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灰銀の戦乙女は、制服を知らない  作者: 最後に残った形


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第8章 第14話:識別符号


 机の上に置かれた一枚の写しは、薄かった。


 だが、その薄さに反して、学園長室の空気は重い。


 王宮監察局補助室から、追加資料として持ち込まれたものだった。


 灰色封箱護送記録。


 王都南門管理口。


 外装封印確認。


 受領前確認。


 そして、その欄の端に押された小さな符号。


 灰銀一七。


 リゼ・グレイスの戦時識別符号。


 前回の面談で、オルド・ハイマンはそれを言葉として示した。


 今回は、紙として持ってきた。


 墨は薄い。


 印の端も少し欠けている。


 それでも、リゼはそれを見た瞬間、自分のものだとわかった。


 アルト・レインフォードは、左手首に触れた。


 痛みはない。


 熱は少し。


 声はない。


 けれど、部屋の空気が痛い。


「痛みなし。熱少し。声なし。現在地、学園長室」


 アルトが小さく言うと、リゼが頷いた。


「確認しました」


 声は静かだった。


 だが、前回より硬い。


 リゼの目は、机の上の印を見ている。


 灰銀一七。


 その小さな印は、今のリゼではなく、戦場にいた彼女を呼んでいる。


 王立学園の生徒ではなく、王国軍の兵器として機能していた少女を。


 だからこそ、今日の面談は前回より危険だった。


 学園長室の配置は前回と同じではない。


 リゼの席の少し近くに、アルトがいる。


 右隣にはミリア・ファルネーゼ。


 後方にはカイ・ロックハート。


 エリアナ・ルクス・ヴェルグラントは、リゼの正面ではなく斜め前に座っている。


 リゼと向き合いすぎないため。


 しかし、彼女の顔が見えるように。


 学園長は机の奥に座り、ユリウス・エインズワースとエレオノーラ・ヴィンスフェルトが記録を担当する。


 ロウ教師は窓際。


 クラウス・ヴァイゼルは受領記録の写しを確認するため、机の横にいる。


 オルド・ハイマンは、前回と同じように丁寧な姿勢で座っていた。


 表情は穏やかだ。


 声を荒げる気配もない。


 それでも、机の上に彼が置いた紙は、明らかにリゼへ向けたものだった。


 学園長が低く言う。


「開始前に確認する。前回と同じ条件だ。戦時称号による呼称、能力推定、反応誘発は禁止。質問範囲は灰色封箱護送記録および王都南門管理口の受領記録に限る。本人状態により停止可能」


 オルドは静かに頷いた。


「承知しております」


 ロウ教師がすぐに言った。


「何を承知したか、言え」


 オルドは一拍置いて、丁寧に答える。


「戦時称号による呼称および能力推定を行わず、質問範囲を灰色封箱護送記録と王都南門管理口受領記録に限定し、本人または学園側の停止申請があれば従います」


 ロウ教師は頷いた。


「よし」


 オルドはわずかに視線を伏せる。


 前回の面談で、彼は何度も「理解しました」「承知しました」を言い換えさせられた。


 今日は最初から少しだけ慎重だ。


 だが、その慎重さが、彼を信用できる理由にはまだならない。


 エリアナはオルドを見ていた。


 薄紫の瞳に、怒りと警戒がある。


 彼女は昨日の準備で言った。


 ハイマンという名だけで決めない。


 でも、警戒は消さない。


 今、その両方を保っている。


 ユリウスが記録紙を開く。


「面談開始。王宮監察局補助室、上席監察官オルド・ハイマン氏。追加資料確認」


 オルドは机の上の写しを示した。


「本日は、王都南門管理口における灰色封箱の受領前外装確認記録について確認させていただきます。こちらが、その写しです」


 エレオノーラが写し番号を記録する。


 クラウスが横から確認した。


「封印管理室の様式としては妥当だ。ただし、原本確認ではない。写しであることを記録してください」


「記録します」


 オルドはリゼへ視線を向けた。


「リゼ・グレイスさん」


 呼称は正しい。


 リゼは頷く。


「はい」


「この写しの右下、受領前外装確認補助欄に、灰銀一七の識別符号が残っています。これは、あなたの戦時識別符号で間違いありませんか」


 リゼは紙を見た。


 長い沈黙ではない。


 だが、すぐに答えなかった。


 アルトには、その数秒がとても長く感じられた。


 リゼは戦場へ戻っていない。


 けれど、戦場の扉の前に立っている。


 アルトは小さく言う。


「現在地」


 リゼは答えた。


「王立学園、学園長室」


「名前」


「リゼ・グレイス」


「今は」


「王立学園の生徒です。戦時記録を確認しています」


 それから、リゼはオルドへ向き直った。


「はい。この識別符号は、私の戦時識別符号です」


 エレオノーラのペンが走る。


 オルドは頷いた。


「ありがとうございます。では、あなたは王都南門管理口において、灰色封箱の外装確認補助を行った」


「記録上、その通りです」


「記憶としては」


 リゼは紙を見る。


「王都南門管理口で、灰色の封印箱の外装を確認した記憶があります。数は複数。荷車から降ろされた後、封印紙の破損、箱の角の損傷、封帯の緩みを確認しました」


 クラウスがわずかに頷く。


 実務として整っているのだろう。


 オルドは続けた。


「その時点で、外装封印に異常はなかった」


「私の記憶では、異常なしです。記録上も同じです」


 エリアナの指が硬くなる。


 異常なし。


 その言葉は、誰かの手帳が消えた可能性の前に立つ。


 異常なし。


 でも、その後、所在不明。


 どこから異常だったのか。


 まだわからない。


 オルドは紙をめくった。


「確認印は、王都側が灰色封箱を正式に受領する前の最終外装確認として使用されています」


 リゼの表情が少し硬くなった。


「最終外装確認」


「はい」


 オルドの声は丁寧だ。


「あなたの確認印があることで、王都側は“護送中に破損・開封・差し替えがなかった”と判断した可能性があります」


 アルトの左手首が熱くなる。


 痛みなし。


 声なし。


 リゼの指がわずかに動いた。


 オルドは続ける。


「つまり、あなたの印は、灰色封箱が無事に王都へ到着したことを示す重要な根拠です」


 そこまでは事実の範囲だった。


 だが、次の言葉が部屋の空気を変えた。


「同時に、個人記録類小型封箱が正式目録に登録されていないことを考えると、最後に箱の状態を確認したあなたの記憶は、所在未確認の経緯を解く鍵になる可能性があります」


 鍵。


 アルトの左手首が熱を持つ。


 痛み少し。


 声なし。


 リゼの目も、わずかに鋭くなる。


 ミリアがすぐに言った。


「ハイマン上席監察官。“鍵”という表現は避けてください」


 オルドは一瞬止まった。


 ミリアは微笑んでいる。


 だが、声は明確だった。


「アルトさんの銀環や、これまでの白鐘関連事案と結びつきやすい表現です。リゼさんの記憶を、所在未確認を解く道具として扱う印象もあります」


 オルドは軽く頭を下げた。


「失礼しました。表現を改めます。リゼ・グレイスさんの記憶は、所在未確認の経緯を確認するための重要な情報となる可能性があります」


 ロウ教師が低く言う。


「情報であり、道具ではない」


「その通りです」


 オルドは頷いた。


 アルトは左手首を押さえた。


 痛みは少し下がる。


 熱中。


 声なし。


 リゼが静かに言った。


「私は、確認した内容を答えます。ただし、私の記憶を、個人記録類小型封箱の消失を説明するために補完しません」


 オルドは頷く。


「承知しました」


 ロウ教師が見る。


 オルドはすぐに言い換えた。


「覚えていることと覚えていないことを分けた回答として扱います。不明部分を推定で補いません」


 ロウ教師は頷いた。


「よし」


 オルドは次の資料を出した。


「では、確認します。王都南門管理口で、箱数は五点でしたか」


 リゼは目を細める。


「記録上は五点です。記憶としては、五点すべてを明確に数えた場面は不確実です」


「では、あなたが確認したのは一部ですか」


「外装確認補助として、複数の箱を確認しました。主確認者は別にいた可能性があります。私が全箱の最終責任者だったとは、現時点で記録されていません」


 オルドは紙を見る。


「確かに、主確認者欄は別の符号です。ただし、あなたの補助印が最終欄に近い位置にある」


「位置だけで責任範囲を確定しません」


 リゼの声ははっきりしていた。


 エリアナが、ほんの少し顔を上げる。


 オルドも一拍置いた。


「その通りです。記録上、あなたは補助確認者です」


 エレオノーラが記録する。


 リゼは続けた。


「私は、最後の外装確認者ではなく、外装確認補助者です。もし“最後”という表現を用いる場合は、記録上の位置、主確認者、補助確認者の役割を併記してください」


 ユリウスが頷く。


「学園側記録にもその表現を採用する」


 オルドは小さく頷いた。


「承知しました。最終欄付近に補助印がある外装確認補助者、という扱いにします」


 リゼの表情はまだ硬い。


 だが、崩れてはいない。


 アルトは少し息を吐いた。


 しかし、オルドの質問はまだ終わらない。


「確認時、個人記録類小型封箱を視認しましたか」


 リゼは少し黙った。


 その沈黙に、エリアナの指が強くなる。


 アルトの左手首も熱を持つ。


 リゼはゆっくり答えた。


「小型の封箱を見た記憶があります」


 室内が静まる。


「ただし、それが個人記録類小型封箱であると当時認識していません。灰色封箱の一つとして見ました」


 エリアナの呼吸が少し浅くなる。


 ミリアが見る。


 エリアナは自分で言った。


「身体異常なし。感情、強い緊張。続けられます」


 エレオノーラが記録する。


 オルドが問う。


「その小型封箱の外装状態は」


 リゼは目を閉じなかった。


 目を開いたまま、記憶の範囲を探る。


「箱の大きさは、他のものより小型。封帯は二重。灰色封紙。角に小さな擦れ。封印自体に破損はなし」


 クラウスが小さく反応した。


「二重封帯」


 オルドも視線を動かす。


「封帯が二重だった、と」


「記憶では、そうです。ただし、不確実性があります」


 エレオノーラが記録する。


 クラウスが資料をめくる。


「個人記録類小型封箱には、二重封帯が使われることがある。私的記録を含むため、封印管理室では外封と内封を分ける形式だ」


 エリアナが小さく言った。


「誰かの手帳を、二重に封じた」


 その声は震えていない。


 だが、痛かった。


 リゼは静かに言う。


「私は、その中身を知りませんでした」


 エリアナはリゼを見る。


「はい」


「封帯が二重だった可能性を、今思い出しました」


「はい」


「記憶不確実です」


「はい」


「ですが、記録してください」


 エリアナは頷いた。


「記録してください」


 エレオノーラが記録する。


「リゼさん、王都南門管理口にて小型封箱を視認した記憶あり。二重封帯、灰色封紙、角に小さな擦れ。封印破損なし。ただし記憶不確実」


 オルドは紙を見たまま言った。


「その角の擦れについて、具体的な位置は覚えていますか」


 リゼの指が膝の上で止まる。


 アルトはすぐに見る。


 リゼは答える前に、自分で状態確認をした。


「身体異常なし。記憶接近による負荷あり。継続可能」


 それから、言った。


「右前方下角。荷車の揺れによる擦れと判断しました。ただし、箱の向きを正確に記憶しているか不確実です」


 クラウスが頷く。


「重要だ。もし原本箱または当時の外装写しが残っていれば照合できる」


 エリアナが顔を上げる。


「箱は残っているのですか」


 オルドは慎重に答えた。


「現時点では不明です。封印管理室の現行目録では、個人記録類小型封箱の所在が未確認です。箱そのものも確認されていません」


 エリアナの表情が硬くなる。


「手帳だけではなく、箱も」


「はい」


 オルドは頷いた。


「所在未確認です」


 カイが後方で低く言った。


「箱ごと消えたのかよ」


 ロウ教師が見る。


 カイはすぐに言い直した。


「消えた可能性がある、です」


 ロウ教師は頷いた。


「よし」


 オルドは次の資料を示した。


「王都南門管理口から封印管理室への受領記録では、小型封箱に関する受領印が一部不鮮明です。こちらがその写しです」


 机の上に新たな紙が置かれた。


 受領印。


 薄く擦れた印。


 その上に、何かをなぞったような痕。


 クラウスが顔を近づける。


「これは……」


 エレオノーラも記録板を止めた。


 ユリウスが眉を寄せる。


「意図的削損ですか」


 クラウスはすぐには答えない。


 慎重に紙を見る。


「断定は避ける。だが、自然摩耗には見えにくい」


 アルトの左手首が熱を持つ。


 痛み少し。


 声なし。


 エリアナの表情も変わる。


 削られた閲覧印。


 今度は受領印。


 名前が削られ、次に受け取った印も削られているかもしれない。


 オルドは静かに言った。


「この受領印について、王宮監察局補助室でも確認中です。ただ、正式照会には時間がかかります」


 学園長が低く言う。


「写しを置いていけ」


「もちろんです」


 オルドは即答した。


「ただし、王宮外への複写制限があります」


 学園長の目が細くなる。


「ここは王宮外だが、学園は本件の正式照会者だ。本人関係者確認のため必要だ」


 オルドは少しだけ沈黙した。


 その沈黙を、エリアナが見逃さなかった。


「また、名前が見えないままですか」


 オルドはエリアナを見る。


「エリアナさん」


「私は、個人手帳類三点の所在を確認したいと言いました。削られた閲覧印、所在未確認の箱、不鮮明な受領印。どれも、見えないままです」


 声は静かだ。


 だが、強い。


「王宮の制限で見えないままにされるなら、私の母の手帳かもしれないものは、ずっと王宮の言葉の中で消えます」


 オルドは表情を変えない。


 しかし、すぐには返さない。


 リゼが静かに言った。


「写しの閲覧範囲を限定してください」


 全員がリゼを見る。


 リゼは続ける。


「王宮外への複写制限があるなら、学園長室内限定閲覧。本人確認者、学園長、ユリウス先輩、エレオノーラ先輩、クラウスさん、必要時ロウ先生に限定。外部再複写禁止。内容要約は本人確認後。これでどうでしょうか」


 ミリアが小さく頷く。


 ユリウスも即座に書き取る。


 オルドは少し考えた。


「その条件であれば、写しの限定保管を申請できる可能性があります」


 ロウ教師が言う。


「可能性ではなく、今ここで持ち帰るか置くかを言え」


 オルドはロウを見た。


 その目に、少しだけ疲れが見えた。


 だが、彼は丁寧に言った。


「本日持参した写しは、学園長室内限定閲覧資料として一時保管を認めます。ただし、王宮への正式報告にその条件を記載します」


 学園長が頷いた。


「よし」


 エリアナは小さく息を吐いた。


「ありがとうございます」


 オルドは少しだけ頭を下げる。


 リゼは机の上の受領印写しを見ている。


 今度は、自分の印ではない。


 だが、自分の印の先にあるもの。


 自分が「異常なし」として王都へ届けた箱が、その後どこで見えなくなったのか。


 その入口にある印。


 削られているかもしれない印。


 オルドは最後にリゼへ問うた。


「リゼ・グレイスさん。あなたは、王都南門管理口で小型封箱に異常なしと判断した。その後、受領印が不鮮明である。現時点で、あなたはこの件についてどのように認識していますか」


 その質問は広い。


 広すぎる。


 だが、リゼは少し考えた後、答えた。


「私は、王都南門管理口で小型封箱らしき箱の外装確認補助を行った可能性が高いです。記憶では、封印破損なし。角に小さな擦れ。二重封帯。中身は知りません」


 彼女は一つ一つ置く。


「私の確認印は、箱が護送中に外装上無事だったことの参考情報です。中身の保全、正式目録登録、到着後の所在を保証するものではありません」


 オルドが黙って聞いている。


「個人記録類小型封箱が所在未確認であることについて、私の関与を無関係とは言いません。私は護送に関わりました。ですが、現時点で私の責任として確定もしません」


 リゼはエリアナを一度見た。


 そして続けた。


「誰かの手帳が消えた可能性を、確認したいです」


 エリアナの瞳が揺れる。


 リゼは最後に言った。


「私の罪としてではなく、誰かの記録として」


 部屋が静かになった。


 アルトは左手首に触れた。


 痛みなし。


 熱少し。


 声なし。


 エリアナが静かに言った。


「受け取ります」


 リゼは頷いた。


「ありがとうございます」


「感謝されることではありません」


 エリアナはいつものように返しかけて、少しだけ言葉を変えた。


「でも、今日は受け取ってください」


 リゼの瞳が静かに揺れた。


「はい。受け取ります」


 オルドはそのやり取りを見ていた。


 今度は、測るような視線ではなかった。


 少なくともアルトには、そう見えた。


 ユリウスが時計を見る。


「本日の質問範囲は終了です」


 学園長が頷く。


「ここまでとする」


 オルドは深く頭を下げた。


「ご協力に感謝します。次回、受領印の確認と旧在籍者名簿の開示範囲について、改めて回答いたします」


 学園長が言う。


「次回があるかどうかは、こちらで判断する。今日の記録を本人確認した後、要約を渡す」


「承知しました」


 ロウ教師が見る。


 オルドはすぐに言い直した。


「本日の面談記録は、学園側の本人確認後に要約共有されるものとして扱います。王宮側で独自に相互反応資料として用いません」


 学園長は頷いた。


「よし」


 オルドが退出する。


 扉が閉まった後、部屋の空気はしばらく動かなかった。


 誰もすぐには立たない。


 ユリウスが静かに言う。


「状態確認」


 リゼが最初に答えた。


「身体異常なし。疲労あり。感情、重い。灰銀一七の識別符号が受領前外装確認補助欄にあることを確認しました。小型封箱を見た記憶あり。中身は知りません。責任未確定。確認継続を希望します」


 アルトが続ける。


「痛みなし。熱少し。声なし。途中で“鍵”という言葉に反応しました。でも、戻れています」


 エリアナが言う。


「身体異常なし。疲労あり。怒り、怖さ、少し安堵。リゼさんの確認印が、母の手帳を消した証拠ではないと、改めて確認しました。まだ、確認です」


 ミリアが頷く。


「全員、良好よ」


 カイが両手を開いた。


「突撃しませんでした」


 リゼが真面目に頷く。


「非常に良好です」


 カイは少し笑った。


「今日も頑張った」


「はい」


 学園長は資料を封筒へ戻した。


「受領印の写しは学園長室内限定保管とする。エレオノーラ、写しの閲覧記録を作れ」


「はい」


 クラウスは腕を組み、受領印の写しを見ている。


「削られた閲覧印に続いて、不鮮明な受領印。偶然とは言いにくくなってきた」


 ロウ教師が言う。


「まだ断定するな」


「わかっている」


 クラウスは苦い顔で頷いた。


「だが、次は受領印を本格的に見る必要がある」


 リゼは静かに言った。


「はい」


 アルトの左手首が、少しだけ熱を持つ。


 次の線が見えている。


 灰色封箱は王都に届いた。


 リゼの外装確認補助印がある。


 小型封箱は二重封帯だった可能性がある。


 その後、受領印が不鮮明。


 正式目録にない。


 消えたかもしれない手帳の道は、戦場ではなく王都の中へ入り始めている。


 学園長室を出ると、廊下の空気は冷たかった。


 夕方の光が窓から斜めに差している。


 青い布が外で揺れている。


 鐘は鳴らない。


 カイが布包みを取り出した。


 ミリアが少し笑う。


「名前は?」


 カイは今日は迷わなかった。


「印を判決にしない用」


 リゼが一度、目を伏せた。


 エリアナが静かに頷く。


「はい。今日は、それがよいです」


 アルトも言った。


「僕も、それがいいです」


 カイは布包みを開いた。


 小さな焼き菓子と、香草パンの欠け。


 アルトは成分を読み上げる。


「焼き菓子は小麦、卵、乳、林檎、杏。香草パンは小麦、卵、乳、蜂蜜、香草候補二、香草候補三。蜂蜜減量版です」


 エリアナが頷く。


「確認しました」


 廊下の窓辺で、五人は少しずつ食べた。


 香草パンは硬く、香りは奥に隠れている。


 でも、噛めば戻る。


 甘く、苦く、確かにそこにある。


 リゼは香草パンの欠けを見つめていた。


 その手は震えていない。


 けれど、強く握りすぎないよう注意しているのがわかった。


 アルトは言った。


「リゼさんの印は、判決ではありません」


 リゼは顔を上げる。


 エリアナが続けた。


「はい。証拠ではあります。でも、何の証拠かを確認する必要があります」


 ミリアが頷く。


「外装確認補助の証拠。中身の消失の判決ではない」


 カイが真剣に言う。


「印も反応も、判決じゃない」


 リゼは全員を見た。


 それから、静かに頷いた。


「はい」


 少しだけ、声が柔らかくなった。


「印を判決にしません」


 アルトは左手首に触れた。


 痛みなし。


 熱少し。


 声なし。


 紙の上には、灰銀一七が残っていた。


 それは消せない。


 でも、その印が何を意味するのかは、まだ決まっていない。


 リゼ・グレイスは、灰銀の印を持ったまま、今ここで香草パンを噛んでいる。


 戦場の符号だけではなく、学園の廊下で、友達の声を聞いている。


 遠くから、生徒会補助の声が届いた。


「午後四時限目、終了です」


 鐘は鳴らない。


 だが、時間は進む。


 リゼは窓の外を見て、静かに言った。


「確認を続けます」


 エリアナが答える。


「はい」


「一人では行いません」


「はい」


 アルトも頷いた。


「一緒に確認します」


 青い布が風に揺れる。


 灰銀の印は、まだ紙の上にある。


 けれど、それはもう、リゼ一人を戦場へ引き戻すためのものではなかった。


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