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第9話 バッドエンドの引き金(大氾濫)を、予定調和で迎え撃つ

第9話 バッドエンドの引き金(大氾濫)を、予定調和で迎え撃つ


 その日、迷宮都市グランゼルの空は真っ赤だった。


 夕焼けではない。


 迷宮の奥から噴き上がる瘴気が、空を血みたいに染めていた。


 警鐘が鳴る。


 ガァン、ガァン、と重たい音が街中へ響き渡る。


「スタンピードだぁぁぁ!!」


 誰かの絶叫。


 次の瞬間、街が崩れ始めた。


 人々が逃げ惑う。荷車が横転する。子供が泣く。怒号。悲鳴。馬のいななき。空気には焦げ臭い煙と恐怖の汗の匂いが混ざっていた。


 城壁の向こうから聞こえる。


 魔物の咆哮。


 地鳴り。


 数が異常だった。


「終わりだ……」


 冒険者の一人が青ざめる。


「こんな数、防げるわけが……」


 原作通りだった。


 街を滅ぼす災害。


 大氾濫スタンピード


 本来ならここで『鋼鉄の牙』は崩壊する。


 恐慌。


 仲間割れ。


 逃亡。


 そして全滅。


 だが。


「全員、配置につけ!!」


 ガルガの怒声が響く。


 その声に迷いはなかった。


「第三班は西門!! 第四班は避難誘導!! 荷運び班、食料搬入急げ!!」


「了解!!」


 冒険者たちが走る。


 誰も混乱していない。


 進捗管理ボードの横には、新しい巨大な札が貼られていた。


『災害時対応マニュアル』


 ケイが三ヶ月前から作っていたものだ。


「避難経路確認!」


「回復薬在庫あと三箱!」


「水配布開始!」


 人が動く。


 歯車みたいに。


 ヴィクトリアはその光景を呆然と見ていた。


「なんで……」


 崩壊しない。


 誰も叫ばない。


 誰も責任を押し付けない。


 皆、自分の役割を知っている。


 その中心で。


 ケイだけが、いつも通り静かだった。


「ケイ!!」


 ヴィクトリアが駆け寄る。


「北門が押されてる!!」


「想定範囲内です」


「想定してたの!?」


「はい」


 ケイは淡々と紙をめくる。


『ケース7:北門崩壊時対応』


 そこへ赤毛の大男が飛び込んできた。


「ケイ!! Bランクが混ざってるぞ!!」


「確認済みです」


「確認済み多すぎるだろお前!!」


「ガルガ様、右ルートへ誘導してください」


「なんでだ!」


「地形が狭いので数を制限できます」


「……チッ、了解!!」


 ガルガが走る。


 その後ろ姿を見ながら、ケイは次々指示を飛ばす。


「セリア様」


「はい!」


「回復班を三交代制へ。過剰治療禁止」


「了解!」


「レン様、避難民の不安煽りを止めてください」


「なんで俺だけ精神担当なんだよ!」


「顔が優しいので」


「初めて褒められた気がする!!」


 怒鳴り声。


 足音。


 武器音。


 でも。


 以前みたいな“壊れる音”はしなかった。


 ケイの声が空気を繋いでいる。


 通信水晶が淡く光る。


『東区、魔物侵入!』


『負傷者多数!!』


『防衛線が――』


「第二班投入」


 ケイは即答した。


「なお、残業手当は三割増しです」


 全員が固まる。


「は?」


「皆さん、これはただの『突発タスク』です」


「突発タスクって言うな!!」


「定時までに終わらせましょう」


「終わる規模じゃねぇだろ!!」


 だが誰かが吹き出した。


 それにつられて笑いが漏れる。


 おかしかった。


 街が滅びかけてるのに。


 この男は会議みたいな顔をしている。


 でも。


 不思議と安心する。


『北門突破されるぞ!!』


 通信水晶から悲鳴。


 ケイは地図を見る。


 視線が鋭い。


「第三障壁解放」


「え?」


 次の瞬間。


 ギルド前通りに巨大な barricade が落ちた。


 魔物の進行が止まる。


 ヴィクトリアが目を見開く。


「こんなのいつの間に!?」


「先月施工しました」


「聞いてない!!」


「説明資料は提出済みです」


「読める余裕なかったわ!!」


 魔物が吠える。


 火球が飛ぶ。


 煙が街を覆う。


 熱い。


 焦げ臭い。


 怖い。


 でも。


 『鋼鉄の牙』だけは動き続ける。


「水持ってこい!」


「負傷者運べ!」


「休憩組交代だ!」


 その時。


 ケイの視界がぐらりと揺れた。


 耳鳴り。


 脳裏に蘇る。


 前世。


 炎みたいに赤いエラーログ。


 終わらない納期。


『無理です』


『できません』


『人が足りません』


 なのに回り続ける現場。


 倒れていく同僚。


 眠れない夜。


 吐き気。


「……ケイ?」


 ヴィクトリアが気づく。


 ケイの顔色は真っ白だった。


「大丈夫か!?」


「問題ありません」


「全然大丈夫そうに見えない!!」


「まだ稼働可能です」


「機械みたいに言うな!!」


 その瞬間だった。


 城壁の外から、ひときわ巨大な咆哮。


 空気が震える。


 誰もが凍りつく。


 巨大な影。


 S級。


 最悪の個体。


「う、嘘だろ……」


 冒険者たちの顔から血の気が消える。


 だが。


 ケイだけは静かだった。


 ゆっくり紙を一枚めくる。


『ケース12:最悪想定』


「……やっぱりあるのかよ」


 ガルガが引きつる。


 ケイは通信水晶を握った。


「皆さん」


 静かな声。


 でも不思議と全員が聞く。


「慌てなくて大丈夫です」


 その言葉が、恐怖で崩れかけた空気を繋ぎ止める。


「想定外ではありません」


 ケイは目を閉じた。


 深く息を吸う。


 そして。


「進捗、巻き返します」


 その瞬間。


 『鋼鉄の牙』の全員が、前を向いた。



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