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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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三六五 タケルとアジ


「タケル様、アジ殿」


 と声をかけてきたのは、ルカ・トッチャだった。


 ルカ・トッチャは食事の後すぐにタケルとアジを探し、二人が散歩に出かけたということを耳にして二人を追って外に出たのだった。


 そして、教会前広場に二人の姿を見つけたのである。


 タケルとアジは教会堂の入り口の階段の前で、その建物を見上げながら語り合っていた。


 二人はルカ・トッチャの声に振り向くと、軽く手を上げて挨拶をし、改めて爬神族の教会堂の、その美しく壮大な建物を見上げるのだった。


 ルカ・トッチャはタケルの右に立つと、


「すごいですよね、この建物」


 笑顔でそう話しかけた。


 月明かりの綺麗な夜だった。


 見上げる教会堂の建物は月明かりに照らされ、その石造りの荘厳な姿を浮き上がらせている。


「最後にこの目に焼き付けておこうと思って」


 タケルは教会堂を見上げたままそう返事をし、


「よく造れるよな、こんな凄い建物・・・」


 アジはただただ感嘆の声を漏らした。


 広場には明日の出発に向け、サムイコク、キノコク、双方の荷物を載せた荷車が何十台と並べて置かれていて、整然としたその様は見ていて清々しく、いかにも丁寧な仕事をする奉仕者たちの手によってなされたことがわかるものだった。


 ジジッ、ジジッ・・・


 どこかで虫が鳴いている。


 外を歩く人影もなく、街は静まり返っていた。


 月明かりに照らされて浮かび上がる荷造りされた荷車の光景を、ルカ・トッチャはどこか寂しく感じていた。


「なんだか寂しいです」


 ルカ・トッチャは正直にその想いを口にし、ふーっと息を吐く。


「寂しい・・・」


 タケルは教会堂を見上げたままポツリと呟くと、ルカ・トッチャに振り向き、


「ですよね」


 そうしみじみと言う。


 その隣でアジもうんうんと頷く。


「タケル様とアジ殿に出会えたこと、共に戦えたことが、私の誇りです」


 ルカ・トッチャは二人に出会えた喜びをそう言葉にした。


「私もトッチャ殿と共に戦えたことを誇りに思っています。遠征隊隊長たちの中で、トッチャ殿だけは最初から私を信じてくれていたので、トッチャ殿の存在は私にとって大きかったんですよ」


 タケルは柔らかな表情でルカ・トッチャへの信頼を口にし、


「三人で黒の爬神を倒したことは良い思い出です」


 アジはそう言ってルカ・トッチャに微笑んだ。


 タケルはそのアジの言葉を受け、


「あの黒の爬神は尋常な強さじゃなかった。トッチャ殿がいなかったら、私とアジは今頃ここにいません」


 そうしみじみと言い、ルカ・トッチャに感謝の眼差しを向けた。


「あのときは無我夢中でした。あの爬神はただの爬神ではなかったので、私も死を覚悟して戦いました。お二人と共にあの爬神を倒せたことは、私の人生で最も自慢できることです」


 ルカ・トッチャはそう応え、少し照れたような嬉しそうな笑顔をみせた。


「もう一人黒の爬神がいたけど、サスケは一人で倒したんだよなぁ」


 アジは感慨深くそう言い、


「ほんと、サスケは凄い奴だった」


 タケルもしんみりとサスケを想う。


 ルカ・トッチャはサスケの壮絶な最期を目の当たりにして、サスケという男の凄さを肌で感じていたが、何よりも心を打たれたのは、タケルとアジを守るためにサスケが黒の爬神の一人を自分に引きつけ、もう一人の爬神から引き離して戦ったことだった。


 もし、二人の黒の爬神が協力して戦っていたら、結果は違ったものになっていたはずだ。そう思うと、ルカ・トッチャはサスケに感謝せずにはいられなかった。そして、その死を惜しむと共に、タケルやアジからこんなにも慕われているサスケを(うらや)ましいとさえ思うのだった。


「そうだ」


 タケルは何かを思い出し、胸の前で手をパンッと叩いた。


「どうした?」


 アジが驚いて振り向くと、


「トッチャ殿にお願いがあるのです」


 タケルはそう言ってルカ・トッチャに笑顔を向けた。


「なんでしょうか」


 ルカ・トッチャは何事かと思ったけれど、タケルの願いなら何でも叶えようと思った。


「キノコクの手裏剣をいただきたいのです」


 タケルが申し訳なさそうに願い事を伝えると、


「手裏剣?」


 ルカ・トッチャは拍子抜けした顔で聞き返した。


「はい。今回の遠征におけるサムイコクとキノコクの友情の証として、手裏剣をいただきたいのです」


 タケルが心のこもった言い方でその理由を告げると、


「それは嬉しいことです。喜んで差し上げます」


 ルカ・トッチャはそう応えて嬉しそうな顔をし、それから何かに気づいて「あっ」と小さな声を上げると、左の腰に手を回し、腰に下げた皮袋から手裏剣を取り出した。


 その手裏剣は戦闘に用いられる刃の表面がツルツルしたものとは違い、刃の表面に蔓草模様の美しい装飾が施されたものだった。


「これは、私が父から授かった手裏剣です。戦闘用ではなく、お守りとしていつも肌身離さず持っているものですが、これなら、タケル様に差し上げられます」


 ルカ・トッチャはそう言って、その美しい手裏剣を皮袋と共にタケルに差し出した。


 タケルは大切な手裏剣を躊躇なく差し出すルカ・トッチャに驚き、


「いや、そんな大切なものは受け取れません。戦闘用の手裏剣で十分です」


 と応え、自分の前に差し出された美しい手裏剣を、そっと押し返すようにして断った。


 ルカ・トッチャは遠慮するタケルに納得できないといった風に首を横に振ると、


「私にとって大切なものだからこそ、是非、受け取って欲しいのです。これは、私からタケル様への友情の証です」


 と強い口調で訴え、真剣な眼差しでタケルの目を見つめるのだった。


 その眼差しは、たしかにタケルへの友情で溢れていた。


 タケルはルカ・トッチャのその想いに胸が熱くなる。


「トッチャ殿、ありがとうございます」


 タケルは感謝の気持ちを伝え、素直な気持ちで差し出された美しい手裏剣を受け取った。


 ルカ・トッチャは安堵して微笑み、


「国に帰ったら、キノコクとサムイコクとの友好がこれまで以上に深められるように、私は尽力するつもりです」


 と、両国の友好の為に働くことを誓う。


「これからも、よろしくお願いします」


 タケルは笑顔で応え、アジはその隣で優しく微笑むのだった。


 タケルの〝これからも〟という言葉が、ルカ・トッチャの胸に温かく響く。


 タケルとアジ、二人との交流をこれからも続けていけるのなら、これほど嬉しいことはなかった。


「ありがとうございます。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」


 ルカ・トッチャは感激して涙ぐみ、深々と頭を下げた。


 それからすぐに、ルカ・トッチャは自国の兵士たちに指示を与えるために宿舎に戻っていった。


「トッチャ殿は素晴らしい方だな」


 タケルは去っていくルカ・トッチャの背中を見送りながら、そう呟いた。


「本当にそう思う。トッチャ殿は初めて会ったときから、昔からの友人のような、そんな感じだった」


 アジが感慨深くそう言うと、


「わかる、それ」


 タケルはそれに同意して頷いた。


 タケルはルカ・トッチャから贈られた手裏剣を大切そうに握り、裏返したり、表に返したりして月明かりに反射させ、その刃に彫られた模様を目を凝らして眺めるのだった。


「素晴らしい装飾だ」


 タケルはキノコクの技術の高さに唸り、


「その手裏剣、ヘイタが喜びそうだな」


 アジがそう言うと、


「ヘイタ、この手裏剣見たら喜ぶだろうな。でも、危ないからヘイタの目の届かないところに隠さないといけないな」


 と応え、タケルは少し困ったような顔をするのだった。


 ヘイタの喜ぶ姿を想像したからか、アジの目にクミコの姿が浮かんでくる。


「早く帰りたいなぁ・・・」


 アジはポツリと呟く。


 そう呟くアジの寂しげな横顔を見てタケルはニヤリとし、


「ほんとは、クミコに会いたいなぁ・・・だろ?」


 と、親しみを込めた口調でからかうのだった。


 アジはタケルをチラッと見て恥ずかしそうにしながらも、


「ああ、そうだ。俺は一日も早くクミコに会いたい。悪いか」


 と、きっぱりと言い返し、クミコへの想いを認めた。


 タケルにはそのアジの言葉が意外だった。


 アジのことだから「そんなことはない」とかなんとか言って、照れて否定するだろうと思っていたからだ。


 とはいえ、アジがクミコへの想いを隠さなかったことが、タケルには嬉しかった。


「悪くないぞ。俺はクミコの兄として、これほど嬉しいことはない」


 タケルはそう応え、アジを頼もしく見つめる。


 タケルのその温かい言葉が、クミコを想って寂しくなったアジの胸に優しく沁みる。


「ありがとう」


 アジはその一言に心を込め、タケルに感謝の想いを伝えた。


「クミコもお前の帰りを待ち焦がれているだろうな」


 タケルがクミコの気持ちを慮ると、


「俺の会いたい気持ちの方が何倍も強いと思う」


 アジは自信満々にそう言って胸を張った。


 なんだかいつものアジらしくない。


 いつになく素直だ。


 タケルはそんなアジの素直さが嬉しくて、


「ははは。アジも素直になったものだ」


 そう言って気持ち良く笑う。


「そっかな」


 アジは照れてそう応えるだけだった。


「ウオチに戻ったら祝言の段取りだな」


 タケルはそう言いながら、アジの肩をパンパンッと嬉しそうに叩く。


「うん」


 アジは頷いたが、その表情は冴えなかった。


「どうした?」


 タケルが気になってその訳を尋ねると、アジはタケルを見ずに、


「親父は喜んでくれるのかな・・・」


 ポツリとそう呟いて宙を見つめるのだった。


 アジが思い浮かべるのは、父トノジが自分を見るときのあの突き放した冷たい眼差しだった。


 アジの思い詰めた表情。


 その表情から感じる父トノジに対する複雑な想い。


 アジの父トノジは厳格な男だ。


 だからこそ、アジとは相容れないところがあるのかも知れない。


 それはタケルも薄々感じていたことだ。


 しかし、


 アジはジベイ家の跡を継ぐ男だ。そのアジの結婚を喜ばないわけがない・・・


 タケルはそう思う。


「もちろん、喜んでくれるさ」


 タケルは胸を張り、優しくアジを慰める。


「そうだといいけど・・・」


 アジがそう言って寂しく微笑んだ、そのときだった。


 ヒュンッ!


 風を切る音がして、タケルが後ろを振り返ろうとしたその瞬間、


 ブスッ!


 背後から飛んできた矢がアジの後頭部に刺さり、その口から突き出していた。


 時間が止まった気がした。


 アジの顔は驚いたような、目を見開いた表情で固まっていた。


 それから、ゆっくりと、アジの体は崩れ落ちていった。


「アジ!」


 タケルは慌てて崩れ落ちるアジの体を掴んで自分に引き寄せ膝をつくと、ダランとしたアジのその体を胸に抱きかかえた。


「アジ!」


 タケルはアジの名を叫ぶが、アジはすでに絶命していた。


 流れ出す血によって、アジの体が赤く染まっていく。


「嘘だ・・・」


 タケルは愕然として呟くと、屹と表情を一変させ、怒りの眼差しで荷車の並ぶ広場を睨みつけた。


 いくつも置かれた荷車と荷車の間の、月明かりでできた闇の中にタケルは犯人を探す。


 カタッ・・・


 音がした。


 タケルが正面の荷車の陰に人の気配を感じてそこに目を向けると、淡い月明かりの中に微かに見えるものがあった。


「貴様ぁ!」


 タケルはその人影に向かって怒鳴ると、胸に抱いたアジの体を地面に優しく横たえ、腰に下げた剣を抜きながら立ち上がった。


「見られたぞ!」


 狼狽(うろた)えた声。


「仕方ない。射て!」


 慌てた声がそう命令を下すと、闇の中から、タケルに向かって矢が放たれた。


 ヒュンッ!


 矢は風を切り、


 ブスッ!


 タケルの右の太ももに突き立った。


「ぐっ・・・」


 タケルはよろめきながら、闇の中の人影に目を凝らす。


 そして、


「嘘だ・・・」


 そう言ったまま言葉を失い、自分の目を疑った。


 ヒュンッ!ヒュンッ!


 二の矢、三の矢が次々と飛んできて、


 ブスッ!ブスッ!


 タケルの腹と肩に突き刺さる。


 タケルはよろよろとよろめきながらも、矢の飛んできた先の闇を睨みつけ、


「なぜだぁあああ!」


 と絶叫した。


 ヒュンッ!


 トドメの一矢が飛んできて、


 ブスッ!


 タケルの眉間に突き刺さると、


「あっ・・・」


 タケルは目を見開いたままガクンと膝から崩れ落ち、地面に膝立ちのようになってから、ゆっくりと仰向けに倒れた。


 ドサッ・・・


 タケルはアジの体に覆いかぶさるように倒れ、絶命した。


 ジジッ、ジジッ・・・


 広場のどこかで虫が鳴いていて、誰かのヒソヒソとした話し声が遠ざかっていく。


 ジジッ、ジジッ・・・


 見開いたままのタケルの瞳に映る夜空には、満天の星が煌めいているのだった。


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