↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/21

長閑(六)

「随分な上玉じゃないか。」

 ほくそ笑む男たちを前にして、ルナリーシアは怯えたように一歩後ずさった。

「……何なんですか、あなたたち。」

 声も、ほんの少し震わせておく。その一方で、頭の中は冷静だった。


(相手は五人。)


 素早く視線を走らせる。


(見たところ武器は持ってない。でも、隠し持ってるかもしれないし、油断はできない。どのみち、男五人を相手にするなんて無理。)


「おい。そっちのガキはどうするよ」

「死にかけてるみてえだし、放っとけ」


 男たちの視線が、一瞬だけ少年へ向けられる。ルナリーシアは奥歯を噛んだ。


(この子を連れては逃げられない。)

 いくらなんでも、小さな子どもを背負って五人の男から逃げ切るのは不可能だ。

 幸い、男たちは少年には興味がないらしい。

 そして、自分には————『商品』としての価値を見出している。


(だったら——)


 ルナリーシアは覚悟を決めた。思いきり息を吸い込む。


 丹田に力を込めて、喉の奥に反響させるように――。


「きゃあああああああああああ!! 誰か、助けてえええええ!!」

「!?」


 静かな橋の下に、耳を劈くような悲鳴が響き渡った。

 高く、鋭く。

 できる限り遠くまで届くように。


 男たちが思わず怯む。

 その一瞬を、ルナリーシアは見逃さなかった。


「なっ、おい!」


 走る。

 すぐそばを流れる細い水路へ向かって助走をつけ、そのまま地面を蹴った。ふわりと、淡い金髪が宙に広がる。水路を飛び越え、反対側へ着地した。


「待て!」

「待てと言われて待つ馬鹿がいるもんですか!」

 着地と同時に全力で駆け出す。


「このアマ!」

 背後から怒声と足音が迫ってきた。

(速い……!)


 水をたっぷり吸い込んだ服が、足にまとわりつく。濡れた靴も重い。

 濁流に揉まれた身体はとっくに限界に近く、息もすぐに上がった。

 それでも、止まるわけにはいかない。


「お願い!」

 走りながら、不可視の存在へ叫ぶ。

「ガーディアスとナディフ神官長に、私とあの子の場所を知らせて! それから、人がたくさんいる場所まで案内して!」

 

『まかせて。』

 楽しげな声が返ってきた。


「ありがとう!」

 角を曲がる。


『こっち。』

 また曲がる。


 パラスの街に張り巡らされた水路と、入り組んだ路地。

 ルナリーシアは精霊たちの導きに従って、ひたすら走った。


 何度も足を取られそうになる。転びそうになるたび、必死に踏ん張った。


(もう少し……!)

 何度目かの角を曲がろうとした、そのときだった。


「————っ!?」

 突然、後ろから髪を掴まれた。頭を強く引かれ、身体が仰向けに倒れる。

「っ……!」

 次に見えたのは、抜けるようなパラスの青空。そして、その視界を遮るように現れた、お世辞にも小綺麗とは言い難い男の顔だった。直後、背中に鈍い痛みが走る。


「いっ……!」

「捕まえたよ、お嬢ちゃん。」


 先ほどの男たちの一人だった。ぜえぜえと荒い息を吐きながら、それでも男は満足げに笑っている。


「まったく、大したお嬢ちゃんだ。手間かけさせやがって。」

「離して……!」


 ルナリーシアは身を捩った。だが、押さえ込む腕はびくともしない。腕力では、どうしたって敵わない。


「大人しくしな。どうせ逃げられやしないんだからよ。」


 腕を掴まれ、無理やり立たされる。

 そのまま路地の壁へ背中を押しつけられた。


「……っ。」


 男の無骨な手が、ルナリーシアの首元を押さえつける。息が詰まった。


「んっ……!」

 苦しそうに顔を歪めるルナリーシアを見て、男が勝ち誇ったように笑う。完全に、自分が優位に立ったと思っている顔だった。

(——だから、ツメが甘いのよ)

 ルナリーシアは抵抗する力を、ほんの一瞬だけ抜いた。


「そうそう。最初から大人しくしてりゃ――」

 男の注意が緩む。その瞬間、ルナリーシアは迷わなかった。

 片脚を思いきり振り上げ、容赦なく膝を叩き込む。


 狙うは急所————男の股間。


 ゴッ。


「うぎっ!?」


 何とも形容しがたい声を上げ、男が身体をくの字に折った。人攫いにかける情けなどない。


「ざまあ見なさい!」

 決して淑女が言わない捨て台詞とともに、ルナリーシアは再び走り出した。


『もう少し。』

 精霊の声が聞こえる。


 その言葉通り、薄暗い路地の先に明るい光が見え始めた。大通りだ。


(よかった……!)


 あそこまで行けば————。

 安堵で胸がいっぱいになった、その瞬間。


 ぽん。


 後ろから、大きな手がルナリーシアの肩に置かれた。

「————おい。」

 低い男の声が、耳朶を震わせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。