第十二章「繋がる線」
田所は画面を指で軽く叩いた。
「先ず、雨宮さんが持っていたプレゼン資料。これでプレゼンに臨むはずだった」
「はい。私はそのつもりでいました」
雨宮が静かに頷く。
「しかし誰かが間違いに気付いた」
田所はもう一つの画面へ視線を移す。
「それで修正されたのが、被害者のノートパソコンにあるデータだ」
「なるほど」
山岸が腕を組む。
「このパソコンにサインインした時、このプレゼン資料が開いた状態になっていた」
「被害者が亡くなる直前に、このデータを見ていたという事ですね」
夏野が確認する。
「そうだ」
「じゃあ、被害者がデータを修正したという事ですか?」
田所は首を横に振る。
「いや」
雨宮がすぐに続けた。
「違うと思います。関根部長は画像の修正なんて出来なかったはずですから」
「そう」
田所は頷く。
「このデータを修正したのは被害者じゃない」
一拍置く。
「だが被害者は、“自分が修正した”という体で動いている」
山岸が眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「修正後のデータを高木本部長にメールで送っている」
「……自分の手柄にしたってことか」
「そうだ」
田所はあっさりと言った。
雨宮が小さく苦笑する。
「関根部長のやりそうなことです」
田所は続ける。
「そのメールの送信時間は二十一時五分」
指で時間の欄を示す。
「つまり、この時間までは被害者は生きていた」
夏野がはっきりと言った。
「これで雨宮さんは完全にシロですね」
山岸が腕を組んだまま唸る。
「それなら、高木本部長が気付きそうなもんだが……」
「業務時間外に会社支給のパソコンを細かく確認するとは限らない。それに、翌日に責任者が死亡している」
田所は淡々と続ける。
「メールの送信時間まで気が回らなくても不思議じゃない」
「なるほどな……」
山岸は納得したように頷く。
夏野が視線を落とす。
「でも、被害者自身が修正していないとすれば……このデータはどこから来たんでしょう」
その問いに、田所は即座に答えた。
「USBメモリだ」
「USB?」
山岸が顔を上げる。
「このパソコンには、外部記憶媒体が接続された履歴が残っている」
「そんなの見て分かるもんなのか?」
「Windowsの内部には、接続されたUSB機器の情報が記録される」
田所は画面のログを指す。
「機器のIDやシリアル番号、接続時間……そういうものがな」
山岸が唸る。
「じゃあ、それで犯人が特定できるのか?」
「いや、それだけじゃ弱い」
田所は首を振る。
「同じIDのものが複数ある場合もあるし、シリアルが取得できない機種もある。これはあくまで状況証拠の一つだ」
「だが……」
夏野が言葉を継ぐ。
「USBメモリが挿されているという事は、雨宮さんが帰った後に誰かが来ている」
「そういうことだ」
田所が頷く。
山岸がゆっくりと息を吐く。
「そいつが犯人……ってことだな」
「そうだ」
田所は一度全員を見回した。
「プレゼンの参加者で」
一つ目の条件。
「画像の修正が出来る人間」
二つ目。
「夜にもかかわらず、データを持って報告に来る理由がある人間」
三つ目。
「そして――手柄を横取りされる立場にある人間」
沈黙。
雨宮が小さく呟く。
「……小林さん……」
田所は静かに頷いた。
「そうだ」
「クリエイティブディレクター、小林和裕」
そして画面を指で示す。
「この修正データの作成者名……小林和裕になっている」
山岸が勢いよく立ち上がる。
「よし!これで逮捕状が取れる!」
振り返る。
「証拠品はもらっていくぞ」
雨宮に向き直る。
「雨宮さん、念の為、そのUSBメモリ借りますね」
「分かりました」
山岸はノートパソコンとUSBメモリを手に取ると、そのまま足早に事務所を出ていった。
ドアが閉まる。
静けさが戻る。
田所はふっと息を吐いた。
「雨宮さんの複雑な心境、お察しします」
雨宮は視線を落としたまま言う。
「上司が殺されて、同僚が犯人なんて……」
その言葉には実感がこもっていた。
夏野が優しく言う。
「有休でも取って、少し休まれた方がいいと思いますよ」
雨宮は首を横に振る。
「いえ……会社に行くと事件の事を思い出しそうですし……それに」
一瞬、言葉を切る。
「上司を殴って逮捕された事実は残りますから……退職して、一から出直します」
夏野は静かに頷いた。
「そうですね。まだ若いんですし、いくらでもやり直せますよ」
その言葉は、慰めではなく、現実としてまっすぐに置かれていた。




