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第10話 最強の一般人が支配する、世界一ホワイトなギルド

第10話 最強の一般人が支配する、世界一ホワイトなギルド


 スタンピード終結から、一ヶ月後。


 迷宮都市グランゼルは、妙に平和だった。


 瓦礫は片付き、崩れた城壁も修復され始めている。朝の市場には焼きたてのパンの匂いが漂い、人々の笑い声が戻っていた。


 そして。


「第三班、定刻五分前集合完了!」


「回復薬補充済みです!」


「本日の依頼進捗、確認お願いします!」


 『鋼鉄の牙』は、もはや別のギルドになっていた。


 以前のような怒鳴り合いはない。


 いや、声はでかい。


 ガルガは相変わらずうるさいし、セリアも口が悪い。


 だが。


 誰かが怒鳴れば、誰かが水を渡す。


 疲れている奴がいれば、自然に休憩札が裏返される。


 朝になると冒険者たちは進捗ボードの前へ並び、自分で依頼札を動かしていく。


「おいガルガ」


「あ?」


「報告書まだだぞ」


「提出済みだ馬鹿野郎!」


「マジだ……怖っ」


「もう三日も溜めねぇよ!!」


 ロビーに笑いが起こる。


 ヴィクトリアはそれを見ながら、ぽかんとしていた。


「……なんでこうなったんだ」


「改善活動の成果です」


 隣でケイが帳簿をめくる。


 ぱらり、と紙の音。


 いつもの音。


 でも。


 その音を聞くと、不思議と落ち着くようになっていた。


「いや、だって前まで地獄だったんだぞ!? なんでみんな五分前行動してるんだ!?」


「遅刻時の反省会が嫌だからでは」


「怖ぇんだよお前の反省会!!」


 そこへ。


 ギルドの扉が大きく開いた。


「国王使者、到着!!」


 空気が変わる。


 銀鎧の騎士たちが入ってくる。


 その後ろには、豪華な紋章入りの箱。


 ヴィクトリアが青ざめた。


「えっ、な、なんで王城!?」


「スタンピード対応の件でしょう」


 ケイだけが平然としている。


 使者が朗々と告げた。


「『鋼鉄の牙』を、王国認定最高ランクギルドへ昇格とする!」


 ロビーが静まり返る。


 数秒後。


「うおおおおおお!!」


 歓声が爆発した。


 酒瓶が飛ぶ。


 誰かが泣く。


 ガルガがヴィクトリアを持ち上げる。


「やったなギルド長!!」


「や、やめろ高い!!」


「すげぇ!!」


「俺たち最高ランクだぞ!!」


 騒乱。


 熱気。


 歓声。


 その中心で。


 ケイだけが、静かに紙へ何かを書いていた。


 ヴィクトリアが叫ぶ。


「おいケイ!! お前も喜べ!!」


「はい」


「薄い!!」


「なお、昇格に伴う事務処理が増加します」


「今それ言う!?」


「あと予算管理の再構築も必要です」


「夢見させろよ!!」


 周囲が爆笑する。


 その時だった。


「……ケイ」


 ガルガが珍しく真面目な顔で近づいてきた。


「なんでしょう」


「ありがとな」


「はい?」


「俺ら、昔マジで終わってたろ」


「はい」


「即答すんな!!」


 また笑いが起きる。


 だがガルガは続けた。


「でも今は違う」


「…………」


「お前が全部変えた」


 セリアも小さく頷く。


「前は誰も、休んでいいなんて言わなかった」


「……」


「失敗したら怒鳴られるだけだった」


 ヴィクトリアが拳を握る。


「でも今は違う」


 彼女は真っ直ぐケイを見る。


 金色の瞳が揺れていた。


「このギルドは、ちゃんと帰ってこられる場所になった」


 ロビーが少し静かになる。


 夕陽が窓から差し込んでいた。


 赤い光。


 紙の山。


 酒の匂い。


 笑い声。


 ケイはその景色を見回した。


 以前は腐っていた空気。


 怒号しかなかった場所。


 それが今は、少しだけ暖かい。


 胸の奥が、微かに痛む。


 思い出す。


 前世。


 誰も帰れなかった職場。


 壊れていく人間たち。


 助けられなかった同僚。


 でも。


 ここでは違う。


「ケイ!」


 ヴィクトリアが急に叫んだ。


「はい」


「こ、これからも!」


 彼女の顔が真っ赤になる。


「これからも私を支えて、護ってくれ!!」


 ロビーが静まり返る。


「おお……」


「ギルド長……」


「それもう告白では?」


「うるさい!!」


 ヴィクトリアが絶叫する。


 耳まで真っ赤だ。


 ケイはしばらく彼女を見ていた。


 そして。


 鞄から紙を取り出す。


「では」


「えっ」


「来期の雇用契約書と昇給申請書になります」


「そこなの!?」


「継続勤務には条件整理が必要ですので」


「そういう空気じゃないだろ今!!」


 ロビーが爆笑する。


 ガルガが腹を抱える。


「ぶれねぇなコイツ!!」


「逆に安心するわ!」


 ヴィクトリアは顔を覆った。


「お前ほんとそういうとこだぞ……!」


「なお」


 ケイは淡々と続ける。


「有給制度の導入も提案します」


「まだ増やすの!?」


「ホワイトギルド化のために必要です」


 その時だった。


 ロビー奥の進捗管理ボードに、夕陽が差し込む。


『未着手』


『進行中』


『完了』


 無数の札。


 そして一番下。


 小さく追加された新しい項目。


『相談中』


 誰かが悩んだ時、そこへ札を置けるようになっていた。


 ヴィクトリアはそれを見て、ふっと笑う。


「……変なギルドになったな」


「良い傾向です」


「そればっかりだな」


 ケイは少しだけ沈黙した。


 そして、本当にわずかに。


 ほんの少しだけ笑った。


「はい。進捗は良好です」



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