第四章「自白」
アーバンプロモーション株式会社の応接室。
簡素なテーブルの前にあるソファーに山岸と中島が座っていた。ほどなくしてドアがノックされ、スーツ姿の男が入ってくる。
「小林です」
落ち着いた声だった。
「新宿東警察署の山岸と中島です」
山岸が名乗る。
小林は軽く会釈し、促されるままソファに腰を下ろした。
「関根孝司さんがお亡くなりになられました」
一拍の間。
「一体何があったんですか?」
小林の表情は大きくは崩れない。だが、声の調子がわずかに低くなる。
「今調べているところですが、関根さんが昨晩、ご自宅で何者かに殴られて亡くなったのは間違いないようです」
「犯人はまだ分からないんですか?」
「ええ。ですので、その為に皆さんにお話を伺っています」
「分かりました。何でも聞いて下さい」
小林は背筋を伸ばし、静かに応じた。
「ありがとうございます」
山岸は軽く頷き、隣の中島に目を向ける。
「中島」
「はい」
中島は手帳を開き、視線を落とした。
「では……死亡推定時刻の昨夜二十時から二十二時頃、どちらで何をしていましたか?」
「自宅で今日のプレゼン資料をまとめていました」
間を置かずに答える。
「お一人でですか?」
「はい」
「関根さんを恨んでいそうな方に心当たりはありますか?」
小林は少しだけ考えるように視線を落とした。
「……あまり人に好かれるタイプではなかったので、大勢いると思います。ただ、殺すほどかどうかは……」
「特に恨んでいたと思われるのは誰ですか?」
「そうですね……」
小林は指を組み、言葉を選ぶ。
「営業部の山田は、大勢の前で“バカ”だの“役立たず”だの言われたり、無視されたりしていました。傍から見ても酷い扱いでしたし……」
一度言葉を切る。
「経理部の石川さんは、頻繁に体を触られたり、食事や飲みに誘われたりして、かなり嫌がっていました」
さらに続ける。
「それと、同じ営業企画部の内海は、無理な仕事を押し付けられて、出来ないと殴る蹴る。仕事は評価されず、関根さんのミスを押し付けられることもありました。この三人は、かなり恨んでいたと思います」
「モラハラにセクハラにパワハラか……」
山岸が小さく息を吐く。
「確かに人に好かれるタイプではなさそうですね」
「ええ」
小林は短く答えた。
「分かりました。ありがとうございます。何か気が付いたことがあれば、こちらにご連絡ください」
山岸は名刺を差し出す。
「分かりました」
小林はそれを受け取り、立ち上がる。
「では、次は雨宮さんにお話を伺いたいので、こちらに呼んで下さい」
「分かりました。では失礼します」
小林が部屋を出る。
扉が閉まってから、数秒の静寂。
やがて、再びノックの音がした。
「失礼します」
入ってきたのは、やや顔色の悪い若い女性だった。
「雨宮です」
「新宿東警察署の山岸と中島です。どうぞお掛け下さい」
雨宮は小さく頷き、ソファに腰を下ろす。
三人の間に、張り詰めた空気が流れる。
「関根孝司さんがお亡くなりになられました」
山岸が告げる。
「あの……犯人は……?」
雨宮の声はわずかに震えていた。
「まだ、亡くなられたとしかお伝えしていませんが」
山岸が静かに返す。
「どうして殺人だとお思いに?」
「え?……いや……その……さっき小林さんに聞いて……」
視線が泳ぐ。
指先が落ち着きなく動いていた。
「昨夜二十時から二十二時頃、どちらで何をしていました?」
中島が淡々と問いかける。
「え……と……その……」
言葉が出てこない。
喉が詰まったように、呼吸だけが荒くなる。
「何かあるのなら、全て正直に話してくれませんか?」
山岸の声は低く、穏やかだった。
その一言が、堰を切った。
雨宮は両手で顔を覆い、そのまま泣き崩れる。
「すみません……私が殺したんです……」
応接室の空気が、一瞬で変わった。
中島が顔を上げる。
山岸は動じず、静かに続けた。
「何があったんですか?」
雨宮は涙で途切れながら言葉を紡ぐ。
「関根さんに……プレゼンの件で呼ばれて……自宅に行ったら……押し倒されて……無理やり……」
肩が震える。
「必死で抵抗して……その時に……手近にあった空のワインボトルで殴って……逃げたんです……」
嗚咽が混じる。
「殺すつもりは無かったんです……でも……でも……」
山岸は短く頷いた。
「分かりました。お気持ちは分かりますよ」
落ち着いた声だった。
「すみません……ただ、逃げたかっただけなんです……」
雨宮は顔を上げることなく言う。
その言葉には、取り繕いのない切実さがあった。
「署の方へ御同行して頂けますか?」
山岸が静かに言う。
雨宮は小さく頷く。
「分かりました……」
こうして、この事件は“解決”へと向かっていく。
少なくとも、この時点では――誰もがそう思っていた。




