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灰銀の戦乙女は、制服を知らない  作者: 最後に残った形


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第7章 第9話:勝利の後に残ったもの


 午後の王国史は、予定表には「戦後処理と国境再編」と書かれていた。


 けれど、教室に入ってきたロウ教師は、教科書を開かなかった。


 黒い外套の裾を整え、教壇の上に古い地図を一枚置く。


 ヴェルグラント旧領北部。


 王国との境界線。


 山道。


 補給路。


 封鎖された街道。


 戦時中の進軍線。


 戦後の管理区域。


 その地図が広げられた瞬間、教室の空気が重くなった。


 エリアナ・ルクス・ヴェルグラントは、前方左側の席に座っている。


 姿勢は整っている。


 薄紫の瞳は地図を見ている。


 表情はほとんど変わらない。


 ただ、机の上に置かれた指が、ほんの少しだけ硬かった。


 リゼ・グレイスは、その斜め後ろの席にいる。


 灰銀の髪。


 まっすぐな背。


 机の上の筆記具。


 そのすべては普段通りに見えた。


 けれど、アルト・レインフォードにはわかった。


 彼女は、戦場の地図を見ている。


 授業資料としてではなく、自分が歩いた可能性のある場所として。


 アルトは左手首に触れた。


 痛みはない。


 熱は少し。


 声はない。


 午前中から続く重さはある。


 エリアナが昼に語った言葉。


 敗戦後、旧王家の血筋を持つ子どもたちは保護という名目で集められた。


 私は鍵になれませんでした。


 けれど、自由にもなれませんでした。


 あなたの勝利は、私たちの状況と無関係ではありません。


 その言葉は、教室の中にまだ残っていた。


 直接聞いていない生徒たちにはわからないはずだ。


 それでも、リゼとエリアナの間に置かれた何かを、教室全体が感じ取っている。


 カイ・ロックハートは隣の席で、机の下の拳を何度か開いたり閉じたりしていた。


 ミリア・ファルネーゼは少し離れた席で、教室全体の視線を見ている。


 誰が地図を見るか。


 誰がリゼを見るか。


 誰がエリアナを見るか。


 誰が面白がりそうになるか。


 セレナ・アイゼンベルグは後方で静かに地図を見ていた。


 ラウル・ヴァレンシュタインは姿勢を正し、何かを耐えるように黙っている。


 ロウ教師が木の棒で机を一度叩いた。


 乾いた音。


 鐘ではない。


 アルトの銀環は反応しなかった。


「今日は、勝利の後に残ったものを扱う」


 教室が静まり返る。


「戦争の授業では、戦果を扱う。どの部隊がどこを突破したか。どの補給線が断たれたか。どの街道を押さえたか。どの将が勝ち、どの城が落ちたか」


 ロウ教師は地図の上に指を置いた。


「それは必要な記録だ。だが、それだけで戦争を学んだつもりになるな」


 彼の指が、山道から街道へ移る。


「補給線を断てば、敵軍の動きは止まる。軍事的には有効だ」


 次に、街道沿いの小さな村の印を指す。


「同時に、そこを通る避難民、商人、負傷者、子どもたちの道も変わる」


 誰かが息を呑んだ。


「封鎖線は、敵を止める。だが、誰を内側に残し、誰を外側へ追いやるかも決める」


 ロウ教師の視線が教室をゆっくり渡る。


「勝った側は、勝利の線を地図に引く。敗れた側は、その線の後ろで生活を変えられる」


 リゼの指が、机の上で少し動いた。


 アルトはそれを見た。


 リゼも、自分の指の動きに気づいたのか、ゆっくり手を開いた。


 剣を握る形にしないために。


 ロウ教師は続ける。


「今日の授業は、誰か一人を断罪するためのものではない。だが、誰も関係がないと言って逃げるためのものでもない」


 その言葉は、リゼへ向けられているようで、教室全体へ向けられていた。


「グレイス」


 リゼが顔を上げる。


「はい」


「この地図に見覚えはあるか」


 教室の空気が固まる。


 リゼは地図を見た。


 ヴェルグラント旧領北部。


 山道。


 街道。


 補給線。


 封鎖区域。


 そこに書き込まれた作戦記号。


 彼女はしばらく黙った。


 その沈黙を、誰も急かさなかった。


「あります」


 リゼは言った。


 声は静かだった。


「どの範囲だ」


「北西街道。山道経由の補給路。封鎖線の一部」


 ロウ教師が頷く。


「戦時中、何をした」


 問いは鋭い。


 教室の数人が身じろぎした。


 ミリアの表情も少し硬くなる。


 カイが顔を上げる。


 アルトは左手首を押さえた。


 痛みなし。


 熱少し上昇。


 声なし。


 リゼは逃げなかった。


「補給路の確認。敵部隊の移動阻止。夜間の遮断。伝令線の切断。橋の確保。複数回、交戦あり」


 淡々とした記録の声。


 けれど、その奥に重さがある。


 ロウ教師はさらに問う。


「民間人は見たか」


 リゼの呼吸が一瞬止まった。


 エリアナの指も硬くなる。


 アルトの胸が少し苦しくなる。


「見ました」


 リゼは答えた。


「どう扱った」


「当時の命令では、非戦闘員は後方の管理部隊へ引き渡す。移動中の者は街道外へ誘導。夜間接近者は識別後、拘束または退避」


「その後を確認したか」


 リゼは黙った。


 教室の空気が重く沈む。


 ロウ教師は待った。


 リゼはやがて、ゆっくり言った。


「確認していません」


 その一言が、教室に落ちる。


「理由は」


「任務範囲外でした」


 すぐに、リゼは目を伏せそうになった。


 だが、止めた。


 自分の言葉が、どれほど冷たく聞こえるかを、彼女自身もわかったのだろう。


 ロウ教師は何も言わない。


 リゼは言い直した。


「当時の私は、任務範囲外として扱いました」


 まだ足りない。


 リゼはそれを知っている。


 彼女は息を吸い、言った。


「私は、知ろうとしていませんでした」


 その言葉に、エリアナの薄紫の瞳が少し動いた。


 昨日の応接室。


 リゼがエリアナに言った言葉。


 私は知らなかったのではなく、知ろうとしていませんでした。


 それを、今度は教室の中で言った。


 ロウ教師は頷いた。


「それを記録しろ」


 エレオノーラ・ヴィンスフェルトはいない。


 だが、リゼは自分の記録帳を開いた。


 手は少し震えていた。


 それでも文字は書ける。


 私は、戦時中に接触した非戦闘員のその後を確認していなかった。


 当時、任務範囲外として扱った。


 現在、知ろうとしていなかったと認識。


 アルトはその文字が見えたわけではない。


 でも、リゼが何を書いているかはわかった。


 教室の中で、誰かが小さく息を吐いた。


 オスカー・ベイルだった。


 前回の授業で「旧敗戦国の血筋を警戒するのは当然では」と言った生徒。


 彼は手を挙げようとして、迷い、結局下ろした。


 ロウ教師はそれを見逃さなかった。


「ベイル。言え」


 オスカーは立ち上がった。


「その……戦時中に全てを確認するのは、不可能ではありませんか」


 声は硬い。


 擁護のようでもあり、自分を守るようでもあった。


 ロウ教師は頷く。


「不可能だ」


 教室の何人かが少し安心しかける。


 しかし、ロウ教師は続けた。


「不可能だから見なくてよい、にはならない。不可能だったことと、後から知ろうとしなかったことは違う」


 オスカーは口を閉じた。


 ロウ教師はリゼを見た。


「グレイス。お前に全てを背負えと言っているのではない」


「はい」


「だが、戦果の後ろに何が残ったかを見ずに、自分を英雄としても兵器としても扱うな」


 リゼの瞳が揺れる。


「はい」


 ロウ教師は続けた。


「英雄として飾れば、敗れた側の痛みが消える。兵器として自分を落とせば、自分の意思と責任が消える。どちらも逃げ道だ」


 アルトの胸が熱くなる。


 リゼは灰銀の戦乙女として飾られてきた。


 同時に、自分を戦力や資源のように扱うことで、感情を遠ざけてきた。


 どちらでもない場所に立つことは、どれほど難しいのだろう。


 エリアナが手を挙げた。


 教室全体が彼女を見る。


 ロウ教師が頷く。


「ヴェルグラント」


 その呼び方は家名だった。


 だが、侮辱ではない。


 授業上の指名。


 エリアナは立ち上がった。


「発言してもよろしいでしょうか」


「許可する」


 彼女は地図を見た。


 そして、リゼを見た。


「この北西街道の封鎖後、周辺の旧王家血統者や記録管理家の子どもたちが、別の管理区域へ移されました」


 教室が静まり返る。


 リゼは動かなかった。


 ただ聞いている。


「それが全て、あなたの作戦のせいだとは言いません。命令を出したのはあなたではありません。戦争を始めたのも、戦後処理を決めたのもあなたではありません」


 エリアナの声は整っている。


 だが、その整い方の奥に、痛みがある。


「でも、私たちが移された時、周囲の大人たちは言っていました。灰銀が北西を裂いたから、もう隠しておけない、と」


 リゼの指が机の上で強く握られかける。


 しかし、彼女は手を開いた。


 アルトはそれを見て、小さく息を吸う。


 リゼは今、自分を責める方向へ走りそうになっている。


 全部持とうとしている。


 しかし、エリアナは昨日言った。


 あなたが全部背負えば、私はまたあなたの物語の一部になります。


 リゼはそれを覚えているはずだ。


 エリアナは続ける。


「あなたの勝利の後で、私たちは集められました」


 教室の誰も動かなかった。


「私は、その事実をあなたに渡します。でも、全部あなたのものにはしません」


 リゼは顔を上げた。


 エリアナの瞳は、まっすぐだった。


「これは私の記憶です。私の過去です。あなたの罪悪感の材料だけではありません」


 ミリアが静かに目を伏せる。


 カイが唇を引き結ぶ。


 アルトは左手首を押さえながら、胸の奥で何かがほどけるのを感じた。


 エリアナは責めている。


 でも、リゼに全部を渡してはいない。


 自分の過去を、自分のものとして持ったまま、リゼへ見せている。


 それは、とても強いことだった。


 リゼは立ち上がった。


 教室の全員が彼女を見る。


 ロウ教師は止めない。


 リゼはエリアナへ向き直り、深くはない礼をした。


 謝罪の礼ではない。


 逃げるための礼でもない。


「聞きました」


 リゼは言った。


「あなたの記憶として受け取ります。私の罪悪感だけにはしません」


 エリアナは静かに頷いた。


「はい」


「私は、北西街道と封鎖線、その後の管理区域移送について調べます」


 リゼは続けた。


「あなたに話を求める前に、王国側の記録を確認します。勝った側の記録だけで終わらせないよう、可能なら旧ヴェルグラント側の記録も照合します」


 ロウ教師がわずかに頷く。


「誰のために調べる」


 問いが飛ぶ。


 リゼはすぐには答えなかった。


 だが、今度は迷いすぎなかった。


「私が、知りたいからです」


 静かな声。


「そして、知らなかったことにしないためです」


 ロウ教師は頷いた。


「よし」


 リゼは座った。


 教室の空気は、まだ重い。


 だが、重さが少しだけ形を持った。


 エリアナも座る。


 彼女の指先はまだ硬い。


 けれど、表情は少しだけ変わっていた。


 言うべきことを言えた人の疲れ。


 アルトは左手首に触れる。


「痛みなし。熱少し。声なし」


 隣のカイが小さく聞く。


「大丈夫か」


「はい。胸は重いです。でも、銀環は大丈夫です」


「そっか」


 カイは前を向いた。


 その横顔は、いつもよりずっと真剣だった。


 ロウ教師は授業を続けた。


 北西街道の軍事的意味。


 山道の補給。


 王国軍の戦果。


 ヴェルグラント側の撤退。


 戦後の管理区域設置。


 旧王家血統者の保護という名の移送。


 記録上は「保護」。


 だが、保護された者がどう感じたかは、記録にほとんど残っていない。


 ロウ教師は、その空白を指した。


「ここに何が書かれていないかを見ろ」


 教室の生徒たちは、地図ではなく空白を見る。


 書かれていないもの。


 誰かの名前。


 誰かの泣き声。


 移された子どもたち。


 反応しなかった血筋。


 価値が薄いと言われた少女。


 アルトは、記録の空白がこんなに重いものだと、改めて思った。


 学園祭の時もそうだった。


 偽の確認済み。


 空白に入り込まれた記録。


 書かれていないものは、なかったことにされやすい。


 だから記録する。


 でも、記録しすぎれば人を圧迫する。


 難しい。


 それでも、難しいからやめるわけにはいかない。


 授業が終わる時間になった。


 鐘は鳴らない。


 廊下から生徒会補助の声が聞こえる。


「午後一時限目、終了です」


 ロウ教師は黒板に最後の一文を書いた。


 勝利の後にも、人は残る。


「次回までに、今日の地図を見て、自分が知らなかったものを一つ書いてこい。綺麗な感想はいらん。知らなかったことを書け」


 授業が終わった。


 しかし、誰もすぐには大声で話し始めなかった。


 椅子の音も、いつもより小さい。


 リゼは席に座ったまま、記録帳を開いていた。


 アルトは近づくか迷った。


 ミリアがそっと視線で促す。


 近づいていい。


 でも、急がなくていい。


 アルトはリゼの席へ行った。


「リゼさん」


「はい」


「状態は」


 リゼは筆を止めた。


 少しだけ息を吸う。


「身体異常なし。感情、重い。罪悪感あり。逃げたい感覚少し」


 逃げたい。


 リゼがその言葉を使った。


 アルトは少し驚いた。


 でも、すぐ頷く。


「言えています」


「はい」


「全部持とうとしていますか」


 リゼは黙った。


 少し考える。


「持とうとする反応があります」


「全部は持たないでください」


「はい」


 リゼは記録帳を見た。


「見ます。調べます。ですが、全部を私の罪悪感にしません」


「はい」


 そこへ、エリアナが近づいてきた。


 教室の数人が彼女を見る。


 しかし、前よりは視線が柔らかい。


 少なくとも、見ものを見る目ではない。


 エリアナはリゼの机の前で止まった。


「先ほどの発言について」


 リゼが顔を上げる。


「はい」


「あなたにだけ向けたものではありません。教室にも聞かせる必要がありました」


「はい」


「あなたを利用しました」


 リゼは一瞬、言葉を失った。


 エリアナは続ける。


「灰銀の戦乙女に向けて言うことで、他の生徒も聞くからです」


 ミリアが少しだけ目を細めた。


 正直な言葉だった。


 リゼはしばらく考えた。


「利用されたと感じます」


 エリアナの表情がわずかに硬くなる。


 リゼは続けた。


「しかし、不当とは感じません」


「なぜですか」


「あなたの記憶は、教室で扱われるべき内容でもありました。私がそこに関係していたことも事実です。ただし、今後同様の発言をする時は、可能なら事前に言ってください」


 エリアナは少し驚いた顔をした。


「事前に」


「はい。私が対応不能になる可能性があります」


 エリアナはリゼを見て、ゆっくり頷いた。


「わかりました」


 少しの沈黙。


 それから、エリアナは小さく言った。


「あなたは、私に条件を出すのですね」


「はい」


「怒りましたか」


 リゼは少し考えた。


「怒りではありません。境界線の確認です」


 エリアナはその言葉を受け取り、ほんの少しだけ目を伏せた。


「境界線」


「はい」


「それは、悪くありません」


 アルトは二人を見ていた。


 許し合っているわけではない。


 仲良くなったわけでもない。


 でも、互いに条件を出している。


 それは、敵同士のやり取りではない。


 相手を人として扱うための、ぎこちない手順だった。


 カイが近づいてきた。


 手には布包み。


 ミリアがすぐに言う。


「また?」


「今日の授業後用」


 カイは真面目だった。


「重い地図の後用」


 ミリアは少しだけ笑う。


「名前はもう少し整えたいけれど、用途は正しいわ」


 エリアナが布包みを見る。


「焼き菓子ですか」


「はい」


 カイは一つ取り出し、成分を言った。


「小麦、卵、乳、林檎、杏」


 エリアナが先に言う。


「確認しました」


 カイが少し嬉しそうにする。


 リゼも一つ受け取った。


 アルトも。


 ミリアも。


 エリアナは少し迷い、一つ受け取った。


 教室の中で、五人が小さな焼き菓子を食べる。


 戦後処理の地図の前で。


 勝利の後に残ったものを見た後で。


 甘さが、重さを消すわけではない。


 でも、沈みきらないための小さな支えにはなる。


 エリアナは一口食べ、静かに言った。


「甘いです」


 カイが頷く。


「甘いです」


「なぜ毎回繰り返すのですか」


「確認です」


 リゼが真面目に言った。


「味覚確認、良好です」


 ミリアが笑った。


 アルトも少し笑う。


 エリアナも、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 その時、ロウ教師が教壇から声をかけた。


「食うなら廊下で食え。教室は食堂ではない」


 全員が固まる。


 カイが慌てて布包みを閉じる。


「すみません!」


 ロウ教師はため息をつく。


「謝罪より移動だ」


「はい!」


 五人は廊下へ出た。


 廊下の窓辺に並ぶ。


 午後の光が中庭に落ちている。


 鐘楼はまだ沈黙している。


 風が青い布を少し揺らした。


 アルトは左手首に触れた。


「痛みなし。熱少し。声なし。授業後、廊下」


 リゼが隣で言う。


「身体異常なし。感情、重い。ですが、廊下に戻れています」


 エリアナも少し迷ってから言った。


「身体異常なし。疲労あり。発言後の緊張あり。ですが、廊下にいます」


 カイが言う。


「焼き菓子あり」


 ミリアが微笑む。


「それも現在地ね」


 エリアナは中庭を見ながら、小さく言った。


「勝利の後にも、人は残る」


 黒板の言葉。


 リゼが頷く。


「はい」


「敗北の後にも、人は残ります」


 エリアナは続けた。


 リゼは少しだけ息を吸った。


「はい」


「その人たちが何を持って残るのかを、勝った側はあまり知らない」


「はい」


「でも、敗れた側も、勝った側の一人一人を知らないことがあります」


 リゼがエリアナを見る。


 エリアナは続ける。


「私は、灰銀の戦乙女を知っていました。でも、リゼ・グレイスを知りませんでした」


 静かな言葉。


「今も、よく知っているわけではありません」


「はい」


「でも、今日少し、知りました」


 リゼは目を伏せた。


「私も、あなたを少し知りました」


 許しではない。


 和解でもない。


 だが、知らなかったものを一つ知った。


 それは、今日の課題の答えでもあった。


 アルトは焼き菓子の欠けを口に入れた。


 甘さが広がる。


 左手首は痛まない。


 声もない。


 勝利の後にも、人は残る。


 敗北の後にも、人は残る。


 そして、その後の廊下にも、人は残る。


 重い授業の後に、焼き菓子を持って立っている。


 それもまた、残ったものの一つだった。


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