第十章「外側の火種」
アーバンプロモーション株式会社の応接室。
山岸と中島が次の人物を待っていると、控えめなノックの音が響いた。
「失礼します。営業企画部の内海恭平です」
ドアを開けて入ってきたのは、やや神経質そうな印象の男だった。
山田や石川の時と同じように挨拶を交わし、三人はソファに腰を下ろす。
短い沈黙の後、山岸が口を開いた。
「関根さんの事件ですが、雨宮さんが殺したわけではない可能性が出てきましてね。再捜査することになりました」
「そうなんですか……」
内海はわずかに目を伏せた。
「それで、幾つかお話を聞きたいんですが」
「分かりました。僕が答えられる範囲であれば」
中島が手帳を開く。
「では、事件当夜のアリバイをお聞かせください」
「家で彼女と一緒にいました」
即答だった。
山岸が頷く。
「内海さんは普段から被害者にパワハラを受けていたようですね」
「はい」
短く、しかしはっきりとした返事。
「動機はある、ということですね」
「ええ」
内海は苦笑する。
「空想の中では何度も殺しましたよ」
その言い方は軽いが、内容は軽くない。
山岸は表情を変えずに続けた。
「被害者と同じ営業企画部ですよね。仕事上のトラブルはありませんでしたか?」
「しょっちゅうありました」
即答だった。
「最近で一番ひどかったのは、ブルーリンク・デジタル株式会社の件です」
中島がペンを走らせる。
「詳しく聞かせてもらえますか」
内海は少し考えるように視線を上げ、言葉を選びながら話し始めた。
「ブルーリンク・デジタル株式会社に、業務管理ツールの制作を依頼したんです。最初は売上の表示とグラフ機能、それにCSV出力くらいのシンプルな仕様でした」
一拍。
「それが途中から、“リアルタイム更新にしろ”“スマホでも見られるようにしろ”“分析機能を付けろ”って、どんどん仕様を増やしていったんです」
眉間に皺が寄る。
「しかも納期を前倒しさせた上で、追加で発生した費用については“最初の契約範囲内だ”って言って支払いを拒否したんです」
吐き捨てるような口調だった。
「それで、向こうの社長とかなり揉めてました」
「なるほど……」
山岸は静かに頷く。
「ありがとうございます。参考になりました」
簡単なやり取りを終え、三人は立ち上がる。
「本日は以上です。また何かあればお話を伺うかもしれません」
「分かりました」
内海が頭を下げ、部屋を出ていった。
その後、山岸と中島は会社を後にし、車に乗り込む。
エンジンがかかり、ゆっくりと走り出す。
「内海さんのアリバイの裏を取らなかったのはどうしてですか?」
助手席の中島が問いかける。
山岸は前を見たまま答えた。
「もう事件から数日経ってる。“彼女”なら口裏を合わせて嘘をつく可能性もある」
一拍置く。
「“彼女と二人で家にいた”なんてのは、アリバイが無いって言ってるのと同じだ」
「なるほど……」
中島は頷く。
「結局、皆、動機があってアリバイが無いですね」
「疑わしい人間が増えただけだな」
山岸は小さく息を吐く。
「まあ、でも普通はアリバイなんて意識して生活してないですからね。僕だって、仕事終わってから寝るまでの時間で、はっきり証明できる日なんて少ないですよ」
「確かに独身だとそうなるな」
山岸はわずかに笑う。
「しかもこの仕事してると、逆にきっちりしたアリバイがある方が怪しく見えてくる。工作したんじゃないかってな」
「職業病ですね」
「ああ、間違いない」
車はそのまま目的地へ向かう。
やがて、ブルーリンク・デジタル株式会社に到着する。
二人は受付を通され、応接室へ案内された。
しばらくして、一人の男が入ってくる。
「社長の小牧秀俊です。どの様なご用件でしょうか?」
落ち着いた口調だが、どこか警戒が滲んでいた。
「新宿東警察署の山岸と中島です」
名乗り、続ける。
「アーバンプロモーション株式会社の関根さんの件なんですが」
小牧の表情がわずかに歪む。
「あいつか……。あの男が何か?」
「先日、殺害されまして」
一瞬、空気が止まる。
「殺された!?」
「はい」
小牧は腕を組み、じっと山岸を見る。
「それで、私が容疑者ということですか?」
「いえ。そこまでではありません。ただ、被害者とトラブルがあったと伺いましたので、お話を聞きに来ました」
中島が続ける。
「事件当夜、どちらで何をされていましたか?」
「事件当夜と言われても……いつのことですか?」
「失礼しました。五日前の二十時から二十二時頃です」
「ああ、その時間なら残業してましたよ」
小牧は即答する。
「その関根のお陰でね」
「どういうことです?」
「あいつが次々と仕様変更を押し付けてきた上に、納期まで縮めてきたんです。他の仕事に遅れが出て、その埋め合わせで残業してたんですよ」
小牧は机の上のメモ用紙を取り、ペンを走らせる。
三人分の名前と連絡先を書く。
「この三人が一緒に残業してました。確認してください」
山岸はそれを受け取る。
「お忙しいところお時間を取らせてしまってすみません」
「いえ」
小牧は苦笑する。
「殺してやりたいとは思いましたが、そんな暇があるなら仕事してますよ」
皮肉交じりの言葉だった。
「ありがとうございました。これで失礼します」
二人は立ち上がり、応接室を後にした。
外に出る。
少し強い日差しが差し込んでいた。
「どう思います?」
中島が聞く。
山岸は歩きながら答えた。
「シロだな」
一言だった。
「一応、さっきの三人には確認するが……たぶん徒労に終わる」
「長年の勘ってやつですか?」
「まあ、そんなところだ」
山岸は空を見上げた。
だがその目は、まだどこか別のものを探しているようだった。




