表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰銀の戦乙女は、制服を知らない  作者: 最後に残った形


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
186/201

第12章 第13話:白鐘本来手順


 王の鐘は、アルトという名を鍵にしようとした。


 エルディアだけで鳴らせないなら、アルトも使う。


 出生名を使えないなら、帰還名を使う。


 銀環が反応するなら、それを鍵にする。


 母の記録が揺れるなら、それを情緒接続にする。


 友人が名前を呼ぶなら、それを開門反応にする。


 リゼの灰銀を使えないなら、エリアナの血を使う。


 王の鐘の周囲を走る黒蔦は、そういう形をしていた。


 すべてを、鍵に変えようとする。


 人の名前も。


 血も。


 声も。


 恐怖も。


 帰りたい気持ちも。


 それが、臨時調整室の手順だった。


 そして、それが白鐘の警告が禁じてきたものだった。


 深部外縁門の前で、エリアナ・ルクス・ヴェルグラントは香草袋を胸に抱いていた。


 白い古文字が、門と深部投影の両方に浮かんでいる。


 鐘を鳴らすな。


 扉へ走るな。


 王の血で扉を叩くな。


 名を鍵にするな。


 孤独な音を、王の鐘にしてはならない。


 そして、さきほど新たに現れた言葉。


 名は、帰るために呼ぶ。


 多くの名は、孤独な音を包む。


 白布は、帰る音を包む。


 その断片が、エリアナの中で一つずつ繋がっていく。


 母から聞いた古い言葉。


 故国で失われた歌。


 白鐘礼拝堂の警告。


 王宮に奪われ、記録の奥で捻じ曲げられた意味。


 それらが、ようやく本来の形を取り戻そうとしていた。


 リゼ・グレイスは門の黒い空白を見据えたまま言った。


「クラウスさん、王の鐘の状態を確認します」


 クラウス・ヴァイゼルは測定具を握ったまま答える。


「三点印に侵食された三本の記録柱が、アルト君の銀環へ強制接続を試みています。アルト君本人の“アルトとして帰りたい”という意思、学園記録線、白布児記録、白鐘層が抵抗しています」


「外縁門は」


「三者照合要求は弱まりました。ただし、黒蔦は別の開放手順を探しています。名、血、灰銀記録、銀環反応のどれかを鍵化しようとしている」


 エリアナは静かに息を吸った。


 乾いた香草の匂いが、胸の内側に落ちる。


 懐かしい匂い。


 故国の甘いパン。


 白い朝。


 母の声。


 失われた国の断片。


 そして、王の血。


 その言葉は、彼女を長い間縛ってきた。


 旧ヴェルグラント血統関係者。


 保護対象。


 隔離対象。


 鍵候補。


 白鐘資料保持者。


 けれど、白鐘の警告は、血を使えとは言っていない。


 逆だった。


 王の血で扉を叩くな。


 エリアナは顔を上げた。


「白鐘の言葉は、開け方ではありません」


 ミリア・ファルネーゼが記録板を向ける。


「続けて」


 エリアナは、門の白文字を見ながら言った。


「これまで、私たちは禁句だと思ってきました。鐘を鳴らすな。扉へ走るな。王の血で扉を叩くな。名を鍵にするな。孤独な音を王の鐘にしてはならない。けれど、これは単なる禁止ではありません」


 カイ・ロックハートが眉を寄せる。


「じゃあ、何なんですか」


「人を鍵にしないための手順です」


 その言葉に、白鐘文字が静かに光った。


 エリアナは続ける。


「鐘を鳴らすな。つまり、銀環や王の鐘を無理に反応させてはいけない。反応を答えにしてはいけない」


 クラウスが頷く。


「銀環を鳴らす開放を拒否。これまでの測定とも一致します」


「扉へ走るな。恐怖や焦りで扉を開けに行けば、罠の開放手順に乗る。助けたい気持ちを、鍵にされる」


 カイが唇を噛んだ。


「俺、何回も走りそうになった」


 ロウ教師が短く言った。


「止まった。それでいい」


 エリアナは頷く。


「王の血で扉を叩くな。私の血、または旧王家の血を開門具にしてはいけない。血は承認ではありません」


 リゼが静かに言う。


「確認しました」


「名を鍵にするな。アルトさんの名前も、リゼさんの灰銀も、私の血統名も、カイさんの呼び声も、ミリアさんの記録名も、開けるために使ってはいけない」


 ミリアが書きながら言う。


「名は、本人確認と帰還のため」


「はい」


 エリアナは深部投影の奥、王の鐘の前で白布を掴むアルトの微かな影を見る。


「孤独な音を、王の鐘にしてはならない。これは、アルトさんを一人にするなという意味です。一人にして響かせるな。孤独の反応を、王宮の命令に変えるな」


 カイが低く言う。


「だから、名前を呼ぶ。でも、開けるためじゃない」


「はい。戻すためです」


 白鐘文字がまた光る。


 名は、帰るために呼ぶ。


 リゼは頷いた。


「白鐘本来手順仮説を更新します。目的は開門ではなく、鍵化解除。鐘、扉、血、名、孤独音の鍵化を拒否し、帰還導線を作る」


 ミリアが記録する。


 白鐘本来手順。


 人を鍵にしないための手順。


 開門ではなく鍵化解除。


 帰還導線作成。


 ユリウス・エインズワースが文書を見ながら言った。


「法的にも重要です。こちらは深部封印区画の無断開放ではなく、違法な本人鍵化の解除を求めている」


 オルド・ハイマンが頷く。


「王宮本会議、封印管理室、監察局の未承認を重ね、三点印の代理承認を否認する。そこへ白鐘本来手順を重ねれば、黒蔦の開門罠を使わずに接続を外せる可能性があります」


 レアナ・フィスが封印管理室の札を取り出した。


「封印管理室として、白鐘層の保全を優先します。王の鐘を破壊するのではなく、黒蔦と三点印の接続だけを剥がす」


 ナイル・ヴァートも本会議の略式文書を掲げる。


「王宮本会議未承認の強制同期として、王の鐘接続継続を否認します」


 ミリアが青い学園線へ記録を流す。


 エレオノーラから返答が来る。


 白鐘本来手順仮説、学園記録室で受信。


 目的、鍵化解除および本人帰還導線作成。


 本人名、帰還名として扱う。


 血、開門具として使用拒否。


 灰銀記録、開門具として使用拒否。


 銀環反応、開門具として使用拒否。


 学園長の声が続く。


「王立学園、防衛線を維持。帰還導線へ名前を送ります。命令ではなく、帰還先確認として」


 カイが深く息を吸った。


「じゃあ、呼ぶ。開けるためじゃなくて、帰るために」


 リゼは頷く。


「間隔を保って」


「はい」


 カイは門へ向かい、声を整えた。


「アルト。カイだ。開けるためじゃない。お前が帰る場所を忘れないために呼ぶ。アルト」


 深部で銀色が揺れる。


 王の鐘の黒い線が、その名前を捕まえて鍵へ変えようと伸びる。


 だが、白鐘文字が光る。


 名を鍵にするな。


 黒い線は名前を掴めず、滑るように逸れた。


 クラウスが叫ぶ。


「名前呼称、開門反応に転用されていません! 銀環安定方向!」


 カイの目が潤む。


「よし」


 ミリアが次に言った。


「アルトさん。ミリア・ファルネーゼです。あなたの“アルトとして帰りたい”を記録しています。記録は開けるためではなく、帰るために保全します」


 青い線が白鐘層へ伝わる。


 王の鐘の記録柱が、ミリアの記録を取り込もうと黒く伸びた。


 だが、学園線がそれを分散する。


 本人意思保全。


 鍵化拒否。


 帰還導線。


 ミリアの記録は、命令に変わらず、記録のまま残った。


 エリアナは香草袋を両手で包み、門へ向かった。


 近づきすぎない。


 置かない。


 使われない。


 自分のものとして持つ。


「アルトさん。エリアナ・ルクス・ヴェルグラントです。香草はここにあります。これは鍵ではありません。戻るための匂いです」


 香草の乾いた甘さが、白鐘層へ流れる。


 王の鐘の黒蔦が、エリアナの血統反応を探るように動く。


 旧ヴェルグラント血統関係者。


 王の血。


 開門適性。


 黒い文字が浮かびかける。


 エリアナは、震えそうな声を抑えた。


「私の血を鍵にしません。私の声で、白鐘の意味を戻します」


 白鐘文字が、強く光った。


 王の血で扉を叩くな。


 その下に、新しい一行が浮かぶ。


 王の血ではなく、帰る声を聞け。


 エリアナの瞳が大きく揺れた。


 クラウスが測定具を見る。


「血液反応ではなく、音声と香草に白鐘層が反応しています。王血鍵化、失敗」


 エリアナは息を吐いた。


 膝が少し震える。


 カイが横から支えようと動いたが、触れる前に止まった。


「支えますか」


 エリアナは小さく笑った。


「お願いします。倒れない範囲で」


 カイはそっと腕を支えた。


「了解」


 ミリアが記録しながら言った。


「良い確認ね」


 リゼは青いリボンに触れ、門へ向き直った。


「アルトさん。リゼ・グレイスです。灰銀戦時戦力ではありません。あなたを救出するために、私の灰銀記録を開門具として使用しません。リゼ・グレイスとして、あなたの帰還導線を維持します」


 黒い記録が、すぐに反応する。


 灰銀一七。


 戦時搬送確認。


 危険区域突破適性。


 王宮剣。


 黒い札がリゼの前に浮かぶ。


 だが、アルトの銀色の文字が深部で揺れた。


 リゼは、リゼ。


 その一語に、黒札がひび割れる。


 リゼは続ける。


「あなたの名前も、私の記録も、鍵にしません」


 白鐘文字が光る。


 名を鍵にするな。


 黒い灰銀記録は、王の鐘へ接続できず、薄くなる。


 ロウ教師が短く言った。


「いい」


 クラウスが測定具を見て叫ぶ。


「三系統の鍵化、すべて失敗。銀環、王血、灰銀記録、名前呼称。白鐘層が黒蔦接続を押し返しています」


 しかし、室長の声はまだ響いた。


「鍵化を拒否しても、王の鐘は停止しません」


 黒い三点印が、王の鐘の三本の記録柱から浮かび上がる。


 戦後処理未整理記録。


 白鐘接続記録。


 臨時調整室仮保護記録。


 室長は言った。


「鍵が使えないなら、記録全体を焼き直します。白鐘層も王宮封印に統合すればよい」


 王の鐘の白い光が黒く濁る。


 白布児記録の箱が揺れた。


 アルトの銀色が、一瞬細くなる。


 クラウスが顔を変える。


「白鐘層そのものを王宮封印として再解釈しようとしています。旧語を上書きする気です」


 エリアナの顔が白くなる。


「白鐘を、王宮の言葉だけにする……」


 室長の声。


「白鐘は王宮深部封印区画に保管されています。保管された記録は、王宮に属します」


 エリアナは首を横に振った。


「違います」


 声は震えていた。


 だが、止まらない。


「白鐘は、王宮だけのものではありません。故国にも、礼拝堂にも、紙工房にも、母たちの言葉にもありました。あなたが保管したからといって、意味まで所有できません」


 室長が答える。


「旧ヴェルグラント血統関係者の主張は、偏向です」


 エリアナは、今度は怯まなかった。


「偏向ではありません。エリアナ・ルクス・ヴェルグラントとして、知る範囲を話しています。知らないことは断定しません。けれど、知っていることまで王宮に譲りません」


 白鐘文字が強く光る。


 リゼは言った。


「エリアナさんの発言後、白鐘層活性を確認」


 ミリアが記録する。


 エリアナ、王血ではなく本人声による白鐘意味回復を主張。


 白鐘層反応、確認。


 青い学園線が、エリアナの言葉を受け取る。


 図書室係セナ・リッテから文が届く。


 学園図書室、白鐘関連資料の複写記録を確認。白鐘礼拝堂は王宮直属施設ではなく、旧国境地域の共同礼拝拠点と記載あり。


 エリアナの目が大きく開く。


 クラウスが言った。


「重要です。白鐘が王宮単独所属ではない記録です」


 ユリウスがすぐに書く。


「白鐘旧語の解釈権を王宮が独占する根拠が弱まる」


 室長の黒い気配が膨らむ。


「学園資料は未検証」


 エレオノーラの声が青い線から返る。


「未検証として扱います。ただし、存在を消しません。王宮独占解釈への反証可能性として保全」


 ミリアが小さく頷いた。


「そう。断定しない。でも消さない」


 それは、ずっと続けてきた方法だった。


 アルトの未完文。


 母の筆跡。


 エルディアとアルト。


 リゼの灰銀。


 白鐘の旧語。


 すべて、勝手に完成させず、消さず、保留し、確認する。


 臨時調整室が一番嫌う手順。


 王の鐘の三点印が震える。


 室長の声が低くなる。


「未完記録が多すぎます」


 ミリアが答える。


「人は未完です」


 カイが小さく言った。


「いいこと言った」


 ミリアは記録板から目を離さずに言う。


「今は茶化さない」


「はい」


 しかし、その短いやり取りですら、深部の銀色を揺らした。


 アルトが聞いている。


 かすかに。


 その日常の軽さが、王の鐘の冷たい空気に小さな穴を開ける。


 アルトの声が、遠くから届いた。


「……みんな……」


 ミリアがすぐに記録する。


「“みんな”発声確認可能性」


 カイが声を抑えて呼ぶ。


「いるぞ。みんな、いる」


 学園線からも声が返る。


「いる」


「待ってる」


「帰ってきて」


「アルト君」


 王の鐘が黒い線を伸ばし、その多くの声を一つの命令へ束ねようとする。


 だが、白鐘文字が広がる。


 多くの名は、孤独な音を包む。


 黒線は、名前の多さを処理できず、ほどけていく。


 クラウスが叫んだ。


「白鐘層、王の鐘の命令束ねを阻害しています。これは……白鐘本来手順が成立し始めています」


 リゼは問う。


「次の段階は」


 クラウスは深部投影を見た。


「黒蔦を剥がせば、王の鐘を破壊せず、三点印接続だけを外せる可能性があります。ただし、外すには王の鐘周辺の三本の記録柱へ同時に異議を入れる必要がある」


 ユリウスが言う。


「戦後処理未整理記録、白鐘接続記録、臨時調整室仮保護記録」


 オルドが頷く。


「それぞれに空白承認がある。名前で埋める必要があります」


 ナイル。


「本会議側の未承認」


 レアナ。


「封印管理室側の未承認」


 オルド。


「監察局側の異議」


 ミリア。


「学園側の本人意思記録」


 エリアナ。


「白鐘旧語の本来解釈」


 カイ。


「アルトの名前」


 リゼ。


「アルトさんの“アルトとして帰りたい”」


 クラウスは頷いた。


「それらを同時に重ねます。黒蔦は、単独の鍵を求めています。こちらは鍵ではなく、複数の確認で接続を外す」


 ロウ教師が言った。


「全員で押すんじゃない。全員で外すんだな」


「はい」


 室長の声が響く。


「複数確認は非効率です」


 ミリアが言った。


「効率化して人を消す手順を拒否します」


 白鐘文字がまた一行を浮かべる。


 開くな。


 外せ。


 全員が、その文字を見た。


 カイが呟く。


「開けないで助ける、の続きか」


 リゼは頷く。


「はい。開けるのではなく、外します」


 エリアナが香草袋を胸に当てる。


「白鐘本来手順を読み上げます。断定ではなく、現時点の理解として」


 ミリアが記録の準備をする。


「お願いします」


 エリアナは門へ向かい、王の鐘の投影を見た。


「鐘を鳴らさない。銀環反応を強制しない」


 クラウスが測定具を合わせる。


「銀環強制反応拒否、測定同期」


「扉へ走らない。恐怖と焦りを開門具にしない」


 ロウ教師がカイを見る。


 カイは頷いた。


「走らない」


「王の血で扉を叩かない。血を承認にしない」


 エリアナは自分の胸に手を当てる。


「血ではなく、声で立ちます」


「名を鍵にしない。名前は本人確認と帰還のために呼ぶ」


 カイが言う。


「アルト。帰るために呼ぶ」


「孤独な音を、王の鐘にしない。多くの名で包み、一人にしない」


 学園の青い線が強く光る。


 遠くから、多くの名前が返る。


「白布は、帰る音を包む。母の記録も、白鐘も、王の鐘の材料にしない」


 アルトの白布児記録が深部で白く光る。


 母の筆跡がかすかに浮かぶ。


 この子を、孤独な音にしないでください。


 エリアナは最後に言った。


「そして、開けるのではなく、外す。人を鍵にした黒蔦を、白鐘本来の意味から外します」


 白鐘文字が、外縁門と王の鐘の両方で強く光った。


 王の鐘の黒い三点印が、初めて明確に後退する。


 クラウスが叫ぶ。


「黒蔦層、大きく剥離! 三本の記録柱、露出します!」


 深部投影に、三本の柱がはっきりと映る。


 戦後処理未整理記録。


 白鐘接続記録。


 臨時調整室仮保護記録。


 それぞれに、黒い三点印が絡みついている。


 室長の声が低く響いた。


「外せば、王宮の空白が露出します」


 オルドが答える。


「露出させます」


 ナイル。


「本会議で確認します」


 レアナ。


「封印管理室で再審査します」


 ユリウス。


「学園側も本人意思記録を提出します」


 ミリア。


「空白を、名前と未完のままの記録で埋めます」


 リゼは深部の銀色へ向けて言った。


「アルトさん。これより、王の鐘を破壊するのではなく、あなたを鍵にした接続を外します。あなたの名前、銀環、母記録、帰還意思を鍵として使いません。あなたを孤独な音にしません」


 アルトの銀色が揺れた。


 小さな文字が浮かぶ。


 まってる。


 カイが泣きそうに笑った。


「待ってろ。いや、待っててくれてありがとう」


 ミリアが記録する。


「“まってる”確認」


 エリアナは香草袋を握りしめた。


「戻る道を作ります」


 王の鐘の黒蔦が、最後の抵抗のようにアルトの銀環へ伸びる。


 だが、今度は途中で白鐘文字に絡め取られた。


 名を鍵にするな。


 王の血で扉を叩くな。


 鐘を鳴らすな。


 多くの名は、孤独な音を包む。


 白い文字が、黒い蔦を一つずつほどいていく。


 しかし、三点印の本体はまだ柱の奥に残っている。


 黒い核のようなものが、三本の柱の中心で脈打っていた。


 クラウスが息を呑む。


「見えました。三点印の中核です」


 ミリアが記録板を構える。


 リゼは青いリボンに触れた。


 王の鐘の白い光の中、黒い三点印の本体がゆっくりと形を現していく。


 それは、人の形ではなかった。


 承認の空白が固まったような、黒い印の塊だった。


 名前のない責任。


 誰かが確認したはず、という無数の空白。


 それが、王の鐘の奥で息をしていた。


 室長の声が、その黒い核から響く。


「外しても、空白は残ります」


 リゼは答えた。


「残るなら、確認します」


 ミリア。


「記録します」


 カイ。


「名前を呼びます」


 エリアナ。


「白鐘の意味を戻します」


 学園の青い線が、静かに、しかし強く光った。


 王の鐘はまだ止まっていない。


 アルトはまだ救出されていない。


 だが、初めて、扉を開けずに進む道が見えた。


 人を鍵にしない道。


 白鐘本来手順が、王宮深部の闇の中で、白く細い帰還導線を作り始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ