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第16話 魔王軍にも組織図はある

第16話 魔王軍にも組織図はある


その日、鋼鉄の牙の地下牢は妙な緊張感に包まれていた。


湿った石壁。


鉄格子。


松明の炎がゆらゆらと揺れ、薄暗い通路に橙色の光を落としている。


牢の中には一人の魔族が座っていた。


灰色の角。


褐色の肌。


紫色の瞳。


先日の討伐作戦で捕らえられた魔王軍の中級指揮官だった。


ガルガは腕を組む。


「で、どうするんだ」


「聞き取り調査です」


ケイは淡々と答えた。


「拷問とかじゃなくて?」


「非効率です」


「お前らしいな」


魔族は鉄格子の向こうから鼻で笑った。


「人間どもに話すことなどない」


「そうですか」


ケイは椅子に座った。


机を置く。


帳簿を開く。


羽ペンを取り出す。


いつもの仕事が始まる。


魔族が眉をひそめた。


「何をしている」


「面談です」


「面談?」


「はい」


魔族はますます警戒した。


しかしケイは本当に質問を始めただけだった。


「所属部署を教えてください」


「部署?」


「所属組織です」


「第二侵攻軍補給管理部隊だ」


ケイの手が止まる。


「補給管理部隊」


「そうだ」


「専門部隊があるのですか」


「当然だろう」


ケイの目が輝いた。


珍しく。


本当に珍しく。


ヴィクトリアは隣で嫌な予感がした。


一時間後。


会議室。


ケイは大量の資料を抱えて飛び込んできた。


顔色が違う。


明らかに興奮している。


ヴィクトリアは頭を抱えた。


「何?」


「大変です」


「何が!?」


「魔王軍が優秀です」


「褒めないで!」


ケイは黒板に図を書き始める。


ガリガリ。


チョークの音が響く。


やがて現れたのは巨大な組織図だった。


魔王。


四天王。


侵攻軍。


補給部隊。


偵察部隊。


工作部隊。


後方支援部隊。


情報管理部隊。


綺麗に整理されている。


会議室が静まり返った。


ガルガが呟く。


「何だこれ」


「組織図です」


「見れば分かる」


「素晴らしいですね」


「敵を褒めるな!」


ヴィクトリアが叫ぶ。


しかしケイは止まらない。


「報告経路が明確です」


「責任者も明確です」


「補給管理もされています」


「定例会議も実施しています」


「新人教育制度まであります」


ガルガが震えた。


「何でそんなこと知ってるんだ」


「聞きました」


「聞いたら答えるのかよ!」


地下牢の魔族が意外と話好きだったのである。


その日の昼。


食堂では魔王軍の組織図が話題になっていた。


香草焼きの鶏肉。


キノコのスープ。


焼きたての白パン。


美味しそうな匂いが漂う中、冒険者たちは資料を囲んでいる。


「俺たちよりしっかりしてねぇか?」


「言うな」


「悲しくなる」


セリアはため息をついた。


「新人教育まであるのね」


「あります」


ケイが即答する。


「休暇制度もあります」


全員が固まった。


「え?」


「休暇制度?」


「はい」


「魔王軍に?」


「はい」


ガルガが椅子から落ちた。


その夜。


ケイはさらに資料を読み込んでいた。


だが。


そこで異変に気付く。


「おかしい」


「何が?」


ヴィクトリアが尋ねる。


ケイは資料の一部を指差した。


「補給記録です」


数字が並んでいる。


普通なら誰も分からない。


だがケイには見えた。


違和感が。


「ここです」


「何が?」


「食料供給量が不自然です」


「全然分からない」


「三割足りません」


ヴィクトリアは目をぱちぱちさせた。


ケイは資料をめくる。


さらに調べる。


別の記録。


別の報告書。


別の証言。


やがて彼は確信した。


「なるほど」


「だから何が!」


「魔王軍は優秀です」


「うん」


「しかし内部が壊れています」


静寂。


ガルガが顔を上げた。


「壊れてる?」


「はい」


ケイは新しい図を書く。


今度は組織図ではない。


矢印。


数字。


人名。


複雑に絡み合う関係図。


「第二軍と第三軍が対立しています」


「派閥争いです」


「補給物資の横流しもあります」


「昇進競争も激しい」


「責任の押し付け合いもあります」


ヴィクトリアが目を見開いた。


「それって」


「はい」


ケイはうなずく。


「人間と同じです」


会議室が静まり返った。


魔王軍は恐ろしい。


残虐だ。


強大だ。


だが。


中身は意外なほど人間臭かった。


翌日。


地下牢。


ケイは再び魔族と向かい合う。


魔族は苦笑した。


「気付いたか」


「はい」


「どこも同じだ」


魔族は肩をすくめる。


「出世争い」


「派閥争い」


「責任逃れ」


「上司へのごますり」


「人間も魔族も変わらん」


松明の炎が揺れる。


ケイは静かにうなずいた。


「興味深いです」


「お前は変な奴だな」


魔族は笑う。


そしてぽつりと呟いた。


「実はな」


「何でしょう」


「うちの四天王同士、仲が最悪なんだ」


ケイの目が光った。


魔族は気付かなかった。


いや。


気付くべきだった。


その表情は獲物を見つけた狩人そのものだったから。


その夜。


執務室。


ヴィクトリアは嫌な予感しかしなかった。


ケイは地図を広げている。


大量の資料もある。


そして一言。


「勝てます」


「何に?」


「魔王軍です」


「どうして!?」


ケイは静かに答えた。


「組織の弱点が見えました」


窓の外では夜風が吹いていた。


月明かりが机を照らす。


魔王軍は強い。


だが完璧ではない。


報連相がある。


組織図もある。


責任者もいる。


だからこそ。


組織である以上、弱点も存在する。


そして。


その弱点を見つけることに関してだけは。


剣聖も。


大魔導士も。


魔王も。


誰も事務員ケイには敵わないのだった。



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