第15話 恋愛トラブル発生時の対応フロー
第15話 恋愛トラブル発生時の対応フロー
その日、鋼鉄の牙の食堂には朝から不穏な空気が漂っていた。
焼きたてのパンの香り。
野菜たっぷりのスープ。
香草をまぶしたベーコン。
いつもなら食欲をそそる匂いで満ちる時間帯だ。
しかし今朝は違った。
食堂の中央で二人の冒険者が睨み合っている。
「お前、昨日リリアと一緒にいたよな」
「だから何だ」
「だから何だじゃねぇ!」
椅子が倒れる。
周囲が慌てて距離を取る。
ガルガはパンをかじりながら呆れた。
「またか」
セリアもため息をつく。
「今月だけで何回目?」
その時だった。
後ろから静かな声が響く。
「今月七件目です」
全員が振り向く。
ケイだった。
黒いベスト。
白いシャツ。
片手には帳簿。
いつも通り無表情。
しかしヴィクトリアは嫌な予感がした。
ケイが数字を持ち出した時は危険である。
非常に危険である。
案の定、その日の午後。
臨時会議が招集された。
会議室に集められた幹部たちは不安そうな顔をしている。
ケイは資料を配った。
表紙には大きな文字。
『恋愛関連トラブル分析報告書』
ガルガが頭を抱えた。
「嫌な予感しかしねぇ」
「奇遇ですね」
ケイが答える。
「私もです」
ヴィクトリアは吹き出しそうになった。
ケイは黒板の前に立つ。
「過去三か月間のトラブルを分析しました」
資料がめくられる。
そこには実に恐ろしい数字が並んでいた。
依頼放棄。
無断欠勤。
パーティー解散。
喧嘩。
治療拒否。
決闘騒ぎ。
原因欄。
そこにはほぼ同じ文字。
『恋愛関係』
『恋愛関係』
『恋愛関係』
『元恋人との対立』
『三角関係』
『失恋』
会議室が静まり返る。
「魔王軍より被害出てません?」
ヴィクトリアが呟いた。
「その通りです」
ケイが即答した。
「魔王軍は月平均二件です」
「恋愛は七件です」
「恋愛の方が強いじゃない!」
ガルガが笑いをこらえている。
だがケイは真剣だった。
非常に真剣だった。
「結論が出ました」
嫌な予感しかしない。
全員がそう思った。
ケイは宣言する。
「恋愛を禁止します」
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
そして。
「そんな権限あるわけないでしょう!」
ヴィクトリアが机を叩いた。
「え?」
珍しくケイが驚く。
「恋愛よ!?」
「はい」
「感情よ!?」
「はい」
「禁止できるわけないでしょ!」
会議室中がうなずく。
さすがに無理だ。
恋愛禁止。
冒険者たちは魔物ではない。
人間である。
ケイは腕を組んだ。
考える。
三十秒ほど考えた。
そして。
「確かに」
「認めた!」
「法的拘束力がありません」
ヴィクトリアは深くため息をついた。
その三日後。
ギルドの掲示板に新しい張り紙が出現した。
冒険者たちは騒然となる。
題名。
『恋愛トラブル発生時の対応フロー』
「何だこれ」
「怖ぇ」
「見る前から怖ぇ」
内容はさらに恐ろしかった。
『交際開始時』
『可能であれば報告』
『同一パーティー所属の場合はリスク説明実施』
『別れた場合』
『三日以内に事務局へ報告』
『感情的対立が発生した場合』
『面談実施』
『必要に応じてパーティー再編成』
『復縁・再交際』
『前回トラブルの再発防止策提出』
ガルガは紙を見ながら震えた。
「何で再発防止策がいるんだ」
後ろからケイが現れる。
「同じ失敗を繰り返さないためです」
「恋愛に失敗って概念を持ち込むな!」
数日後。
実際に効果が現れた。
若い冒険者のカップルが別れた。
以前なら大喧嘩だった。
しかし今回は違う。
ケイが面談室に呼ぶ。
「お二人に確認します」
「はい……」
「はい……」
元恋人同士がしょんぼり座っている。
「依頼遂行に支障はありますか」
「ありません」
「パーティー継続は可能ですか」
「多分……」
「多分は禁止です」
二人が震えた。
「可能です」
「可能です」
「承知しました」
判子。
ぽん。
それだけだった。
恋愛問題が終わった。
数日後。
食堂で噂になる。
「失恋したら面談だぞ」
「怖すぎる」
「泣く暇もない」
「ケイが議事録取るらしい」
「魔王より怖ぇ」
そんな噂が広がった。
そして事件は起きる。
質問箱に匿名の相談が入った。
『ギルド長が事務員を好きだったらどうすればいいですか』
ケイは紙を見た。
ヴィクトリアは顔を真っ赤にした。
「誰よこんなの!」
「匿名です」
「読むな!」
「既に読みました」
「忘れなさい!」
食堂中が爆笑する。
ガルガは机を叩いて笑っている。
セリアは涙を流していた。
ヴィクトリアは恥ずかしさのあまりケイを睨む。
だが。
当の本人は首を傾げていた。
「恋愛相談ですね」
「違う!」
「では苦情ですか」
「違う!」
「分類が難しいですね」
ヴィクトリアは頭を抱えた。
窓の外では夕暮れが広がっている。
訓練場から笑い声が聞こえる。
焼き鳥の香ばしい匂いが漂う。
かつての鋼鉄の牙は感情の衝突で崩壊しかけていた。
だが今は違う。
恋愛はなくならない。
嫉妬も失恋もなくならない。
人間だからだ。
だから禁止するのではなく。
壊れた時の対処法を作る。
それがケイの答えだった。
そして冒険者たちは知る。
魔物との戦いより。
魔王軍との戦いより。
恋愛トラブル発生時の対応フローの方が。
少しだけ恐ろしいのだと。




