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花を散らす雨(一)オリヴィン編

「あー、嫌だ。」

 ルナリーシアは、本日何度目になるか分からないため息をついた。

 ウジウジ言っても仕方のないことだと分かっている。それでも、口に出さずにはいられない。


「……腹を括ったんじゃなかったのか?」

「うーん。」

 ガーディアスのお小言を、曖昧な返事で返す。

 考えてもみてほしい。


 今から行くのは、自分の大切な母に無理矢理迫って自分を妊娠させた男の家で、そこには彼の妻と娘も待っているのだ。

 (どんな顔して行けばいいのよ……!)

 胃に穴が空きそうである。

 ルナリーシアの心情を感じ取ってか、ガーディアスもお小言は口にするが、それ以上は深くは追及しなかった。


「……そういえば、お母上から、手紙だ。」

「お母さんから!?」

半ばひったくるように、手紙を受け取る。ナディフ神官長が、気を利かせて添えてくれた返信用の封筒からは、母が日頃服用している薬草の香りがした。

 便箋を取り出すと、そこには踊るように優美な文字が綴られていた。紛れもない母シンシアの文字だ。


 自分の心配はしないで欲しいこと。

 どうか元気でいて欲しいこと。

 しっかり食事と睡眠を摂るように。


 書き連ねられた言葉の結びに、「私の愛しいルナリーシア」という文字を認めた時、ルナリーシアはうっかり泣きそうになった。


 しかし、「追伸」の二文字に続く文章を読んで、その涙はすぐに引っ込んだ。


 「ねえ、ガーディアス。」

 ルナリーシアは、万年仏頂面の青年に話しかけた。

 「なんだ?」

 「ちょっと、お願いがあるんだけど————。」


 

 パラスを出立して、2日後。

 一向は、交易都市オリヴィンに到着した。


 (ここが、お母さんの故郷。)


 オリヴィンは、パラスの南東側————大運河の下流に位置する主要都市である。古くから、交易都市として栄え、パラスとは異なる活気があった。


「広い————。」

 真っ先に目についたのは、大きな通りだった。ロシャスの主要通りとは比べ物にならないそこには、多くの露天商がひしめき合っている。

 香辛料特有の匂いが鼻につき、たまに外の国の言葉が耳に飛び込む。まるで異世界に迷い込んだようだ。

 主要通り沿いには、様々な旗を掲げた商館らしき建物が、林立していた。


 その都市主要部から少し離れた小高い丘に、その城はあった。歴史を感じる、白い外壁が特徴的な、豪奢な城————。

 そこがまさに、このオリヴィンを治めるギエフ侯爵邸。

 ルナリーシア一向の目的地であった。


 ◇


 馬車は、ギエフ侯爵邸の正門を抜けて、ロータリーに入り、やがて止まった。近くで見ても、荘厳な城である。

 (ここが、ギエフ侯爵邸。)

 母シンシアにとっては忌まわしい場所。


 ガーディアスが侯爵家の家令に来訪を伝え、一向は広い玄関ホールに案内された。

 すでに、来訪者を迎えるための準備は整っていたのだろう。玄関ホールには、侯爵家の面々がピシリと綺麗に列をなして、並んでいた。


 ルナリーシアの瞳は、その中央、最前列の人物に釘付けになる。


 ガーディアスが何か挨拶らしきものを口にし、その人物がにこやかに答える。

 だが、ルナリーシアには全ての音が通り過ぎていった。


 上品で、甘い顔立ちをした壮年の男————。


 彼は、ルナリーシアの姿を認めると、軽く目を見開き、そしてすぐに先ほどのにこやかな表情に戻った。


「……君が、我が娘、ルナリーシアだね。」


 とても、人当たりの良さそうな、穏やかな顔。彼は、鷹揚にルナリーシアに手を広げた。


「……大きくなったね。会いたかったよ。」


 ルナリーシアは、彼を強烈に睨みつけた。

 (コレがギエフ侯爵。)


 ルナリーシアの実の父親にして、最も忌み嫌う人物だった。

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