第19話 最強剣士VS最強事務員
第19話 最強剣士VS最強事務員
冬の気配が近づいていた。
鋼鉄の牙の訓練場には冷たい風が吹き抜け、朝露に濡れた土が陽光を受けて白く光っている。
金属がぶつかる音が響いた。
ガキィン!
ゼノンの大剣が木製の訓練人形を真っ二つに切り裂く。
周囲の新人たちから歓声が上がった。
「すげぇ……」
「これが伝説の冒険者……」
ゼノンは剣を肩に担ぐ。
汗一つかいていない。
圧倒的だった。
そんな彼の視線の先には、訓練場の隅で書類を整理する男がいた。
ケイである。
黒いベスト。
白いシャツ。
相変わらず地味だ。
冒険者には見えない。
会計係にしか見えない。
ゼノンは鼻を鳴らした。
「おい」
「何でしょう」
「お前、本当に戦えるのか」
「戦えません」
即答だった。
新人たちがざわつく。
ゼノンは笑った。
「だろうな」
「はい」
「だったら何で偉そうなんだ」
ガルガが頭を抱えた。
始まった。
また始まった。
最近のゼノンはケイを見るたびに絡んでいる。
ケイは静かにペンを置いた。
「私は偉くありません」
「なら何だ」
「事務員です」
「それだよ」
ゼノンは大剣の柄を叩く。
「書類で魔王は倒せない」
静かになる。
訓練場の空気が変わった。
新人たちも息を飲む。
だがケイは表情を変えなかった。
「その通りです」
「ほう」
「ですが補給がなければ剣は振れません」
ゼノンの眉がぴくりと動いた。
「またそれか」
「事実です」
「剣士が戦ってるんだ」
「食料がなければ倒れます」
「精神論が足りねぇ」
「三日絶食してからもう一度お願いします」
新人たちが吹き出した。
ガルガは壁にもたれて笑いを堪えている。
ゼノンの額に青筋が浮かぶ。
「気に入らねぇ」
「存じています」
「お前は何でも数字だ」
「便利ですので」
会話にならない。
その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開いた。
「緊急依頼です!」
受付嬢が飛び込んでくる。
顔面蒼白だった。
「北部森林地帯で大規模魔獣発生!」
空気が一変する。
遊びではない。
本物の依頼だ。
報告書が机に広げられる。
群れの規模。
推定二百体。
上位種確認。
周辺村落に避難勧告。
ガルガが顔をしかめる。
「でかいな」
「はい」
ヴィクトリアも真剣な表情になる。
ゼノンは立ち上がった。
口元に笑み。
まるで獲物を見つけた猛獣だった。
「面白ぇ」
だが。
ケイは既に動いていた。
「食料班」
「はい!」
「三日分の保存食を準備」
「医療班」
「はい!」
「治療薬を二倍」
「輸送班」
「荷馬車を追加手配」
指示が飛ぶ。
次々に。
迷いなく。
まるで全てを予測していたかのように。
二時間後。
討伐隊は出発した。
冬枯れの森。
冷たい風。
土の匂い。
遠くから魔獣の咆哮が聞こえる。
ゼノンは最前線を駆けた。
巨大な狼型魔獣を斬る。
血飛沫。
怒号。
剣戟。
まさに戦場だった。
しかし。
異変は二日目に起きた。
森の奥で魔獣の増援が現れた。
予想以上の数。
包囲される。
「まずい!」
ガルガが叫ぶ。
「囲まれた!」
伝令が走る。
負傷者増加。
治療薬不足。
食料消費超過。
普通なら撤退判断だった。
ところが。
後方基地にいたケイは慌てない。
報告書を読む。
地図を見る。
そして。
「想定内です」
伝令が固まる。
「え?」
「予備物資を投入してください」
「予備?」
「はい」
倉庫が開かれる。
そこには大量の補給品。
パン。
干し肉。
治療薬。
毛布。
保存水。
誰も知らなかった。
ケイが既に準備していたことを。
三日目。
前線。
ゼノンは息を切らしていた。
戦い続けている。
鎧は傷だらけ。
腕も重い。
だが。
倒れない。
食料が届く。
水が届く。
治療薬が届く。
負傷者が運ばれていく。
不思議なほど戦いやすかった。
その時。
斥候が駆け込んでくる。
「補給隊到着!」
荷馬車が森へ入ってくる。
予定より早い。
普通ならありえない。
ゼノンは呆然とした。
「何でだ」
「ケイさんの指示です」
「……」
「補給切れの可能性を考慮してたそうです」
ゼノンは言葉を失った。
戦場の泥。
血。
汗。
その中で初めて気付く。
自分は剣を振っていただけだ。
食料を作ったわけではない。
運んだわけでもない。
治療薬を管理したわけでもない。
戦える環境を作ったわけでもない。
全て。
後方にいた誰かが準備していた。
討伐成功。
鋼鉄の牙は大勝利を収めた。
帰還した夜。
食堂では宴会が開かれる。
炭火焼きの肉。
香草スープ。
甘い果実酒。
笑い声。
歌声。
皆が喜んでいた。
その片隅で。
ゼノンは一人黙っていた。
視線の先。
ケイが書類を書いている。
宴会中なのに。
相変わらずである。
ゼノンは立ち上がった。
周囲が静かになる。
伝説の冒険者が動いた。
ケイの前まで歩く。
そして。
頭を下げた。
食堂が凍り付く。
ガルガが肉を落とした。
セリアがスープを吹きそうになる。
ヴィクトリアは椅子から落ちた。
ゼノンが頭を下げている。
信じられない光景だった。
「世話になった」
静かな声だった。
ケイは首を傾げる。
「何のことでしょう」
「今回の討伐だ」
「業務ですので」
「……」
ゼノンは苦笑した。
本当に。
最後までこいつは変わらない。
だが今なら分かる。
自分が生きて帰れたのは。
剣が強かったからだけではない。
後方で。
誰よりも地味な仕事をしていた男がいたからだ。
ゼノンは席に戻る。
ガルガが笑う。
「認めたか?」
「少しだけな」
「少しだけか」
「全部認めたら悔しいだろ」
食堂に笑い声が広がる。
暖炉の火が揺れる。
外では冬の風が吹いていた。
最強剣士と最強事務員。
二人はまだ分かり合っていない。
だが。
初めて互いを認め始めていた。
そしてそれは。
原作にはなかった未来だった。




