


「できるよ。むしろ出店ごとに分けた方がいい」


「じゃあやる」


 カイはすぐに言った。


 リゼが補足する。


「小さな灯の焼き菓子店の物資は、専用箱、専用印、受領者確認を設定した方が安全です」


 物資管理班の上級生は少し驚き、それから頷く。


「そこまでしてくれるなら助かる。印は出店名の簡易札でもいいよ」


 ミリアが書き留める。


「専用札を作りましょう。小さな灯の印」


 アルトの左手首が淡く温かくなる。


 小さな灯の印。


 また一つ、戻れる名前が物資の上にも付く。


 リーナがリゼへ言った。


「こういう確認、助かる。でも、当日ここに張りつく必要はないからね」


 リゼは一拍置いて答える。


「はい。出店班の物資確認範囲で対応します」


「うん。それで大丈夫」


 発見。


 共有。


 報告。


 対応。


 リゼはまた、全部を背負わなかった。


 次に一行は、舞台裏へ向かった。


 講堂の裏側には、舞台装置を運び込むための通路がある。


 楽団の楽器、演劇の背景、魔術展示の大型道具などがここを通る予定だ。


 アルトは楽器という言葉に少し反応した。


 鐘。


 音。


 まだ具体的な音はない。


 けれど、舞台裏に置かれた古いベル型の小道具を見た時、左手首がほんの少し熱を持った。


「痛みなし。熱、少し。声なし」


 アルトは言った。


 リゼがすぐに視線を向ける。


「対象は」


「ベル型の小道具を見ました。でも、白鐘ではないと思います。反応は弱いです」


 リゼは小道具を確認し、近づきすぎない位置で止まった。


「記録のみ。接触不要です」


「はい」


 ミリアが小声で言う。


「音の出る道具は、当日まとめて確認した方がいいかもしれないわね」


「はい」


 リゼが頷く。


「音響物品確認を提案します」


 ユリウスが近くで聞いていた。


「記録しておく。楽団と舞台班の音響物品一覧を後日確認しよう」


 アルトは少し安心した。


 音も、突然来るより事前に知っていた方がいい。


 次は鐘楼周辺だった。


 そこへ向かう道は、他の場所より静かだった。


 学園の鐘楼は、普段から朝鐘や夕鐘を鳴らす場所だ。


 アルトにとって、鐘の音は完全に危険なものではない。


 毎日の鐘には慣れている。


 現在地確認のきっかけにもなる。


 だが、「白鐘」や「封音鐘」と結びつくと、反応が変わる。


 鐘楼そのものを見るのは、少し怖かった。


 石造りの塔が、夕方の光の中に立っている。


 高い位置に鐘があり、まだ鳴ってはいない。


 その裏手には、普段あまり使われない細い道がある。


 学園祭当日は立入禁止にする予定らしい。


 リーナが説明する。


「鐘楼内部は当日立入禁止。鐘楼裏の細道も封鎖します。ただし、装飾班が前日までに周辺飾りを設置する可能性があります」


 アルトの左手首が熱くなる。


 中。


 痛みはない。


 声もない。


「痛みなし。熱、中。声なし」


 ミリアがすぐに聞く。


「現在地は」


「学園鐘楼周辺。夕方前。リゼさん、ミリアさん、カイ、準備委員会の人たちといます。鐘楼内部は立入禁止。鐘楼裏の細道も封鎖予定です」


「感情は」


「怖いです。でも、封鎖されると聞いて少し安心しました。鐘の音は今は鳴っていません」


 リゼが頷く。


「良好です。これ以上の接近は必要ありません」


 アルトも頷いた。


「はい」


 カイは鐘楼裏の細道を見て、眉を寄せた。


「あそこ、見えにくいな」


「はい」


 リゼが答える。


「死角です」


「嫌な感じだな」


「ただし、私たちが単独確認する場所ではありません」


 リゼは自分でそう言った。


 カイが少し驚いたようにリゼを見る。


 リゼは続ける。


「警備補助班および教師へ報告します」


 リゼはリーナとユリウスへ向き直った。


「鐘楼裏の細道は死角です。封鎖表示だけでなく、物理的な柵または見回り確認が必要だと思われます」


 ユリウスが頷く。


「同意する。柵を追加しよう」


 エレオノーラが記録する。


 リーナも真剣に頷いた。


「ありがとう。これは警備班で対応するね」


 リゼは一歩下がった。


「了解しました」


 全部を背負わない。


 アルトはその姿を見て、胸の中で静かに頷いた。


 最後に、一行は旧倉庫前へ向かった。


 旧倉庫は、校舎の裏手にある古い石造りの建物だった。


 普段は使われない机や椅子、古い装飾品、祭具、舞台道具などが保管されているという。


 学園祭では、一部の装飾品や備品をここから取り出す予定がある。


 扉は重く、鉄の鍵が付いている。


 窓は小さく、高い位置にある。


 周囲には人が少ない。


 空気が少し冷たい。


 アルトは旧倉庫を見た瞬間、左手首がじわりと熱を持つのを感じた。


 強くはない。


 でも、深い。


 何かがある、というより、何かを思い出しそうになる感覚。


「痛みなし。熱、中。声なし」


 自分で言う。


 ミリアがすぐに隣へ寄る。


「現在地は」


「旧倉庫前。夕方前。リゼさん、ミリアさん、カイ、準備委員会の人たちといます。古い装飾品や備品が保管されている場所です」


「感情は」


「少し怖いです。中に何があるのかわからないから。でも、今は外から見ています」


 リゼが言う。


「これ以上の接近は不要です」


 リーナが説明する。


「旧倉庫は、物資管理班と教師立ち会いで開けます。生徒だけで入ることは禁止。中には古い装飾品もあるので、勝手に触らないでください」


 カイが自分で言う。


「触らない」


 リゼが頷く。


「良好です」


 ユリウスが扉の鍵を確認する。


「当日はここを物資置き場の一部として使う予定だったが、外部物資と古い備品を同じ場所に置くのは避けた方がいいかもしれない」


 リゼがすぐに頷く。


「混在は危険です。出所不明物の混入確認が困難になります」


 物資管理班の上級生も頷いた。


「じゃあ、旧倉庫は学園備品専用。外部搬入物は別の仮置き場に分けましょう」


 エレオノーラが記録する。


 カイが小声でアルトに言った。


「倉庫、何か嫌だな」


「うん」


「でも、入らないんだよな」


「はい」


「ならいい」


 カイはそう言いながらも、扉をじっと見ていた。


 リゼも見ている。


 アルトは左手首を押さえた。


 熱、中。


 痛みなし。


 声なし。


 中には入らない。


 今日は確認だけ。


 それでいい。


 合同確認が終わる頃には、夕方の光が学園全体を橙色に染めていた。


 第一校舎前へ戻ると、リーナが全員へ声をかけた。


「今日の確認は以上です。気づいた点は各班でまとめて、明日までに準備委員会へ提出してください。危険箇所を見つけた人は、自分で対応しようとせず、必ず教師か生徒会へ報告してください」


 ロウ教師の授業と同じ言葉だった。


 発見した者が、必ず対応者になる必要はない。


 アルトは心の中で繰り返す。


 リゼは資料を閉じ、静かに息を吐いた。


 カイがすぐに聞く。


「リゼ、大丈夫か」


「はい」


「全部背負ってないか」


 リゼは少しだけ目を伏せた。


「背負いかけた場面はありました」


「正直だな」


「はい。しかし、報告に留めました」


「良好だな」


「はい。良好だと思います」


 ミリアが微笑む。


「今日はとても良かったわ。リゼさんも、アルトさんも、カイさんも」


「俺も?」


 カイが驚く。


「ええ。触らなかったでしょう?」


「そこか」


「とても大事よ」


 リゼも頷く。


「非常に重要です」


「そんなに褒められると変な感じだな」


「では記録します」


「記録するな」


 アルトは笑った。


 左手首の熱が少しずつ下がっていく。


 中庭へ戻ると、いつものベンチが空いていた。


 四人はそこに座った。


 今日はかなり歩いた。


 正門、中庭、搬入口、舞台裏、鐘楼、旧倉庫。


 全部、学園の中なのに、いつもと違って見えた。


 ミリアが持ってきた小さな包みを開く。


「合同確認後用」


 カイが目を丸くする。


「俺が言う前に用途が出た」


「今日は私が用意しました」


 ミリアは得意げに微笑んだ。


「確認地点を歩いた後には必要でしょう」


「必要です」


 リゼが即答する。


 カイは少し悔しそうにしながらも頷く。


「いい用途だ」


 焼き菓子を一つずつ受け取る。


 アルトはそれを手に持ったまま、今日見た場所を思い返した。


 正門。


 外から人が入る場所。


 中庭。


 戻れる場所になりそうな場所。


 搬入口。


 物が入る場所。


 舞台裏。


 音や道具が集まる場所。


 鐘楼。


 怖いが、封鎖される場所。


 旧倉庫。


 まだわからないものが眠っている場所。


 怖い場所はあった。


 でも、今日、全部がただの怖い場所ではなくなった。


 地図に書かれ、線でつながり、役割が分けられ、報告先が決まった。


 リゼが尋ねた。


「アルトさん、現在地は」


 アルトは左手首に触れる。


「学園中庭。夕方。いつものベンチ。リゼさん、ミリアさん、カイといる。合同導線確認が終わりました」


「状態は」


「痛みなし。熱、少し。声なし」


「感情は」


「疲れました。少し怖かったです。でも、確認できてよかったです。鐘楼と旧倉庫はまだ怖いけど、場所を知っている方が少し安心します」


 リゼが頷く。


「良好です」


 ミリアが言う。


「今日の地図に、私たちの見方を重ねられたわね」


「はい」


 アルトは頷いた。


「リゼさんは危険を見て、カイは物資を見て、ミリアさんは人の流れを見て、僕は戻る場所を見ました」


 カイが少し照れたように言う。


「俺、物資だけじゃないぞ。焼き菓子の道も見た」


「それは物資です」


 リゼが言う。


「そうか」


 カイは納得した。


 ミリアが笑う。


「でも、大事な道よ」


 リゼは記録帳を開いた。


「本日の確認事項。正門受付台は混雑緩和のため半歩内側へ移動提案。中庭出店区域は退避場所との距離良好。搬入口は専用札と物資番号管理が必要。舞台裏の音響物品は後日一覧確認。鐘楼裏細道は死角のため柵追加。旧倉庫は学園備品専用とし、外部搬入物と分離」


 カイが唸る。


「多いな」


「はい」


「でも、これで少し安全になるんだよな」


「はい。完全ではありませんが、対応可能性は上がります」


 アルトは焼き菓子を食べた。


 甘さが、歩き疲れた体にしみる。


 完全ではない。


 でも、対応可能性は上がる。


 それが、学園祭準備なのかもしれない。


 夜。


 男子寮の自室で、アルトは今日の地図を机に広げた。


 配布資料の地図に、自分なりの印を付けている。


 正門には、門。


 中庭には、戻れる場所。


 搬入口には、物資注意。


 舞台裏には、音。


 鐘楼には、確認地点、近づきすぎない。


 旧倉庫には、未確認、入らない。


 そして、中庭の端に小さく書く。


 小さな灯の焼き菓子店、第一希望。


 その文字を書いた時、左手首が淡く温かくなる。


 痛みはない。


 声もない。


 アルトは紙片を広げた。


 今日は警備班との合同導線確認だった。


 朝、掲示板に連絡が貼られていた。


 出店班代表、警備補助班、物資管理班、来場者案内班が集まった。


 リゼさんは、出店班を主にして、警備補助は限定範囲と決めている。


 それを実際にやる日だった。


 午前の授業で、ロウ先生は地図と責任の話をした。


 同じ地図でも、見る人によって見るものが違う。


 商人は客の流れ。


 料理人は物資の流れ。


 警備は危険の入り口。


 案内役は迷いやすい場所。


 疲れた人は休める場所。


 自分の見方だけを地図の全てだと思わないこと。


 発見した者が、必ず対応者になる必要はないこと。


 発見、共有、報告、対応。


 役割を分けること。


 放課後、正門を見た。


 学園祭の日は、そこから外部来場者が入る。


 王宮関係者も来るかもしれない。


 怖かったけど、受付台や仮証があると知って少し安心した。


 リゼさんは、受付台と門の距離が短くて混雑しそうだと報告した。


 自分で動かさず、報告した。


 中庭では、出店予定区域と休憩所を確認した。


 小さな灯の焼き菓子店が中庭に出せたら、いつものベンチや休憩所に近い。


 戻れる場所に近いのは大事だと思った。


 搬入口では、外から物が入る場所を見た。


 少し怖かった。


 でも、納品票、番号、専用札で管理することになった。


 小さな灯の印を作るかもしれない。


 カイは焼き菓子の材料の道を真剣に見ていた。


 舞台裏では、ベル型の小道具を見て少し熱くなった。


 でも、反応は弱かった。


 音響物品は後日一覧確認することになった。


 鐘楼周辺では、熱が中くらいになった。


 鐘楼内部と裏の細道は立入禁止予定。


 リゼさんは、鐘楼裏の細道が死角だから柵や見回りが必要だと報告した。


 単独で見に行かなかった。


 旧倉庫前では、少し深い熱があった。


 中には古い装飾品や備品があるらしい。


 今日は入らなかった。


 旧倉庫は学園備品専用にして、外部搬入物とは分けることになった。


 カイは触らなかった。


 それはとても大事だった。


 夕方、中庭で合同確認後用の焼き菓子を食べた。


 ミリアさんが用意してくれていた。


 僕は、今日の地図にはそれぞれの見方が重なっていたと思った。


 リゼさんは危険。


 カイは物資と焼き菓子の道。


 ミリアさんは人の流れ。


 僕は戻る場所。


 怖い場所はまだ怖い。


 でも、場所を知って、線を見て、報告先があると、少しだけ怖くなくなる。


 アルトはペンを止めた。


 地図の上に置いた手を見る。


 左手首の布の下で、銀環は静かに温かい。


 学園祭は、門を開く。


 人が入り、物が入り、音が鳴る。


 怖い。


 けれど、今日、自分たちは戻る道も確認した。


 アルトは最後に一行を書いた。


 怖い場所を全部消せなくても、地図に書いて、誰と見るかを決められたら、そこは少しだけ確認地点になる。


 紙片を折り、引き出しへしまう。


 左手首を胸の上に置いた。


「現在地は、男子寮の自室。夜。僕はアルト。今日は、学園祭の地図を歩いた。怖い場所もあったけど、戻る道も見つけた」


 銀環は淡く光った。


 その光は、知らない道へ迷い込ませるものではなく、地図の端に小さく書き込んだ現在地の印のように、手首の奥で静かに揺れていた。


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