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第19話 許された者たち

 許された者は、楽になるのだろうか。


 俺は、そう思っていた時期がある。


 罪を赦される。


 命を取られずに済む。


 首を差し出さずに済む。


 家が残る。


 名が残る。


 ならば、許された者は救われるのだろうと。


 だが、稲生の後で分かった。


 許しは、縄だ。


 首にかかる縄ではない。


 もっと見えにくい。


 命を残された者の胸の奥にかかる縄だ。


 逃げようと思えば逃げられる。


 だが、逃げれば自分の名が腐る。


 立とうと思えば立てる。


 だが、立つたびに、あの日許されたことを思い出す。


 死ぬ方が楽な者もいる。


 生きて償えと言われる方が、重い者もいる。


 俺は、柴田勝家を生かした。


 林美作守を生かした。


 勘十郎を許した。


 捕らえた者たちにも飯を食わせた。


 それで、城が急に穏やかになるはずもない。


 むしろ、城の中には今までと違う種類の静けさが生まれた。


 恐怖だけではない。


 安堵だけでもない。


 皆が、次に俺が何をするのか見ている。


 信長は甘いのか。


 信長は恐ろしいのか。


 信長は人を生かして縛るのか。


 それとも、ただ弟を斬れなかっただけなのか。


 どの噂も半分は当たっている。


 半分しか当たっていない。


 だから人は困る。


 人は、分かりやすい主を好む。


 俺は、いまだに分かりにくいらしい。


 稲生の翌日、柴田勝家が登城した。


 甲冑ではなかった。


 だが、平服というほど軽くもない。


 負けた男として詫びに来たのか、臣として改めて仕えるために来たのか、その両方に見える姿だった。


 柴田らしい。


 媚びはない。


 だが、無礼でもない。


 俺は広間で会った。


 周囲には恒興、長秀、佐久間、犬千代が控えている。


 帰蝶はいない。


 だが、どこかでこの場の空気は拾っているだろう。


 あの女の耳は、城の柱の中にまで入っているのではないかと時々思う。


「柴田勝家、参上仕りました」


 柴田は深く頭を下げた。


 俺はしばらく黙っていた。


 沈黙は、時に言葉より重い。


 政秀なら、若、無駄に黙るのは悪趣味でございます、と言ったかもしれない。


 俺は少しだけ心の中で謝った。


 今日は無駄ではない。


「顔を上げろ」


 柴田は顔を上げた。


 目はまっすぐだった。


 負けてなお、折れていない。


 そこがよい。


 そして危うい。


「体は」


「かすり傷にございます」


「兵は」


「失いました」


 短い答えだった。


 だが、その二文字には重さがあった。


 失いました。


 勝った側の俺にも、失った者はいる。


 負けた側にも、失った者がいる。


 それを数にしてしまえば楽だ。


 しかし、名がある。


 長秀の帳面に、ひとつずつ名が残っている。


「お前の兵の名は、長秀が拾っている」


 俺が言うと、柴田の目がわずかに動いた。


「敵兵の名まで、でございますか」


「同じ織田だ」


 柴田は黙った。


 その沈黙には、昨日の稲生の土と血の匂いが残っているようだった。


「若君」


「何だ」


「私は、許されました」


「ああ」


「されど、私の兵は死にました」


「そうだ」


「私だけが生きて働くことを、あの者らはどう思いましょう」


「死者は答えない」


 柴田の眉が動いた。


 俺は続けた。


「だから、生きている者が勝手に意味をつけるしかない。お前が逃げれば、お前の兵は無駄死にになる。お前が働けば、あの者たちは織田を割った兵ではなく、織田が変わるために死んだ兵になるかもしれぬ」


「変わるために」


「きれいな言葉だと思うか」


「はい」


「俺もそう思う」


 広間が少し緊張した。


 俺は柴田から目を逸らさなかった。


「きれいな言葉は、使い方を誤ると死者を飾るだけになる。だから、飾りで終わらせるな。お前が働け」


 柴田は深く頭を下げた。


「この命、働きにてお返しいたします」


「命を軽く言うな」


 柴田が顔を上げた。


「は」


「すぐ命を差し出すな。命を使え。生きて使え」


 柴田は、しばらく俺を見ていた。


 そして、今度はゆっくり頭を下げた。


「承知いたしました」


 その頭は、昨日の敗者のものとは違っていた。


 完全な忠義ではない。


 まだ疑いもあるだろう。


 だが、自分の命をどこへ置くかを少し考え直した男の頭だった。


「柴田」


「はっ」


「しばらく兵の立て直しを見ろ。稲生で負けた兵も、こちらで勝った兵もだ」


「私が、こちらの兵も?」


「そうだ。勝った兵ほど、調子に乗る」


 犬千代が少し肩を揺らした。


 自分のことだと分かったらしい。


「負けた兵は縮む。勝った兵は伸びすぎる。どちらも使い物にならぬ」


 柴田の口元が、かすかに動いた。


「若君は、戦後の兵をよくご存じで」


「昨日知った」


「昨日」


「知ったばかりだから、忘れぬうちに手を打つ」


 柴田は、今度こそ少しだけ笑った。


「まこと、若君は妙なお方でござる」


「褒めているか」


「半分は」


「お前もか」


 恒興が横で笑いをこらえた。


 柴田は再び頭を下げ、下がった。


 その背を見送る。


 太い背だった。


 敵に回れば面倒だ。


 味方にしても面倒だろう。


 だが、面倒な者を使えなければ、織田は残らない。


 簡単な者ばかり集めれば、簡単に壊れる。


 次に来たのは、林美作守だった。


 柴田と違い、歩き方から重かった。


 負けたからではない。


 許されたことが、体のどこにも馴染んでいない。


 死にたくないと正直に言った男だ。


 そして、生きて恥をかけと俺に言われた男だ。


 恥を抱えて歩くと、人はこういう足取りになるのかもしれない。


「美作守」


「はっ」


「顔色が悪いな」


「……面目次第もございませぬ」


「面目はしばらく捨てろ」


 美作守の肩が震えた。


「捨てろ、でございますか」


「面目を守ろうとして、お前は名を汚した。なら、しばらく面目を語るな」


 言葉はきつい。


 だが、ここで柔らかくすれば、この男はまた言葉の陰に逃げる。


「守山道に関わる権は取り上げた。兵を集めることも禁じた。だが、仕事がないわけではない」


 美作守が顔を上げた。


「仕事、でございますか」


「お前の屋敷に出入りしていた者たちの名をすべて出せ。縁、出入りの理由、誰と誰がつながっているか。隠せば、今度は斬る」


 美作守の顔が青くなる。


「すべて、でございますか」


「すべてだ」


「それは、我が身内を売ることにも」


「違う」


 俺は言った。


「お前の身内を、お前の名で勝手に動かす者から切り離すためだ」


 美作守は口を閉じた。


「お前が出さねば、俺が探す。その時は、疑わしい者まで切ることになる」


「……」


「お前が出せば、まだ線を引ける。誰がただ従っただけか。誰が煽ったか。誰が名を盗んだか。分けられる」


 美作守の目に、ようやく理解の色が浮かんだ。


「若君は、私に身内を守る機会をお与えに」


「違う」


 俺はすぐに否定した。


「お前に責を取らせる機会を与える」


 美作守は深く頭を下げた。


「承知いたしました」


 許すということは、甘い言葉をかけることではない。


 生きたまま、責の前に立たせることだ。


 それができない者は、また同じことをする。


 美作守が下がった後、長秀が小さく言った。


「若様、林美作守様はかなり追い詰められます」


「追い詰める」


「潰れれば、林一門が揺れます」


「潰れぬよう、林秀貞に見させる」


「佐渡守殿は、引き受けますか」


「引き受けるしかない」


 林秀貞は賢い。


 弟を完全に切り捨てれば、林の身内を守れない。


 弟を庇いすぎれば、林全体が疑われる。


 ならば監督という形で縛るしかない。


 こちらも向こうも、縄の端を握る。


 そういう形にする。


「若様」


 長秀が言った。


「許された者が増えましたね」


「そうだな」


「皆、縄をかけられた顔をしています」


「見えるか」


「はい」


「なら、お前も気をつけろ」


「私もですか」


「帳面を持つ者は、人の縄を握る。握っているうちに、自分も絡まる」


 長秀は、少し驚いた顔をした。


 それから、静かに頭を下げた。


「覚えておきます」


「忘れるな」


「若様に言われると、不思議な気分です」


「どういう意味だ」


「いえ」


 長秀は帳面を抱え直した。


 こいつもまた、変わっている。


 もともと地味に見ていた男が、今は尾張の小さな声を集める役になっている。


 役は人を変える。


 変わった人が、また役を変える。


 そうやって国は少しずつ形を変えるのかもしれない。


 午後、俺は城下へ出た。


 恒興が慌てた。


 帰蝶には先に言っておいた。


 言わずに出ると、後で怖い。


 政秀がいなくなってから、俺を止める声は減るどころか、形を変えて増えた気がする。


 なぜだ。


 俺はもっと自由になるはずではなかったのか。


「信長様」


 帰蝶は出がけに言った。


「今日は、何を見に?」


「町だ」


「それは分かります」


「許しがどう流れたかを見る」


 帰蝶は少し頷いた。


「お気をつけください」


「危ないか」


「人は、血が流れなかったことに安心すると同時に、次は自分たちがどう扱われるかを測ります」


「分かっている」


「本当に?」


「たぶん」


「では、長秀殿を連れて」


「長秀は帳面で忙しい」


「だから必要なのでは」


 言われてみればそうだった。


 俺は長秀も連れていくことにした。


 長秀は無言で空を見上げた。


 仕事が増える予感を空に逃がしたような顔だった。


 町は、稲生の結果をもう知っていた。


 早い。


 戦の噂は、風より速い。


 そして、勝敗よりも処断の話の方が人々の口に上りやすい。


「信勝様は許されたらしい」


「柴田様も首を取られなかったとか」


「林美作守様も生きているってよ」


「若様は甘いのか」


「いや、甘いなら守山の帳面なんか取らないだろ」


「生かして見張る方が怖いって話だ」


 聞こえている。


 わざと聞こえるように話している者もいる。


 俺の反応を見るためだ。


 町人は武士より正直だが、無邪気ではない。


 彼らもまた測っている。


 この若君は、どこまで聞き、どこで怒るのか。


 俺は、米屋の前で足を止めた。


 例の主人が飛び出してくる。


「若様」


「米は動いているか」


「はい。稲生の戦で一時はどうなるかと皆怯えましたが……その、思ったより血が広がらず」


「思ったより?」


 主人はしまったという顔をした。


「正直でよい」


「はい。正直に申せば、もっと粛清があるかと皆思っておりました。兵が町へなだれ込み、蔵を押さえるのではないかと」


「しなかった」


「はい」


「だから安心したか」


「半分は」


「皆、半分ばかりだな」


 米屋の主人は困ったように笑った。


「残り半分は、次は帳面で何を調べられるのかと」


「調べられるようなことがあるのか」


「商いをしていれば、多少は」


「多少か」


「多少でございます」


 俺は少し笑った。


「多少で済ませているうちは、多少で済ませる」


 主人は目を瞬かせた。


「ただし、米を止めて町の腹を絞めれば、多少では済まぬ」


「肝に銘じます」


 米屋を出ると、長秀が横で言った。


「若様、今の言い方は効きます」


「脅しに聞こえたか」


「半分は」


「またか」


「もう半分は、線引きです」


 線引き。


 よい言葉だ。


 人は、どこまでなら許され、どこから先が罰せられるのかを知りたがる。


 曖昧すぎると恐れる。


 明確すぎると抜け道を探す。


 ちょうどよい線など、たぶんない。


 だが、引かねばならない。


 町を歩いていると、馬借の仁助がやって来た。


 相変わらず傷だらけの顔だ。


「若様、生きて戻ったようで」


「勝手に殺すな」


「戦なんてものは、戻るまで分かりませんから」


「その通りだ」


 仁助は俺の後ろにいる長秀を見て、にやりとした。


「帳面の旦那もご無事で」


「その呼び名はやめてください」


「町じゃもう通ってますよ。丹羽の帳面様って」


 長秀が本当に嫌そうな顔をした。


 俺は笑った。


「よい名ではないか」


「若様まで」


「帳面様、道はどうだ」


「若様」


 長秀が抗議の目を向ける。


 仁助は大笑いした。


「道は、少し動きました。織田の名を騙る連中は、今は引っ込んでます。ただ、次はどの印が本物かで揉めそうですな」


「印か」


「触れには、真の御用は印と名を示せとありました。なら、偽の印を作る馬鹿が出る」


 長秀がすぐに帳面を開いた。


「確かに、その手があります」


「早いな」


「悪さを考える者は、飯より早いです」


 仁助の言葉は荒いが、現実をついている。


 俺は長秀を見た。


「印を変えるか」


「頻繁に変えすぎれば混乱します。ですが、御用の印を扱う者を絞る必要があります」


「また仕事が増えたな、帳面様」


「若様」


 長秀は本気で困った顔をした。


 だが、筆は動いている。


 この男は文句を言いながら仕事をする。


 よい家臣だ。


 その後、鍛冶場にも寄った。


 弥七は鉄を打っていた。


「戦があった翌日に来るとは、若様も物好きだな」


「戦があった翌日だから来た」


「槍の修理なら山ほど来てるぞ」


「鉄は足りるか」


「足りるわけがねえ」


「正直だな」


「嘘をついたら鉄が増えるのか」


「増えない」


「なら正直に言う」


 弥七は汗を拭った。


「だが、道が完全に死ななかったのは助かった。もっと内輪で殺し合ってたら、鉄どころか炭も来なかった」


「内輪で殺し合ったことには変わりない」


「ああ。だが、全部燃やさなかった」


 全部燃やさなかった。


 町の者は、時々、武士よりまっすぐ本質を言う。


 俺はその言葉を胸に置いた。


「まだ燃え残りはある」


「でしょうな」


「どう見る」


「火は消えたふりをする。鍛冶なら知ってる。赤く見えなくても、触れば熱い時がある」


「なるほど」


「だから、急に素手で触るな」


「助言か」


「鉄屋の知恵だ」


 俺は頷いた。


 帰ったら長秀に、鍛冶場の炭と鉄の流れをもう一度見させる。


 また仕事が増える。


 長秀には悪い。


 だが、国は悪いと思うだけでは回らない。


 城へ戻る頃には、日が傾いていた。


 戻ると、帰蝶が待っていた。


 また偶然の顔をしている。


「町はどうでしたか」


「半分安心して、半分怖がっていた」


「よい反応です」


「よいのか」


「全員が安心しているなら、何かを見落としています。全員が怯えているなら、統治に失敗しています」


「半分ならよいと」


「今は」


「皆、半分ばかりだな」


 帰蝶は少しだけ笑った。


「それだけ、物事が動いているのでしょう」


 俺は部屋へ戻り、ようやく深く座った。


 疲れた。


 体も疲れたが、それ以上に頭が疲れた。


 戦の翌日だというのに、首を取るより面倒なことばかりしている。


 柴田を生かし、美作守を縛り、町を見て、米屋に線を引き、馬借から偽印の話を聞き、鍛冶場で燃え残りの話を聞く。


 華々しい手柄など何もない。


 だが、たぶんこれが国を組み直すということなのだろう。


 大きな言葉ではなく、小さな面倒の積み重ね。


「信長様」


 帰蝶が膳を運ばせた。


「食べてください」


「今日は言われる前に食うつもりだった」


「それはよいことです」


「褒め方が子供相手だな」


「子供でも、食べない子にはそう言います」


「俺は子供か」


「半分は」


「お前もか」


 帰蝶は澄ました顔をしている。


 俺は粥を口に入れた。


 温かい。


 味がする。


 戦の後に食う飯は、妙に重い。


 生きていることを、腹の底から突きつけられる。


「勘十郎は」


 俺が聞くと、帰蝶は静かに答えた。


「母上様のもとに。しばらくは外へ出ない方がよろしいかと」


「閉じ込める形に見えぬようにしろ」


「はい」


「母上にもそう伝えてくれ」


「承知しました」


「それから、勘十郎に飯を食わせろ」


 帰蝶が少し目を開いた。


「あなたが、それをおっしゃいますか」


「俺が言うから意味がある」


「分かりました」


 弟は、食えないかもしれない。


 負けた。


 許された。


 生きてしまった。


 その重みで、箸が止まることもあるだろう。


 だが、食わせる。


 生きると決めた者は、飯を食わねばならない。


 父上の小言が、また胸に響く。


 国を持つ者が、腹を空かせた顔をするな。


 勘十郎もまた、織田の一部を背負う。


 ならば食え。


 俺はそう思った。


 夜、長秀が帳面を持ってきた。


 今日の町の声まで、もう少しまとめている。


 この男は休むことを知らないのか。


 いや、俺が休ませていないのか。


「長秀」


「はい」


「今日はもうよい」


 長秀が顔を上げた。


「若様?」


「休め」


「明日は雪でしょうか」


「勘十郎と同じことを言うな」


「失礼いたしました」


「帳面も寝かせろ。書く者が倒れれば、帳面も死ぬ」


 長秀は少しだけ笑った。


「承知しました」


「ただし、明日から偽印の件だ」


「やはり増えるのですね」


「明日からだ。今日は休め」


「はい」


 長秀が下がる。


 入れ替わるように、恒興が顔を出した。


「若様」


「お前も休め」


「まだ何も言ってません」


「顔が言っている」


「帰蝶様みたいなことを」


「俺も学ぶ」


 恒興は少し笑った。


 それから、真面目な顔になった。


「稲生で死んだ者たちの弔い、明日から手配します」


「ああ」


「敵味方、分けますか」


「名簿では分けろ。弔いでは分けるな」


 恒興は深く頷いた。


「分かりました」


「織田同士で死んだ。なら、織田として弔う」


「はい」


 恒興が去る。


 部屋が静かになる。


 俺は一人で、政秀の書状を取り出した。


 何度も読んだせいで、折り目が少し柔らかくなっている。


 若の目は、乱世を見るには鋭すぎる。


 されど、人の痛みを見るには、時に急ぎすぎる。


 俺は今日、人の痛みを見られたのだろうか。


 柴田の痛み。


 林美作守の恥。


 勘十郎の涙。


 町の半分の安心と半分の恐れ。


 長秀の疲れ。


 犬千代の戸惑い。


 帰蝶の心配。


 全部を見たとは言えない。


 たぶん半分だ。


 また半分。


 だが、半分でも見ようとした。


 昨日までよりは、少しはましだろうか。


 政秀なら何と言うだろう。


 若、ましで満足されては困ります。


 そう言いそうだ。


「うるさい爺だ」


 俺は呟いた。


 けれど、その声は以前ほど怒っていなかった。


 許された者たちは、これから生きる。


 柴田も。


 林も。


 勘十郎も。


 捕らえられた兵たちも。


 俺もだ。


 俺もまた、政秀に許された者なのかもしれない。


 いや、違うか。


 政秀は俺を許したのではない。


 俺に止まる傷を残した。


 父上もそうだ。


 言うだけ言って死んだ。


 その言葉を、俺は背負わされている。


 許された者。


 残された者。


 背負わされた者。


 結局、生きている者は皆、何かを抱えて歩くしかない。


 俺は書状を畳み、懐に戻した。


 外では、夜風が城の屋根を撫でていた。


 尾張はまだ一つではない。


 それでも、今日、全部は燃えなかった。


 それだけで十分か。


 十分ではない。


 だが、次へ進むには足りる。


 俺は灯火を見つめた。


 火は小さく揺れていた。


 消えない。


 燃え広がりもしない。


 今は、それでよい。

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