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灰銀の戦乙女は、制服を知らない  作者: 最後に残った形


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第5章 第4話:準備委員会説明会


 学園祭準備委員会の第二回説明会は、第一講義室ではなく、講堂で行われることになった。


 理由は単純だった。


 参加希望者が、予想より多かったからだ。


 剣術大会が終わったばかりの学園は、次の熱を求めているようだった。戦いの歓声が落ち着いた途端、今度は舞台、展示、出店、装飾、楽団、案内、警備という言葉が廊下を飛び交う。


 第一校舎の掲示板には、仮受付済み企画の一覧が少しずつ増えていた。


 小さな灯の焼き菓子店。


 その名前も、紙の中ほどに小さく載っている。


 アルト・レインフォードは、その文字を見るたびに、左手首が淡く温かくなるのを感じた。


 痛みはない。


 声もない。


 怖くもない。


 自分たちで選んだ名前。


 怖かった言葉を避けただけではなく、戻れる言葉として選んだ名前。


 昨日、「白鐘」という名前に強く反応した後だからこそ、「小さな灯」がそこにあることが、以前より少し大事に思えた。


 ただし、今日の説明会は楽しい話だけではない。


 リゼ・グレイスが朝からそう言っていた。


「本日の説明会では、外部来場者導線、物資搬入、警備補助班の詳細、来賓対応が説明される予定です」


 朝の中庭で、リゼは配布資料の予定欄を読みながら淡々と言った。


「危険要素が多いです」


 カイ・ロックハートは焼き菓子の試作品を入れる予定の木箱について考えていた顔を上げた。


「出店の話じゃないのか?」


「出店にも関係します。物資搬入、販売場所、来場者導線、混雑対応、すべて関係します」


「そう言われると全部関係あるな」


「はい」


 カイは少し眉を寄せた。


「学園祭、思ったより戦術っぽいな」


「戦術ではありません」


 リゼが即座に言う。


 それから少しだけ考えた。


「ただし、配置、導線、補給、退避、役割分担は必要です」


「それ、ほぼ戦術じゃねえか」


「目的が違います」


 ミリア・ファルネーゼが微笑んだ。


「戦うためではなく、楽しむための配置ね」


 リゼはその言葉を受け止めるように、小さく頷いた。


「楽しむための配置」


「ええ」


 アルトはそのやり取りを聞きながら、自分の左手首に触れた。


 痛みなし。


 熱、少し。


 声なし。


 現在地は、学園中庭。


 朝。


 リゼさん、ミリアさん、カイといる。


 今日は準備委員会の説明会。


 外部来場者、物資搬入、警備補助の話がある。


 少し怖い。


 でも、小さな灯の焼き菓子店のためにも聞く。


 リゼが視線を向ける。


「状態は」


「痛みなし。熱、少し。声なし。感情は、緊張と少し楽しみです」


「良好です」


 カイが自分の紙を広げた。


 昨日より少し整った字で、今日聞くことが書かれている。


 調理場所。


 保存方法。


 包装。


 中庭の出店場所。


 材料搬入。


 衛生担当の先生。


 担当教師。


 そして最後に、大きな字でこう書かれていた。


 焼き菓子をちゃんと売るには?


 ミリアがそれを見て、楽しそうに笑った。


「最後が一番カイさんらしいわね」


「大事だろ」


「とても大事よ」


 リゼも紙を確認する。


「質問項目としては、やや広範ですが目的は明確です」


「つまり?」


「良好です」


「よし」


 カイは満足そうに頷いた。


 午前の授業はいつも通り進んだが、教室の空気はどこか浮ついていた。


 学園祭準備の本格開始。


 その響きが、生徒たちの姿勢を少し前のめりにしている。


 ティナ・ベルは昼休み前から何度も後ろを振り返っていた。


「ねえねえ、今日の説明会、行く?」


「行きます」


 アルトが答えると、ティナは嬉しそうに頷いた。


「私も行く! 舞台班か装飾班で迷ってるんだ」


 ノエル・バートンは少し控えめに手を上げる。


「僕は展示かな。古書とか歴史資料の展示があるなら手伝いたい」


 リリア・ノースは静かに言った。


「私は来場者案内。たぶん」


「リリアさん、向いてそう」


 ティナが言うと、リリアは少しだけ首を傾げた。


「道を覚えるのは得意」


 カイが横から言う。


「俺たちは焼き菓子だ」


 リゼが即座に訂正する。


「正式申請前です」


「仮受付済みだろ」


「はい。仮受付済みです」


 ティナが顔を輝かせる。


「名前、見たよ。小さな灯の焼き菓子店。かわいいよね」


 アルトの左手首が、ふわりと温かくなる。


 痛みはない。


 声もない。


 恥ずかしい。


 でも、嬉しい。


 リゼが小さく確認する。


「反応は」


「痛みなし。熱、少し。声なし」


「感情は」


「恥ずかしい。でも嬉しいです」


「良好です」


 ティナは少し不思議そうに首を傾げたが、深くは聞かなかった。


 ノエルが穏やかに言う。


「見届けクッキーも出るの?」


 カイが食いついた。


「何で知ってる」


「昨日、少し聞こえたから」


「出したい」


 カイは力強く言った。


 ミリアが笑う。


「まだ商品名候補よ」


「でも、出したい」


 リゼが資料を見ながら言う。


「正式申請では、商品名と材料を一致させる必要があります。見届けクッキーという名称を使用する場合、説明文が必要です」


「説明文ならアルトが考える」


 カイは当然のように言った。


 アルトは少し驚いた。


「僕?」


「名前係だろ」


「そうだけど」


 ミリアが優しく補足する。


「無理のない範囲でね」


 アルトは少しだけ考えた。


 見届けクッキー。


 大切な一日を見届ける時に。


 昨日出た言葉。


 怖かった決勝戦を、自分が見届けたこと。


 それが甘い名前になる。


「考えてみます」


 そう言うと、カイは満足そうに頷いた。


「よし」


 午後の授業が終わると、講堂へ向かう生徒の流れができた。


 普段は式典や大きな発表で使われる講堂は、今日は学園祭準備委員会の説明会場になっている。


 入口には、白い制服の生徒会補佐が立っていた。


 ユリウス・エインズワースもその中にいる。


 彼はアルトたちを見ると、軽く頷いた。


「来たね」


「はい」


 アルトが答える。


 ユリウスは資料を四部渡した。


「今日の資料には、外部来場者導線と物資搬入の概要が含まれている。詳細警備図は非公開だけれど、準備に必要な範囲は共有される」


 リゼがすぐに確認する。


「王宮関係者来場についての記載はありますか」


「一部ある。ただし、まだ確定ではない」


 左手首が少し熱くなる。


 アルトは自分から言った。


「痛みなし。熱、少し。声なし。現在地は講堂前。放課後。ユリウス先輩、リゼさん、ミリアさん、カイといます。王宮関係者の話が少し出ました」


 ユリウスの表情が少し柔らかくなる。


「自分から言えたね」


「はい」


「良いことだ」


 カイが小声で言う。


「王宮の話が出たら、焼き菓子食うか?」


 リゼが即座に言う。


「説明会中の飲食は禁止の可能性があります」


「じゃあ終わってから」


「良好です」


 ミリアが笑った。


 講堂の中は、すでに多くの生徒で埋まっていた。


 舞台上には大きな黒板と、学園祭当日の簡易配置図が掲げられている。


 校舎、講堂、中庭、第一訓練場、正門、裏門、搬入口、来場者受付、休憩所、医務待機所。


 そして、外部来場者用導線が青い線で示されていた。


 アルトはその図を見て、左手首が少し重くなるのを感じた。


 外から人が入ってくる線。


 普段は閉じている門が開く。


 人が流れる。


 知らない人たちが学園の中へ入ってくる。


 怖い。


 でも、地図がある。


 線が見える。


 どこから来て、どこへ行くのかがわかる。


 わからないより、少しだけ怖くない。


 リゼは配置図を見た瞬間から、目が鋭くなっていた。


 青い来場者導線。


 赤い物資搬入線。


 緑の生徒用通路。


 黄色の緊急退避経路。


 リゼの視線が、線を追う。


 正門。


 来場者受付。


 中庭。


 第一校舎。


 講堂。


 舞台裏。


 搬入口。


 旧倉庫。


 鐘楼の裏手。


 アルトはリゼの横顔を見た。


 彼女はすでに、祭りの地図ではなく、危険が入り込む可能性の地図として見ている。


 ミリアがそっと言った。


「リゼさん」


「はい」


「今は全てを敵として見る時間ではなく、説明を聞く時間よ」


 リゼは一拍置いた。


「了解しました」


 しかし、すぐに付け加える。


「ただし、搬入口と鐘楼裏の導線が近接しています」


「記録はしていいわ」


「はい」


 リゼは資料に細かく印を付け始めた。


 カイは配置図を見ながら眉を寄せる。


「搬入口、けっこう中庭に近いな」


「はい」


 リゼが頷く。


「物資搬入の時間帯によっては、出店準備と交差します」


「焼き菓子の材料も、あそこから入るのか?」


「可能性があります」


「じゃあ関係あるな」


「はい」


 カイは急に真剣な顔になった。


 焼き菓子のためなら、搬入口も重要になるらしい。


 アルトは少し笑いそうになったが、同時に胸の奥が温かくなった。


 カイの中で、出店はもうただの思いつきではなくなっている。


 守るべきものになり始めている。


 舞台に、準備委員長のリーナ・カルヴェルが立った。


 栗色の髪を高い位置で結び、手には資料束を持っている。昨日よりも少し表情が引き締まっていた。


「皆さん、集まってくれてありがとうございます。今日は、学園祭全体の配置、外部来場者、物資搬入、警備補助について説明します」


 講堂が静かになる。


 リーナは黒板横の配置図を示した。


「まず、学園祭当日は正門を来場者入口として開放します。来場者は正門受付で仮証を受け取り、青い導線に沿って中庭、第一校舎、講堂、展示区域へ移動します」


 青い線。


 アルトは目で追う。


 正門から入る。


 受付。


 中庭。


 出店候補地。


 自分たちが第一希望にしている中庭周辺も、来場者が多く通る。


 嬉しい。


 怖い。


 両方だった。


「裏門は基本的に閉鎖。ただし、認可業者の一部は物資搬入のため、赤い導線を使用します。搬入口では、物資管理班と教師が確認を行います」


 赤い線。


 裏手から入ってくる。


 旧倉庫の近くを通る。


 鐘楼裏の近くをかすめる。


 リゼのペンが動く。


 カイもそこに印を付けた。


 ミリアは来場者受付の位置を書き写している。


「楽団、舞台設営、装飾業者の搬入は前日までに行います。当日は追加搬入を最小限にしますが、飲食出店の材料や一部展示物は当日朝の搬入があります」


 カイが小さく言う。


「材料、当日朝」


 リゼが頷く。


「確認必要です」


 リーナは続ける。


「外部来場者には、保護者、卒業生、認可商会関係者、王都文化局関係者、王宮関係者の一部が含まれます。ただし、王宮関係者については学園長および生徒会が対応し、一般生徒が直接応対する必要はありません」


 王宮関係者。


 アルトの左手首が熱を持つ。


 今度は少し強い。


 でも、予想していた。


 アルトは小さく息を吸った。


「痛みなし。熱、中。声なし」


 ミリアがすぐに隣で言う。


「現在地は」


「講堂。放課後。準備委員会説明会。リゼさん、ミリアさん、カイと座っています。王宮関係者の来場説明がありました」


「感情は」


「怖い。嫌です。でも、一般生徒が直接応対する必要はないと聞いて、少し安心しました」


 リゼが静かに頷く。


「良好です」


 カイが小声で言う。


「王宮のやつ来ても、うちの店に近づくなって言えねえかな」


「来場者に対し、理由なく販売拒否は困難です」


 リゼが答える。


「じゃあ理由を作る」


「問題発言の可能性があります」


「冗談だ」


「声が真剣でした」


「半分冗談だ」


 ミリアが小さく息を吐きながら笑った。


「カイさん、気持ちはわかるけれど、当日は穏やかにね」


「突撃しない。まず確認」


「良好です」


 リーナは説明を進めた。


 舞台班。


 展示班。


 装飾班。


 飲食出店班。


 来場者案内班。


 物資管理班。


 警備補助班。


 それぞれの役割が説明されていく。


 飲食出店班の説明になると、カイの背筋が伸びた。


「飲食出店については、正式申請後、家庭実習担当教師または指定教師の確認を受けます。調理場所、材料、保存方法、販売時間、担当者の体調確認を必ず提出してください。包装についても、清潔であること、成分表示があることが必要です」


 カイが必死に書き取っている。


 字は少し乱れているが、真剣さは伝わる。


 リゼも同じ内容を書いているが、こちらは整然としていた。


 アルトは、包装という言葉を聞いて、商品名や看板文句を考える。


 小さな紙に、一つずつ名前を書く。


 見届けクッキー。


 朝の灯。


 戻れる甘さ。


 でも、成分表示も必要。


 小麦、卵、砂糖、バター、干し果物。


 名前だけではなく、中身を伝えることも必要なのだ。


 それは少し、今の自分たちに似ている気がした。


 名前だけでは足りない。


 中身を確認する。


 反応を記録する。


 どういう意味を持つのかを知る。


 リーナが警備補助班の説明へ移った。


「警備補助班は、教師および生徒会の指示のもと、来場者の流れ確認、迷子対応、立入禁止区域の案内、混雑時の誘導を行います。武力対応は担当しません。危険がある場合は、必ず教師または生徒会へ報告してください」


 リゼのペンが止まった。


 武力対応は担当しない。


 危険がある場合は報告。


 その一文を、彼女はじっと見ている。


 アルトはリゼの横顔を見た。


 リゼは警備補助に引き込まれかけている。


 優勝者として。


 護衛者として。


 危険を見られる人として。


 でも、警備補助班は武力対応ではない。


 全てを背負う場所ではない。


 それが、資料に明記されている。


 ミリアが小声で言った。


「リゼさん」


「はい」


「そこ、大事ね」


「はい」


 リゼは静かに答えた。


「警備補助は、武力対応ではありません」


「ええ」


「報告が役割です」


「ええ」


 リゼはその一文を丁寧に囲んだ。


 講堂の後方で、数人の生徒がリゼを振り返って見ている。


 剣術大会優勝者。


 警備補助班に入るのだろうか。


 そういう視線。


 アルトは少し胸が重くなる。


 リゼがまた、全部を期待されてしまうのではないか。


 だが、リゼはその視線に反応しすぎなかった。


 紙に書いた。


 補助範囲確認。


 武力対応なし。


 報告優先。


 出店班主。


 アルトはその文字を見て、少し安心した。


 説明会の最後に、リーナは参加者全体へ言った。


「学園祭は、一人の力で作るものではありません。強い人、器用な人、話すのが得意な人、記録が得意な人、料理が得意な人、飾るのが得意な人。全部必要です」


 彼女は少し笑った。


「何でもできる必要はありません。むしろ、自分が何を引き受け、何を引き受けないかを決めることも、準備の一つです」


 リゼの目がわずかに動いた。


 ミリアも静かに頷く。


 カイは「何を引き受けないか」という言葉に少し難しい顔をしている。


 アルトはノートの端に書いた。


 何を引き受け、何を引き受けないか。


 リーナは明るい声に戻る。


「正式申請は三日後まで。質問がある人は、この後、班ごとの相談受付へ来てください。楽しい学園祭にしましょう」


 講堂に拍手が起こった。


 説明会が終わると、講堂の前方には各班の相談受付が作られた。


 飲食出店班の受付には、すぐに生徒が集まる。


 カイは立ち上がりかけて、リゼを見る。


「行っていいか」


「質問内容は」


「調理場所、保存方法、包装、成分表示、材料搬入、担当教師」


「良好です」


「よし」


 カイは飲食出店班の受付へ向かった。


 ただし一人ではない。


 ミリアが付き添い、リゼとアルトも少し後ろからついていく。


 受付の上級生は、カイの質問攻めに少し驚きながらも丁寧に答えてくれた。


「焼き菓子なら、家庭実習室で前日調理か、寮厨房の許可を取って当日朝に搬入する形が多いですね」


「当日朝に焼く場合は?」


「調理担当教師の確認が必要です。保存時間が短い方が安全ですが、当日の混雑も考えてください」


「包装は?」


「清潔な紙か袋。成分表示を貼ってください。木の実を使うなら必ず明記。卵、乳、小麦も」


「中庭に出せますか」


「希望は出せます。ただし人気なので抽選か調整になる可能性があります」


「戻りやすい場所がいいんです」


 カイが真剣に言う。


 受付の上級生は少し不思議そうにした。


 ミリアが柔らかく補足する。


「体調確認や退避経路の都合で、中庭周辺を希望しています」


「ああ、そういうことなら理由欄に書いておいてください。配慮される可能性はあります」


 カイは大きく頷いた。


「書く」


 その様子を見ていたリゼは、資料に細かく追記している。


 アルトは、自分の役割である看板文句の欄を見た。


 成分表示。


 出店名。


 商品説明。


 大切な一日を見届ける時に。


 怖い日にも戻れる甘さを。


 それは少し重いだろうか。


 でも、四人らしい気もする。


 飲食出店班の相談を終えた後、リーナがリゼへ声をかけた。


「リゼさん、少しだけいい?」


 リゼは静かに頷いた。


「はい」


「警備補助班の方でも、あなたの名前が出ているの。もちろん、剣術大会優勝者だからって全部任せるつもりはないよ」


 リーナは先にそう言った。


 昨日よりも、言葉を慎重に選んでいるようだった。


「ただ、中庭周辺に出店するなら、当日のその周辺の状況確認をお願いできると助かる。正式な警備担当ではなく、異常があれば報告する補助」


 リゼはすぐには答えなかった。


 アルトは彼女を見た。


 リゼは警備に向いている。


 それは事実だ。


 でも、それだけで全てを引き受けてしまうと、彼女はまた任務の中へ戻ってしまう。


 ミリアが静かに口を開いた。


「リゼさんは出店班を主として申請予定です。警備補助は、時間帯と範囲が明確なら検討できると思います」


 リーナは頷いた。


「うん。例えば、開場前の中庭確認と、昼の混雑時に何かあれば生徒会へ報告。それ以上は求めない」


 リゼが確認する。


「武力対応は」


「しない。してほしくない。危険があるなら教師へ報告」


「立入禁止区域への単独確認は」


「しない」


「外部来場者への単独対応は」


「しない。案内班か教師を呼ぶ」


「出店作業中に呼び出される可能性は」


「緊急時を除き、事前に決めた時間帯のみ」


 リゼは一つ一つ聞き、記録した。


 それから言った。


「補助範囲が明確であれば、検討します」


 リーナは安心したように笑った。


「ありがとう。正式にはまた書面で出すね」


 カイが横から言う。


「リゼを全部持ってくなよ」


 リーナは少し驚き、それから真剣に頷いた。


「うん。出店班のリゼさんも大事だものね」


 リゼがわずかに目を伏せた。


 出店班のリゼさん。


 その呼び方は、彼女にとってまだ少し慣れないものなのだろう。


 でも、アルトにはそれが嬉しかった。


 護衛者リゼ。


 優勝者リゼ。


 警備補助リゼ。


 それだけではなく。


 出店班のリゼ。


 小さな灯の焼き菓子店の一員。


 説明会を終えて講堂を出る頃には、夕方の光が廊下に差し込んでいた。


 中庭へ戻ると、掲示板の前には今日の説明会を受けた生徒たちが集まっていた。


 企画申請の相談。


 場所希望。


 舞台抽選。


 装飾材料。


 人の声が重なり、学園祭の形が少しずつ濃くなっている。


 カイは資料を見ながら言った。


「焼き菓子、思ったよりやること多いな」


「はい」


 リゼが頷く。


「しかし、実施可能性はあります」


「あるよな」


「はい」


「じゃあやる」


「正式申請後です」


「でもやる」


「申請が通れば」


 カイは少し笑った。


「通す」


 ミリアが微笑む。


「では、正式申請書を整えましょう」


 アルトは掲示板の仮受付済み企画一覧を見た。


 小さな灯の焼き菓子店。


 まだ小さな文字。


 でも、今日は少しだけ重みが増した。


 外部来場者。


 王宮関係者。


 搬入口。


 警備補助。


 成分表示。


 退避経路。


 出店名。


 全部が、この小さな名前の周りに集まっている。


 左手首が淡く光る。


「痛みなし。熱、少し。声なし」


 アルトは自分から言った。


 リゼが尋ねる。


「現在地は」


「学園中庭。夕方。掲示板前。リゼさん、ミリアさん、カイといる。説明会が終わりました。小さな灯の焼き菓子店の正式申請準備をします」


 ミリアが聞く。


「感情は」


「少し疲れました。王宮関係者の話は怖かったです。でも、地図があって、手順があって、出店の準備も進みました。少し楽しみです」


 カイが布袋を取り出した。


「説明会後用」


 ミリアが笑う。


「今日は焼き菓子がないと思っていたわ」


「昨日の残りじゃない。購買で買ったやつだ」


「用途は?」


「説明会後用。あと、やること多いけどやる用」


 リゼが真面目に頷いた。


「必要な用途です」


 四人は中庭のベンチに座り、購買の焼き菓子を分けた。


 カイの手作りとは違う味がする。


 少し固く、甘さは控えめ。


 でも、夕方の疲れにはちょうどよかった。


 リゼは資料を見ながら、ぽつりと言った。


「警備補助班への参加は、検討します」


 カイがすぐに言う。


「全部はやるなよ」


「はい」


 ミリアも言う。


「出店班を主、警備補助は範囲を決めて」


「はい」


 アルトは少し迷ってから言った。


「リゼさん」


「はい」


「僕のためだけに警備を選ばないでください。でも、リゼさんが自分で必要だと思うなら、僕は止めません」


 リゼはアルトを見る。


「はい」


「ただ、出店にもいてほしいです」


 言ってから、アルトは少し恥ずかしくなった。


 カイがすぐに頷く。


「俺も言った」


 ミリアも微笑む。


「私もそう思うわ」


 リゼはしばらく黙った。


 そして、静かに答えた。


「出店班にいることを、希望されていると確認しました」


「はい」


「私自身も、出店準備を継続したい可能性があります」


 カイが少し笑う。


「可能性じゃなくて、したいって言えるようになるといいな」


 リゼはカイを見る。


「訓練中です」


「俺も戻る足訓練中だ」


「はい」


 ミリアが柔らかく言った。


「みんな訓練中ね」


 夕鐘が鳴った。


 アルトの左手首が淡く光る。


 講堂で聞いた「王宮関係者」という言葉の熱は、もうほとんど残っていない。


 代わりに、配置図の青い線と赤い線、出店名の文字、焼き菓子の固い甘さが残っている。


 夜。


 男子寮の自室で、アルトは配布資料を机の上に広げた。


 外部来場者導線。


 物資搬入線。


 飲食出店申請項目。


 警備補助班の役割。


 どの紙にも、学園祭の明るさだけではない、現実的な線が引かれている。


 アルトは紙片を取り出し、今日の記録を書き始めた。


 今日は、準備委員会の第二回説明会が講堂であった。


 参加者が多くて、第一講義室ではなく講堂になった。


 学園祭の準備が本格的に始まっている。


 説明会では、外部来場者導線、物資搬入、飲食出店、警備補助の話があった。


 正門から来場者が入る。


 裏門は基本閉鎖。


 業者は搬入口から入る。


 搬入口の近くには旧倉庫や鐘楼裏がある。


 リゼさんはすぐに地図を見て危険を確認していた。


 ミリアさんは、今は全部を敵として見る時間ではなく説明を聞く時間よと言った。


 リゼさんは、記録はしていた。


 王宮関係者が一部来る可能性があると聞いて、左手首が熱くなった。


 でも、痛みはなく、声もなかった。


 僕は現在地を言えた。


 一般生徒が直接応対する必要はないと聞いて、少し安心した。


 飲食出店は、調理場所、材料、保存方法、販売時間、担当者の体調確認、包装、成分表示が必要。


 カイはとても真剣に質問していた。


 焼き菓子をちゃんと売るには、たくさん準備がいる。


 警備補助班は、武力対応をしない。


 危険がある場合は教師や生徒会へ報告する。


 リゼさんはその一文を囲んでいた。


 全部を背負わないための大事な線だと思った。


 リーナ先輩は、学園祭は一人の力で作るものではないと言った。


 何でもできる必要はない。


 何を引き受け、何を引き受けないかを決めることも準備の一つだと言った。


 説明会の後、飲食出店班に相談した。


 焼き菓子は前日調理か当日朝調理。


 包装には成分表示が必要。


 中庭周辺は人気だけど、退避経路の理由を書けば配慮されるかもしれない。


 リーナ先輩は、リゼさんに警備補助をお願いしたいと言った。


 でも、出店班を主にして、開場前の中庭確認や昼の混雑時の報告補助くらいにできると言った。


 武力対応はしない。


 単独対応もしない。


 リゼさんは、補助範囲が明確であれば検討しますと言った。


 カイは、リゼを全部持ってくなよと言った。


 リーナ先輩は、出店班のリゼさんも大事だものねと言った。


 僕はそれが少し嬉しかった。


 夕方、説明会後用、やること多いけどやる用の焼き菓子を食べた。


 リゼさんは、警備補助を検討すると言った。


 僕は、僕のためだけに警備を選ばないでください。でも、リゼさんが自分で必要だと思うなら止めませんと言った。


 そして、出店にもいてほしいと言った。


 リゼさんは、出店準備を継続したい可能性がありますと言った。


 可能性だけど、少し前より前に進んでいる気がした。


 アルトはペンを止めた。


 今日の資料を見直す。


 青い線。


 赤い線。


 緑の線。


 黄色の線。


 人が入る道。


 物が入る道。


 生徒が使う道。


 逃げるための道。


 学園祭は明るい行事だ。


 でも、その明るさを作るために、たくさんの線と手順が必要だった。


 アルトは最後に、一行を書いた。


 学園祭は門を開く行事だけど、戻る道も一緒に作れるなら、少し怖くなくなる。


 紙片を折り、引き出しへしまう。


 左手首を胸の上に置いた。


 熱は少し。


 痛みはない。


 声もない。


「現在地は、男子寮の自室。夜。僕はアルト。今日は準備委員会の説明会で、外から人が来る道と、戻る道を見た」


 銀環は淡く光った。


 その光は、開かれた門の向こうへ引かれるものではなく、開いた門からでも帰ってこられるように足元へ置いた、小さな灯のように手首の奥で静かに揺れていた。


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