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拘束まで48時間。完璧な偽造書類を崩すのは、私が見抜いた「数字の癖」とあなたの確かな「眼」

「エステル・ド・ヴェルヌイユ、並びにリオネル・ダルク。提出された証拠一式は偽造の疑いあり――四十八時間以内に真正性を証明できなければ、リオネル・ダルクの身柄を偽造容疑で拘束する」


ロシュ側代理人が突きつけた紙は、糊の匂いがまだ新しかった。エステルは受け取った瞬間、指先が冷たくなるのを感じた。


紙の端が指の腹に食い込む。手のひらに汗がにじんでいるのに、指先だけが氷のように冷えていく。


耳の奥で自分の脈の音がやけに大きく響き、代理人の声が一瞬遠くに聞こえた。


「拘束……根拠は」


「根拠はこちらにある。老獄吏の証言書、母君の裏帳簿の写し――いずれも真正性に疑義あり、と申立てる」


「疑義、で済ませるつもりですか。中身を否定する材料もなしに」


「材料はこれから示す。四十八時間、お忘れなく」


「四十八時間で足りると、本気で思っているのですか」


「足りるかどうかは、そちらの働き次第だ」


「随分と余裕のある口ぶりですね。こちらが崩れると、最初から決めてかかっている」


「決めてかかっているわけではない。ただ、そちらに残された時間が短いという事実を述べているだけだ」


代理人はそれだけ言うと、踵を返して去っていった。


去り際の靴音が石畳に硬く響き、やがて遠ざかって消える。


代理人が去った後、事務所には沈黙だけが残った。蝋燭の芯が短く爆ぜる。


窓の外はすでに日が傾き、机の上に長い影を落としていた。壁の時計の針の音が、やけに大きく響く。


その針の音を数えるように、リオネルはしばらく口を開かなかった。


「拘束されれば、王室指定監査対象の地位は」


「二名の連署が要件。片方が牢に入れば、自動的に失効するわ」


「私が失敗すれば、あなたの盾まで消える、ということですね」


「失敗する前提で話さないで。まだ四十八時間ある」


「その四十八時間で、何から手をつけますか」


「まず、紙そのものを疑う。それが一番早い」


「紙から、というと、封蝋や透かしを見るということですか」


「ええ。偽造なら、必ずどこかに継ぎ目が残っているはずよ」


紙質を検めるところから始めた。エステルは反訴状を光にかざし、指先で繊維をなぞる。


窓から差し込む夕陽に紙を透かすと、繊維の網目が細かく浮かび上がった。指の腹で何度もこすり、耳を近づけて紙の擦れる音まで確かめる。


紙の匂いを嗅ぎ、封蝋の欠片を爪先で軽く弾いてみる。乾いた蝋のかけらが、机の上に小さく転がった。


「正規の記録院用紙……封蝋の型も、王室指定のものと寸分違わない」


「偽造の証拠にはならない、と」


「ならない。ここからでは崩せないわ」


「では、どこから崩すんです」


「一度、紙から離れましょう。私たちが見るべきは、もっと別の場所」


「別の場所、とは」


「書かれた中身。数字の並び方そのものよ」


「数字、ですか。紙が本物なら、中身まで疑う余地はないように思えますが」


「紙は誰にでも用意できる。でも、書く手癖までは、誰にも真似できない」


エステルは条項参照番号を目で追い始めた。指がある一点で止まる。


蝋燭を近づけ、行と行の間を何度も指でなぞり直す。数字を一つずつ声に出さずに数え、また戻る。


眉間にわずかに皺が寄り、唇がきつく引き結ばれていく。


「……この番号、一つ飛んでまた戻っている」


「飛んで、戻る?」


「記録院の書式なら、条項番号は連番のはず。ここだけ、あり得ない振り方をしている」


「不備、ではなく癖だと?」


「ええ。第十一話――いえ、あのときロシュ様の書類で最初に気づいた、参照番号の切り方の癖と同じ」


「同じ癖が、この反訴状にも出ていると」


「本人が、自分の手で書いた証拠よ」


「確かめる方法は、他にありますか」


「あなたの目よ。筆跡なら、私よりあなたのほうが見える」


リオネルは署名の筆跡に指を這わせた。目を細め、筆圧の強弱を確かめていく。


蝋の下から覗く署名の線を、爪の先でそっとなぞる。インクの盛り上がりが、飛ばした番号の箇所だけ微妙に太い。


紙に顔を近づけると、インクの乾いた匂いがかすかに鼻をかすめた。


「番号を飛ばすときの手首の動き……覚えがあります」


「あなたの覚え、というと」


「かつて改竄に手を貸していた頃、彼の指示書を何度も見ました。数字を飛ばすとき、決まって手首をこう返す」


「同一人物の作成だと、裏付けられるのね」


「裏付けに過ぎません。読みを起こしたのは、あなたです」


「裏付けがなければ、読みは読みのまま。二つ揃って、初めて意味を持つわ」


「では、これで足場は揃いましたね」


「揃った。あとは、書き上げるだけ」


夜が更けても、二人は反論書の文言を練り続けた。灯りの下で紙が擦れる音だけが続く。


ペン先がインク壺を離れるたび、小さく硬い音がする。書き損じた紙が机の端に幾枚も重なっていった。


蝋燭が短くなり、二本目に取り替えられる頃には、外はすっかり闇に沈んでいた。


「時間は」


「あと三刻」


「間に合いますか」


「間に合わせるのよ、これから」


「言葉を削るべきでしょうか」


「削るより、番号の癖を淡々と並べて。装飾はいらないわ」


「感情を込めない方がいい、ということですか」


「感情は、数字が語ってくれる。私たちは、数字を並べるだけでいい」


反論書を書き上げたのは、期限まで残りわずかという頃だった。エステルは最後の一文に印を押し、紙を封じる。


蝋を垂らす手は震えていたが、印章を押しつける瞬間だけは、揺れが止まった。


「番号の癖ごと、突き返してやるわ」


「あなたが番号の飛びに気づかなければ、私は今頃牢の中だった」


「そういう計算は得意なの」


エステルは筆を置かずに、軽く答えた。恐怖を見せない声だった。


「怖くなかった、とは言わせません」


「怖かったわ。でも、怖がっている暇はなかった、それだけ」


「その強さに、何度助けられたか」


「助けられているのは、お互い様よ」


窓口へ駆け込み、反論書を提出したのは期限のわずか前だった。書記官が受領印を押す。


砂時計の最後の一粒が落ちる寸前、印が紙面に沈んだ。乾いた音が、静まり返った窓口に響く。


「受理します。ただし反訴自体は却下せず、継続審理として記録に残します」


「継続審理……つまり、疑いはまだ消えないと」


「消えません。次の審理で、改めて争われることになります」


「上等よ。何度でも突き返してやるわ」


窓口を出たところで、リオネルが懐から小さな革袋を取り出した。金貨の音が微かに鳴る。


「商業組合の筆跡鑑定、完了報告を届けてきました。正式な依頼料です」


「今回の分、事務所の帳簿には」


「回しません。今回はここへは回さない、蓄えておきます」


「蓄えて、どうするの」


「まだ言えません。ただ、意味のある額になるまでは」


「教えてくれる日は、来るのかしら」


「来ます。そう遠くない日に」


エステルが問い返そうとした矢先、息を切らした伝令が駆けてきた。足音が石畳に大きく響く。


「申し上げます! ロシュ様側が、セシル嬢のご実家とギヨーム様のお屋敷、両方に人を送り込んだようです」


「両方に……何のために」


「詳しくは、まだ」


「一度に二つの家を突く気ですか」


「次はこちらの足元じゃなく、周りから崩す気なのかもしれない」


エステルとリオネルは顔を見合わせた。受理印の乾いた紙を握りしめたまま、次の危機が音もなく迫っているのを感じていた。

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