第11話 会議は踊る、されど進まない
第11話 会議は踊る、されど進まない
迷宮都市アルカディアの中心部にある都市ギルド連合本部は、白い大理石で造られた壮麗な建物だった。
高い天井。
赤い絨毯。
磨き上げられた真鍮の燭台。
かつて王城だった建物を改装したというだけあって、鋼鉄の牙の質実剛健なギルドとは比べ物にならない豪華さである。
その大きな会議室の隅で、ケイは黙々とペンを走らせていた。
黒いベストに白いシャツ。
地味な服装。
冒険者らしい装飾品は一つもない。
机の上には革張りの手帳と大量の紙束。
それだけだ。
対照的に、会議室では怒号が飛び交っていた。
「だから言っているだろう! 西門が突破されたのは紅蓮の槍の対応が遅れたからだ!」
「ふざけるな! 最初に撤退したのはお前たちだろうが!」
「うちの被害額は過去最大なんだぞ!」
「それはお前の采配ミスだ!」
机を叩く音。
椅子を蹴る音。
香水の匂いと汗の臭いが混ざり、会議室の空気はむっと熱を帯びていた。
ケイは淡々と議事録を書く。
『議題一。スタンピード発生時の責任所在について』
『開始から一時間経過』
『結論なし』
ペン先がさらさらと紙を滑る。
隣に座るヴィクトリアは胃を押さえていた。
薄青色のドレス姿の彼女は小声で囁く。
「ねえ……」
「はい」
「いつもこんな感じなの?」
「初参加なので分かりません」
「いや、空気で察して」
ケイは会議室を見渡した。
そして答える。
「察しました」
「どう思った?」
「業務効率が著しく低いです」
ヴィクトリアは頭を抱えた。
会議はさらに続いた。
二時間。
三時間。
昼になった。
それでも何も決まらない。
ようやく休憩となり、会議室の隣の食堂が開放された。
各ギルドの代表者たちは文句を言いながら昼食へ向かう。
テーブルには豪華な料理が並んでいた。
香草をまぶしたローストチキン。
焼きたてのパン。
野菜たっぷりのスープ。
果物の盛り合わせ。
ヴィクトリアはパンをちぎりながらため息をつく。
「疲れた……」
「まだ半日残っています」
「言わないで」
ケイは静かにスープを飲んだ。
鶏の出汁が効いている。
温かい。
前世のコンビニ弁当よりずっと美味しい。
だが。
彼の表情は変わらなかった。
会議再開。
そして再び地獄が始まる。
「そもそも予算配分がおかしい!」
「人員不足なんだ!」
「若い冒険者が育たない!」
「昔はもっと根性があった!」
「最近の若者は――」
その時だった。
ケイのペンが止まる。
かちり。
会議室に小さな音が響いた。
誰も気づかない。
しかしヴィクトリアだけは知っていた。
これは危険な兆候だ。
ケイが限界に近い。
案の定、五分後。
ケイはゆっくりと立ち上がった。
全員の視線が集まる。
誰だこいつは、という顔。
都市連合の幹部たちはケイのことをよく知らない。
ただ最近話題の鋼鉄の牙の事務員という認識しかなかった。
白髪交じりの壮年の男が鼻を鳴らす。
「何かね、若者」
ケイは手元の資料を閉じた。
そして淡々と言った。
「確認ですが、本日の議題はスタンピード対策の改善案策定で間違いありませんか」
「そうだ」
「では現在まで六時間四十二分経過しています」
ざわり。
「そのうち具体的改善案に関する議論は十一分です」
沈黙。
「残りは責任追及、過去事例、自慢話、感情論でした」
空気が凍る。
「き、貴様!」
「議事録に基づく事実です」
ケイは一枚の紙を持ち上げた。
「また、本日の発言回数上位三名で全体の発言時間の六十三パーセントを占有しています」
三人の幹部が顔を青くする。
ヴィクトリアは心の中で叫んだ。
やめて。
本当にやめて。
でも止まらない。
ケイは続ける。
「結論が出ないのであれば、発言時間を一人三分に制限します」
しん。
会議室が静まり返る。
誰も口を開けない。
まるで高位魔族が現れたかのようだった。
やがて一人が怒鳴った。
「会議を何だと思っている!」
ケイは即答した。
「意思決定の場です」
「違う!」
「では何ですか」
男は答えられなかった。
ケイはさらに追撃する。
「議題ごとに結論を決めます」
「発言は三分」
「脱線した場合は私が止めます」
「異論がある方は挙手してください」
誰も手を挙げない。
いや。
挙げられない。
議事録という名の証拠を持つ男に。
十分後。
奇跡が起きた。
会議が進んでいる。
「新人教育制度を整備する」
「賛成」
「予算は各ギルド負担」
「異議なし」
決まった。
初めて決まった。
二分で。
十五分後。
二つ目の議題も終わる。
三十分後。
三つ目も終わる。
幹部たちは次第に恐怖し始めた。
この男は何だ。
剣も持たない。
魔法も使わない。
だが誰よりも会議を支配している。
夕暮れ。
窓の外が橙色に染まる頃。
予定されていた議題は全て終了した。
会議室を出る幹部たちはぐったりしていた。
まるで強敵との戦闘後のように。
すれ違いざまに一人が呟く。
「鋼鉄の牙の事務員……」
「噂以上だな……」
別の男も青ざめた顔で言う。
「魔王軍より恐ろしいかもしれん」
ケイは聞こえていないようだった。
淡々と議事録を整理している。
ヴィクトリアはそんな彼を見つめる。
「ねえ」
「何でしょう」
「あなた、自覚ないでしょ」
「何のですか」
「今この都市で一番怖がられてること」
ケイは首を傾げた。
そして真顔で答える。
「心外です」
「私はただ業務改善を提案しただけです」
ヴィクトリアは吹き出した。
窓の外では夕焼けが燃えている。
都市を救った英雄たちは剣を持っていた。
だが。
今、会議室を制圧した男の武器は。
一本のペンと、分厚い議事録だった。




