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第八章「積もる怨嗟」

 アーバンプロモーション株式会社の応接室。

 山岸と中島はソファに腰掛け、営業部の山田を待っていた。

室内は整然としているが、どこか息苦しい。壁に掛けられた企業理念の額や、無機質な観葉植物が妙に目に付く。

 関根という男が、この会社の中でどのような空気を作っていたのか。

それを確かめるには、ここで働く人間の言葉を積み上げていくしかない。

 ノックの音。

ドアが開き、一人の男が入ってくる。

「失礼します。営業部の山田直彦です」

 やや緊張した面持ちだった。背筋は伸びているが、肩に力が入っている。

山岸と中島も立ち上がる。

「新宿東警察署の山岸です」

「同じく中島です」

簡単な挨拶を交わし、互いに腰を下ろす。

山岸と中島の向かい側に山田が座った。

山田は一度、膝の上で手を組み直す。指先がわずかに震えている。

「関根部長の件でという事ですが……」

山田が口を開く。

「あれは雨宮さんが犯人という事で決着したんじゃないんですか?」

「ええ、そうなんですが」

山岸は穏やかに答える。

「どうも違うようでしてね。再捜査することになったんです」

山田の表情がわずかに強張る。

「そう……なんですか」

その反応は驚きというより、どこか厄介事が戻ってきたような顔だった。

中島が手帳を開く。

「山田さん。事件当夜、二十時から二十二時頃はどちらで何をしていましたか?」

「その日は……家で一人でテレビを見てました」

視線が少し下がる。

答え自体は淀みないが、目線が泳ぐ。

「アリバイを証明できる方はいらっしゃいますか?」

「いません。一人暮らしなんで……」

「そうですか」

中島は淡々と記録する。

ペンの音だけが一瞬、部屋に響いた。

山岸が少し身を乗り出す。

「山田さん。率直にお聞きします。あなたは関根さんからかなりのモラハラを受けていたと聞いています」

空気がわずかに張り詰める。

「関根さんが殺害されたと聞いて、どう思いましたか?」

山田の顔が歪む。

それは一瞬だったが、抑え込んでいた感情が確かに顔を出した。

「あんな奴、殺されて当然ですよ!」

強い口調だった。

「死んだと聞いて清々しましたよ!」

言い切ってから、はっとしたように視線を逸らす。

言い過ぎたと自覚したのだろう。

「でも……だからと言って、殺人なんて……」

声が弱まる。

自分の中の本音と建前がぶつかり合っている。

山岸はその様子を静かに見ていた。

責めるでもなく、同情するでもなく、ただ観察する。

「どのようなことをされていたんですか?」

山岸が穏やかに続ける。

「モラハラ、と言われても人によって受け取り方が違いますから」

山田は苦笑いを浮かべる。

「……そうですね」

一度、言葉を選ぶように間を置く。

「成果は全部自分のものにするんです」

「ほう」

「僕が取ってきた案件でも、最終報告では関根部長の手柄になる。評価も全部あの人に行く」

「それは会社としては把握していなかった?」

「どうですかね……上にはうまくやってましたから」

山田の声には諦めが混じる。

「他には?」

中島が問う。

「気に入らないと人前で怒鳴るんです。会議中でも、廊下でも」

「具体的には?」

「“お前みたいな無能が営業名乗るな”とか、“会社の足引っ張ってる自覚あるのか”とか……」

言葉にするほどに、その記憶が蘇るのか、山田の表情が硬くなる。

「……日常的に、ですか?」

「ええ」

短く答える。

「それでも会社に残り続けた理由は?」

山岸が静かに問う。

少し意地の悪い質問だが、反応を見るためには必要だ。

「……辞めたら負けだと思ったんです」

山田は小さく笑う。

「アイツのせいで辞めるのは、何か違う気がして」

「なるほど」

山岸は頷く。

「では、殺しそうなほど恨んでいた人物に心当たりは?」

「さあ……」

山田は苦い顔をする。

「沢山いそうですが……特に誰がっていうのは……」

この“沢山いる”という言葉が、この会社の空気を象徴していた。

一人ではない。

個人的な恨みではなく、構造としての怨嗟。

それが積もっている。

「分かりました」

山岸はそれ以上踏み込まない。

「今日のところはこの辺で。またお話を伺うことがあるかもしれません」

「分かりました」

山田は立ち上がる。

少しだけ肩の力が抜けている。

吐き出したことで、幾分か軽くなったのかもしれない。

「では、石川さんを呼んで下さい」

「はい。失礼します」

山田が部屋を出ていく。

ドアが閉まると、しばし静寂が落ちた。

中島が小さく息を吐く。

「……相当ですね」

「ああ」

 岸は短く答える。

「一人や二人の恨みじゃない。積もってる」

 井を見上げるように視線を上げる。

「こういう時はな……」

 瞬だけ言葉を切る。

「誰がやってもおかしくない」

中島は黙って頷いた。

 次の人物を待つ間、応接室の空気は先ほどよりも重くなっていた。

まるで、この部屋自体に見えない感情が沈殿しているかのように。

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