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灰銀の戦乙女は、制服を知らない  作者: 最後に残った形


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第11章 第16話:王都政変の鐘


 中央記録鐘の制御核は、白く震えていた。


 王宮中央塔、外部制御室。


 円形の記録盤からは、王都全域へ細い線が伸びている。


 王都南門。


 王都西市場。


 役所街。


 王宮外縁門。


 旧封印管理倉庫群。


 王立学園。


 そして、北棟第二保管層。


 その一本だけが、ほかの線よりも黒く太い。


 黒蔦が絡みつき、冷気を流し続けている。


 王宮保護移送、正式完了。


 臨時保護令、発布。


 関係維持者、分散保護。


 灰銀戦時戦力、即時確保。


 第二保管層、冷却強化。


 それらの記録が、中央記録鐘を通じて王都全体へ流されていた。


 だが、その承認は空白だった。


 王宮本会議は承認していない。


 封印管理室は生体収容を承認していない。


 監察局補助室の署名は偽造された。


 中央記録鐘の使用許可記録も存在しない。


 空白の承認経路を、三点印が埋めていた。


 リゼ・グレイスは、制御核の前に立っていた。


 右腕は冷えている。


 黒蔦を受けた影響で、指先の感覚が鈍い。


 それでも、腕は動く。


 剣は抜いていない。


 ここで斬れば、中央記録鐘そのものを傷つけるかもしれない。


 止めるべきは鐘ではない。


 誤った同期だ。


 リゼは、もう一度言った。


「灰銀戦時戦力として承認しません。リゼ・グレイスとして、未承認誤同期の停止を要求します」


 制御核の周囲で、黒蔦が軋んだ。


 停止実行には、灰銀戦時戦力承認を要求。


 黒い文字が、盤面に再び浮かぶ。


 リゼの過去を、いまの承認に変えようとしている。


 灰銀一七。


 灰銀の戦乙女。


 灰銀戦時戦力。


 名前を削り、番号にし、称号にし、戦力分類にする。


 その言葉の下で何度も命令が通ってきた。


 だが、ここにいるのはリゼ・グレイスだ。


 アルトがそう返した。


 リゼは、リゼ。


 北棟の扉の奥から、声を奪われたアルトが、銀色の文字でそう書いた。


 その事実が、リゼの足を止めなかった。


 ミリア・ファルネーゼが制御盤の読み取り台に現場記録を置く。


「本人反応記録、提出します」


 ユリウス・エインズワースが学園長抗議文と封印管理室否認回答を重ねる。


「王立学園は、本人意思確認なしの保護移送完了を認めません」


 オルド・ハイマンが監察局緊急封筒を置いた。


「監察局長代理より、中央記録鐘無許可使用の現場確認権限を一時付与されています。オルド・ハイマンとして、誤同期停止を要求します」


 黒蔦が三つの文書を覆おうとした。


 だが、読み取り台が白く光る。


 王宮の古い正式手順。


 中央記録鐘を守るために作られた、証拠照合の仕組み。


 黒蔦はそこに絡みついていたが、完全には支配できていない。


 証拠が複数ある。


 現認者が複数いる。


 本人反応が複数ある。


 そして、承認の空白がある。


 制御核は、その矛盾を無視できない。


 白い核が震える。


 黒蔦の一部が剥がれた。


 北棟第二保管層へ伸びる黒い線が、一瞬だけ細くなる。


 遠くの伝達線から、連絡役の声が届いた。


「北棟扉前より伝達! 冷却、わずかに低下! クラウス・ヴァイゼル確認! アルト・レインフォード、銀色反応あり!」


 カイ・ロックハートの声も、かすかに重なった。


「アルト! 聞こえてるかはわからないけど、冷え、少し下がったって!」


 リゼは制御核から目を逸らさない。


「返信。リゼ・グレイス、中央記録鐘外部制御室。誤同期停止処理を継続。アルトさんの冷え低下を確認。無理に返さなくていいです」


 連絡役が復唱し、走る。


 その時、外部制御室の入口で、中央記録局の男が声を荒げた。


「停止処理を中断しろ!」


 彼の右手袋にある三点印が黒く光る。


 壁の記録札が一斉に反応した。


 灰銀戦時戦力、即時確保。


 関係維持者、拘束。


 監察局補助室上席、職務停止。


 王立学園代表補助、文書妨害対象。


 黒い命令文が、制御室全体に走る。


 記録局警備兵たちが動きかける。


 だが、入口に立つガレン・トールが腕を広げた。


「待て!」


 彼の声は震えていた。


 それでも、通路に響いた。


「中央記録鐘使用許可記録が提示されていない。監察局緊急確認権限と複数現場証拠が提示されている。現時点で即時拘束は不当の可能性がある」


 男が睨む。


「ガレン・トール。中央記録局命令に背くのか」


 ガレンは顔を青くした。


「私は、ガレン・トールとして、未確認命令による拘束実行を保留します」


 その瞬間、壁の黒文字が揺らいだ。


 兵の一人が小さく言う。


「使用許可記録がないのは、本当なのか」


 別の兵が手元の札を見る。


「中央記録局表示には、確認済みと出ている」


 ガレンが言う。


「誰が確認した」


 兵は答えられなかった。


 誰が。


 その問いが、黒蔦を鈍らせる。


 空白を照らす。


 リゼは聞いていた。


 ここでも、名前が必要だ。


 誰が確認したのか。


 誰が承認したのか。


 誰が見たのか。


 誰がその言葉を、本人から切り離したのか。


 男の手袋の三点印が、より強く黒く光った。


「中央記録局が確認した」


 ミリアが即座に言う。


「中央記録局の誰ですか」


 男の唇が歪む。


「局としての確認だ」


「名前を確認します」


「必要ない」


「必要です。現場記録として、中央記録鐘無許可使用に関する確認者名を求めます」


 ミリアの声は静かだった。


 だが、記録板を持つ手は真っ直ぐだ。


 男は答えない。


 答えない代わりに、制御核へ黒蔦を伸ばした。


 停止処理中断。


 中央記録鐘、強制再同期。


 北棟第二保管層、冷却最大化。


 その文字が浮かんだ瞬間、リゼの視界が冷えた。


 黒蔦が北棟へ伸びる線を再び太くする。


 制御核が悲鳴のように震える。


 遠くから、クラウスの伝達が飛び込んできた。


「北棟扉前! 冷却急上昇! 銀環反応低下! アルト・レインフォード、文字化困難!」


 カイの声がかすれる。


「アルト! 返さなくていい! 名前だけ聞け、アルト!」


 エリアナの声も、細いが届いた。


「香草を届けます。戻るための匂いです。鳴らしません」


 リゼは一歩、制御核へ近づいた。


 黒蔦が彼女の右腕へ絡もうとする。


 ミリアが叫ぶ。


「リゼさん、一人で触らない!」


「了解しました」


 リゼは止まった。


 止まったまま、声を出す。


「中央記録鐘、確認してください。北棟第二保管層内のアルト・レインフォードは“ここ”“さむい”“こえ”“ぼく”“ひとりではない”“なまえ”“こわい”“でも”“ひらくな”“みんな”“いかないで”“まってる”“リゼは、リゼ”と反応しています。正式完了記録と矛盾しています。冷却最大化は本人状態を悪化させます。停止を要求します」


 制御核が白く明滅する。


 男が叫ぶ。


「記録解釈権は中央記録局にある!」


 ユリウスが即座に反論した。


「本人の言葉を保護同意に変換する権限は、中央記録局にはありません」


 オルドが続ける。


「中央記録鐘は、承認済み記録を同期する装置です。未承認の命令を作成する装置ではありません」


 ミリアが記録板を掲げる。


「現場記録者ミリア・ファルネーゼとして確認します。本人反応の解釈独占を拒否。冷却最大化を生命状態確認なしの処理として拒否」


 ロウ教師が入口で兵を押さえながら低く言った。


「王宮を守る気があるなら、鐘を乗っ取らせるな」


 その言葉が、記録局兵たちに届いた。


 王宮を守る。


 それは、命令に従うことだけではない。


 王宮の名で嘘を流すものを止めることも含まれる。


 ガレンが一歩前に出た。


「中央記録局警備隊第三班、ガレン・トール。中央記録鐘使用許可記録未提示を現認。強制再同期命令の根拠不明を確認」


 彼の後ろで、もう一人の兵がためらいながら言った。


「中央記録局警備隊第三班、メイナ・ロッサ。同じく確認」


 さらに一人。


「同班、ベルク・ハウエル。確認」


 名前が増える。


 分類ではなく、本人の名で現場確認が増えていく。


 制御室の黒い文字が激しく揺れた。


 男の顔が歪む。


「お前たちは、自分が何に逆らっているかわかっているのか」


 ガレンは答えた。


「承認のない命令です」


 制御核の白い光が強くなった。


 読み取り台に置かれた文書が、順に浮かび上がる。


 封印管理室否認。


 監察局署名否認。


 王宮本会議未承認回答。


 中央記録鐘使用許可なし。


 学園長抗議文。


 現認者署名。


 本人反応記録。


 それらが白い線となって、黒蔦を押し返す。


 リゼは声を落とさず言った。


「中央記録鐘。未承認の正式完了記録を停止してください。臨時保護令の同期を停止してください。第二保管層冷却強化を停止してください」


 黒蔦が最後に強く暴れた。


 停止実行には、灰銀戦時戦力承認を要求。


 また、その文字。


 リゼの名前を消す最後の鍵。


 ミリアがすぐに言った。


「拒否。リゼ・グレイス本人は、灰銀戦時戦力としての承認を拒否しています」


 ユリウスが続ける。


「現場証拠複数による停止要求です。個人戦力承認ではありません」


 オルド。


「監察局現場確認に基づく緊急停止です」


 ガレン。


「中央記録局警備隊現認者として、未承認同期の停止に異議ありません」


 リゼは青いリボンに触れた。


 ミリアが結び直してくれた、戻るための目印。


 その布に触れたまま、リゼは言った。


「私は、灰銀の戦乙女ではなく、灰銀戦時戦力ではなく、リゼ・グレイスとして、誤った記録を止めます」


 制御核が白く光った。


 黒蔦が裂ける。


 三点印が、制御盤の中央から剥がれ上がった。


 男が手袋を押さえる。


「やめろ!」


 だが、もう遅い。


 制御核から白い波が広がる。


 王都全域へ伸びていた黒い記録線が、一斉に震えた。


 臨時保護令。


 分散保護。


 灰銀確保命令。


 冷却最大化。


 それらの黒文字に、白い取消線が走る。


 未承認。


 本人確認なし。


 現場異議あり。


 同期停止。


 王都中央鐘は、音を立てなかった。


 代わりに、塔全体が深く震えた。


 無音の鐘が、ようやく止まった。


 その瞬間、北棟から伝達が飛び込んできた。


「北棟扉前! 冷却急低下! 黒蔦補助層、広範囲剥離! 白鐘層、維持! アルト・レインフォード、銀色反応上昇!」


 カイの声が続く。


「アルト! リゼたち止めた! 嘘の鐘、止まったぞ!」


 エリアナの声。


「香草反応、戻っています。白鐘文字、維持」


 クラウスの声。


「第二保管層扉、黒蔦層の七割剥離。開放罠層、露出。直接開扉はまだ危険。内部移送反応あり!」


 リゼの胸が冷えた。


「内部移送反応?」


 連絡役が復唱する。


「内部移送反応あり。第二保管層奥側で黒布転送線起動。アルト・レインフォード、位置が奥へ移動しつつあります」


 カイの声が荒くなる。


「待てよ! こっちの扉じゃないのかよ!」


 クラウス。


「北棟第二保管層から王宮深部封印区画へ繋がる旧移送線が起動しています!」


 リゼは制御核を見る。


 黒蔦は剥がれた。


 だが、完全には消えていない。


 三点印の一部が、制御盤の下ではなく、北棟線のさらに先へ逃げるように走っている。


 王宮深部封印区画。


 第二保管層が、最終地点ではなかった。


 ここで誤同期を止めたことで、敵はアルトを次の場所へ移し始めた。


 ミリアがすぐに言った。


「リゼさん、状態」


「怒り強。焦燥強。判断継続可能」


「走らない」


「はい」


 しかし、声は硬い。


 リゼは連絡役へ向いた。


「北棟へ返信。リゼ・グレイス、中央記録鐘誤同期停止確認。第二保管層直接開扉はまだ禁止。アルトさんを鳴らさないでください。内部移送線の行き先を確認。王宮深部封印区画への移動可能性。関係線を維持してください」


 連絡役が復唱し、走る。


 中央制御室では、三点印の男が後退していた。


 手袋の印が割れている。


 だが、その顔にはまだ敗北の色だけではない。


「鐘は止めたか」


 彼は低く笑った。


「だが、王都はもう知った。保護令は広がり、兵は動き、王宮は割れた」


 オルドが男を見る。


「あなたの名前を確認します」


 男は笑みを消した。


「名前は必要ない」


 その言葉と同時に、彼の足元に黒い三点印が浮かんだ。


 リゼが動く。


 しかし、男の身体は黒い紙片のように崩れ、床へ沈んだ。


 ロウ教師が短く舌打ちする。


「逃げたか」


 床には、黒い紙片だけが残る。


 ミリアが保護具で拾い、読む。


「……王宮深部封印区画、暫定移管」


 ユリウスが顔を険しくする。


「アルト君の移送先と同じ」


 オルドが制御盤の奥を確認する。


「深部封印区画は王宮の最奥です。古い封印と王家記録を保管する場所。通常、王宮本会議と封印管理室、王族直轄印がなければ開きません」


 リゼが問う。


「三点印は入っていますか」


 オルドは唇を結ぶ。


「今、入った可能性があります」


 外部制御室の扉の外から、王宮内のざわめきが増していた。


 中央記録鐘の誤同期が止まったことで、王都各所の布告板に取消線が走っているはずだ。


 臨時保護令に従おうとしていた兵。


 疑問を持った兵。


 王宮本会議筋。


 中央記録局内の職員。


 監察局。


 封印管理室。


 それぞれが、異なる命令を見ている。


 王宮が、割れ始めている。


 ガレンが外を見て言った。


「中央塔下層で、命令が衝突しています。臨時保護令継続を主張する班と、停止確認を受けて待機する班が分かれています」


 ミリアが低く言う。


「政変になるわ」


 ユリウスが頷いた。


「もう始まっています」


 その時、塔の上部から鐘の音が響いた。


 今度は無音ではない。


 王都全体に届く、本物の鐘。


 一度。


 低いが、先ほどまでの黒い圧迫とは違う。


 白い。


 澄んでいる。


 だが、不吉なほどに重い。


 オルドが顔を上げた。


「中央記録鐘……いや、これは」


 エリアナからの伝達が重なる。


「北棟扉前、白鐘文字が強く発光! 王都中央塔からの白い鐘音に反応しています!」


 クラウスの声。


「黒蔦同期ではありません。白鐘層が王都中央鐘に干渉しています。王都全体へ、未承認記録停止の白鐘反応が広がる可能性があります!」


 カイの声が震える。


「アルト、銀色反応あり! 文字、出てる!」


 リゼは身を乗り出す。


「文字は」


 連絡役が復唱する。


「“きこえた”」


 外部制御室が静まり返った。


 リゼは一瞬、息を忘れた。


 アルトの声はまだ出ていない。


 しかし、聞こえた。


 中央記録鐘の誤同期停止。


 関係線。


 カイの名前。


 エリアナの香草。


 ミリアの記録。


 リゼの返答。


 それが、第二保管層の奥まで届いた。


 リゼは声を整えた。


「返信。リゼ・グレイス、確認しました。聞こえたことを確認。無理に返さなくていいです。移送線を追跡します。あなたを孤独な音にしません」


 連絡役が走る。


 白い鐘は二度目を鳴らした。


 王都のどこかで、人々が空を見上げているだろう。


 布告板の黒文字が割れ、未承認の印が浮かび、王宮兵たちが自分の命令を見直しているだろう。


 それは救いだけではない。


 混乱でもある。


 命令系統が割れる。


 王宮の中で、誰が正統な命令を出しているのかが問われる。


 王都政変の鐘。


 その言葉が、誰の口からともなく落ちた。


 ロウ教師が言ったのかもしれない。


 オルドが息の中で呟いたのかもしれない。


 ミリアが記録に残したのかもしれない。


 リゼにはわからなかった。


 ただ、鐘が鳴っている。


 今度は、嘘を完了させるためではなく、完了が嘘だったことを知らせるために。


 だが、アルトはまだ戻っていない。


 中央記録鐘の制御盤では、北棟第二保管層の線が細くなり、その先へ黒い移送線が伸びていた。


 王宮深部封印区画。


 古い王家記録の奥。


 白鐘と王宮が最も深く重なる場所。


 リゼはその線を見た。


「アルトさんの移動先、王宮深部封印区画可能性。記録してください」


 ミリアが記録する。


「記録したわ」


「中央記録鐘誤同期停止、完了。ただし、アルトさん救出未完了」


「記録した」


「王宮内命令系統分裂。政変状態へ移行可能性」


「記録したわ」


 ユリウスが証拠束をまとめ直す。


「学園長へ、直ちに送ります。王宮本会議筋にも」


 オルドが頷いた。


「私は監察局へ戻り、中央記録局内の三点印協力者を洗います。ですが、深部封印区画へ入るには、王宮内部の正統権限を確保しなければならない」


 カイからの伝達が再び届いた。


「北棟扉前! 移送線、完全起動。扉奥の銀色反応、遠ざかっています。でも、途切れてない! クラウスさん、細いけど追えるって!」


 エリアナ。


「香草反応も、薄く残っています。王宮深部方向です」


 リゼは拳を握った。


 追う。


 だが、走らない。


 扉へ走るな。


 鐘を鳴らすな。


 王の血で叩くな。


 白鐘の禁句は、まだ生きている。


 次の場所でも、同じ罠がある。


 もっと深く、もっと古く、もっと王宮の中心に。


 リゼは制御核へ向けて言った。


「中央記録鐘。未承認誤同期停止を維持してください。第二保管層冷却強化を再開しないでください。王宮深部封印区画への移送記録を消去しないでください」


 白い核が静かに光った。


 黒蔦はまだ残っている。


 だが、中央記録鐘の中心からは剥がれた。


 リゼはそれを確認し、踵を返す。


 ミリアが隣に並ぶ。


「戻る?」


「はい。北棟へ戻り、移送線の追跡情報を確認します。その後、王宮深部封印区画への進入手順を確認します」


「良好です」


 リゼは一瞬だけミリアを見た。


 その言い方が、さっきと同じで、少しだけ胸が温かくなった。


 外部制御室を出ると、通路では兵たちが揺れていた。


 ガレン、メイナ、ベルク。


 彼らはもう、ただ中央記録局表示に従う顔ではなかった。


 ガレンがリゼへ向かって言った。


「中央記録鐘停止を現認しました。黒蔦による誤同期も、確認しました」


 ミリアが記録する。


「ありがとうございます」


 リゼはガレンを見る。


「ガレン・トールさん。王宮を守るために、見たことを見たと記録してください」


 ガレンは頷いた。


「はい」


 その時、白い鐘が三度目を鳴らした。


 王都全体へ響く。


 布告板の前で。


 王宮門の下で。


 学園の校庭で。


 北棟第二保管層の扉前で。


 そして、王宮深部封印区画の闇の中で。


 アルト・レインフォードは、その音を聞いたのかもしれない。


 声はまだ戻らない。


 冷えはまだ残る。


 黒布も、銀環も、深部へ向かう移送線もある。


 それでも、彼はもう完全な孤独な音ではない。


 中央記録鐘の嘘は止まった。


 王都は割れた。


 真実を見た者が増えた。


 名前を名乗る者が増えた。


 リゼは中央塔の窓から、遠く北棟の方角を見た。


 そこにアルトの姿は見えない。


 だが、関係線はまだある。


 細く、消えそうで、消えていない。


 彼女は静かに言った。


「アルトさん。聞こえているかは不明です。中央記録鐘の誤同期を停止しました。ですが、あなたの救出は完了していません。私は、完了していないことを完了とは呼びません」


 ミリアが隣で記録する。


 リゼは続けた。


「あなたを王宮深部封印区画へ一人で行かせません。関係線を維持します。リゼ・グレイスとして追跡を継続します」


 白い鐘の余韻が、王都の上に広がっていく。


 それは勝利の鐘ではなかった。


 終わりを告げる鐘でもなかった。


 王宮の奥に隠されていた空白が、ついに人前へ現れたことを知らせる鐘だった。


 北棟からの最後の伝達が届いた。


「アルト・レインフォード、移送線遠隔反応。銀色文字、短く表示」


 リゼは振り向く。


「文字は」


 連絡役は、震える声で言った。


「“きこえてる”」


 リゼは深く頷いた。


「確認しました」


 白い鐘が、四度目を鳴らした。


 王都の空が震える。


 その下で、リゼは青いリボンに触れた。


 戻るための目印は、まだ結ばれている。


 彼女は歩き出した。


 中央塔から、北棟へ。


 北棟から、王宮深部へ。


 完了していない誘拐を、完了させないために。


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