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灰銀の戦乙女は、制服を知らない  作者: 最後に残った形


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第11章 第5話:開かない保護扉


 北棟の扉は、保護扉と呼ばれていた。


 王都旧封印管理倉庫群。


 北棟第二保管層。


 封印具、危険文書、反応体、戦時処理物を保管するための地下区画。


 その入口にある厚い扉。


 王宮封印管理室。


 保護管理局臨時調整室。


 監察局補助室。


 三系統の承認が揃わなければ開かない扉。


 王宮側の説明では、危険なものを外へ出さないための扉だった。


 守るための扉。


 保護のための扉。


 しかし今、その扉の奥には、アルト・レインフォードがいる可能性が高い。


 そして扉の表面には、黒い膜が張り付いている。


 王宮保護移送、正式完了。


 対象者、到着済。


 外部確認不要。


 その文字が、冷たく浮かんでいた。


 リゼ・グレイスは扉の前に立ち、呼吸を整えた。


 右腕には、黒布と白布に触れた時の冷却感がまだ残っている。


 握力は落ちていない。


 痛みはない。


 だが、扉を見るたびに、胸の奥が重くなる。


 ここ。


 さむい。


 こえ。


 扉の奥から浮かんだ三つの言葉。


 短く、途切れて、すぐに消された言葉。


 それだけで、アルトがまだ完全に消されていないことがわかった。


 そして同時に、彼が冷やされ、声を奪われていることもわかった。


 扉の奥からは、今は何も聞こえない。


 鐘も鳴らない。


 声もない。


 ただ、黒い膜が正式完了を主張している。


 カイ・ロックハートが、扉の前で拳を握った。


 彼はもう何度も名前を呼んでいる。


 呼びすぎると黒蔦層が強まる可能性があるため、ミリアが間隔を決めた。


 短く。


 届く言葉だけ。


 名前。


 ここにいること。


 本人意思が消えていないこと。


 それを、五分ごとに呼ぶ。


 だが、五分は長い。


 カイにとっては、途方もなく長かった。


「まだですか」


 彼は小声で聞いた。


 ミリア・ファルネーゼが時計を見る。


「あと少し」


 カイは奥歯を噛む。


「わかってる。呼びすぎると駄目なんだよな」


「ええ。でも、呼ばないわけじゃない」


「うん」


 エリアナ・ルクス・ヴェルグラントは、香草袋を胸の前に持っていた。


 置かない。


 扉に縛りつけない。


 術式の道具にしない。


 彼女自身のものとして持ち、必要な時だけ香りを届ける。


 セリーネ草の乾いた甘さと、焼いた時の苦味を思わせる匂いが、冷たい空気に細く混じっている。


 クラウス・ヴァイゼルは、扉の封印札を一つずつ調べていた。


 王宮封印管理室の札。


 保護管理局臨時調整室の札。


 監察局補助室確認欄。


 そのうち監察局補助室の署名は、オルド・ハイマン本人が否認した。


 偽造。


 または転用。


 本人署名ではない。


 そして、封印札から剥がれた紙片には、より明確な三点印が残っていた。


 臨時調整室長承認。


 だが、臨時調整室長は表向き空席。


 個人名のない承認印。


 責任のない印。


 その印が、扉を閉じている。


 オルド・ハイマンは、扉から少し離れた位置に立っていた。


 彼は今、王宮側の人間でありながら、王宮側の記録に疑いを向けている。


 その立場は危うい。


 しかし、彼の名を使った署名がここにある以上、彼もこの扉の前から離れられない。


 ユリウス・エインズワースが、オルドに確認した。


「第二保管層の開放に必要な三系統承認について、もう一度整理します」


 オルドは頷いた。


「封印管理室長の封印解除承認。保護管理局臨時調整室長の収容処理解除承認。監察局補助室上席確認官の外部確認承認。この三つが必要です」


「あなたは、監察局補助室上席確認官として承認できますか」


「できます。ただし、私の承認単独では扉は開きません」


「臨時調整室長印は」


「現状、敵側に使用されている可能性が高い」


「封印管理室長は」


「連絡が取れていません。王宮側の伝達網が臨時調整室を経由しているため、直接照会が妨害されている可能性があります」


 ユリウスは表情を険しくする。


「つまり、扉の正式な開放権限の一部を、敵が握っている」


「はい」


 カイが低く言った。


「敵が閉めた扉を、敵の許可がないと開けられないってことですか」


 オルドは目を伏せる。


「通常手続きでは、そうなります」


 カイの拳が震えた。


 ロウ教師がすぐに見る。


 カイは息を吸う。


「怒っています。でも、扉は殴りません」


「よし」


 カイは扉を睨んだまま続けた。


「でも、その手続きはおかしいです」


 ミリアが頷いた。


「ええ。今は、それを記録として残すことも大事よ」


 リゼは扉の黒膜を見つめる。


 保護扉。


 開かない扉。


 責任を分散しているようで、実際には誰も責任を取らない扉。


 外部確認不要。


 その文字が、最も強くリゼを苛立たせた。


 アルトの状態は「ここ」「さむい」「こえ」と届いている。


 それなのに、外部確認不要。


 声がないから、確認しなくていい。


 冷えているから、安定している。


 扉の奥だから、到着済み。


 その理屈が、黒布よりも冷たい。


 リゼは静かに言った。


「この扉は、保護のためではなく、確認を遠ざけるために閉じています」


 オルドが小さく頷く。


「……そう見えます」


「見える、ではなく、現在そのように機能しています」


 オルドは一瞬、言葉を失った。


 だが、すぐに訂正する。


「現在、この扉は確認を遠ざけるために機能しています」


 リゼは頷いた。


「記録します」


 ミリアが書く。


 保護扉、現状機能。


 本人確認遮断。


 外部確認不要表示。


 責任分散による開放不能。


 カイがぽつりと言った。


「保護って名前をつければ、何してもいいのかよ」


 エリアナが静かに答える。


「いいえ」


 彼女の声には、旧ヴェルグラント王家の血を分類に変えられてきた怒りがあった。


「保護という言葉は、本人の声を消すために使ってはいけません」


 クラウスが測定具を扉へ近づける。


 銀針が深く沈む。


「冷却反応は継続。黒蔦層が表面と内側の遮音層を繋いでいます。扉の物理破壊は危険です」


 ロウ教師が問う。


「壊すとどうなる」


「第二保管層内の冷却層が急激に反応する可能性があります。内部の銀環反応対象、つまりアルト君に負荷が集中するおそれがある」


 カイが息を呑む。


「扉を壊すと、アルトが危ない?」


「可能性があります」


 カイは一歩下がった。


 扉を殴りたい衝動が、その一言で冷やされた。


 殴れば、アルトが痛むかもしれない。


 叫びすぎれば、黒蔦が強まるかもしれない。


 走り出せば、誰かを置いていくかもしれない。


 助けたいことと、助けになることは違う。


 カイは唇を噛み、すぐにやめた。


「じゃあ、壊さない」


 リゼが頷く。


「はい。破壊ではなく、開放条件を確認します」


 エリアナが扉を見る。


「白鐘式消音布の本来手順を使えば、黒蔦補助層だけを剥がせるかもしれない、という話でしたね」


 クラウスが頷く。


「はい。ただし、詳細が足りません」


「私が知っている言葉は、断片です」


「それで十分です。断片でも、黒蔦層との違いを見つける助けになります」


 エリアナは少しだけ目を閉じた。


 白鐘北礼拝堂跡。


 鳴らさぬ谷。


 母の手記。


 旧ヴェルグラントの歌。


 鐘を鳴らしてはいけない。


 白い朝が割れるから。


 扉へ走ってはいけない。


 名を呼ぶ声が、名を奪うから。


 王の血で扉を叩いてはいけない。


 扉を開けるのは、王の血ではない。


 扉を開けるのは、孤独な音。


 孤独な音はよく響く。


 けれど、孤独なままでは砕ける。


 エリアナは目を開ける。


「白鐘の言葉は、扉を開けるな、という意味だけではないと思います」


 全員が彼女を見る。


 エリアナは続けた。


「扉へ走ってはいけない。これは、焦って扉そのものへ向かうことを禁じています。名を呼ぶ声が、名を奪うから。これは、名前を使えば何でも開けられるという考えを戒めているのだと思います」


 リゼが静かに問う。


「では、名前を呼んではいけないのですか」


「違います」


 エリアナはすぐに首を振る。


「名前を、扉を開ける鍵として使ってはいけない。けれど、本人を戻すために呼ぶことは違います」


 カイが息を吐いた。


「よかった」


 エリアナはカイを見る。


「あなたがアルトさんを呼ぶ時、扉を開けるためではありません。アルトさんが自分の名前を失わないためです」


 カイは頷いた。


「うん」


 ミリアが記録する。


 名前呼称。


 開扉鍵として使用しない。


 本人確認・関係維持として使用。


 クラウスが頷く。


「重要です。黒蔦層は、名前、署名、印を鍵や承認として切り離して使う。白鐘本来手順は、おそらくそれを禁じている」


 リゼが扉を見る。


「つまり、アルトさんの銀環を鳴らして扉を開くことは、黒蔦側の手順に近い」


「可能性があります」


「拒否します」


 リゼの答えは即座だった。


「アルトさんを鍵にしません」


 扉の奥で、銀色がかすかに揺れた。


 クラウスが測定具を見る。


「銀環系反応、微弱上昇」


 カイが小さく笑いそうになり、すぐに顔を引き締めた。


「聞こえてるかな」


 ミリアが答える。


「聞こえていると断定はしない。でも、反応はあるわ」


 リゼは扉へ向けて言った。


「アルトさん。あなたの銀環を扉の鍵として使いません。あなたの反応は情報です。判決ではありません。開放手順は外側で確認します」


 黒膜が一度、波打った。


 正式完了の文字が歪む。


 その奥で、薄く銀の線が走る。


 文字にはならない。


 だが、消えてはいない。


 呼びかけの時間になった。


 ミリアが時計を確認する。


「次、呼べるわ」


 カイは扉の前に立った。


 いつもなら大声で呼びたい。


 喉が裂けてもいいから呼びたい。


 だが、今は違う。


 届く形で。


 奪われない形で。


「アルト」


 声は低く、まっすぐだった。


「俺だ、カイ。ここにいる。お前は保管対象じゃない。アルトだ」


 少し間を置く。


 ミリアが続ける。


「怖いなら、怖いままでいいわ。声が出なくても、状態は消えない。あなたの“さむい”と“こえ”を、私たちは記録しているわ」


 エリアナが香草袋を近づける。


「これは私の香草袋です。扉を開ける鍵ではありません。あなたが自分に戻るための匂いです」


 リゼが最後に言う。


「アルトさん。痛み、熱、冷え、声。答えられなくても、確認を続けます。現在、北棟第二保管層前。外部確認不要を拒否します。あなたを一人にしません」


 沈黙。


 黒膜は揺れない。


 誰もすぐには次の言葉を重ねない。


 待つ。


 届くかどうかを、押しつけずに待つ。


 やがて、扉の奥で銀色の点が一つ浮いた。


 次に、もう一つ。


 少し離れて、三つ目。


 不規則。


 助けを求める合図ではないかもしれない。


 ただの反応かもしれない。


 しかし、昨日と同じだった。


 内側から指先で叩くような、微かな銀。


 カイが唇を震わせる。


「返った」


 クラウスが測定具を確認する。


「銀環系反応、微弱上昇。冷却反応、わずかに低下」


 エリアナが息を吐く。


「香草にも反応しています」


 ミリアが記録する。


 呼びかけ後、銀色点三回。


 冷却反応わずかに低下。


 リゼは扉へ向けて言った。


「反応を確認しました。続けます」


 その時、扉の右側にある三系統承認板が、鈍く光った。


 封印管理室。


 臨時調整室。


 監察局補助室。


 三つの枠がある。


 監察局補助室の枠だけが、一瞬明滅した。


 オルドが反応する。


「私の否認文に反応した可能性があります」


 クラウスが確認する。


「監察局補助室枠、偽署名固定が弱まっています。ただし、他の二枠が強い。特に臨時調整室枠」


 ユリウスが問う。


「封印管理室枠は」


「沈黙しています。承認も否認もない」


 リゼが言う。


「つまり、三つのうち一つは弱められた」


 クラウスは頷く。


「はい。オルドさんの現場否認文と本人署名が有効に働いています」


 カイがオルドを見る。


 まだ信用しきれない目だ。


 だが、完全な敵を見る目でもない。


「役に立ったんですね」


 オルドは頷く。


「少しだけ」


「少しでも、アルトに近づくならいいです」


 オルドは、その言葉に返答できなかった。


 代わりに、扉の承認板を見つめる。


「残る問題は臨時調整室と封印管理室です」


 管理人が言う。


「封印管理室長へは、内部伝達で照会を出せます。ただ、返答は王宮経由になる」


 ユリウスが首を振る。


「臨時調整室を通るなら改竄される可能性があります」


 ミリアが提案する。


「学園長経由の外部連絡網と、倉庫群内部の伝達を同時に走らせましょう。同じ文面を複数経路で送れば、途中で変わった場所がわかるかもしれない」


 ユリウスが頷く。


「有効です」


 カイが顔を上げる。


「俺、走れます」


 ロウ教師が見る。


「どこへ」


「倉庫群の中の連絡。二人一組で。文面を崩さない。鐘が鳴らない時と同じです」


 ミリアが少しだけ微笑んだ。


「良い提案ね」


 ロウ教師も頷く。


「単独ではない。危険区域には入らない。伝達文を崩さない。それなら認める」


 カイは力強く頷いた。


「はい」


 リゼがカイを見る。


「カイさん」


「何」


「アルトさんの前を離れることになります」


 カイの顔が一瞬歪む。


 離れたくない。


 呼び続けたい。


 ここにいたい。


 その全てが顔に出た。


 しかし、彼は扉を見た後、ミリアの記録板、ユリウスの文書、扉の承認板を見た。


「……声を届けるために、走るんですよね」


 リゼは頷く。


「はい」


 カイは息を吸った。


「じゃあ、行きます。戻ってまた呼ぶ」


 扉の奥で、銀色が小さく揺れた。


 カイはそれを見て、目を見開く。


「今の、聞こえた?」


 ミリアが静かに言う。


「反応はあったわ」


 カイは扉に向かって言った。


「アルト。俺、少し走る。単独じゃない。戻る。お前の名前もまた呼ぶ」


 銀色はすぐに消えた。


 だが、カイは頷いた。


「確認した」


 伝達文が作られた。


 北棟第二保管層。


 銀環反応対象、本人所在可能性高。


 本人状態報告、「ここ」「さむい」「こえ」。


 王宮保護移送正式完了記録は本人確認ではない。


 監察局補助室署名、本人否認。


 封印管理室長へ、本人所在確認および外部確認許可を要求。


 この文面を、倉庫群内部経路、学園長経由、外部警備経由の三方向へ送る。


 カイは教師連絡員と二人一組になり、管理棟へ向かった。


 走り出す前、彼はもう一度だけ振り返る。


「アルト!」


 リゼが止めなかった。


 カイは続ける。


「俺、走る。でも戻る!」


 扉の奥で、銀色が一瞬灯った。


 カイはそれを見てから、走った。


 突撃ではない。


 連絡。


 鐘の代わりに、声を運ぶ走り方。


 北棟前には、リゼ、ミリア、エリアナ、クラウス、ロウ教師、ユリウス、オルドが残った。


 扉は閉じている。


 承認板は、監察局補助室枠だけが弱く明滅している。


 臨時調整室枠は黒い。


 封印管理室枠は沈黙。


 リゼは扉へ向けて言った。


「アルトさん。現在、封印管理室へ本人所在確認要求を送っています。あなたの所在確認を継続します。扉を破壊しません。あなたを鍵にしません」


 ミリアが続ける。


「カイさんは連絡に行ったわ。一人ではない。戻ると言っていたわ」


 エリアナが香草袋を持ち上げる。


「香りを短く届けます」


 クラウスが測定具を見ながら言う。


「黒蔦層、反応。抑制上昇は軽度」


 リゼは頷く。


「継続可能」


 エリアナが香草袋を近づける。


 黒膜の端が白く浮く。


 その瞬間、扉の中央に別の文字が浮かびかけた。


 これまでの「ここ」「さむい」「こえ」とは違う。


 黒膜の奥から、銀色ではなく白い光がにじむ。


 文字は古い。


 王国語の古形に近い。


 エリアナが目を見開く。


「……白鐘の文字です」


 クラウスが息を呑む。


「読めますか」


 エリアナは扉に近づきすぎない距離で、その文字を見た。


 白い線が震えながら浮いている。


 黒蔦がそれを覆おうとしている。


 しかし、完全には隠せない。


 エリアナはゆっくり読んだ。


「鐘を……鳴らすな」


 その言葉が北棟前に落ちた瞬間、扉の奥で銀環反応が強く冷えた。


 クラウスの測定具が沈む。


「冷却上昇!」


 リゼが即座に扉へ向かう。


「アルトさん。鐘は鳴らしません。あなたを鍵にしません。状態確認を継続します。痛み、熱、冷え、声。あなたは一人ではありません」


 ミリアがすぐに続ける。


「怖いなら、怖いままでいいわ。今は扉を無理に開けない。あなたを鳴らさない」


 エリアナの顔が白くなる。


「これは、本来の警告です」


 クラウスが問う。


「黒蔦側ではなく?」


「わかりません。でも、この言葉自体は、旧白鐘の禁句です。鳴らすな。扉へ走るな。王の血で叩くな。孤独な音を一人にするな」


 ロウ教師が低く言った。


「扉を開けたい時に、開けるなと出た」


 リゼは扉を見つめる。


 開けたい。


 今すぐ開けたい。


 アルトは寒いと言った。


 声がないと言った。


 ここにいると言った。


 それなのに、扉には「鐘を鳴らすな」と出た。


 もし、ここで無理に開ければ。


 もし、アルトの銀環を反応させれば。


 もし、保護扉を壊せば。


 何かが鳴る。


 鳴ってはいけないものが鳴る。


 リゼは拳を握った。


 爪が掌に食い込む前に、ミリアがそっと言う。


「リゼさん」


「はい」


「急ぐことと、罠に従うことは違うわ」


 リゼは息を吸う。


 吐く。


「確認しました」


 扉の白い文字は、黒膜に覆われながらも、まだ消えない。


 鐘を鳴らすな。


 その言葉の下で、銀色が震えている。


 リゼは扉へ向けて言った。


「アルトさん。今、扉に“鐘を鳴らすな”と出ています。私たちは、あなたを鳴らして開けません。あなたを鍵にしません。外側から黒蔦層を確認します」


 奥の銀色が、かすかに揺れた。


 冷却反応はまだ強い。


 だが、急激な上昇は止まる。


 クラウスが息を吐く。


「冷却上昇、停止。高止まりですが、悪化は止まりました」


 エリアナが香草袋を胸に当てる。


「白は、守る色にも、隠す色にもなります。これは、守るための警告かもしれません。でも、黒蔦がそれを利用して閉じ込めてもいる」


 リゼが頷く。


「両方を分ける必要があります」


 オルドが扉を見る。


「通常手続きでは開かない。破壊も危険。銀環を鳴らすことも危険。ならば、黒蔦補助層を剥がし、本来の白鐘警告を残したまま、保管処理だけを止める必要がある」


 リゼは彼を見る。


「できますか」


 オルドは首を横に振った。


「私にはできません」


 クラウスが言う。


「私一人でも不十分です。白鐘本来手順の知識が必要です」


 エリアナが扉を見た。


 恐怖はある。


 自分の故国の言葉が、また人を閉じ込める装置にされている。


 だが、彼女は逃げなかった。


「私が知っている範囲を話します」


 リゼが即座に言う。


「本人意思を確認します。エリアナさん、白鐘知識の共有を行いますか」


 エリアナは頷いた。


「行います。ただし、私の血を鍵として使わないこと。旧ヴェルグラント王家の名を、扉の承認として使わないこと。香草袋を、私から切り離して置かないこと」


 リゼは頷く。


「確認しました。全て守ります」


 ミリアも頷く。


「記録するわ」


 ロウ教師が低く言う。


「よし。本人意思が先だ」


 その時、管理棟の方から足音が近づいた。


 カイが戻ってきたのだ。


 息を切らしているが、倒れるほどではない。


 教師連絡員と一緒だ。


 単独ではない。


 カイは北棟前に戻るなり、言った。


「伝達、出しました。三経路。文面、崩してません」


 ミリアが頷く。


「良好よ」


 カイは扉の白い文字を見る。


「何ですか、それ」


 エリアナが答える。


「鐘を鳴らすな」


 カイの顔が強張る。


「鐘、鳴らさないんですよね」


 リゼが頷く。


「はい。アルトさんの銀環を鳴らして開けません」


 カイは胸に手を当て、深く息を吐いた。


「よかった」


 彼は扉へ近づきすぎない距離で、いつもの呼びかけ位置に立った。


「アルト。俺、戻った。単独じゃなかった。伝達、出した。あと、鐘は鳴らさない」


 扉の奥で、銀色が小さく揺れた。


 カイはその反応を見て、目元をぐっと堪えた。


「聞こえたってことにする。いや、断定はしない。でも、俺は確認した」


 ミリアが静かに微笑む。


「それでいいわ」


 北棟の扉は、まだ開かない。


 保護扉という名の壁は、まだそこにある。


 王宮の正式記録は、まだ完了を主張している。


 臨時調整室の印は、まだ黒く光っている。


 だが、監察局補助室の偽署名は揺らいだ。


 封印管理室へは複数経路で確認要求が走った。


 扉には、白鐘の警告が浮かんだ。


 鐘を鳴らすな。


 そして扉の奥からは、微かな銀が返っている。


 リゼは扉の前に立ち、静かに言った。


「開けるために、アルトさんを鳴らしません。守るために、アルトさんを閉じ込めません。保護扉の機能を確認し、誤った保管処理を解除します」


 黒い膜の奥で、銀色の光が、消えそうになりながらも残っていた。


 その光を見ながら、リゼはもう一度、言葉を置いた。


「あなたは、外部確認不要ではありません。私たちは、確認を続けます」


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