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灰銀の戦乙女は、制服を知らない  作者: 最後に残った形


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第8章 第12話:面談申請


 王宮監察局補助室からの文書は、白かった。


 封筒の紙は厚く、角は乱れていない。封蝋は濃い赤で、押された印も鮮明だった。


 丁寧。


 正確。


 正式。


 だからこそ、アルト・レインフォードはそれを見るだけで、左手首の奥が冷えるような気がした。


 痛みはない。


 熱は少し。


 声はない。


 けれど、白い封筒の中に、また自分たちを測る言葉が入っているのではないかと思った。


「痛みなし。熱少し。声なし。現在地、生徒会室」


 アルトが小さく言うと、隣に座るリゼ・グレイスが頷いた。


「確認しました」


 リゼの声は静かだった。


 けれど、灰銀の瞳は封筒をまっすぐ見ている。


 あの封筒は、彼女にも関係がある。


 王宮監察局補助室。


 オルド・ハイマン。


 第6章の学園祭後、リゼを「灰銀の戦乙女」として王宮の剣へ戻そうとした男。


 丁寧な態度で、リゼの意思よりも称号を先に扱おうとした男。


 そして今、王宮戦後接収資料庫の閲覧印に残っていた「ハイマン」系の痕跡。


 それがオルド本人ではない可能性は高い。


 時期が合わない。


 だが、家の名が近い場所に浮かんでいる。


 その状態で、オルド・ハイマンからの正式文書が学園へ届いた。


 偶然。


 手順。


 圧力。


 どれかを、まだ決めてはいけない。


 だから、文書は学園長室ではなく、まず生徒会室で確認されることになった。


 学園長の指示で、本人同席。


 内容によっては即時停止。


 王宮側の面談要求が含まれていた場合は、本人意思確認なしに進めない。


 机の上には、白い封筒。


 その横に、学園側の確認手順。


 さらに横に、前回までの記録。


 削られた閲覧印。


 個人手帳類三点、所在未確認。


 灰色封箱。


 監察局補助室照会印。


 それらは、全部同じ机に置かれていた。


 近くの棚に置く。


 でも、同じ箱には入れない。


 その確認が、今日も必要だった。


 エリアナ・ルクス・ヴェルグラントは、封筒を見ていた。


 淡い亜麻色の髪は整えられている。


 薄紫の瞳は硬い。


 彼女の表情には、はっきりとした嫌悪があった。


 それを隠していない。


 隠さないことを、もう彼女は選んでいた。


 ミリア・ファルネーゼが斜め横から声をかける。


「状態は」


 エリアナは一度だけ息を吸った。


「身体異常なし。感情、警戒。怒り。不快。王宮監察局補助室からの文書で、私の記録をまた奪われるのではないかと思っています」


 エレオノーラ・ヴィンスフェルトが記録する。


 ミリアは頷いた。


「続けられる?」


「はい。ですが、読み上げは途中で止められるようにしてください」


 ユリウス・エインズワースが答えた。


「もちろんだ」


 カイ・ロックハートは椅子の上で背筋を伸ばしていた。


 いつもなら腕を組むところだが、今日は両手を机の下に置いている。


 突撃しないための姿勢。


 本人いわく、そういうことらしい。


 ロウ教師は窓際に立ち、クラウス・ヴァイゼルは文書の封印を確認している。


 クラウスは少し顔をしかめた。


「正式な監察局補助室文書だ。偽造ではない」


 アルトの左手首が少し熱を持つ。


 リゼが確認する。


「継続可能ですか」


「はい」


 ユリウスが封筒に手を置いた。


「開封する」


 封蝋が外される。


 紙の音。


 生徒会室の空気が、その音だけで重くなる。


 ユリウスはまず自分で目を通した。


 表情は変わらない。


 しかし、目が少しだけ鋭くなった。


「要点から読む」


 彼は言った。


「面談申請だ」


 カイが低く息を吐いた。


「来たか」


 ロウ教師が短く言う。


「黙って聞け」


「はい」


 ユリウスは文書を机に置き、読み上げた。


「王宮監察局補助室より、白鐘関連事案の安全確認および戦後接収資料照合に関し、王立学園関係者との面談を申請する」


 アルトの左手首が熱を持つ。


 痛みはない。


 声なし。


 ユリウスは続ける。


「面談対象。王立学園長、ユリウス・エインズワース、クラウス・ヴァイゼル、リゼ・グレイス、アルト・レインフォード、エリアナ・ルクス・ヴェルグラント」


 エリアナの指が硬くなる。


 アルトも息が詰まった。


 対象。


 面談対象。


 また対象だ。


 ミリアがすぐに言った。


「今の“対象”は文書上の一般表現ね。ただし、不快であれば記録するわ」


 エリアナは頷いた。


「不快です」


 アルトも言った。


「僕も、少し嫌です」


 エレオノーラが記録する。


「面談対象という文言に、アルトさん、エリアナさん不快感あり。文書一般表現ではあるが、過去分類語との連想負荷あり」


 リゼは静かに言った。


「私も、面談対象ではなく、面談同席者として扱われたいです」


 エレオノーラが記録する。


 ユリウスは続けた。


「目的。第一、白鐘関連資料の閲覧履歴確認に関する学園側照会内容の確認。第二、旧ヴェルグラント北部接収資料と灰色封箱護送記録の照合。第三、アルト・レインフォード氏の銀環反応およびエリアナ・ルクス・ヴェルグラント氏の伝承知識の安全管理上の扱いについて」


 アルトの左手首が熱を帯びた。


 今度は少し痛い。


「痛み少し。熱中。声なし。“銀環反応”と“伝承知識”で反応しました」


 リゼがすぐに言う。


「中止しますか」


 アルトは息を整える。


「少し待ってください」


 ユリウスは文書を伏せた。


 全員が待つ。


 誰も急かさない。


 アルトは左手首を押さえた。


「現在地、生徒会室。名前、アルト・レインフォード。痛み少し。熱中。声なし。嫌な感じがあります」


 ミリアが静かに問う。


「何が嫌?」


「僕の銀環反応と、エリアナさんの伝承知識が、同じ文の中で安全管理上の扱いにされていることです」


 エリアナが静かに頷いた。


「私も嫌です」


 彼女の声は低い。


「私の故国の記憶を、アルトさんの身体反応と並べて管理されることが嫌です」


 リゼが言った。


「同じ箱に入れられています」


 ミリアも頷く。


「文書上は並列表現。でも、負荷が高い」


 エレオノーラが記録する。


 ユリウスは文書を見た。


「面談を受けるとしても、この点は事前条件に入れる。銀環反応と伝承知識を一括管理しない。面談中に同時反応確認を行わない。本人同意なしに詳細を求めない」


 アルトは頷いた。


「お願いします」


 エリアナも頷いた。


「お願いします」


 ロウ教師が低く言う。


「続けるか」


 アルトは少し考えた。


「続けられます」


 エリアナも言う。


「続けられます」


 ユリウスは文書を再び開いた。


「面談担当者。王宮監察局補助室、上席監察官オルド・ハイマン」


 その名が部屋に落ちた瞬間、リゼの指が止まった。


 アルトの左手首も熱を持つ。


 エリアナの瞳が鋭くなる。


 カイが小さく、しかしはっきりと言った。


「本人か」


 ロウ教師は止めなかった。


 今のは事実確認だったからだ。


 クラウスが苦い顔で頷く。


「面談担当は、オルド本人だ」


 ミリアがすぐにリゼを見る。


「リゼさん」


 リゼは答えた。


「身体異常なし。感情、警戒。王宮の剣として扱われた時の記憶あり。現在地を保持しています」


 アルトが続ける。


「名前は」


「リゼ・グレイス」


「今は」


「王立学園の生徒です」


「王宮の剣では」


「ありません」


 声ははっきりしていた。


 エリアナがそれを聞いて、少しだけリゼを見る。


 ユリウスは文書を机に置いた。


「ここで確認する。面談申請は来た。だが、本人同意なしに受ける必要はない。少なくとも、アルト君、エリアナさん、リゼの直接同席については、本人意思確認が必須だ」


 ロウ教師が頷く。


「推薦は命令ではない。申請も命令ではない」


 カイが小声で言う。


「先生、それ前も似たこと言ってた」


「大事なことは何度でも言う」


「はい」


 ユリウスはまずリゼを見る。


「リゼ。オルド・ハイマンとの面談に同席を望むか」


 リゼはすぐには答えなかった。


 封筒を見る。


 文書を見る。


 自分の記録帳を見る。


 それから、机の上に置かれた灰色封箱の記録写しを見る。


「怖いです」


 静かに言った。


「オルド・ハイマンは、私を灰銀の戦乙女として扱おうとしました。今回も、その可能性があります」


 ミリアが頷く。


「ええ」


「ですが、灰色封箱護送記録について、王宮側は私の戦時識別符号を使って質問してくる可能性があります」


「高いわ」


「私のいないところで、灰銀一七の任務を決められたくありません」


 リゼの声は静かだったが、確かだった。


「私は同席を望みます。ただし、王宮の剣としてではなく、リゼ・グレイスとして。学園長立会い、ユリウス先輩同席、記録あり。質問範囲は事前確認。戦時称号での呼称は訂正します」


 エレオノーラが記録する。


 ユリウスは頷いた。


「条件として整理する」


 次に、ユリウスはアルトを見た。


「アルト君」


 アルトは左手首を押さえた。


 熱はまだある。


 痛みは少し下がった。


 声はない。


 オルド・ハイマン。


 銀環反応。


 安全管理上の扱い。


 怖い。


 嫌だ。


 でも、自分の反応の話を、自分のいないところで決められたくない。


「怖いです」


 アルトは言った。


「でも、同席したいです」


 ミリアが静かに問う。


「理由は」


「僕の銀環反応の話を、僕のいないところだけで決めないでほしいからです」


 何度も言ってきた言葉。


 でも、王宮相手に言うとなると、胸が重い。


「ただし、僕の反応をその場で試すような質問は嫌です。白鐘の言葉を急に言ったり、エリアナさんの伝承を僕の前で試したり、銀環を確認するために何かをさせたりしないでください」


 ユリウスが頷く。


「条件に入れる」


 アルトは続けた。


「僕は、面談中に状態確認をします。痛み、熱、声、感情、現在地。中止したい時は中止したいと言います」


 リゼが静かに頷く。


「良好です」


 エレオノーラのペンが走る。


 最後に、ユリウスはエリアナを見た。


「エリアナさん」


 エリアナは封筒を見ていた。


 白い紙。


 赤い封蝋。


 王宮監察局補助室。


 オルド・ハイマン。


 母の手帳かもしれないものが消えた資料庫。


 削られた閲覧印。


 監察局補助室照会印。


 そのすべてが、彼女の怒りの向く先へ置かれている。


「私は」


 彼女は口を開き、少し止まった。


 ミリアは待つ。


 誰も急かさない。


「私は、王宮監察局補助室と話したくありません」


 最初にそう言った。


 それは、とても正直な言葉だった。


「オルド・ハイマンという人も、信頼していません。私の故国の記憶や母の手帳かもしれないものを、白鐘情報として扱われることが怖いです」


 彼女は自分の手を見る。


「でも、私のいないところで母の手帳の話をされることは、もっと嫌です」


 声が少し震える。


 だが、逃げない。


「私は同席を望みます。ただし、保護観察対象としてではなく、エリアナ・ルクス・ヴェルグラントとして。同席範囲は学園側で管理。私的記憶の詳細を求める質問は拒否します。母の手帳については、個人手帳類三点の所在確認として扱い、私の母のものと断定しません」


 ミリアが小さく頷いた。


「言えたわ」


 エリアナは息を吐く。


「はい」


 カイが低く言った。


「すごい」


 エリアナは少しだけ彼を見る。


「怖いです」


「怖くても言ったら、やっぱりすごいです」


 エリアナは困ったように目を伏せた。


「ありがとうございます」


 ユリウスは全員の条件を整理し始めた。


「面談を受ける場合の学園側条件。第一、学園長立会い。第二、ユリウスおよびエレオノーラによる記録。第三、本人同意のない質問範囲拡大を禁止。第四、銀環反応と伝承知識の同時実験的確認を禁止。第五、リゼを灰銀の戦乙女としてではなくリゼ・グレイスとして扱う。第六、アルト君を銀環反応保持者としてではなく本人意思を持つ生徒として扱う。第七、エリアナさんを保護観察対象や白鐘情報保持者としてのみ扱わない。第八、面談途中停止権」


 エレオノーラが記録する。


 ミリアが加える。


「第九、面談記録の写しを本人確認前に王宮内共有しないこと」


 ユリウスが頷く。


「入れる」


 クラウスが少し渋い顔をした。


「王宮側が飲むかはわからないぞ」


 ユリウスは静かに答えた。


「飲まなければ、面談しないだけです」


 カイが小さく言う。


「強い」


 ロウ教師が頷く。


「学園長も同じことを言うだろう」


 その時、生徒会室の扉が叩かれた。


 全員がそちらを見る。


 ユリウスが応じる。


「どうぞ」


 扉が開き、学園長が入ってきた。


 話を聞いていたわけではないだろう。


 だが、まるでちょうどその言葉を引き取るために来たようなタイミングだった。


 学園長は机の上の白い文書を見た。


「面談申請か」


 ユリウスが立ち上がる。


「はい。オルド・ハイマン上席監察官より。対象者として、学園長、私、クラウス卿、リゼ、アルト君、エリアナさんが挙げられています」


 学園長は一度だけ鼻で息を吐いた。


「また便利な呼び方をしているな」


 ロウ教師が少しだけ笑ったように見えた。


 ユリウスは条件一覧を渡す。


 学園長は黙って読む。


 最後まで読んでから、頷いた。


「この条件でよい。さらに一つ足せ」


 ユリウスがペンを構える。


「はい」


「面談場所は王宮ではなく、王立学園内。移送は認めない」


 アルトの胸が少し軽くなった。


 エリアナも息を吐く。


 リゼも静かに頷いた。


 学園長は続ける。


「王宮監察局が情報確認を求めるなら、こちらへ来ればいい。生徒を荷物のように動かす理由にはならん」


 エリアナの瞳が揺れた。


 アルトも、左手首に触れた。


 痛みなし。


 熱少し。


 声なし。


 学園長は三人を見る。


「同席を望むかどうかは、本人意思で決める。今の時点では望むと聞いたが、面談当日に撤回してもよい」


 アルトは頷く。


「はい」


 エリアナも。


「はい」


 リゼも。


「はい」


 学園長は白い文書を手に取った。


「王宮にはこちらから返す。条件を満たさない面談は拒否。条件を満たすなら、日時は明後日の午後。場所は学園長室」


 クラウスが少し眉を上げる。


「明後日ですか」


「引き延ばせば、向こうは別の照会を重ねてくる。条件をこちらで固めたうえで、学園内で受ける」


 ロウ教師が頷く。


「妥当だ」


 ミリアが確認する。


「準備期間は明日一日」


「十分ではないが、足りなくもない」


 学園長は三人を見た。


「明日は面談準備に充てる。想定質問、拒否する質問、答えてよい範囲を整理する。質問を受けてから考えるな。王宮の丁寧な言葉は、考える時間を奪うことがある」


 その言葉に、リゼが静かに頷いた。


「はい」


 エリアナも表情を引き締める。


「はい」


 アルトも頷く。


「はい」


 カイが小さく言った。


「丁寧な言葉で箱に入れてくるやつだ」


 エリアナが彼を見る。


 第8章第13話で必要になるような言葉を、カイが先に近い形で言った。


 ミリアが微笑む。


「そうね。だから、箱の形を先に見ておきましょう」


 学園長はユリウスへ文書を返した。


「回答草案を作れ。本人条件をそのまま入れる。柔らかくしすぎるな」


「はい」


 エレオノーラが記録する。


 学園長は最後にリゼへ視線を向けた。


「グレイス」


「はい」


「オルドが“灰銀の戦乙女”と呼んだ場合」


「訂正します」


「崩れそうになった場合」


「状態確認を行い、中止を申請します」


「一人で答えようとした場合」


 リゼは一度だけ瞬きした。


「周囲確認を行います」


 学園長は頷いた。


「よし」


 次にアルトを見る。


「レインフォード」


「はい」


「銀環反応を試される質問が出た場合」


「拒否します」


「声が出た場合」


「状態確認をして、必要なら中止します」


「自分のいないところで決めるな、と言う必要がある場合」


 アルトは息を吸った。


「言います」


 学園長は頷く。


 最後にエリアナ。


「ヴェルグラント」


「はい」


「私的記憶を求められた場合」


「拒否します」


「母の手帳と断定するよう誘導された場合」


「個人手帳類三点として扱うよう訂正します。ただし、母のものである可能性は消さないと伝えます」


「王宮全体を敵として扱いたくなった場合」


 エリアナは少し苦しそうに、それでも答えた。


「感情として記録し、判決にはしません」


 学園長は頷いた。


「よし」


 その短い確認だけで、生徒会室の空気が少し整った。


 面談申請は怖い。


 オルド・ハイマンが来る。


 王宮の丁寧な言葉がまた、三人を分類しようとするかもしれない。


 だが、こちらには条件がある。


 止める権利がある。


 答えない範囲がある。


 名前を訂正する声がある。


 学園長は部屋を出る前に言った。


「今日はここまでだ。王宮への回答は私が確認する。お前たちは休め」


 カイが小さく息を吐いた。


「休憩の出番だ」


 ミリアが微笑む。


「そうね」


 学園長が一瞬だけ布包みに目を向けた。


「机を汚すな」


 カイが背筋を伸ばす。


「はい!」


「声」


「はい」


 小声で言い直した。


 学園長が出ていくと、生徒会室の緊張が少しだけ解けた。


 カイは布包みを机に置く。


 ミリアが聞いた。


「名前は?」


 カイは白い封筒を見て、しばらく考えた。


「丁寧な箱に入らない用」


 エリアナがその言葉を聞いて、ほんの少しだけ目を伏せた。


 リゼが頷く。


「非常に適切です」


 アルトも頷いた。


「はい」


 カイは布包みを開いた。


 小さな焼き菓子と、香草パンの欠け。


 アルトは成分を読み上げる。


「焼き菓子は小麦、卵、乳、林檎、杏。香草パンは小麦、卵、乳、蜂蜜、香草候補二、香草候補三。蜂蜜減量版です」


 エリアナが頷いた。


「確認しました」


 今日は生徒会室の窓辺で食べた。


 外へ出る気力が少し足りなかったからだ。


 窓の外では、青い布が揺れている。


 鐘は鳴らない。


 遠くの廊下から、生徒たちの声が聞こえる。


 王宮の文書とは違う声。


 印も封蝋もない声。


 アルトは焼き菓子を食べた。


 甘い。


 左手首の熱が少し下がる。


「痛みなし。熱少し。声なし。丁寧な箱に入らない用を食べています」


 リゼが頷く。


「良好です」


 エリアナは香草パンの欠けを食べ、静かに言った。


「丁寧な箱」


 少し苦い声だった。


「はい。王宮の文書は丁寧です。だから、余計に怖いです」


 ミリアが頷く。


「丁寧さが悪いわけではないわ。でも、丁寧な言葉で本人意思を包んで見えなくすることはある」


 リゼが言う。


「私は、見えなくされないよう訂正します」


 アルトも言った。


「僕も、銀環だけにされないように言います」


 エリアナは少しだけ目を伏せる。


「私も、保護観察対象だけにされないように言います」


 カイが焼き菓子を持ったまま言った。


「言えなかったら、こっちが止める」


 ミリアが微笑む。


「ええ。止めましょう」


 リゼが真面目に頷く。


「相互停止支援、良好です」


「硬い」


 カイが言うと、エリアナがほんの少し笑った。


 その笑いは小さかったが、確かに届いた。


 アルトは左手首に触れた。


 痛みなし。


 熱少し。


 声なし。


 明後日、オルド・ハイマンが学園へ来る。


 灰色封箱。


 消えた手帳。


 削られた閲覧印。


 銀環反応。


 伝承知識。


 リゼの戦時識別符号。


 王宮は、それらを一つの面談に乗せてくる。


 怖い。


 でも、学園長室で、本人の声がある状態で受ける。


 面談申請は命令ではない。


 白い封筒の中に入っていた言葉は、すでにこちらの条件で折り返されていく。


 アルトはもう一度、左手首に触れた。


 痛みなし。


 熱少し。


 声なし。


 丁寧な箱には入らない。


 入らないまま、こちらの名前で椅子に座る。


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